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M3遣いのブログ

ライカではなく、BMWのほうです(^^ゞ
日々想うことをまったりと・・・

ちょうど5カ月前にブログで書いた、進路選択に揺れる中学三年生。


彼女に笑顔が戻りますように(2022.11.27) 



その後の経過を記します。


彼女は悩んだ末、将来の夢を医療関係と決め、受験する高校を薬学系の大学の付属高校の専願に決めた。


先生方の支えもあって無事専願入試をクリアし合格が決定。


しかし、入学までの道のりは険しかった。


その家庭には、納入期限が公立高校合格発表の翌日までと定められた入学金等約60万円を用意することができないと判明し、周囲は金策に奔走し、本来なら支給決定まで約1か月かかる奨学金手続きを無理くり2週間で進めてもらって、どうにか入学取り消しを免れた。


資金計画も立たないまま進学をさせようとする保護者の気持ちが理解できない。


子を思うがゆえ、と言われたとしても、なおさらお金のことは事前にしっかり考えなくてはいけないのでは?と思います。



入学して約1カ月を経過した彼女の様子を、母親から聞いてみました。


最初から浮かない顔をしていたので、ちょっと嫌な予感がする。



僕「彼女の高校生活のスタートはどんな感じですか。」

母親「もう辞めたいと言っている」

「どうして?」

「自分がイメージしていたのと違う。友だちが合わない。校則が厳しくて登校から下校までスマホが使えない・・という不満がある。」



「授業はどうなんですか。ついていけていそうですか。」

「勉強については何も言っていない。」



「友だちとはどう合わないんですかね。」

「最初に仲良くなった友だちがいるけど、しょっちゅう話しかけてきてウザいって。」



「スマホが使えないのは学校全体だから仕方ないんじゃ・・」

「他の高校に進学した友だちの話だと、昼休みだけは使える学校が多いらしくて、不公平だと。」



うーん・・・


「医療関係に進みたいという希望は変わっていないんですか。」

「看護師は嫌だそうです。医者か薬剤師になりたいと。医者は無理だと言いましたけどね。」


「彼女が進学したのは薬学系の大学の付属高校だから、薬剤師になりたいのならこのままがんばるのがいいのでは?」


「じつは、とても行きたかった高校があると最近言い出して、その学校と教育委員会に電話してみたんです。そうしたら、私立高校から県立高校への転学や編入はできないと断られて・・」


いや、当たり前やん。それに、その高校を受験しなかったのはそもそも学力が足りなかったからなのは本人も保護者も判っていたはず。


子を思う親の気持ち(書くの2回目)というべきか、自分が言うのが嫌だから学校や教育委員会のせいにしたかったのか。




以前ブログに同じことを書いた記憶がありますが、

「嫌なことは嫌だと声を上げていいんだよ」

という、理不尽なことを黙って我慢しなくていい、それによって社会をより良く変えていこう、という空気が醸成されつつあるのは歓迎します。


しかし、「イメージと違う」「友だちと合わない」「スマホが使えない」といったようなことまで、我慢する必要はない、嫌ならそこから離脱していいんだよ、という論理にはならないと思う。


母親とは、30分程度話をしただけだから、僕が母親を通じて聞いたのはごく表面的なことに過ぎないと思うし、彼女には彼女なりのもっと深い考えや思いがあるのかもしれない。


毎朝7時に家を出る彼女に笑顔はないそうです。


彼女の笑顔を取り戻すために、僕は何をすべきなのか、何ができるのか、毎日自問自答していますが答えは出ない。


「通信制の高校なら、中途退学した生徒を受け入れてくれるところもあるみたい。」


母親は、「中学校の先生に勧められた進路の選択がそもそも間違いだった」という考えに固執して、退学したいという子の願いをどうやったら聞き入れられるかという事だけにしか頭が向いていない。



彼女と、彼女の母親に僕が伝えたいこと。


夢を実現したいと強く願うならば、その道のりは必ずしも楽なことや楽しいことばかりではないはず。


それらの困難を努力して乗り越えた先にこそ、本当の笑顔が待っているのではないか。


・・そんな化石じみた話をしても、もう通じないんだろうな。



そういえば、会社の電話を受けるのが怖いという新入社員が増えているそうです。


それを報じていたテレビ番組では、そもそも家に固定電話がない環境で育った子も多く、誰が相手かわからない電話に出た経験がないから、と分析されていました。


じゃんじゃん鳴る電話を取るのが僕らの世代の新入社員のお決まりの仕事だったけどな・・と小さく呟いてみる。



九州福岡の連休は雨の予報です。皆様どうぞ健康で安全な黄金週間になりますように。



今日の1枚(写真と本文は関係ありません)


