第33回:家の燃費を見える化する/日本エネルギーパス協会・今泉太爾さんインタビュー(前編) | 全国ご当地エネルギーリポート!

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-エネ経会議・特派員:ノンフィクションライター高橋真樹が行くー

「ご当地電力リポート」第33回。エネルギーについて考えるなら、「創エネ」だけでなく、省エネも欠かせないということは、「Forward to 1985」「鈴廣かまぼこ省エネの取り組み」などでも、何度か紹介しています。

 省エネ性能の高い住宅を広めるカギを握っているのが、今回ご紹介する「家の燃費性能」である「エネルギーパス」です。「家の燃費」という言葉はあまり聞きませんが、いったい何でしょうか?

 いまは冷蔵庫でも車でも、小売価格だけでなく、「一年で電気代がいくら」とか「リッター何キロ走るか」とか、燃費を考えて購入しますよね?実は家にも燃費があるんです。家はたいていの人にとって、人生で一番高い買い物。その燃費を計算すれば、20年、30年で大きく差が開いてきます。それなのに、燃費を気にせず、価格とデザインだけで家の購入を決めている人がほとんどです。

 今後、燃料費が確実に上がっていく時代を迎えて、そのまま放っておいていいのでしょうか?ドイツで家の燃費性能を計る目安になっている「エネルギーパス」という指標を日本に導入した「日本エネルギーパス協会」代表理事の今泉太爾(たいじ)さんにお話を伺いました。

◆エネルギーパスとは「エコ住宅共通のものさし」

 「エネルギーパス」とは、EU全土で義務化されている「家の燃費」を表示する証明書のことです。私たち住宅産業に関わるメンバーは、2011年7月に日本エネルギーパス協会を発足させ、日本でも「家の燃費」という概念を広めようと活動しています。また、「低燃費住宅」という全国の工務店のネットワークをつくり、実際にエネルギーパスの基準に添った省エネ住宅を販売しています。

 燃費は光熱費や水道代から判断できるのでは?と思う方もいるかもしれません。しかし光熱費は、住んでいる環境や家の大きさ、家族構成、あるいは暑さや寒さをガマンする度合いにより、大きく変わってきます。ガマンするのでなく省エネ性能の高い家に住んだりつくったりしようというのが、エネルギーパスの考え方なのです。


エネルギーパス協会の今泉太爾さん

 エネルギーパスの指標は、年間を通して快適な室内温度を保つために必要なエネルギー量で、床面積1㎡あたり●●kW時必要という形で数値化されています。それによって、誰でも簡単に家の燃費を確認する事ができるのです。

 2008年からは、EU全土で住宅へのエネルギーパスの表示が義務付けられました。日本では住宅の価値は築年数で決まりますが、EUでは家の燃費が重要視されます。消費者が燃費を判断基準にするため、燃費の悪い家は賃料や販売価格が割安になります。そこで家の貸し手や作り手は、できるだけ価値を高めようと、燃費向上に熱心になっています。EUは、借りる方も貸す方も、燃費を前提に家を考えることが当たり前の社会なのです。

 日本にも省エネ住宅と呼ばれるものはありますが、これまでは、共通の「ものさし」がありませんでした。そのため「省エネ住宅」「無暖房住宅」「パッシブハウス」など様々な名称が使われ、一般の方はもちろん、家を造る側の工務店やハウスメーカーでさえ、いったいどれがどれだけ省エネなのかがわからない状態だったのです。しかし、エネルギーパスを導入すればそれが判断できるようなります。

 また、日本では「断熱や気密はお金がかかる」と考える人が多いのですが、その認識も変わってきます。例えば、日本の普通の住宅にあと5センチ断熱材を厚くすれば、断熱性能がワンランクアップします。断熱性能がワンランクアップしたことによる光熱費削減効果は地域や間取りにもよりますが、4~5万円ほどになります。

 断熱材ワンランクアップのための価格は、例えばグラスウールであればおよそ30万円ほど。30万円の追加投資で30年間トータルで150万円以上の光熱費削減につながるのです。最近の住宅ローンであれば、30万円借りると返済額はおよそ年1万円アップ程度、返済増額と光熱費削減の差引3~4万円の投資効果が得られます。費用対効果で考えると、これほど利回りの高い商品を私は他に知りません。

 ところが、世の中の半分の人はランニングコストを考慮できないために「断熱材に30万円かぁ・・・」と思ってけちってしまい、10年しか使わないキッチンにお金をかけてしまったりするのです。これも、エネルギーパス導入によって多くの人が収支を理解しやすくなります。なお、燃料費は近年右肩上がりで値上がっており、今後もさらに上昇する可能性が高いため、投資した30万円の利回りはさらに高くなると思います。


日本とドイツの平均的な断熱材の厚さの違い

◆日本の家の断熱性能は致命的に劣っている

 日本人は住宅についていろいろな誤解をしています。その一つは日本の家は、欧米の基準と比べると非常に寒いという事実をわかっていないということです。日本の基準で最高の断熱性能を持った家は、ドイツの普通の家と比べて3分の1程度の暖かさしかありません。日本では多くの人は、設備機器を買い替えるか、寒さや暑さを我慢するかしかないと勘違いしているのです。

 確かにエアコンなど設備機器の効率はとても高いのですが、建物の断熱性能は致命的に劣っています。例えば、温度管理に最も気にしなければならないのは窓です。その窓枠に、熱伝導率が高い金属製サッシを使っている国は、冬に暖房が必要になる先進国を私は日本以外に知りません。そのほとんどはアルミサッシで、ご存知の通りアルミは夏は熱く冬は冷たくなります。ドイツではサッシは樹脂製や木製の3重サッシが当たり前です。


各国のサッシの素材の違い。熱伝導率の高いアルミの使用率が、日本だけが高い

 日本の住宅には、断熱の思想が不足しています。そう言うと、ドイツと日本とでは寒さが違うと言う方がいます。でも実はそうでもありません。日本とドイツの気象データを比較してみると、ベルリンやミュンヘンの冬の気温は、日本では長野や北関東と同じくらいであり、確かに寒いですが、私たちが思っているよりもずっと暖かいのです。いや、ドイツの冬が暖かいのではなく、日本の冬が私たちが思っているよりもずっと寒いのです。


日本とドイツのサッシの断熱の違い

 あまり知られていませんが、日本の住宅における室内環境は、途上国の貧困層並みの低水準なのです。これは憲法25条で規定されている「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」に違反しているというレベルと言えるでしょう。実はオフィスビルについては、17度から28度以内の温度管理をすべきという法律があり、ビルなどでは当たり前のように断熱を気にしてつくられています。しかし、一般の住宅には何の基準もありません。法律がないから業者は考えもしない、というのがこれまでの家づくりの常識でした。でもそのままでいいのでしょうか? 

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