永遠のビギナーのブログ -85ページ目

勝間和代さんがリフレ論を述べたらしい件について

勝間さんがリフレ論というか、

「国債どんどん刷って日銀に買わしてインフレにすることでデフレから脱却しよう」という事らしい。


ちょっと脊髄反射的に反応しているが、

1)コントロールできるの?

2)で、インフレにしてAre we happy?

疑問はこんなところか。


1)については多分誰も正解を知らない。前回うまくいったことが今回うまくいかないことは世の中によくあるし、

逆だってある。社会科学的なことは大概、事象の後から理屈がやってくる。

(別に気に病む必要はない。近代科学も理論が予言できるようになったは前世紀からだ。ニュートンの万有引力の発見は17世紀だから2, 300年ぐらいはかかる。そう思っている。)


だけど、多分できないと思う。その理由は実需と投機のお金の比と国家が安くしようとしている通貨を売らない投機屋は居ないからだ。(念のために解説すればインフレにすると言うことはその通貨の相対価値を下げることと等価だ。)今のお金は私たちが通常使うお金とあまり関係がない。私たちは通常、何かを消費するために買ったり、またはその相方となって売ったりしている。ところが実際に金融市場で売買されるお金はそうじゃない。あれはゲームの目盛りで上がったり下がったりする。その差がゲームのスコアになる。で、ゲーム用のお金と私たちのお金の量はどのくらい違うかというと10倍とか100倍とかだ。(100倍はちと言い過ぎかも。)


要するに円はすごく下がる。トヨタとか輸出産業は良いかもしれない、そう思うかもしれない。単純に業績は上がるだろう。けど円の価値が下がるほどじゃない。(日本人の普通の給与が中国人の普通の給与より下がれば別だろうが。)車の値段が半分になったからって倍売れるかというと単純じゃない。(新興国が無制限に輸入してくれればあり得るかもしれないがそんな期待をするやつはアホだ。)


2)については「デフレが悪いなら、反対のインフレは良いんだろう。」そう考える人もいるかもしれない。けどそうでもない。バブルの前はインフレが悪者だった。単純に言うと、給料は毎年20%アップ!(Waoo!!)けど物価(例えば牛丼)は毎年30%アップ。(Boooo)こんな感じ。つまり貨幣価値が下がっているので金額が上がっても実質的には賃下げってな事もあり得ます。っていうか今の日本の経営者ならそうすると思うよ。だって固定費下げたいんだもん。だから、「給料毎年5%アップ。その他は一時金で。」こうなるよ。


だから私には

「デフレが悪い」→「だからインフレに」

の理屈が分からない。


ついでに言えば、どうも誰も言及していないようなので門外漢の私が言いますが、「スタグフレーション」という言葉があります。これはインフレなのに経済が縮小していく現象で過去、短期的には見られました。これにならないという理由も分かりません。こうなったら最悪です。給料は据え置き(Booo!)けど物価(例えば牛丼)は毎年30%アップ。(Oh My God!!)


つまり、大事なのは一人あたりの実質経済力なのに、全体の名目経済力をどうこうしようとしているのはいかがなものかと。(単純に国際的な影響力で言えば大事なのは全体の実質経済力。)要するに、過去のインフレが”経済拡大の結果としてのインフレ”であれば、”インフレにすれば経済が拡大する”と考えるのは因果律の混乱であるし、”経済が拡大するにはインフレが必要だ”としても、”インフレにすれば経済が拡大する”と考えるのは必要条件と十分条件の誤解で、くぁwせdrftgyふじこlp。


脊髄反射なのでこのくらいで。


これを書いてる途中で見つけたブログ。インフレをグーグル先生に教えてもらったらwikiの下に。

http://blog.livedoor.jp/kazu_fujisawa/archives/51611082.html

大変為になりました。

けど、結論の「結果としてデフレになる」と「日本はまだまだ借金OK」の2点はそう思いませんが。

まあ、素人の戯言ですから。


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『「未納が増えると年金が破綻する」って誰が言った?』

表題『 』内が本の題名です。

著者は受験数学を商売にしている人のようで『総理直轄の「社会保障国民年金会議」の委員として、年金問題に取り組』んでおられる(もしくはおられた、政権交代もあったことですし)様で大変偉い方のようです。著者近影みたいなところでは大変お若く見えます。


