永遠のビギナーのブログ -9ページ目

もっとロジックを、あるいはバカな自己紹介

脊椎反射

ここなのだが、あまりにもバカすぎて本当にこんな事を話したのかと不安になる話。引用元によれば、パソナグループ取締役会長の竹中平蔵氏が「『残業代ゼロ』になるとあおる議論もあるが、今でもアーティストは残業代ゼロなんですよ。現実にはそういう働き方のほうが高い付加価値を生み出す時代になっている」と話したと言うことだ。

当たり前の話だが「そういう働き方」の人が高い付加価値を生み出すにしても、別の仕事を「そういう働き方」に変えたら高い付加価値を生むようになるとは限らない。
どちらかと言えば、高い付加価値を生む(かもしれない)から残業代がないわけで。ちなみに大部分のアーティストは残業代ゼロで賃金もゼロだろう。成功したアーティストのみが高い付加価値を生んでいる。

竹中氏のロジックが正しいなら以下も成り立つであろう。正社員の方が(給料が高いから)高い付加価値を生んでいるから、派遣は一切禁止にして全て正社員にすれば良い。そのとき、パソナは倒産するかもしれないが日本のために犠牲になってもらおう。日本全体が良くなればそのうち回り回ってパソナも良くなるだろうから。痛みは我慢してもらう必要がある。

そもそもアーティストに残業代がついた時代はない。従って「そういう働き方のほうが高い付加価値を生み出す時代になっている」事の例にアーティストを出す事は適当ではない(仮に前段が正しいにしても)。そして先にも述べたように大部分は賃金ゼロなのだから「高い付加価値」と「アーティスト」の関係は曖昧だ。

そして、「経済界からの要望」とは、はっきり言えば自社(パソナ)の顧客からの要望でしかないだろう。要するに自社の顧客ではない経済界の要望は見えていないし、見えるはずもない(見る気もないだろうし)。個人の実体験などその程度のものだ。

従って、この記事は自分の財布のために法律は変わるべきで、そのための説明に全く無関係で曖昧な事例を出して煙に巻こうとしている(そして失敗している)ごうつくばりが自分の正体です、と自己紹介している記事だ。

別にごうつくばりを批判するつもりはないが、この程度のロジックを使う人間が慶大教授で、仮にも日本の経済をある程度左右していたかと思うとめまいがする。

Eclipse Error message in ADT

Eclipse上で"No editor descriptor for id org.eclipse.ui.internal.emptyEditorTab"
というエラーが出たのだが、ググっても日本語情報が一つもなかったため一応書いておく。

環境
Mac OSX 10.9.3
ADT v22.3.0-887826


状況
一応今まで動いていたプロジェクトを新規にopenした結果、上記のエラーが出た。どうもeclipseのバグっぽいのだが、今ひとつはっきりしない。既存のファイルをADT上でクリックして開いてみるが何も開かない。Finderで実際にファイルがあることを確認する。仕方がないので「とりあえず再起動」をしてみる。特に変わらない様に見える。ふと思いついたので[File]-[Open file]でオープンしてみる。今度は開いた。しかし開いたファイルのタブ位置がおかしい。カーソルを持って行ってみるとなぜか×印が浮かび上がる。どうやら不可視のタブが存在していたようだ。全部閉じる。

今度はプロジェクトが参照している複数のライブラリがコンパイルされない。なぜか"java.lang.object"が分からないと言っている。こちらをググってみると起動時にビルドパスがおかしくなることがままあるそうだ。チェックしてみるとAndroid-x.xにチェックは入っているが、よく分からないへんなもの(unresolve ...)が見えている。とりあえず一つのライブラリの側にチェックを入れて再起動するも変わらない。

そういえば、最初に開いたプロジェクトにはv7 compatibleなライブラリをいれるのだったと、つい他のことをやってしまう(具体的にはv7のjarをlibsにコピー)。そして再起動すると不思議なことに参照ライブラリのエラーが消えた(要するにエラーの出ている参照されている側ではなくて、エラーの出ていない参照している側のプロジェクトをrefreshしたわけだ)。理由は全く不明だがまずは解決した。

エラー解消までの大まかな手順をまとめると以下のようになる
1)"No editor descriptor for id org.eclipse.ui.internal.emptyEditorTab"のエラーが出る。
2)Eclipseの再起動後、[File]-[Open file]でファイルを開く。
3)不可視のタブを閉じる。
4)エラーの出ていない参照している側のプロジェクトを弄る。
5)eclipseを再起動する。


