断熱のスペシャリスト、近畿大学の岩前先生へのインタビュー第二弾です。今回は、寒さと健康、さらに優先順位のつけ方などについて突っ込んでお聞きしています。ぼくのまわりには寒さなんてちっとも感じないような人が結構います。そういう人にとって家の断熱はどのような意味を持つのでしょうか?さまざまな疑問にお答えいただいています。
❑トピックス
・「快適性」を求める家づくりはまちがい?
・寒さに強ければ高断熱住宅はいらない?
・家は夏をもって旨とすべし?
❑「快適性」を求める家づくりはまちがい?
高橋:ぼくは個人的にすごく寒がりなので、暖かい家はいいなぁと思います。でも友人の中には寒さに強くて、断熱されていない家でも不快に感じない人がいます。そういう人に、断熱の重要性をどうしたらわかってもらえるでしょうか?
岩前:寒さ、暑さの感じ方や、何をもって快適とするのかというのは人によってまちまちです。だから「快適さ」というあいまいなものを基準にした家づくりをしてしまうと、一見して良さそうでも、その人が気持ちよければすべて肯定されてしまうという危ういものだと思うのです。
ただ、ぼくらが寒いと思うような家で寒くないと感じる暑がりな人だって、実は低温によって血管や循環器系にダメージを受けています。冬の夜中に倒れることだってあります。快適性だけに依拠すると、そのような本人が気づいていない身体への負担が見過ごされてしまうことになります。
先程も言ったように今ではさまざまな研究により、低温が身体に悪い影響を及ぼすことはかなりはっきりしてきています。でも、本人は致命的な状態になるまで気が付かないことが多い。人間の身体というのは、細かい体の変化を自覚できないという恐ろしい面があるのです。
ぼくは、「快適な家づくり」という主観的なものを基準にするのは間違いだと思います。ぼくが推薦したいのは、快適性より客観性のある健康性です。もちろん健康性だって幅ありますが、「気の持ちよう」みたいな快適性ほど幅は広くない。
高橋:ただ寒さと健康を考える際にには、逆に寒い中に体を晒すのが身体にいいんだと言う人がいますね。たとえば寒中水泳とか乾布摩擦は身体に良いじゃないかと。実際はどうなのでしょうか?
岩前:それは確かに身体にいい。心と体には、アクティブな達成感が重要です。過酷な試練を与えて目標をやり遂げることが、喜びをもたらします。そういう前向きな心の状態になると交感神経が作用するのです。でも人間の体には過酷な試練だけでなく安らぎも必要です。
高橋:確かに、24時間ずっと寒中水泳している人はいませんよね(笑)。家でリラックスするときは暖かいほうがいいじゃないかと。
岩前:たとえ毎日寒中水泳する人がいたとしても、寝るときくらいは寒くない方が良いですね。活動的なときと休息するときと2つの状態は違うということです。休息も大事にして欲しいと思います。
❑寒さに強い人には高断熱住宅はいらない?
高橋:冷えが体に及ぼす悪影響についてもう少し詳しく教えていただけますか?
岩前:何度くらいの場所にどれくらいの時間いると、といった数量的なことは人によって大きく異なります。しかし人間の体の構造から考えて、局所的な温度差がある状態は体に良いはずはありません。
たとえば手足の先だけ冷たいとか、右半身と左半身の温度が大きく違うとか、そういった状態を体はコントロールできません。血液の流れは体全体で同じように循環して成り立つようになっているので、そうした状況に対応できないのです。
高橋:その影響は寒がりだろうが、暑がりだろうが変わらない?