さて、題名に「年金」と入っているので年金関連の本かと思われて買いますと後悔します。年金関連のことについては後半1/3ぐらいです。それ以前については論理的思考ってこういう事なんだよ、と宝くじの買い方やサブプライムローンと現在の不況について大変わかりやすく書いてあります。特にサブプライムローンのところは抜群のできだと思います。このことについて知りたい人は「買い」です。やっぱり全体の1/3ぐらいですが。宝くじについては 本書とは無関係に言いたいことがあるのでまたの機会に。


肝心の年金についてですが、


a)「マスコミが誤った報道」(p.128)をしている所為で誤解が生じている。


b)年金不信の原因については以下の2点

1)消えた年金(運営問題)

2)少子高齢化

(p134)


c)現在の年金システム(賦課方式)の説明。本書では「仕送り方式」となっています。


d)若い人は払い損にはならない。(p138)

払い出し額はそれぞれ払込額の国民年金1.7倍、厚生年金2.3倍、なぜか共済年金の数値は出てきません。


e)納付率65%(p.154)だが、それは全体から見ると5%程度。(p159の図)

だから大勢に影響しない。いざとなれば積立金を取り崩せばいい。(p162あたり)


f)生活保護という抜け道があるのは問題だ。これについては改善の余地がある。


g)今の年金制度は「5年おきに現実にあわせて微調整をしていく」ので「将来にわたって信頼できる制度」である。(p194)

こんな感じの趣旨展開でしょうか。


釈迦に説法かもしれませんが、論理的思考について注意点を一つ。

1=0とします。

(これ明らかに誤りですね。ですが以降の数学的操作は完全に正しいです。)

両辺に1を足します。

1+1=0+1

2=1=0

また両辺に1を足します。これを繰り返していくと。。。

100兆=0

なんてのも可能です。無からいくらでも作り出せます。これが正しければ貧困も不平等も、ついでにかなりの部分の向上心もなくなります。まあ、正しくないんですけどね、あたりまえに。

つまりここで言いたいのは、前提条件が正しくなければ以降の論理展開が正しくても結論に何の意味もない、ということです。頭のいい人は自分に都合のいい結論を得るためにこういう手をいくらでも使いますから注意しましょう。


さて、a)について。

この国のマスコミはいつ正しい報道をしたのか分からなくなるくらい、この言葉「マスコミが誤った報道」が使われています。とはいえ、マスコミは人の営みですし、企業体ですから間違えることも、特定の企業団体、個人の都合の悪いことを報道しないことも、ときには改変して報道することもあるでしょう。

大の大人がその報道により不利益を被ったのならいざ知らず、誤った報道をしたぐらいで目くじらを立てるのもどうかと思います。それより怖いのはどのマスコミも同じような報道 をしたときです。この話は年金とは関係ないのでこのくらいで。


b)については私もその通りと思います。原因はその2点です。ただ、嘘つき(消えた年金)で先の見えない(少子高齢化)やつに誰も金を貸したがらないように、今の政府に年金を払う(あとで返してもらうのですから貸すのと同じだと思っています。)のを好まないのは感情的に当たり前だと思います。が、ここは感情をぐっとこらえて先に行きましょう。


c)はただの説明ですのでパス。ただしこの部分は制度の根本設計ですので制度発足時の合理性が今もあるかどうかは別の問題だ、ということを指摘しておいて先へ。


d)について

本書によれば払い出し額は払込額より大きくなりますが、これが実質か、名目か出ていないので判断に困ります。どう違うのかというと本書にも出てきますがここ20年ほどの日本ではほとんどありませんが「インフレ」というものがあります。物価が上がって(貨幣価値が相対的に下がって)同じ1000円でも時代によって価値が違う現象です。これを考慮して同じ時間にあわせたものが実質、そうでないものが名目です。あまり技術的なコストダウンの効かない公務員の初任給を手元の資料で見てみますと、昭和21年540円、昭和45年36100円、平成6年180500円(戦後値段史年表:朝日文庫による)となっています。つまりざっくり言うと今の若い人のお父さんが子供の頃の35000円が今の180000円と同じ価値(金額で約5倍)になるわけです。昭和45年は今から約40年前ですからちょうど年金の払込期間と同じです。もちろん積み立てとこの数値は一概に比較できません。名目は金額での比、実質は価値での比ということをご理解いただければ結構です。ちなみに先ほどの価値の遷移を前提とすれば昭和45年35000円の実質での1.7倍は今の306000円になります。


すいません、前段落がこんだけ長いのに実は問題点と関係ありません。ここの問題点は以下の2点です。

い)国民年金1.7倍、厚生年金2.3倍、この差はどこから来るのか?

