吉本興業所属のタレントである松本人志氏の性加害報道を巡る言説について、意見の続きを述べます。
項目を先に提示します。

1 報道の際に使用される言葉が悪いという非難はトーンポリシングであり悪質な論点ずらし
2 マッサージ店における事例は不同意性交等
3 性被害をはじめとする犯罪被害の実態と、被害者支援の重要性
(1)犯罪被害者等基本法
(2)犯罪被害者を取り巻く困難
(3)性犯罪被害者の実態
(4)犯罪被害者支援の重要性

本文を記載します。
1 報道の際に使用される言葉が悪いという非難はトーンポリシングであり悪質な論点ずらし

週刊文春による「上納システム」等の言葉遣いを非難するコメントが吉本興業所属の芸人などから挙がっています。
これは、悪質なトーンポリシングです。
(「トーンポリシング」とは、問題を提起した人の発言に対して、その発言や主張の内容(が妥当かどうか)は度外視して、発言者の態度・論調・ものの言い方を非難・批判するような振る舞いのことである。論調(トーン)という非本質的な部分に難癖をつける論点のすり替え。)
問題の本質は、まず、複数人の証言や物証があり、不同意性交等罪に該当する性加害が行われた可能性が高いこと。また、未遂であっても、性行為の強要や罵倒という、人間の尊厳を奪う人権侵害が行われていたこと。
次に、場所を直前にホテルに変更する、相手が誰かを教えない、携帯電話を没収する又は使用を制限する、複数人で松本氏と性行為を行うよう圧力をかける、という、真に同意を得ずに性交を行うための方法を組織的に長年行ってきた可能性が高いこと。
そして、それらが、万博などの国の事業や、大阪府や大阪市、その他の地方公共団体の事業、つまり、公金を使用する事業を受注する吉本興業において、芸能人ではない方も対象に、広く行われてきたことです。
非常に深刻な社会問題である上に、「上納システム」というのはまだマイルドな表現です。「強姦幇助」「不同意性交等幇助」などという表現の方が実態に近いのではないでしょうか。

2 マッサージ店における事例は不同意性交等
女性客も利用する性的サービスのない一般的なマッサージ店において、セラピストに対して口腔による性行為を強要し、実行した事例は、不同意性交等罪に該当する刑事事件である可能性が高いです。
この事例では、マッサージ店の同僚のセラピストの証言や、被害にあった当日に相談した友人への翌日のLINE、被害にあった方から「芸能人から性加害を受けた」という発言を受け、不安障害であると診断した医師の証言など、複数の第三者の証言や医師による診断結果等の証拠があります。

3 性被害をはじめとする犯罪被害の実態と、被害者支援の重要性

「何年も前のことを、なぜ今さら告発するのか」「被害にあったなら、なぜすぐに警察に相談しないのか」といったコメントや、告発者への非難の声なども、松本氏のファンの方などから挙がっているようです。

これらは、性犯罪をはじめとする犯罪被害者の実態と、被害者支援の重要性への理解が不十分な発言内容です。

(1)犯罪被害者等基本法
2004年に制定された犯罪被害者等基本法では、その前文において、犯罪被害者の権利が尊重されてきたとは言い難く、十分な支援を受けられず、副次的な被害に苦しめられることも少なくない現状に触れ、犯罪被害者の声に耳を傾け、犯罪被害者等の視点に立った施策を講じ、その権利利益の保護が図られる社会の実現に向けた新たな一歩を踏み出さなければならない、という記述があります。
その上で、基本理念の中で、「犯罪被害者等は個人の尊厳が尊重され、その尊厳にふさわしい処遇を補償される権利を有する」と明記し、犯罪被害者等のための基本的施策を定めています。
不同意性交等罪に関する刑法の改正について、あたかも「ルールが変わった」と、法改正によって、今まで許されてきたことが許されなくなった、という論調でコメントされる方がいらっしゃいますが、それは違います。 
犯罪被害者等基本法の制定も、不同意性交等罪に係る刑法改正も、機械的に文章を変え、ルールを変えたわけではありません。
今までの法制度の中で、被害者であるのに副次的被害を受けた人々の苦しみや、実態としては性的虐待や強姦に該当するにも関わらず、暴行や脅迫などの従来の法における要件に該当しないために被害が認められず、救済されなかった大勢の被害者の苦しみを母胎として、実態に合わせて法が変わったのです。
田中角栄は、様々な法令を諳じていたことで有名ですが、それは、法令の裏側にある、人々の悩み苦しみ、その救済を、政治家として骨身に染み込ませる行為であったと私は考えています。

(2)犯罪被害者を取り巻く困難
性犯罪をはじめとする被害者には、被害を受けた後、何年間も、あるいは一生、PTSDやうつ病、抑うつ状態などの身心の不調や、仕事上の困難や人間関係の問題などの日常生活における困難がつきまといます。
また、周囲の無理解や偏見などが原因となる二次被害に苦しめられます。

(3)性犯罪被害者の実態
警察庁による平成29年度犯罪被害類型別調査結果報告書では、被害による身体・精神的影響として、過去30日間に何らかの精神的な問題を感じたとする回答比率で、性的な被害では41.4%、日常生活が行えなかったと感じている平均日数は性的な被害で24.8日と、犯罪類型別の回答で上位の結果がでています。
また、警察への通報率では、性的な被害で20.1%、「どこにも相談していない」という回答は52.1%と、被害を受けても、潜在化しやすいことがうかがえます。

法務省による性被害の実態調査アンケート結果報告書では、挿入を伴う被害1274件のうち、警察への相談を行わなかった人が82.6%と高く、さらに、相談を行った場合でも、警察相談に至るまでの年数の標準偏差は7.5年、被害届が受理された件数は半数弱という結果がでています。

また、被害を受けた際には、成人では、恐怖心や驚きで身体が動かなかった、加害者との関係性により抵抗ができなかった、という回答が多く、明確な抵抗が困難である状況が多いことが読み取れます。

性犯罪の被害者は、身心の不調や日常生活における困難を抱え、相談をすることが難しく、相談した場合も年数が立ってから相談ができる状態になることが多く、被害届が受理されるとは限らず、さらに、周囲の無理解や偏見による二次加害に苦しめられる、という実態があります。

(4)犯罪被害者支援の重要性
加害者や、加害が疑われる人々にも人権があり、かつ、広く加害が行われないような下地をつくる社会的支援などが必要です。
しかし、より配慮を受け、権利を守られ、支援を受けるべきなのは、被害者や、被害を受けた可能性が高い人々の方です。
我々は、犯罪被害者の実態と被害者支援の重要性を認識すると共に、少なくとも、被害を受けた可能性がある人に対して、二次加害につながる発言を行うことは、慎まなくてはなりません。

その他、以下の論点等についても、後日記載していきます。

園子温の和解発表と報道における問題点
個人的な関係性と報道の内容は切り分けるべき
スラップ訴訟や報道の自由の侵害の防止
週刊誌記者への悪質なイメージ付け