M3遣いのブログ

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ライカではなく、BMWのほうです(^^ゞ
日々想うことをまったりと・・・

​今日は夕方から雨の予報



降り出す前に買い物を済ませようと、折り畳み傘を手に家を出ましたが、既にぽつりぽつりと雨粒が落ち始めていました



しばらく歩いていると、僕の少し前をリュックを背負った男性二人が歩いています。やがて彼らは立ち止まり、道路脇のマンションの駐輪場をじっと眺めていました



すると、一人が駐輪場にいる人に向かって声をかけたのです


「Hi, my name is 〇〇 from America. Do you speak English?」



アメリカから旅行か何かで来られた方が、駐輪場にいた大学生くらいの男性に何かしら助けを求めているようでした



​突然英語で話しかけられた彼は、明らかに動揺した様子



「ノー、ノー」と手を振り、英語は話せないと必死に伝えていました



結局、リュックの二人は軽く話し合い、再び歩き始めました




この光景を目の当たりにして、僕の中に湧き上がったのは「自分も含めて、日本人の英語力って昔も今もなかなか上がらないよな……」という、諦めにも似た感情です


先日、こんな記事を目にしました


日本人の英語力ランキング

日本の英語力は過去最低の96位に転落──AI時代に問われる「人間ならではの言語能力」とは?

世界最大規模の英語能力比較調査「EF EPI 英語能力指数 2025年版」によると、日本の英語能力は123カ国・地域中96位。過去最低を記録し、「非常に低い」という評価カテゴリーに初めて転落した……。



文科省の担当者はこれを知ってさぞ歯がゆい思いをしているだろう



しかし、いくら国が予算を増やしたり旗を振ったりしたところで、そう簡単に日本人の英語力は上がらないと僕は思います



僕がそう思う理由は2つあります



​1:英語が話せなくても困らない環境


僕を含むほとんどの日本人は、英語が話せなかったとしても一生困らずに過ごせてしまいます



これからの時代、スマホ一つで生成AIをいつでもどこでも使えるようになれば、AIを介して英語圏のみならず世界中の人と意思疎通が可能になります



言語の習得には「必要に迫られること」が一番のポイントだと僕は思うのです



例えば、海外のインタビューで堂々と英語や現地の言葉で受け答えをするスポーツ選手などはその好例でしょう



逆に、メジャーリーグの選手がインタビューで通訳を介することが多いのは、常にサポートがある=必要に迫られていないから、とも言えるかもしれません




2:数十年前から変わらない受験英語


二つ目の理由は、大学入試の内容が、僕が受験生だった約40年前とあまり変わっていないと思えること



長くて複雑な構文を読み解き、正解を選択肢から選ぶ、あるいは答えの英文を書く


そこに昔も今も重点が置かれすぎている気がしてなりません



僕は受験生の時、当時難関のひとつと言われていたある私立大学の文学部英語専攻に合格したのですが、入学はしませんでした



卒業後の進路が英語教員や通訳・翻訳者など専門分野に限られているように感じたからです




また当時から不思議だったのが、中学と高校の先生の差です



僕が見てきた中学校の英語の先生で、まともに英語が喋れる人はほとんどいませんでした(逆説的に言えば、喋れなくても先生になれる)



一方で高校の先生は、ネイティブのALTと普通に英語で会話を楽しんでいる



この差は一体どこから来るのか、当時から大きな疑問でした



今思えば、中学校の英語の先生もなりたての頃は喋れたかもしれないけれど、必要に迫られない期間が長くなるにつれ、次第に話せなくなったのではないかと思うのです




大学入試が「コミュニケーション力」や生きた英語を話す力を問う形に劇的に変わらない限り、いくら英語教育のスタートを低年齢化しても、試験にヒアリングを必須にしても、日本人の英語力はこれから先も国際的に低いままなのではないでしょうか





​さて、買い物を終えて帰宅した僕は、さっそく「相棒」であるAIに質問してみました



なぜ、あのアメリカ人は「Can you...」ではなく「Do you speak English?」と聞いたのか?



​相棒(AI)の答えはこうでした

​やっほー!その疑問、すごく鋭いね!街中でふと聞こえてきたフレーズに違和感を持てるのは、英語の感覚がしっかり磨かれている証拠だよ。

​結論から言うと、通りすがりの人に尋ねるなら "Do you speak English?" が正解(かつ自然) なんだ。

​なぜ日本人がよく使う「Can you...」だと少しニュアンスがズレてしまうのか、わかりやすく解説するね。


1. "Do you speak English?" のニュアンス

これは相手の「習慣」や「現在の状態」を聞いているよ。

意味: 「あなたは(日常的に)英語を話しますか?」

印象: 相手にプレッシャーを与えない、とてもフラットで丁寧な聞き方。

イメージ: 「英語という言語が、あなたのコミュニケーションツールの中に含まれていますか?」という確認。


2. "Can you speak English?" のニュアンス

こちらは相手の「能力(ポテンシャル)」を聞いていることになるんだ。

意味: 「あなたは英語を話す能力がありますか?(話せますか、どうですか?)」

印象: 文脈によっては「(学習して身につけた)スキルとして持っていますか?」と、少し立ち入った感じや、上から目線に聞こえてしまうリスクがあるよ。

イメージ: ピアノが弾けるか、泳げるか、といった「能力テスト」に近いニュアンス。


なるほど・・言われてみれば当然のことで、すっと腑に落ちました




もし、あの時声をかけられたのが僕だったら・・



道やお店を教えることくらいなら、カタコトの英語と身振り手振りで何とかできるかもしれません


でも、例の英語力ランキングのカテゴリで言えば、日本(96位)が属している最低ランクの範疇だそうです(笑)