名目だろうが実質だろうが尺度が同じであればこの差は問題です。国民年金の運用者がさぼっているのでしょうか、それとも厚生年金の方がよりリスキーな運用をしているのでしょうか?(一般に金融商品はリスクが高いほど利回りが大きい。)それでもこれほど差があるのでしたら国民年金の運用方法を見直した方がいいのかもしれません。または厚生年金の側の誇大広告も考えられます。

ろ)公務員が加入する共済年金(p135)の数値がないのはなぜか?

一般に数値がないのは

・大勢に影響を及ぼさない。(ここが変動しても結論はほぼ変わらない)

・都合が悪い

の2つの場合です。(数値が把握できない可能性もありますが、他の同列のものが把握できて特定のものだけ把握できない場合は多くの場合隠しているからで、それは後者に該当します。)前者は現在の議論から独立した要素であるか、無視できるほど小さい場合です。後者はその言葉通りで、現在の議論を根底から覆すか、結論の大勢に都合の悪い影響を及ぼすのどちらかです。自然科学において後者の理由で数値がないと後で普通の学者からは無視されます。社会科学において後者の理由で数値がないのは自然科学と比較して割とありふれている様な気がします。特に都合の悪い対象が社会的に大きな力を持っている場合がそうです。(あくまでも「気がする」だけです。全く根拠はありません。妄想と理解してもらっても結構です。)


e)について

納付率65%とp159の図、この2つの関連については理解に苦しみます。私としては明らかにどちらか(あるいは両方)が誤りに思えて仕方ありません。より詳細なp159の図を前提に考えると1号被保険者2035万人中の未納付者308万人ですから納付率は(2035-308)/2035=0.85=85%で未納付者の率が倍以上違います。免除者やら特例者を除くと1209/(1209+308)=0.80...ああ、ここまで考えて分かりました。1209/2035でしょう。=0.59、やっぱりあわない。納付率が60%ならだいたい合うんだけど。けどこの数値には意味がないよね。学生とか貧乏で金がない人とかが年金払えないのは当たり前でそういう人が1号被保険者に入っていること自体おかしい。先にも述べたように前提条件がおかしい数値に何の意味もない。

まあ、いずれにせよ本書に従えば未納者は全体の5%程度。問題は以下の2点になると思います。

1)この5%は仕送り方式としては本当に問題ないのか。

2)5%の未納者はどうするのか。


1)本書p179によれば年金の(1/2-1/3=)1/6は約2.3兆円だそうです。ということは年金全体で2.3*6=13.8兆円。5%の未納と言うことは全体の半分は税金ですので2.5%の収入が失われるわけで、3450億円の収入不足になります。仕送り方式ですからこの欠損をどうにかして埋めなければいけないのですが積立金が200兆円もあるそうです。すばらしい。これを穴埋めに使うとすれば200/0.345=580だいたい580年も穴埋めできます。そんな頃には今いる人たちは誰も生きていませんね。これを使いましょう。けど、本当にそんなことうまくいくのでしょうか?


200兆っていっても多分日本中にある現金を銀行の金庫から、タンスの引き出しまでさらっても出てこないと思うんですよ。つまりこれは現金じゃない、ただの帳簿上の数値です。だからこれが使えるには前提条件が必要です。つまり、

イ)この金額が実際に合致していて(帳簿上あるはずの金がない、なんてことはいくらでもあります。)

ロ)現金化可能な形で存在している。

ことが必要です。本書ではこの金が先々使えるから安心、としているのでそれが正しいためにもこれらの条件がクリアされていることが必要です。


しかし残念ながら私はクリアされていないと想像しています。でなければ学生を被保険者にしたり、普通の年金受け取り年齢を60才から65才に引き上げる理由がないからです。(そうです、昔は60才から普通に年金が受け取れました。)ではこのお金はどうなったかと考えますと、使ったか損失を受けたかでもう存在しない。または現金化できる形で存在しない、のどちらか(おそらくは両方)だと思います。使える貯金がないので単年度での仕送り方式にこだわるしかないので、支給年齢を引き上げたり、年金の徴収金額を引き上げたりしているのだと思います。


