第64回:ドイツに学ぶ、循環型の町づくり/早田宏徳さんインタビュー(前編) | 全国ご当地エネルギーリポート!

全国ご当地エネルギーリポート!

-エネ経会議・特派員:ノンフィクションライター高橋真樹が行くー

全国ご当地エネルギーリポートではこれまで、ドイツや北欧をお手本にした画期的な省エネ住宅を紹介してきました。そこでは、家の燃費が一目で分かる「エネルギーパス(※1)」という指標や、エネルギーパスに基づいた家づくりを進める「低燃費住宅(※2)」の取り組みも取り上げています。今回お話を伺って来たのは、その「エネルギーパス」の考え方を日本に輸入し、「低燃費住宅」を立ち上げた仕掛人、早田宏徳さんです。早田さんは現在、住宅だけにとどまらず、日本の常識を覆すような循環型の町づくりを実現しようとしています。「先進国では日本の住宅性能は最も劣っている」と語る早田さんから、日本が省エネ大国になるための壮大なプランをお聞きしました。
※1 エネルギーパス
EU全土で義務化されている「家の燃費」を表示する証明書。住宅のエネルギー性能を数値化する事で、建築家だけでなく一般の消費者にとっても一目でわかるよう共通のものさしになっている。日本では、2011年7月にエネルギーパス協会が発足。2015年現在は長野県などで共通の指標として活用されている。
※2 低燃費住宅
ドイツや北欧の省エネ住宅のコンセプトに基づいて、冷暖房に頼らずに省エネで快適な暮らしを実現する家。この家づくりに共感した全国の工務店が低燃費住宅ネットワークに加入し、低燃費住宅づくりと普及のための活動に取り組んでいる。


芝生の上をトラムが走るフライブルクの街

◆今回のトピックス
・ドイツと日本の圧倒的な差の理由とは?
・住む人が幸せになる町
・エネルギーパスは消費者の味方
・30年後を見すえた町づくりのグランドデザイン

◆ドイツと日本の家、圧倒的な差がついた理由とは?

高橋:早田さんがドイツの省エネ住宅に影響を受けたきっかけを教えてください。

早田:ぼくは24歳のときから独立するまでの10年間、山梨と宮城(仙台)の2つの建築会社で営業責任者をしていました。そこでは年間300棟以上の住宅を提供する県内でもトップクラスのシェアを誇っていたんです。しかも安かろう悪かろうのローコスト住宅ではなく、高性能な省エネ住宅です。当時から、「温暖化の問題もあるし、今後の世界はそっちに向かっていくはずだ」という確信がありましたから。また「家は長持ちしなければいけない」というコンセプトから、国産材100%を使ってFSC(国際森林認証)という規格で作っていました。その認証は、例えば木を切るチェンソーの油まで植物油じゃないとダメだという厳しい条件のものです。森から運送から作る所までをそういう国際規格でやっていました。経産省の「CO2削減先導的モデル事業」にも採択されたりと、当時は日本でもトップクラスの家をつくっているという自信がありました。 


早田宏徳さん

でもそれは井の中の蛙で、世界の動きを知らなかったんですね。村上敦さんというドイツ在住の環境ジャーナリストと知り合いになり、彼に案内してもらってドイツの持続可能な街づくりの事例を視察することになったんです。とにかく驚きました。まず建築屋なので家を見るわけです。そしたら窓の性能や壁の厚さなどひとつ一つに対して「なんじゃこりゃあ!」という感じでした。

自分の手がけていた家が最高峰だと自負していたのですが、ドイツの基準では建築基準法すれすれの家でしかなかったんです。確かに日本では良い素材を使っていたのですが、世界の基準からするとはるかに性能不足だったことがわかりました。一般的な日本の家とドイツの家では、断熱の性能差はおよそ4倍です。このように言うと、日本の方は「ドイツは気候が違うから」とおっしゃるんですが、平均的なドイツの気候は長野や仙台と同じようなレベルで、日本より遥かに寒いということはありません。冬の寒さは北海道の方が遥かに厳しいのです。だから気候の違いは言い訳にはなりません。