これで常にエラーが解消されると言うわけでもないだろうが、直るかもしれない手順の一つだろう。

金が絡むとあっさりと馬脚を現す好例

今日はここ。ちなみに当方は経済の専門家でも何でもないが、エコノミスト誌がおかしいのは分かる。批判の対象になっているピケティ氏の政策提言も素直に受け取れば十分おかしいと思うが。多分、同誌の主張はためにする批判なので、ちょっと読んですぐに変と分かるレベルなのではないかと思われる。

「全世界で資産に累進的に課税する」なんていうのは「全世界同時共産主義革命」なみに荒唐無稽なのは間違いない(問題提起だろう)が、それに対する批判が批判になっていないのはいただけない。著者が「富の集中が避けられないだけでなく、それこそが最も重要だ」という前提に立つ以上、そして「資産と投資の収益率は常に経済成長率より高い」という主張なのだから「成長を促す」事が解決策になりはしないのは当然だろう。もしもそんな解決策を主張をしていたら自己矛盾だ。どうも同誌は筆者の主張をまともにとらえていないか、まともに批判する気がないように思える。

「資本所有層を拡大する方法」にしても政府にかかるコストを一定とすれば、原則として"持てる者から持たざるものへの資本移動"が必要だろう(ない袖は振れない)から、その(in側の)方法として「富裕層への課税」を主張しているという話で。out側の「個人貯蓄口座への追加給付金」だろうが方法がなんであろうが、筆者の前提に立てばどうでも良いのだろうから具体的な方法については触れていないだけだ。少なくともout側だけ話すような夢みるばらまき政策提言よりは遙かにマシだと思う。

また同誌は相続税を資産課税の中で勧めているが、今となっては相続税は超富裕層の資産課税として実質的に機能していないのは明白だろう。普通の金持ちはさておき"企業は死なない"という事実を生かして企業に資産を持たせてその支配権を相続させれば超富裕層は安泰だ。それこそ支配権の相続は企業資産の相続と見なしてそれに相当する相続税でも払うのでなければ。

また、「富の集中を抑えることがなぜ優先させなければいけないか」という問いに対する説明は"資本主義は「金持ち勝つ」の法則で動いて"いて、"資本主義には金を払ってくれる消費者がその成長に必要としている"以上、資本の再分配は必要だから、で十分だろう。そしてその再分配機能が不健全である証左として、フランスの相続資産価値が「19世紀の最高水準に近づいている」事を上げているのだろう。この水準が世界的規模に普遍的に拡大できるのならば、確かに資本主義はその存続のために再度修正を迫られているのだろうと思う。

振り返ってみれば「子供を一日16時間働かせて何が悪いのか」、「俺が稼いだ金を死んだら全て子供に相続させて何が悪い」、こういう19世紀の常識は資本主義の存続のために破棄させられた訳で。こんな事はイギリスが一番よく知っていると思うのだが。

ちなみに相続税がこの世に始めて導入されようとした時にどのような批判があったのだろうか。想像するとちょっとおもしろい。もしも生きている時に築き上げた資産を死んだら国家にとられるとしたら「起業(資本)家はやる気を失い、人々はリスクをとらなくなる」(()内は筆者挿入)とか言う批判であれば大分滑稽な図になるが。ちなみに資産課税をしても人間の向上心はなくならないと私は考えている。資産課税が機能すると言うことは社会に格差が存在するわけで、そして人間は良い暮らしをしたがるものだから。逆に累進がひどければひどいほど必死に稼ぐかもしれない、それこそ法の網をくぐり抜けてでも。そういう意味で累進率はほどほどが良いのだろうと思う。

そして同誌が同書で主張される政策の、実現可能性でなく、有効性または有用性を批判したいのなら、
い)「資産と投資の収益率は常に経済成長率より高いため、自由市場システムは、おのずと富の集中を進めるという傾向を備えて」いない
ろ)資本の再配分は本質的に不要
は)現在の格差は19世紀と異なり許容される

のいずれかを主張すれば良い。

引用先の記事はまとめると、同書の主張が金持ちが今後も金持ちで居続けたいならそろそろ譲歩が必要ですよ、ということで、金持ち向けの同誌の主張は単にそんなのイヤだ、と言っているだけだ。エコノミスト誌には次回は(もしあれば)もう少しまともな主張を期待したい(少なくとも素人がスグにおかしいと分からないレベルの)。

まとめ
1:
「全世界で資産に累進的に課税する」のは「全世界同時共産主義革命」なみに荒唐無稽。
2:フランスの例が普遍的ならば、資本の再配分機能は実質的に機能しておらず、それは資本主義の存続に危機的なレベルまで達している。
3:その場合、既存の常識はもはや常識ではない。
4:エコノミスト誌の主張は単なる子供の我が儘に聞こえる。