こいつら、、、

図書館で勉強をしていて思う。
心底、日本人よりも、集中力があると。

1人1人が、集中力の持続時間がすさまじい。
ずっと勉強している。
女だろうが関係ない。3,4時間は平気でぶっ続けで勉強している。

日本人が、
仮に、勉強をするのが、主に高校生まで(大学生まで)
として、
それ以降が、社会常識に自分を合わせる訓練
(自分自身の成長と距離を置く)

のだとしたら、
日本人は「人生というゲームの仕方」を知らない
とも
いえる。

勉強をする=
与えられた時間内で自分自身に内在する知的世界の模索

とするならば、
「自分自身」でする遊びであり、
バラエティー番組
のように、
「他人」から遊ぶという軌道を決められたもの
に「乗るだけ」という事とは
違う。

人生の意味が違くなってくる。

フランスには、
テレビ番組的娯楽は、極端に弱く、
それ以外に、人生の楽しみを見出しているからだともいえる。


日本、ヤバイと思っている。

考える訓練(自分の人生を自分の言葉で
説明する器量を拡大する機会)が与えられていない。

才能が磨きあうものだとするならば、
一定レベル以上の
「思考能力」と「意志」を備えているもの、
が、「気持ち悪がられる」
という社会構造が
成立してしまっている。

日本はもう駄目だと思う。


日本に尽くして、
世界レベルで「自己を語れる人物をつくる」
為の基盤像は、私の頭の中で完成しているが、

出来る気がしない。

絶望をいかに埋没させ、
自分が自分であったことを
忘れるために「全力」を尽くすのが
日本社会とするのならば、

その業を拭い去るほど
私は人間が出来ていない。


子供たちにはよりよく生きてほしいから、
出来れば海外に、、、

でも、にほんが 変わらねば意味はない。
どうも
曲解の癖が付いてしまったのか、どうなのか。

物事をまっすぐ見れなくなってきているように
思う。

甘えなのだと思うけど、

価値観がゆがんできているのだと思う。

たった一人、そのたった一人が
見つかりはしたのだが、
その人の下に戻る気は、無い。


人生を遊んでいるわけではないが、
何か
自分の意志などを越えた、大きなものの声
を聞きたいのだ。

どうなるかは分からないけれど、
自分の願掛けとなっていた「毘沙門天」の言葉。

それすらも
危うい。


ただ、声を聞きたい。


美しいものにも触れた。
でも、
美しいものはたくさんある。


全てを手におさめることなど出来ない。

初恋の人は、
結果、綺麗な人だったが、目が綺麗だったのが、
やはり自分にとって一番大きな理由だろう。


さて。

くだらないことを言っていても仕方がないので、
自分の殻に引きこもることにしますか。


日本に帰ることは、
半分嬉しいが、
半分以上は、怖い。


なんの因果か知らないが、
とにかく、今分かっていることは、
フランスを離れて、日本に帰らねばならないということだけ。


浦島太郎。
このまま、フランス人にむかついていてもどうすることも
出来ないと判断し、

今日は、フランス人のいいところをさがしてみることにした。

恐らく、
かなりの部分が「見栄」で出来ていると、考える。

ふと歩いていると、
まあ、殆どそんなことはありえないが、
たまにフランス人が話しかけてくれることがある。

手荷物検査とかに引っかかったりしたときだ。

で、
「can you speak english?」
って
いきなり言ってくるわけだ。


考えられることとして、
1 此方がフランス語をしゃべれないのを見るに見かねて
2 自分の国際化ぶりをアピールしたい(おれは英語がしゃべれるんだぞと)


2に該当する場合が、ちらほらある。
こちらが、英語を話し始めると、付いてこれない状況が、
少しだけある。

私の英語は、日本人の中での、中の上くらいだと思うが、
それについてこれないということは、
「分かってない」というレベルに該当する。


また、私は、日常会話なら、もう、フランス語は、把握しているので、
普通にゆっくりしゃべってくれれば、
意図は伝わるため、
いきなり「英語をきみはしゃべるの?」と
聞く必要も無い。