なぜ同じ敗戦国である日本とドイツでは、こんなにも差がついてしまったのか、村上さんから話を聞きました。ドイツでは、1986年に起きたチェルノブイリ原発事故がきっかけになりました。フライブルクやシェーナウなどの町ではチェルノブイリのときに2000キロも離れているのに黒い雨が降りました。自分たちが大切にしていたものが原発に犯されたという意識があるんです。そこで未来の子どもたちのために、なるべく無駄なエネルギーを使わないで快適に過ごせる家や社会をつくろうという取り組みが進められて来ました。そのため、建物や住宅の気密化、断熱化、そして低燃費化を徹底的に研究してきました。それでエアコンやストーブに頼らなくても暖かい家を実現しているのです。


自然と共生しているヴォーバン住宅地の風景

エネルギーの選択や利用の仕方にも違いがあります。例えば太陽光発電を設置する、再生可能エネルギーによる電力を積極的に購入する、といった日本でも考えられること以外にも、太陽熱温水器や天然ガスによるコージェネレーションを多用しています。コージェネレーションというのは、発電だけでなくそのとき発生する熱も暖房などに活かす効率的な設備です。このように、フライブルク市民には地球に負荷を与えにくいエネルギー利用をたくさんの方が選んでいます。

日本の建築業界は、自分たちの商売のために家を建ててきた傾向があります。そこが決定的に違っていたのです。ぼくは村上さんの話を聞いて、悔し涙が止まりませんでした。日本では福島の原発事故が起きた今でも、「エネルギーがなければ動かない機械」だったり「壊れたら使えないメカ」ばかりに頼った家づくりを進めていますが、それは間違いです。エネルギーがなくても快適に暮らせる家を、日本に広めなければと思いました。


ドイツと日本の家の性能差はこんなにある

◆住む人が幸せになる町

高橋:関心は家づくりから町づくりに広がったそうですね?

早田:ドイツで感銘を受けたのは家だけではありません。特にすごいと思ったのは、環境都市として知られるフライブルク市のヴォーバン住宅地を見学したときのことです。ここでは公共交通が充実していて車が必要以上に走っていないから、子どもが安心して外で遊べます。また省エネ住宅に暮らして再エネを活かした効率的な運用をしているから、電気代が高騰してもこの地域ではほとんど光熱費が上がりません。

数え上げたらきりがありませんが、そうした町づくりは場当たり的に行っているのではなくて、住民が多数のNPOなどを通じて町開発のコンセプトづくりに参加、そこで定めた「ソーシャルエコロジーコンセプト」に基づいた町づくりをしてきているんです。だからとにかく暮らしやすいし、住んでいる人が本当に幸せそうなんです。


ベルリンで建築見本市に参加した早田さん(左から2人目)

しかもすごいのは、そういう町に住んでいる人みんなが特段に環境意識が高いわけじゃないことでした。ここでは街や家の仕組み自体がエコになっているから、生活しているだけでエコな暮らしを実現していたのです。環境への意識だけなら日本人の方が高いですよ。ゴミを捨てないとか、こまめに電気を消すとか頑張ってるじゃないですか。ドイツ人はポイ捨てなんか平気でしますから。でも、日本では仕組みができてないから、トータルで暮らしがエコになっていない。ドイツでは「こっちに住んだ方が儲かるじゃん」とか「あったかいじゃん」という単純な人間の欲求を実現しながら、社会全体がエコになっている。これは強いですよ。この町を見て、住宅だけではなく街づくりを考えていかないと社会は変えられないと思いました。

ドイツから帰国後、ヴォーバン地区をモデルに日本で町作りをするために「クラブヴォーバン」という団体を、村上敦さんとともに立ち上げます。2007年のことです。これは実務家の研究会のようなもので、年に数回集まって毎年一つか二つのテーマを決めて小さなコミュニティから実現していこうとしています。また、クラブヴォーバンに集まったメンバーに声をかけて、年間70~80人の建築家とか工務店の社長をヴォーバン地区に連れて行くツアーを始めました。ぼくがそうだったように、とにかく行かないとドイツのすごさを実感できませんから。その中の一人が、高橋さんの記事にもある香川県で低燃費住宅を手がけている石川義和社長です。彼もドイツの家づくり、町づくりと出会って人生が変わった一人です。

◆エネルギーパスは消費者の味方

高橋:そのあたりからエネルギーパスを輸入し始めるんですよね?それはなぜでしょうか?

