■ セッションメニューはこちらへ ■
セッションは現在全て一時的に受付を停止しております
少し業務連絡。
月守ワークにご参加の皆様、お知らせメールをお送りしておりますのでご確認ください。
・・・・・・・・・・
どうしたいのか、どうなりたいのか、どこに向かいたいのか。
これに関しては完全に自分の問題である。
誰かに聞くものではない。
というか、私はココが「宗教」との分岐点だと思っていて。
この答えを誰かにもらうとか従う感じであれば、それは宗教だなと。
宗教は悪いものじゃないすよ。
あれは必要なものだけどさ。
要は自分軸のくい打ちをどこに定めるかの問題だと思うわけだね。
あくまで現実創造を起点にするのであれば、
「私はこうしたい。で、そのためにはどうすればよいのだろうか」
の一歩目が欲しいわけだね。
ちょっと宗教の話が出たので少しだけ触れると。
宗教は一定のカテゴリやレベルの集団に対しては絶対に必要である。
というのは、宗教とは抑止力の役割が非常に大きいから。
獣が本能的に火を怖がるように、原始的な感覚で「畏れ」を学ばせないと人間という生き物は簡単に暴走する。
ここだけ書くとなんか原住民向けの宗教みたいなのイメージなさるかもしれないけど、意外と文化や文明の先に興る宗教でも同じことが言えるんだなあこれが。
いかんいかん、話を戻そう。
二極化多極化が叫ばれる昨今でありますが。
その分岐は結局ココだろうなと。
魂の個としての叫びが起点になっているのか、思考停止させる群衆の中に所属することが起点となっているのか。
思考や感情とは、魂における呼吸みたいなものなのでね。
ここを放棄するかどうするのかの選択で運ばれる世界線や「場」は大きく変わるのだ。
なぜならこの世界のシステムや基盤に関わる問題でもあるから。
さぁ、私はどうしたいんだ?
これを四六時中自分に投げて生きるのだ。
どんどん、自分の内側に潜っていくような感覚でさ。
流しっぱなしで金運上げ。
チャンネル登録よろしくお願いします。
ブログランキング参加しております。