氷山の一角ではあるが、
どんな
小さな場面にも、
それを体系化する
要因の一つや二つはもぐりこんでいることがある。


一連の流れの中で、
自分の生き方を決めるために、
自分が「悪なのか」ということについて
で自分に
自信をなくしているように、完全に流れが行っていると思うが、


そうであるがゆえに、
「自分の弱さ」を痛いほどかみ締めているが故に、

力に対する
強い気持ちが

「いかなるときも勝つ」

という
気持ちをますます高めている。



だから、
自分がどんな道に染まっても、
私は、
常に勝つ。



それだけに
どの道に進むかは、慎重でありたい。


どんな道でも勝つということは、



まあいい。




大学に進む方法を取りながら、

語学学校へ並行して申し込みをするという

作戦を練っていたが、

そう簡単に物事は進まないらしい。


大学に進むための試験を受けるならば、

語学学校への登録に間に合わなくなる。


また、もう一度頭の中を整理しなければいけないけど、

どうにも、

そう簡単にいくことは無いらしい。


天につばを吐けば自分に帰ってくる。


でも、
もう、そんな理論では、何も片付かなくなってきたように思う。

焦りは増す。


一重に、
自分がやりたいことがわからない。

でも、
フランス語を修得するところまでは、
すすんで大丈夫だと思う。

今回は、
一連の流れで、
ずっと自分にとっての好機を待っているが、

逆風が強いように思う。

それは、
自分の気力が低下してしまった事もあるし、
歳をとってしまったのだと思う。


彼女を早めに作ろうと思って、
適当に行動しようとしたけれど、
そんなの上手く行くはずは無く、

孤独により才能が磨かれるとするのならば、
最早、極限の域まで来てしまった。


料理もどきのバイトをしているが、
そこで、大きな魚をバイトとしてさばくことがある。

与えられているのは、
ぼろぼろの包丁。

中国の心底やさしい人たちに見守られながら、(本当の意味)
魚をさばいているのだが、

その中で、
そのずたボロの包丁を、
なんか、自分に似ていると思い、
綺麗にきれいに研いで、磨いていたら、
同僚が「村正」みたいだねと
言っていた

その包丁で
指を切ったりして、包丁を嫌いになることもあるかもしれないが、

ここフランスで、
「孤立」し、日本でも「孤立」し、
そういう「孤立」の中だからこそ、

曲がってしまったものへ
愛情を注げるのかと思う。


今回の
フランス遠征は、
速攻をすることこそが、
生存確保の道だったが、

フランスの「敵対的なビザの仕組み」により、
大幅に遠回り、もしくは
頓挫することになると思う。


でも、
曲がってしまったもの、
ゆがんでしまったもの
にも
愛情を注げるようになったのであれば、


その点だけは
評価してもいい。


でも黒人は好きになれない。白人もだが。
黒人は、やはりアフリカに帰るべきだ。

卑屈すぎる。


なぜ故国、自分達が産まれた地を
を発展させないのか。

フランスで生まれたから
とか、そんなの理由にならない。

自分達の国を
発展させ、
対等もしくは、それ以上になるために、
自分達の
アイデンテティーを自分達の生まれた国で
我慢してつくりあげなければ、
いつまでたっても、
「寄生虫」以上のものにはならない。

何をどうしたところで、
肌の色は変わらない。

そうであるのならば、
やることは、できることはあるはず。

「フランスなどという、過去の栄光にすがっている国」
にいずわり続けている場合ではない。

それがそうであるように、
きっと、
僕には一生、
自分の殻を壊せないのかもしれない。

私は残念なことに
悪に支配されている。


原因は掴んでいる。
絶望と、それが元でなにもできない事、
それに伴い、誰にも相手されていないこと。


日本に帰ったら、
選択肢は2つある。
1 悪を出さぬよう引きこもる
2 悪を出して社会に参加する


以前も述べたとおり、
お金は大切で、
私がお金を稼ぐことに、200%の力を発揮するのは、
この悪だ。
確実に成功すると考えている。
失敗の要素は無い。

私が読者の立場ならば、
ここまでいう筆者の「悪の姿」を見てみたくなるだろう。


しかし、もう一つ
選択肢がある。
この1週間のなかで、
「私の悪は押さえ込むことが出来る代物ではない」
ということを実感し、
それを抑えることが出来ぬのなら、あやつろうとしているわけだが、
そのためには、
自分のなかで
「欠如している部分の補充」
を半ば強制的に行おうとしているのだが、


つまり、
自分自身が
抑えられないほどの「悪の衝動」を観察、分析し、
力で抑えるのではなく、
「禁欲」の部分を大幅に開放していこうと考えている。


それは、
「積極的に彼女を作ること」である。


そして、もうひとつの選択肢の中身だが、
このままフランスにとどまることが出来るよう、
日本に一時帰国したあとに、
すぐに準備に取り掛かるものだ。


あくの原因は
1 女がいない(肉欲が爆発しつつある)
2 将来への絶望(社会的抹殺が、もはや悪に染まる以外は「現段階」では避ける方法が無い)