岩前:変わりません。もちろん寒がりな人は、高断熱の住宅に暮せばよりストレスを減らせるでしょう。でも暑がりな人でも、家が寒ければそれなりに厚着をしています。高断熱住宅では着る服の量は確実に減りますから、やはりそういう人でもストレスは減ります。服というのは体に対するストレスですから。
高橋:ぼくはいろいろな高断熱住宅を取材して、宿泊までしてやっとその重要性を実感できた部分があるのですが、一般的には「ストレスが減りますよ」とか「健康になりますよ」という話を聞くだけでは、お金をかけてまで断熱しようとはならないかもしれません。
岩前:いままでの日本では、そのような情報自体が少なかったのですが、情報に触れたとしても考慮しない人はたくさんいます。とはいえ、みんな寝たきりにはなりたくないと思っているんです。
平均寿命だけ伸びても、健康寿命が短ければつらい時期が長くなりますから。ではその対策をしているかといえば、なんとなくしょうがないと思っている方が多い。断熱性能の高い住宅に住んだり、古い自宅を断熱リフォームすることで、寝たきりになりにくくなるという認識を持ってもらったほうが良いでしょうね。
高橋:みなさん健康についてはとても関心が高いですよね。ただ住宅が健康に深く関係しているという認識がなかった。
岩前:たとえば、日本の健康食品市場がだいたい年間7500億円になっています。また、暖かい靴下とか下着のような服の健康衣料という分野は3000億円くらい。フィットネスのような産業も3000億円くらいとされています。みなさん健康にはお金を支払うんです。
高橋:ぼくもこういう取材をするまでは、暖かい靴下などを熱心に買っていました。でも内窓をつけて断熱しようという発想はありませんでした。断熱をして健康になるという方法もあるのに、そういう選択肢があることが知られていないから、お金をかけてまでやろうという人が少なかったのでしょうね。
岩前:消費者の問題だけではありません。今までは一般の方が断熱リフォームをしたいと考えても、リフォーム業者が不勉強で、十分な工事ができなかったという課題もありました。最近は事業者側の質や対応はだいぶ変わってきていると思います。
❑家は夏をもって旨とすべし?
高橋:家の断熱の話になると必ず言われるのが、「日本の家は夏対策が基本であるべき。吉田兼好も『家は夏をもって旨とすべし』と言っていた」という話です。これについてどう思われますか? 日本の古民家は確かに夏は湿気がこもらず涼しいのですが、冬はとてつもなく寒いですね。
岩前:私もかつてさんざん言われましたが、神話というか、呪いみたいになっちゃっていますね(笑)。吉田兼好が語った「夏を旨とすべし」という話の要は、「自然には逆らうな」ということです。彼が生きた鎌倉時代は、もちろん断熱技術などなかったので「自然をよく知り、自然に生かされるライフスタイル」を選ぶしかありませんでした。
当時としては合理的とはいえ、「自然に生かされる」というと聞こえはいいのですが、自然の状況によっては、「自然に殺される」リスクも出てきます。 現代はいろいろな技術もあるし、もうちょっと自然をコントロールしながら自然とともに生きる方法を考えるべきじゃないか、ということが大事になっているのです。
それをいまだに表面的な言葉だけをとって「夏を旨とすべし」などと言っている建築関係者がいたら、それはただの勉強不足ではないでしょうか? 吉田兼好だって、800年もあとの時代の人たちが、自分の言葉だけを鵜呑みにして、今ある素材や技術を使わず寒い家に我慢して住んでいると知ったら驚くはずです。
高橋:高気密高断熱の住宅は、自然と切り離された人工的な環境だから嫌だ、という方もいます。
岩前:ぼくは別に、人工的な環境が良いといっているわけじゃありません。自然の変動に身を任せていると不健康になるから、ちょっと工夫して自然の変動をやわらげましょうということなんです。ごく当たり前のことを言っているつもりです。
高橋:断熱の重要性はだいぶ広まってきたように思いますが、気密についてはいろいろな意見があるようです。高気密にすると夏は暑くなるとか、息が詰まるといった話をする人もいます。
岩前:確かに、かつては高気密の施工をしたひどい家が作られたこともあります。たとえば1975年の北海道で、「ナミダダケ事件」というのが起きました。これは家の中で結露が発生して、床下が腐ってキノコが生えたという事件です。
その原因ははっきりしていて、極めて初歩的な結露対策をしていなかったことが上げられます。対策をきちんとしてからは、このような話はほとんど聞きません。 事件のイメージから、一階の床下に断熱材を入れると「床下が腐る」からと言って嫌がる施工会社の人もいます。でも本人がそういう経験をしているわけじゃない。漠然としたイメージだけで仕事をしているかという表れでしょう。
高橋:どうもありごとうございます。いろいろな疑問が解けました。世の中では、高断熱住宅について、まだまだ知られていなかったり誤解されていることも多いと思います。これからもまた質問させてください。
岩前:ここ数年で、日本にも高気密高断熱の住宅が増えてきました。そういう家を体験する人が増えてくれば、徐々に世の中の認識は変わっていくと思います。
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