半年間の改修工事を終えて新装された事務所です。2023年4月10日から業務を開始しました。

【改修前】


【改修後】

 

床のデザインを決めていいと言われたので、同僚と話し合って決めました。僕がこの世に存在しなくなってもこの床は残るんだと思うと、ちょっと感慨深いものがあります。

 

 

 

 

 

桜の便りが聞かれる季節になりました。


仕事が4月~3月の年度なので、僕の中での一年間と言えば年度末のいまが1年を振り返る感じになります。


今年は、建築以来およそ50年を経過した事務所の耐震補強工事(柱だけ残して壁も床も全部作り変える大規模なもの)がありました。


これを書いている現在もそうですが、約半年間、さまざまな制約がある仮事務所で営業を続けるという、僕の仕事人生の中でも特に印象に残る年になりそうです。



とりわけ大変だったのは、引越しでした。戻りがまだなので、過去形ではなく、「です」というべきかな。


数十年動いたことのない、机や収納家具や大量の資料・100人収容の会議室の椅子や机など、引越し業者から依頼された物品リストを作成するだけでも大変な作業でした。


荷物を出す往路の引越しは9月中旬のまだ暑いさなかで、僕は作業中に2回、意識を失って倒れました。


もちろん人生で初めての経験で、悔しい、皆に迷惑をかけてしまって申し訳ないという気持ちと同時に、年齢による体力の衰えをひしひしと感じました。


今さら当たり前の話ですが、屋外で作業する際は適度な休憩と水分補給が必須です。甘く見ていた自分が恥ずかしい。



さらに、新型コロナの影響も昨年に引き続き大きく受け、地域福祉に関わる事業が大きな柱でもあるので、コロナ禍でもどうやってサービスの質を落とさずに事業を継続できるか、常に頭を悩まされた年でもありました。


その一方で、全力で支援した若者が国家資格をようやく取得できて就職も決まるなど、とても嬉しいこともありました。



先日4月1日付の人事異動の内示もあり、来年度も異動せず残留することがほぼ決まって安心していたところ・・


3月17日(金)に突然ボス(直属の上司の上司)がアポなしで仮営業している事務所に僕を訪ねてきました。


事務室ではなく別室で話すよう促され、いったい何事だろうと思っていると、ボスがおもむろに取り出したのは、僕の今年の人事評価結果でした。


僕(心の中で)「あれ、評価結果を部下に伝えるのはボスではなく直属の上司のはずなんだけどな・・」


ボスから示された総合評価は5段階評価のうち下から2番目。


来年度の給与にも反映されるマイナス評価です。


自分で言うのもなんですが、かなりショックでした。


ボスは言いにくそうに、「あなたの上司が、全項目オール2を付けてきたんだよ。」


僕「何を根拠にこのような評価になったのか聞きたいです」


「わかった。それは彼に伝えておくから」



ちなみに、今とは違う上司から評価された僕の前年度の評価は上から2番目(給与プラス評価)だったので、1年で2段階下げられたことになります。


思い当たることと言えば・・


ふだん別の事務所に居てめったに来ない今の上司があまりにも仕事に必要な情報を提供してくれないので、「もう少しこまめに情報をください」と言ったことはあります。


けれどそれは仕事をスムーズに進めるために必要だから言ったことで、上司を批判したとか文句を言ったとかそんなレベルではありません。


少なくとも、プラス評価を受けた前年度と変わらない仕事はしたという自負はあるのになぜこの低評価?
・・という思いはあります。


言葉で表せば、「やってられるかよ!」



30年以上今の会社で働いていますが、初めて転職という言葉が頭をよぎりました。


少なくとも、来年度もがんばろうという気持ちには正直言ってなれません。引越し(戻し)の日にちは容赦なく迫ってくるけれど。


大好きな海を見に行きたい

 

 

【福岡県糸島市芥屋海岸】

 

 






 