1は、
現段階、検討ではなく、実行の段階にすでに移行することを承認しているが、

2が解決しない以上は、
前回も書いたとおり、
1年、もって2年の
「延命措置」になると判断している。


延命措置を実施しつつ、
「あくになるための必要な時間」を潰していく、
つまり、
あくになりきることを
手遅れにさせることも
検討をしている。


逆境の中、
今までにないほど、
自分が頼りにしていたものは、
崩れていったが、

正直、

心の中では、
もうよく戦ったから、
「悪に染まっていいよ」
と思っているのだが、


やはり、重複になるが、

1秒でも時間を稼ごうとしている。



何故なのかは分からない。


日本に本帰国という流れになれば、
封印を
自力でしていたとしても、
いつ
悪に自分の存在が変わるか、
食い破られるかが分からない。

だから、
日本に
一時帰国はしても、
本帰国はしない。


可能性としては、
現段階では、1%に満たないが、

1 彼女をつくり肉欲を封印し
なによりも
2 2年間持ちこたえる間に爆発的に言語能力を上げ
  社会的抹殺を確実に防げる「足場(言語だけでは生きれない)」
  の構築

までいき、

3 さらに「完全に封印をしてしまうために」
  私の中の悪を上回る英知を頭の中に詰め込めば



あくには変わらずに済む人生が歩めると
「信じて」

日本には
本帰国はしないのである。


私があくに変わった姿をみんな見たいと思う。

だが、
それは
現段階の私の方針として

自分が食い破られるまでは
「封印」の方向で動く。




仮に10万分の1にも成功をしたとしたら、
何か行動をするときに、
通俗的に
「社会悪「とされている人たち
と「妥協を引き出す能力」

というものが
備わった人間が出来るかもしれない。


まあ、
私があくに変わらなければの話だが。

最近は、とても自分が暗いので、
それは残念だ。

実のところ、
一度実家に帰るのだが、
両親に
今の自分を見せたくない。

良い意味でも、悪い意味でも、
言葉が通じない事も
一つの原因で
人から離れ、
自分と向き合う時間は多くなった。

一人で何でも得きるという
過信は、
27歳の時の
完全敗北により、
その「我執」は取れていたと思っていたけれど、

実際は、
その真偽にかかわらず、

「敗北をせざるを得ない環境」
というのは
存在するわけで、
また、
それを作り出しているのは自分という事を
何よりも実感したわけで。


出来るだけしゃべらないようにしていた。
人に甘えていた。
国で言ったら、北朝鮮みたいなカンジかな。


我慢すれば済むものと思っていた。

しかし、
前回のときの試練での敗北と同じ。


将来への絶望と、
さらに
自分を研ぎ澄ますため
という名文のもと、
(実際は人に信用されなかった)
孤立をしていたこともあり、


絶望の中、孤立状態で
自己を維持し続けることは、
不可能だった。


恐らく、
つき物に取り付かれているのだろう

と推測している。


このまま、
わがままを続けることは、
自分の
見も心も
闇に染めてしまうだけ。

闇に染まる資格があり、
闇を極める素質があるとしたとしても、
それがなんだ?



夢という名の
幻想を守る為に、、、、、


闇に変わるのを阻止も出来るが、



フランス人の
「搾取主義」
に、常に触れ、


正に転じる肝無く、
かといって、
今のまま
時間を過ごすことは、
自分を崩壊させていくのと同じ。


参ったな。


と会っても駄目だし、
正にも闇にも変わる理由も無い。

かといって、
止まることは出来ない。


誰かの為に何かをするという選択肢も無い。



くずだな。




狂った世界の中で、
どんな衝撃にも
一切の変化を受けうけぬほど
強くあればいいのだが。


そう
あろとして
負けてしまったでは
無いか?


