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SNSなんかの普及も手伝って、なんかやたらと矛盾や欠点、黒歴史に厳しい世の中であるが。
これは単に大勢の他人が可視化されただけで、昔っからロクなヤツなどいない世の中ではあった。
今特別何かが悪くなったとかではない。
新札になってる渋沢栄一なんか長女が生まれた時に遊郭で300万使うようなクソ女好きですよ、婚外子20人以上らしい。
嫁さんがむちゃくちゃ苦労したらしいからね。
そういう意味では偉人でもなんでもない、ただのクソ男笑
しかし、大勢の他人が可視化されるせいで以前よりは確かに、矛盾や欠点や黒歴史が目立つようにはなっている。
その意味では厄介な時代である。
当然、わざわざ悪事を働けとは言うわけはないが、しかし、過度に善良な市民でいようとガチガチになる必要もない。
安心したまえ。こんだけ大々的に報道されようが政治家裏金問題は手つかずだ。
悪いヤツは隠れてなくとも悪いヤツである。
オカミがそんなものなのだから、市民の我々はせめてリラックスして生きよう。
どうも人の心配や不安、鬱っぽくなりがちな原因の根底には、この完璧でなければいけないといったぼんやりとした強迫観念があると思われる。
そうじゃないとここまでみんな自信がなかったり自己重要感が低かったりはしないだろう。
たまにSNSで見るのが、1歳に満たない赤ちゃんの動作をクセを動画で投稿して、これは異常じゃないのか?病院に行くべきか?不安で泣きそうになる、といった感じの投稿だ。
気持ちはむちゃくちゃわかるし、自分でも同じ立場だったらそうなるだろう。
しかし、昭和2、30年代頃の戦後の混乱期、団塊世代が赤ちゃんだった頃なら同じように不安になるだろうか?
とにかく生まれた子を育てることで手一杯で一挙手一投足に一喜一憂などしているヒマはなかっただろうからそこまでではないかと思われる。
要は、他が見えすぎると不安になったり欠陥に思えたりすることってあるだろうねって話で。
そもそもの大前提として、人は誰ひとり完璧じゃない。
なんかしらよくてなんかしらダメなのだ。
カンペキに見える人だって本人の家族にとってはイヤなヤツであることも多いもんだ。
カンペキかどうかとか、ダメなところをどうやって直すかとかじゃなくて、誰にでもある「なんかしらいいとこ」を賞賛し、伸ばしていき、称え合うような世界を目指さないとね。
窮屈で苦しい世の中を作ってはいけないよ。
自分のダメさを許して、自分の好きなところを伸ばしていけばよいのだ。
そして、そもそもが、みんな、実はあなたに完璧でなければならないなどとは思ってはいない。
ただいてくれるだけでいいんだよ。
あ、政治家の裏金はアカンよ。
それはアカン笑
裁けって。
なんでスルーするんだ笑
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