2)5%の未納者に対してはいざとなれば「突き放した姿勢をとることが可能」(p172)と言っていますが本当でしょうか?私たちは失業率が1%増加しただけで、経済的に、社会的にいろいろな事がある社会に生きています。就業可能な年齢層の5%に相当する人たちが将来相当な期間にわたり無収入で経済的、社会的に混乱なくやっていけるのでしょうか?(少子高齢化が進めば5%以上に相当するかもしれません。)本書の「未納問題の本質とは?」では受給権がなくなって本人が困るだけ、みたいな書き方になっていますが(そういう一面は否定しません)、私としては「え、本質ってそこ?真面目に言ってる?」としか思いません。


f)について

御説ごもっとも。

g)について

安全率という言葉があります。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%89%E5%85%A8%E7%8E%87

まあ、工学的な用語で使われることが多いようですが、これと同じような考えが長期にわたって運用していくような社会システムでも有用な概念だと思います。要するに何が起こるか分からないから、ある程度余裕を持ってシステムを構築していく、ということでこの「余裕」をどの程度見積もるかでどの程度安心したシステムかが判断できます。もちろん余裕には通常コストがかかるのでやたらめったら安全な方向に振ればいいというものではありません。しかし、「100年安心」をうたうシステムがものの2,3年で想定外になったら不安に思うのが当たり前です。思わない人はよっぽどの鈍感か、端から信用していないか、自分と関係ないと思っているかどれかだと思います。


そんな制度が「5年おきに現実にあわせて微調整をしていく」だけで「将来にわたって信頼できる制度」であるとは思えない、のが普通の感覚だと思いますがどうでしょうか。


まとめ

未納問題の本質とは?おっきいのとちっさいのとありますがまずはちっさいほうから。


国民年金を払っていくとします。この文章を見ておられる方は「昭和16年4月2日以降に生まれた方」でしょうから社会保険庁によれば60才から年金をもらうとして月に約46000円。65才からとすれば月に約66000円になります。

http://www.sia.go.jp/sodan/nenkin/kyufu_ans01.htm

圧倒的に足りません。小遣いみたいなもんです。それでもまあ、丈夫な持ち家があり、車を使う必要のない生活圏に住み、丈夫で元気でいれば何とかなるでしょう。あり得ません。日本の家屋は耐用年数がせいぜい40年で、田舎で車は生活必需品であり、老人の多くは持病持ちです。今までこの制度が成立していたのは多くの人が退職金で小さいながらも家を買うことができ、車がなくても生活することができるところにほとんどの人が住み、老人医療が無料だったからです。(そう、昔老人医療は無料で、多くの年寄りが医者に集まってたまにこないと「あれ、あの人どっかちょうしが悪いのかしら」なんて冗談があったものです。人口構成がまだピラミッド型をしていたから可能だったのでしょう。)


しかしながら過去に戻ることはできません。そして無責任な未来像を振りまいても誰も信用しません。年収300万円の若い人が60才になった頃には新築の家を持ち、輸送技術の発達で車は必要なく、医療技術の発達で病気もしない、なんて今いっても誰がそれを真に受けるでしょう。80年代、もしくはそれ以前に描いたようなバラ色の21世紀はやってこず、私たちはくすんだ霧色の21世紀の日本を生きています。


民主主義は優れた政体ですが、多数の暴力という一面も持っています。資本主義は基本的に金持ち勝つの法則です。今の日本の若い世代は比較少数で、ストックを持たず、フローも小さい存在です。そういう存在が「後で倍にして返すから」などと言われても数少ない自分の持ち物を引き渡さずに、自分で持っておくか自分で消費してしまうことは歴史的に見て珍しいことでしょうか。方法の是非は別にして、これは一種の自己防衛です。おじさん連中は世代間闘争とか「戦い」にしがちですが、闘争ではありません。自己防衛です。これを物足りないと思うか、人類の進化と思うかはそれぞれの価値判断に任せます。


本書のような受給権がなくなって本人が困るだけ、みたいなくくりは未納の個人的問題としては正しくても、社会的問題としては明らかに誤りです。そして現状、未納問題が騒がれている理由はその社会的理由からです。いくら世界一わかりやすかろうとも問題の本質を見失っていては前提の誤った論理的思考のようなもので何の意味もありません。


おっきいほう

大きすぎて気がつかなかったかもしれませんが、もう言ってしまいました。

これです。→「嘘つきで先の見えないやつに誰も金を貸したがらない」

"比較少数で、ストックを持たず、フローも小さい存在"が自分の持ち物を引き渡さない理由は相手が信用できないからに決まっています。過去の言動が信用できず、将来にわたっても信用できない(少なくともそう思われる)相手を信用する理由がありません。