しかし、、、、


実は、この乾いた心の使い道は
よく分かるような気がしている。

芸術だと思う。

しかし、
それを
私は
望まない。


執念も負け、
信じる心も負け、
信じていた自分の強さも砕け散り、

人を信じることも出来ず、
闇にも何にも属そうとせず、




という言葉がいい。
遺伝子が、子供を作れといっている。

それを反社会的に行使することは、ありえないが、

自分の反乱が起こったところをみると、

どれだけの間、

自分に無理を強いていたのかを省みる。


フランス語をやはりしたい。
そして、できるのなら、政治まで進みたい。

でも、
「社会的抹殺」は、恐ろしい。

お金が無ければ、そして、
確実に私の士気は落ちている。


キャリアの絶望の中、
体が萎縮し始めている。

もって、1年、限界が2年だろう。


そんな中、
自分の「運命」というものが遠く、遠く離れていく中、
踏みとどまることを前提とした、
交渉(妥協)を行うことを検討している。


妥協になるのかどうかは、神のみが知るのだが、
「女」の部分を開放する。

つまり、
彼女をつくる。


1人では、これから先は、怖くて歩めない。
情けないが、
体は敏感で、
私が今の道を歩くことは、
前回の運命の試練の中で、
「人としてあるきたいです」

と言っている前科があるから、
鬼としての道であれば耐え切れたのだが、


人として生きる中で、
「女」と
かなり深く付き合う(彼女を持つ)事で、

「本質的な解決にはならない」

が、
自分の残された運命に「すがる」つもりだ。



情けなくてもいい。
万人にあざけられてもいい。

そして、一番悲しいことだが、
自分が自分でなくなってしまったとしても、
少しでも
運命の舞台に
一秒でも残れると
今思えるのなら、


プライドなんか捨てて、
女と話し、付き合い、
捨てられても、
きちんと付き合い、

そして何よりも、
絶望の中震え上がってしまっている
体と魂を
何らかの形で

1秒でもいいから、
甦らせるつもりだ。



なんとでも言ってくれ。


しかし、
フランス語力は、
無尽蔵の力を秘めていると思う。

伸びるのは、約束されているはず。


さて、
最早書く事、わめくことすら許されなくなってきているが、

いかに卑小であるかを思い知らされ、

ただボーっとするしか無いと思っている。


もしも、だれも自分のことなど見ていないと気が付いたのならば、

取るべき行動は一つしかないのかと思っている。


友として呼べる人は、自分がふらついているから

出来なく、

心が割れ始めている。



私は、このまま全てを
無抵抗なまま、奪われていくことに専念しようと思っている
のだと思っている。

追っても駄目なら、
はじめから追う必要など無い。


完全に風化してしまうまで、
動かない。



やはり限界なのだろう。

「憎しみを生み出す血を吐き出せ!」

と誰かに言ってもらいたいが、

そんなことを言われたら、嬉しいのか何なのか。

でも、遠慮します。



信念が崩れた以上、崩壊は止められぬものと存じます。

本丸が落ちた。



師がいない人は、悪魔を師とするという言葉が、

外国のことわざとして存在しているが、

宗教も持たず、友人も持たず、
借金の事が原因で、親兄弟とも反目し、
且つ歩く(逃げる)道は、自分の意思に反し、



転生を行えば、助かるが、
それは
完全に道を違えることを意味する。


それでもいいのか。



私の初恋の人は、
死んだ人の影を追い続けていた。

初恋の人は、最愛の親友を、高校生のときになくしていた。
ドラマみたいかもしれないが、事実なので、そのまま信じてもらっていい。

18歳の大学受験の前期試験の時期に、
初めてあった。
「赤本もってるでしょ?」

それが彼女の第一声だった。
少ない小遣いを使って買った、また、
自分も使いたいという気持ちを抑え、
彼女に貸した。

彼女は理系だったのに、
文系のきつい大学に挑んできた。

「馬鹿だろ?」と
高をくくっていたが、
試験日まで見守ることにした。

なぜか気になる。

試験日も、一緒にご飯を食べれないかと、さがしていた。


うぶなので、
それまで付き合った人もいないし、
それ以前に「好き」になった人がいなかった。


事実、31歳になった今でも、本当に好きになったのは、
彼女だけだ。

その他は、頼まれて好きになったり、
好きになろうとして好きになった
二番煎じだ。


狭い世界観ではあるが、
このように信念が砕けるまでは、
それ以前の私の世界観は、
「何者にも負けはしない」
その一言だった。

彼女は、
前期試験ではなく、後期試験で這い上がり、
一緒の大学に進学した。


彼女のことをぜんぜん知らないのに、
「目」をみたときに、この人のことが好きだって
確信をした。


そんなことは、私の人生で一回のみだった。

告白をしたがふられた。


理由は、「一緒にいることができない」
ということだった。


今でも分からない。
彼女の真意は、何だったのか。

それでも、
彼女と同じ大学だから、大学一年のときから、
四年のときまで、同じ大学に所属していた。


彼女とその後何度か会った。
大学一年のときに、一度決別をしたのだが、
その最後に会ったときに
「何か必死になれるもの見つけて欲しいよ」

言葉があった。



実は、その後の大学生活で何度か会った。
頼み込むようにして、
此方が機会を作ったのだろうと思う。
どのようにあったのかもう覚えてはいない。

彼女を材料に自慰などもしたこともないし、
今もしない。
本当に好きだからだと思う。


最終学年の大学4年では、
彼女が大学寮に入ってくるという形で、
歩いて5分くらいのところに住むようになった。

大学の自治会でも、同じ委員会に所属し、
私がその委員会の長だった。


その時々を一生懸命にやってきたが、
彼女が見ていたのは、
「私が本気で好きなもの、一生懸命になるものを見つけたかどうか」
の一点だけだったんだと思う。

男好き(を演じていたのかもしれない)のように
見える彼女が、他の男の人と懇意に
際どく{見える}状況で話をしているのを
何度も見(みせつけられ)