早田:省エネ住宅の普及には、エネルギーパスのような共通のものさしが絶対に必要です。日本では住宅メーカーそれぞれが「スーパーなんちゃら工法」とかすごい格好いい名前をつけてエコをうたっているんですが、エネルギーパスで計ると、実際どれくらいの性能かが全部わかっちゃうんです。これで家の燃費が見えれば、一般の人でも得するか損するかが理解できます。だからエネルギーパスは消費者の味方なんです。


住宅のエネルギー性能がひと目でわかる、エネルギーパスの証明書

本当は国がやってくれたらいいんですが、待っていても仕方ないのでエネルギーパスのプログラムを日本語版に換えたりするのに稼いだお金をみんなつぎ込んでしまいました(笑)。そして2010年7月には、ドイツからエネルギーパスの講師を呼んで20人くらいのコアメンバーが授業を受けたんです。「さあこれから日本に省エネ住宅を広めるぞ!」と意気込んでいたところに震災が起きました。

当時は打ちひしがれましたね。2007年から4年間、自分の商売そっちのけで環境とか原発の問題をなんとかしようと懸命にやってきたのに、何にもならなかったのかという思いがあったので…。でもその直後に、事前に出願していた「エネルギーパス」と「低燃費住宅」という言葉の商標登録が認定されたんです。逆に今こそこれを日本に広めなきゃいけないとスイッチが入りました。そして2011年7月に「日本エネルギーパス協会」を設立、さらに翌2012年には「株式会社低燃費住宅」を仲間とともに立ち上げます。

エネルギーパスは2013年に、長野県で建築物のエネルギー性能を評価する指標の一つとして指定されました。他にも市町村レベルで、導入を検討してくれているところがいくつかあります。導入された地域で省エネ住宅が広がるなどの結果が出るのが楽しみです。現在、エネルギーパスのライセンスを持っている人、つまり住宅のエネルギー性能を評価できる人が1100人まで増えています。ドイツには3万人いますからそのレベルをめざしてまだまだ増やしていきたいと思います。

◆30年後を見すえた、町づくりのグランドデザイン

高橋:その延長線上に、めざす町づくりもあるのでしょうか?

早田:家を一軒良くしただけでは、周囲の環境はエコにはなりません。その際に省エネだけでなく、公共交通や発電、発熱などの創エネルギーを適正に管理していく必要があります。またドイツだと微気候(ミクロ・クリマ)と言うのですが、町中の緑や森とか川といった自然が維持されていないと、人間社会が機能しないと考えられているのです。

その際には、再エネの電気を貯める蓄電もカギになります。蓄電池の導入はドイツでもこれからですが、電気自動車を蓄電池代わりに活用するという方法も有力です。公共交通では、やはり再エネで生んだ電気を電気自動車や電動アシスト自転車、路面電車(トラム)などに利用していく。これからの町づくりは、そのように未来を見すえてグランドデザインを描いていく必要があります。

ドイツやフランスは町を作るときから、地下を掘って配水管とケーブル通すなど、計画的に進めてきました。でも日本の町づくりは場あたり的にやってきてしまいました。電線はあちこちにぶら下がり、下水はモグラの穴のように適当に掘っている。だからドイツや北欧の地域熱供給のように、穴を掘ってパイプを埋めて地域で暖房をまかなうというような事は簡単ではありません。これだけ人口減少して税収がなくなってという未来が見えている日本の状況を考えると、今さら単純にマネをしようとしてもできないんです。


香川県に施行した低燃費住宅のひとつ。見た目では違いは分からなくても、夏も冬も快適

じゃあどうするのかというと、30年くらい先を見すえてグランドデザインを描ける人が、エネルギーの先進地域から学んでアイデアを出す必要があります。それも各人がバラバラにやるのではなく、ひとつの方向に自治体と民間が協力していかないといけません。そういう町づくりは、大きな町だと利害関係が衝突してなかなか成立しないのですが、人口が1000人とか2000人規模の自治体であれば可能です。そこで例えば20戸とか30戸の集合住宅をつくるときにそういう町づくりを実現していくことならできるはずです。ぼくはそのグランドデザインを手がけたいと思っているんです。

※後編では、省エネ住宅の経済性や低燃費の賃貸住宅について詳しくお聞きしています。お楽しみに。
後編はこちら


◆これまでの関連記事
・家の燃費を見える化する(エネルギーパスについて)
・省エネにも健康にもなる家づくり(低燃費住宅について)
・スウェーデン住宅の住み心地と、こだわりの木製トリプルサッシとは?


省エネの方法についても紹介!
エネルギーをみんなの手に!

高橋真樹著『ご当地電力はじめました』
(岩波ジュニア新書)