過去の言動で大きなものは消えた年金などではありません。巨額の財政赤字です。誰がどう言い繕っても赤字は将来の負担です。返還するのは若い世代かまだ生まれていない世代です。たとえ貴重なインフラを作ろうが作成時の恩恵は作成時の世代が受けるだけでメンテナンス費用はその後の世代持ちです。作成時の恩恵と作成後の恩恵のバランスが崩れれば不平等感が出るのは当たり前です。


話は横にそれますが、だいたい赤字国債がGDPの200%を超えると戦争なども継続不可能になるらしいです。太平洋戦争(または大東亜戦争)も終戦時の赤字国債がそのくらいだったそうです。今の日本の国債もその域に迫りつつあります。今後どうなるか人ごとであれば大変興味深いものです。


先の見えないのも少子高齢化はその一因であって本質ではありません。誰も日本の将来図を描けていないことです。少子高齢化しても実質GDPが別に変化しないならば国民一人あたり何も変わりません。人口が減少していれば逆に豊かになります。問題は如何にその方策を探すかでどちらを見て一歩踏み出すかです。


日本の将来図を描くのに他国を見る必要はありますが必要以上に気にするのは健全ではありません。巨額の財政赤字は日本人が作ったものでありますし、日本の将来図を描くのは日本人の仕事です。つまり私や貴方の仕事です。貴方が成人であれば投票権が存在します。ひょっとしたら被投票権があるかもしれません。政治に限りません。働くことで小さなエンジンになるかもしれません。


つぶやき:

もしも貴方が国民年金を払っていないなら。

払っておいた方がいいです。今、「???」って思いましたか。当然ですね。けど、別に悪いことを勧めているつもりはありません。年金ではなくて保険機能に注目しているからです。知らなければ知っておいた方がいいのですが、もし今日貴方が事故にあって障害者になったとき、国民年金を払っておけば障害者年金がもらえます。たとえ死んでも(不吉な物言いですいません)配偶者や子供がいれば遺族年金がもらえるかもしれません。これは普通に生命保険を割り増しするより率が良い場合が多いそうです。


さて、長々とおつきあいいただきありがとうございました。

本書を読む3倍くらいの時間でこれを書き上げました。遅筆ですね。


「未納が増えると年金が破綻する」って誰が言った? ~世界一わかりやすい経済の本~ (扶桑社新書)/細野 真宏



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追記:(2009.10.29)

城繁幸さんがこの記事と似たようなことを以下で書いてらっしゃいます。

http://www.j-cast.com/kaisha/2009/10/29052585.html


この方のF社の人事の矛盾を書いた(多分出世作)本を読ませていただいたことを思い出します。はっきりと言う方で気持ちいいですよね。


羽田空港のハブ化

羽田空港のハブ化でいろいろな人がいろいろなことを言っているようだ。

大部分のマスコミの伝えるところ(より正確に言えば私の聞くところ)は反対の人の話で当然ながら利害関係者だ。


私の場合はもうここ数年、成田も羽田も利用していないのでどちらかといえば傍観者なのだが、今回の話はやはり唐突の感は否めない。「どうして?」と言うのが初めて聞いたときの正直な感想だ。この話の意味するところは明らかだ。分からない人のために一応説明すると、日本の主要な空の玄関口を成田または関西新空港から羽田へ移転する、という国家戦略の転換である。だからこそ多くの人が意見を言い、マスコミが派手に伝え、私でも以下のような疑問がわいてくる。

どうして-今移転なのか?

どうして-移転は必要なのか?

どうして-移転先は羽田なのか?


いろいろと過去の報道の記憶を探ってみて自分なりに納得してみたのでここに記しておきたい。(ちなみにほぼ記憶で書いているので誤りがあるかもしれない。その際は指摘していただけるとありがたいと思う。)


移転先は羽田なのか?→移転する前提であれば羽田は妥当と思う。大阪府知事はその立場から関西新空港を主張しているようだがそもそも需要が違う。関西圏全体の経済規模はおそらく東京程度だろう。関東圏全体とは比較にならない。また、歴史ある関西は当然ある程度発達しているので移転しても経済規模拡張のペースは遅くなることが予想される。どこかの共産国家のように住民を一斉に移動させて再開発、というわけにはいかないのだ。つまり最終需要地にはならない、ということである。それでもハブ空港になれないわけではない。ヨーロッパのコペンハーゲンのように飛行機の便数は多いが空港から出てくる人はほとんどいない、という純粋なハブ空港もある。どういう事か分からない人のために説明しておくと、世界中からヨーロッパに行くときにかなりの人は一度コペンハーゲンで飛行機は降りて、そこからヨーロッパ各地への飛行機に乗り換えるのである。つまりコペンハーゲンで飛行機は降りるがまたすぐ乗るので空港からは出ないのである。このタイプの空港なら関西新空港もなれる。ただしそれは関西の人が期待するほどの経済効果はもたらさないし、羽田や他の空港に対抗できるなら羽田をハブ化しても委細かまわずにハブ化すればいいだけである。


