「資格がもらえます」のセミナーってたくさんあります。

もっとも、資格って高額なうえにバーチャルなもので実態がないものも多いんですよね。

 

〇〇協会認定資格とか、〇〇セミナー認定資格は、発行元が「資格だ」と言っているだけで価値の裏付けが何もないものもある。

 

これだと自分で勝手に「◇マスター」とか名乗るのと程度は同じなんだけど、「何それ?」って聞かれたときに発行元に「責任転嫁」できるメリットがあるから成り立っているような。

 

それはそれで本人が納得していればいいのでしょう・・・が、この前小耳に挟んだのは、少し詐欺っぽいレベル。

 

「〇〇資格とれますよー」、ってセミナーを開いて・・・認定する。ここまでは普通。

 

そして・・・「セミナーがバージョンアップしました。資格保持者は新しいセミナーを受けないと資格が無効になります。」

 

んー、皆さん、自分がそこの資格保持者だったらどう思います?

 

私的にはアウトだなぁ。

家族5人のうち私と妻と長女(YUI)の3名がカウンセラーなのだけど、一枚上手は・・・。

 

先日、秋の味覚、地元産の栗を買ってきました。

 

ナイフで皮をむくのだけど長女の手元が危なっかしい。

 

「それだと滑ったら手を切るから。ナイフはこう持って、こんな風に指で推し進めるように・・・・分かる?」

 

「んー、もうちょっとかな?」

 

「じゃ、よく見て、平たいところはこういうふうに、角はこれで・・・分かった?」

 

「んー、もう少しかな・・・」

 

「あとは繰り返し・・・最後はここをこうして終了!これっ!」

 

「ありがと。美味しい!」

 

これ、NLPやないか・・・見事、操縦されました・・・。

食事に関することは個人的に些末な情報なので基本アップしないのだけど・・・。

 

今年はサケが不漁で例年450円/100gの筋子(これほぐすとイクラです)が700円もする。

 

しかしながら、長女がこれがないと秋が終わらないらしいので、500g買ってきてほぐしました。

 

 

なぜ500gかというと、以前、一度に何グラムのイクラを食べると満足で、何グラム以上のイクラを食べると気持ちが悪くなるか実験したところ、120gという結果になりました。

 

5人家族のうち4人がイクラを食べるから500g。

 

イクラは大した手間がかからないからいいんだけど、このあと栗ご飯用に栗をむくのが大変なのよ・・・。

昨晩、小山竜央さんのライブクリエイトから連絡があって、11月のPTT(パーフェクトトレーナートレーニング)アドバンスがフィリピンのバレシン島に決まったとの連絡がありました。

 

バレシン島は普通は立ち入りができないそうで、マニラからプライベートジェットで移動になります。

 

PTTアドバンスは3回目にしてこれで最後だそうです。

 

不眠不休に近い5日間らしく、参加する方も大変ながら、講師陣もかなりの負担とのこと。

 

ありがたいことです。

 

私の25年に及んだ講演の取り組みも、これで一旦区切りになります。

 

前後の移動も考えるとかなり休日をとる必要がありますが、最優先で臨みたいと思います。

 

 

 

工学と宗教はもともと別物じゃないの?!

 

そういわれることが多いのだけど、体験してしまうとねぇ。

 

工学は統計的に「あり得る出来事」と「あり得ない出来事」があります。

 

ところが、「あり得ない出来事」も確立がゼロにならないから、「起こること自体」は否定されない。

 

でも、リアルな世界だと統計的に起こりにくいことは起こらないのですよ。

 

と言いたいのだけど、確率的にあり得ないトラブルに立て続けに当たってきた(今でもそう)体験があります。

 

そうなると、偶然に出来事が発生しているのなら、確率から考えて私の体験はおかしいし、偶然でないなら何らかの意思(流れ)があるのかも知れない。

 

不思議なのは「流れ」に寄りかかってしまうと流れは起こらず、何らかの責任を果たす(自分を差し出すコミットみたいなもの)があると、たちどころに流れが発生するところ。

 

私の偏見だと思うのだけど、宗教に入ると流れに寄りかかってしまうような気がしていて、子供のころから(略版の)新約聖書も旧約聖書も読んでいるのに、特定の宗教にはいろうとは思わない。

 

一方で、工学をベースにしながら意思(流れ)を感じる生活は・・・外から見ればかなり変なんじゃないかと思います。

 

例えば、私は構造物の強度計算も結果の数値は参考であって、それで決めることはないんですが、ある意味、これは相当工学のロジックをしっかり整理しないと工学から逸脱するんですよ。

 

工学か宗教か、どっちかだけ信じていいのなら楽なんだけどなぁ。

 

新しい技術を開発するときって周りから人がいなくなって孤独なものだけど、これはどうなんでしょうねぇ。ふと気が付くと孤独を感じている自分に気づいたりしています。

(自分が孤独かどうかなんて、どうでもいいことなんですけど。)