これまでの経緯(6)までで記載したとおり、元々はエンジニアとして働くことを目指して生きてきたはずが、気が付いてみればどっぷりビジネスの世界に浸かっていました。
もちろん、ビジネスの世界で仕事をしていくことに、やりがいも感じていました。
素晴らしい出会いもあり、彼らのおかげで、数字を追いかけることだけがビジネスではないということ、本当にお客様のビジネスを支えるために必要なのは何なのかといったことを実感として学ぶことができました。
ただ、それでもやっぱり、開発チームでエンジニアとして働いていた時の感じとは違っていました。
エンジニアの頃は、お金を稼ぐために働いているというよりも、それをやりたいからやっているという感覚でした。
新しいツールを作るために週末を潰しても、苦痛ではありませんでしたし、収入は二の次でした。(もちろん無給では生活ができませんので困りますが。。)
一方でビジネス系の仕事は、生計を立てるためにやっていました。
つまり給料のためにやっていました。
なので、休日出勤など可能な限りやりたくありませんでしたし、夜中のメールもできるだけ返事を翌日まで引き延ばしていました。
・・そのような感情の中で、果たしてこの残りの仕事人生を、本当にやりたいことではないことをやり続けるために費やしてしまっていいものかどうか、という疑問をずっと持ち続けていました。
もちろん、客観的に見て上記は贅沢な悩みのたぐいだと思います。
家族のために、生活のために、例えそれが望んだ仕事ではなくとも割り切ってやり続ける・・それは悪いことではありませんし、現実には多くの人がそのような仕事人生を送っていると思います。
私ももちろん、それでいいという気持ちもあります。
今のビジネス系の仕事を仕事と割り切って淡々と続け、自分の楽しみや生きがいは仕事以外のところで見出していく・・それでもいいとも思います。
プログラミングも、趣味として十分に続けていけると思います。
しかし、現実には、そのような選択肢は存在しません。
というのは、今の仕事は(というか外資系のビジネス系の仕事はすべて当てはまると思いますが)、ただ淡々と日々沸き上がる仕事をかたずけていれば定年まで席が確保されているような、安定したものではないということです。
全身全霊をかけて、時には自身の健康やプライベートを犠牲にしながら、常に結果を出しつつ新しいビジネスについていくための勉強を怠らず、常に上層部が私を雇用する価値を見出すようにしなければ、すぐに居場所がなくなる世界だと思います。
・・となると、私の場合、今の仕事にしがみついてなんとか定年まで生き延びるということは、言い換えれば、本当にやりたいことでもないことを長く続けるために、身も心も削ってボロボロになりながら義務感だけで残り、そして最後に残るのはきっと「本当にやりたかったことをやりきれなかった」というわだかまりだろうと思われます。
したがって、後悔しないためにも、常に次のステップを考える必要がありました。