移転は必要なのか?→現在アジアの物流において日本の地位は相対的に著しく低下しているらしい。これはめざましい発展をする隣国を持つ身としては当たり前のことだ。しかも駐機料が高く、コスト的に優しくないこの国の空港はエコとしても優しくないらしく、駐機料を払うのがイヤで夜中わざわざ空席で隣国まで飛んでそこで駐機料を払い朝また空席で飛んでくるのだという。(最近の燃料の高騰で今は不明。)これらのことは羽田に移転しても変わらないだろう。新しく埋め立てるなら駐機料も安くならないだろうし、隣国の経済発展が止まるわけでもないので物流におけるアジアでの地位の低下も止まらないだろう。ただし最終需要地としての東京へのアクセスは格段に良くなる。Yahooで調べたところ、現在東京駅から羽田は約30分、成田は約1時間(ちなみに関西新空港から大阪駅までも約1時間)。距離としてはもっと差があるのでコストとしてはもっと違うだろう。移転は世界に対する東京への距離感を短くし、また東京から世界への距離感も小さくしてくれるだろう。そして24時間発着することとインフラの整備、そもそもの距離の差で物流コストは低下することが期待できる。が、これらの前提は全て最終需要地としての関東圏にどれだけ魅力があるか、という点にかかっている。単純な発着便数では広大な土地を持つ大陸にかなうわけはないし、単純なハブ空港としてやって行くにはコスト的なメリットと地理的優位性がなくてはならない。結局のところ最終需要地としての空港、兼日本のハブ空港としてやっていくためには日本が魅力的な国にならなければ移転したところで意味がない、というありきたりな結論になってしまった。つまり魅力的な国にする手段の一つとして必要な場所に移転する、というわけだ。手段の一つであるからには他にもいろいろあることは言うまでもない。


今移転なのか?→おそらく政権交代が一番大きいだろうが、個人的にはそもそも技術的、経済的に可能なのか、という点が一番気になった。成田計画発足当時はおそらく技術的または経済的に不可能だったのだろう。だからこそ成田計画ができたのだろうが、いつから羽田のハブ化が技術的かつ経済的に可能になったのだろうか?これがもしだいぶ前からだとして、羽田のハブ化が現政権までほとんど言及されなかったのは一度推進した事業は止まることはないという官僚主義の悪癖の所為だろうか?もしそうであればこれ以外にもいろいろなことが出てくるであろうし、またそうでなくてはならない。そうなれば政権交代もそれほど悪くないかもしれない。つまり国家戦略の転換は政権交代で成し遂げられる、という時代に日本も入ったと言うことだ。


振り返って鑑みるに政権交代のほとんどないこれまでの約60年間はこの戦略転換の口実に外圧が使われてきたと思う。実際、外圧はあっただろうし、当然当該国の国益に沿ってその主張は行われてきたと思うが、優秀な政府がそれにいくらか手を加え、日本の国益に沿うようにし、それなりの痛みを伴いつつも「まあまあ」という形で国内を納得させてやってきたのではないか。この手法で政権の継続性と戦略の不連続性の矛盾を解消し、運営手法として成果を上げてきたのだろう。ただしこの手法は外国の関知しない純国内的な構造改革に適用できないし(特に放置した方が外国にとって益になる場合は。)、そもそも優秀な政府の更なる効率化という点で役に立たない。(自分で自分を手術できる医者はBJぐらいだ。)また外国を口実にすることにより国内に感情的なしこりを残す。これは互いの国にとって不幸なことだ。このような手法はできれば使わない方がいいだろう。


結局この出来事で私が得た結論は日本の民主主義も新しい段階に入った、ということだ。右傾化が進む現代世界の中でこのことに若干の危うさを覚えつつも私はいいことだと思っている。個々の戦略の妥当性は別にして戦略の転換は今の日本に必要だと思うし、それを国内で執り行うことは当たり前でありながらも今までできていなかったことである。それが故に為にする戦略転換ではなくて中長期的国益を見据えた戦略転換を行っていただきたい。


そのためには、、、と長くなったのでこのくらいに。おつきあいありがとうございました。