昨日の午後、外回りの仕事から帰ってくると、事務所に残っていた同僚がしきりにため息をつきながら何かつぶやいていました。



あまりにもそれが長く続くので、何か聞いてほしいのかなと思い、


僕「どうかしたんですか?」


同僚「もう、ショックで・・何もかもマスクが悪いんだわ」


「???」


「3年もマスクしてると、自分の顔がどう変わったのかわからない。もう、ショックが大き過ぎて」



彼女の話をまとめると、


写真を報告書に掲載する作業をするため、カメラに保存したデータをパソコンに転送して選別していたところ、たまたま彼女自身(皆マスクを外して撮った集合写真)を見つけ、頭の中の自分の顔と写真に写った自分とのギャップに驚き、めっちゃ落ち込んでいるそう。



彼女はそのギャップを、マスク生活が長かったせいで自分がお肌のケアを怠っていたからだと結論づけ、



「いつも周りから『若く見えるね』って言われて自分でも自信があったのに、写真を見たら年齢相応。今までみんなお世辞を言っていたんだわ」



僕は慌てて「そんなことないですよ」と言ってみたものの、その言葉は宙を彷徨い虚しく消えていく。




話はちょっと逸れますが、最近会社の人事から、「名札用の写真を更新するので各自撮影してメールで送信するように」との通知がきました。



僕はスマホホルダーと三脚を自宅から持ってきて、セルフタイマーで撮影して送ったんですが、それを見ていた同僚(別の人)から、「私のも撮影してもらえませんか?」と頼まれたのですが、「ごめんなさい。機材はお貸ししますので自由にお使いくださいね」とやんわりお断りしました。



最初のエピソードの彼女が言っていたことが誰にでも当てはまるごく当たり前のことだと知っていたからです。



自分で撮ったものなら、たとえギャップを感じたとしても納得できるから。




政府は、2023年3月13日から、マスク着用についての基準を見直すことを発表しました。


マスク着用 “3月13日からは個人の判断で” 政府が決定 



相変わらず、何か問題が起きても政府が追及されることがないような、これまでの日本政府らしい逃げ腰の判断だなと思う。



今年5月に広島で開催されるG7サミット(主要7ヵ国首脳会議)を前に、世界じゅうに発信される日本の街なかが相変わらずマスク姿だらけだとマズイのでは・・という妙ちくりんな理由で着用義務の実質解除を急いだという一部メディアの推測もあながち間違ってはいないだろうと僕は思います。



新型コロナが流行する以前も、さまざまな理由で常時マスクを着用している人は確実にいたし、政府の方針が施行されてもマスクを外さない人ももちろんたくさんいるだろう。




僕は、着用が望ましいとされる場面を除いては、できればマスクは外したい。



呼吸が苦しいというのもあるし、相手と話すときにちゃんと表情も見えたほうがより伝わりやすいと思うから。



もちろん、政府発表にもあるように、事業所ごとに従業員にマスク着用を推奨することは問題ないとされているので、会社の方針で引き続きマスク着用となれば従わざるを得ません。



親しい人との会食も、もう長いこと行っていないなと思いました。



ウイルスが無くなることはないと思うけど、少しでも以前の日常に近づける日が来るといいなと思います。




今日の一枚(所有者さんの許可を得て掲載しています)



先日洗車に行った時、世代が異なるBMWの2ドアクーペが偶然3台並びました。



左は、E30_325i Mテクニック(左AT)

約30年前の車ですが、大切に乗ってあることが分かりました。独特な給排気取り回しを持つエンジンルームも見せていただきました。


1気筒当たりの排気量が理想的と言われる2500cc直6エンジンを僕もいつか味わってみたい。



中央は、E92_335i(前期)

エンジンは、僕も以前1Mクーペで乗った名機N54B30Aを積んだ当時の3シリーズフラッグシップです。


20歳代くらいの若い人が乗っていて、前期型にこだわって選んだこと、とても気に入っていると話してくれて嬉しかったです。



右が、僕の愛車F82_M4(後期)左MT


今年、2回目の車検を迎えます。次々とリリースされるBMWの新車がどんどんおかしな方向(個人の見解です(^^))に行っている中、BMWのデザインとエンジンの正当な系譜を受け継ぐ最後(あくまで個人の見解です!)のクルマとして、これからも大切に乗っていきたいと思います。