私はB型の女と聞いただけで
吐き気を催す習慣を身に付けたのだが、



主観で話をするのはここまでにしよう。

あれから10年のときが過ぎ、

彼女は国際機関の職員(詳しくは言うつもりはない)になった。
私は、「名声」を追うだけの「盲者」になった。


肉(女)を食わず、
磨けるものは磨いてきた。
男の人には、これがどういうことかわかると思う。


しかし、
「好きなもの見つけた?」


彼女が笑いかけて問いかけてくれたとしても、

その心に報いることは出来ず、

「ごめん。俺、掘り下げたらただの悪だった」



しかいえぬこの私の成れ果てを見て、

彼女はなんと言うだろうか?


自分を掘り下げて
あくしか出てこなかったときに、

かれた
涙が、胸に響いた。





一度砕けた信念は、幾度か再生を試みるも、
考え付かぬほど強くなっている敵(私を取り巻く周囲の目、環境)と
自己存在の「悪」さから、


その悪を滅するために、渾身の力で甦らせた
残骸たちが、溶かされていっている状態だ。
歯止めすら出来なくなってきているのだろう。



天蓋を見て思う。


転生をすれば、
今までの苦しみから解放される。


そして、
転生をしたのなら、
何者にも負けない
「悪」がそこに出てくる。

どんなものにも負けない強烈な「悪」が。



そして
本体の私は
絶望をしつつある自己
を客観的にみるほど「強い」。


双極の魚という名前の由来は、

「正」でも「悪」でも
極めるという意味だ。


やさしいことができるその等質の逆の事が出来る。
しないだけだ。



客観的であるが故に、
自己崩壊はしないだろう。



もしくは、
いっそのこと動物園にでも就職しようか。


俗世を捨てて。
全てを捨てて。
過去を忘れて。
私を忘れて。


ご両親も喜んで下さる。


最善は動物園か、、、

全てを捨てた後に残るのが

私の安らぎの場所、一番好きなものだということか。

何をどう計算したとしても、

私が将来何らかの可能性を開くのは、難しいと思われる。


これから、フランス学生ビザを取得するのに、
順調に行って1年、32歳

アラビア語に手を出したとしたら、
いや、フランス語がそんなに強くないから、
開始はやはり、アラビア語の大学から入るとして、
それが更に1,2年、34歳

政治に手を出したとしたら、
そこから6年、40歳。。。



その期間、
人が自分自身の幸せをつくり、
家庭を作り、保険を払い、人に必要とされ、
人と人が交わっている間、
そして、人生について理解を深めて
保障されている間、

全てがその反対で、
燃え尽きつつある魂の消耗を防ぐために、
欲さえ持たず、


何のためにこんなことをするのか?

何よりも
私が一番使いたくない
俗に言う
「自分の本当にしたいことなのか?」

※この言葉が嫌いなのは、
その「程度」の次元しか
価値判断基準を持てぬ俗物であることを
自他共に表現しているから、
吐き捨てたくなるほどの嫌悪感を
持つ。
自分の意志を越えた
天から定められた
運命に
仲間達と身を委ねてみたかった。




私はどんな状況でも、自分を客観的に観ようと努力しているので、
考えずに行動はしてきていないつもりだったが、

このままこのようにある事の
絶望さに触れると、



逃げ出したいと思い始めた。




許容量を越えてしまっている。




更に、
孤独を好んできたことから、
理解者、話せる人は、持とうとしなかったため、
回復の手段すら無くなってしまっている。



これはー



絶望は人を極端に走らせるというが、

この10年間の貧困生活から学んだ

冷徹さから、

心を凍らせたまま行動はできるが、


それは、
どのような状況でも一定以上の能力という形になって発動する。



25歳から29歳にかけて見続けた
人の醜さ自分勝手さ  醜い


心を凍らせて


最早道が無いのなら、、、、



自分勝手に生きるしか方法が無いのでは。


冷徹なままで。


人を救えるはずだった
多くの能力が

ひっくり返った中で。