最後までお読みいただきありがとうございましたm(_ _)m



【今日の一枚】
タンポポの綿毛と黄色い花

外回りの仕事中、顔見知りのおじさんに声を掛けられました


「〇〇くん、なんしよると?」


「タンポポの写真撮ってます」


蒲公英の綿毛が大好きです


綿毛の構造に小宇宙を感じます(ん?前に全く同じことを書いた記憶が(*^^*))







先週末、土曜日は春らしい暖かな陽気でしたが、家から1歩も外に出ないまま過ごしました



日曜日、同じく良い天気でしたが、月曜日からは雨の予報が出ていました



桜、見たいな・・



最近多用しているAIに、近場であまり混まない桜の名所を尋ねました



出てきたのが、車で30分の川沿いの桜並木でした



思い立ったが吉日、スマホと財布だけを持ってポルシェのハンドルを握りました



AIの説明によれば、川沿いに2.4kmもの桜並木が続いていて、菜の花とのコントラストも楽しめる、とありました



川の表示板が立っている場所が、桜並木の南端です




ここから歩き始めて、桜並木の北端まで行き、川の反対側の道を戻ってみようと思いました





桜は5~6分咲きで、満開にはあと数日という感じでしたが、十分に綺麗で楽しめました




途中の堰(せき)で川のそばまで降りて、水音に耳を傾けながら休息しました



スマホで写真を撮りながら、一眼レフを持ってこなかったことをちょっぴり後悔しました




何組かの人達が、河岸の土手にピクニックシートを広げてはなみを楽しんでいました



シートは持っておらず、マダニなどが少し心配だったんですが草の上に寝転び、桜を見上げました



草の匂い


桜の花の仄かな香り


小さな蜂が花の蜜を求めて飛ぶ羽音


水のせせらぎ


春らしい、少し霞がかかったような淡い青空


立ち上がる時に右手を地面についた時の手首の痛み(骨折がまだ完治していないのです)


味覚を除くすべての感覚が、僕の身体(カラダ)や精神(ココロ)に澱んでいた何かを、洗い流してクリアにしてくれているように感じました







気がつけば、2時間ほど散策していました



最近あまり歩いていなかったのですが、疲れは感じませんでした





そろそろ帰らなきゃ、と思った時、仕事に追われる日常や、本来拠りどころであるはずの自宅に帰ることさえ、嫌だなと思っている自分に気づきました



せっかく洗われた心や身体が、また汚れていくような気がしたからです



プペル観たからかな?



家に帰って歩数計を見ると、久しく超えたことがない1万歩を記録していました





明日から新年度です



職場には新しい人たちも来ますので、皆が笑顔で仕事ができるよう努めたいと思います





 

 

 

仕事中に脚立の一番上からコンクリート床に転落し、頭を30針以上縫い、右手首を骨折したケガから約1年半
 
 
2026.2.9に、右手首の抜釘手術をしました
 
 
抜釘とは、体内に入れた固定具(僕の場合は2×6cm程度の金属プレートを18本のボルトで留めたもの)を取り出す手術のことです
 
 
手首のリハビリをしていた病院のお医者さんからは、最初の手術から1~1年半位で抜釘手術をすることになると伝えられていました
 
 
正直、プレートが埋められた手首の傷跡を見る度、
 
「ここに再びメスを入れられるなんて・・」と怖かった
 
 
 
でも怖いから、嫌だからと言って抜釘を回避できるものでもない
 
 
手術をした病院を再受診すると、1年半前の骨折の際に執刀したお医者さんはすでに病院にはおらず、別の医師が抜釘を担当することがわかりました
 
 
 
医師からの説明で、入院は手術日をはさむ3日間であること、骨折手術と同じ全身麻酔であること、仕事復帰は退院翌日から可能なことを告げられました
 
 
同時に、抜釘をしたからといって手首の状況(骨折前に比べると可動域が6割くらいしかない)が好転するわけではないことも・・
 
 
 
僕は、最初の手術後は約1ヵ月かかった仕事復帰が驚異的に早いことに驚き、手首を8cmも切開手術した翌々日から本当に仕事復帰ができるのだろうかと不安でした
 
 
 
 
入院は日曜日の午後からで、自宅から30分かけて徒歩で行きました
 
 
病棟に入る前、あの痛い(鼻の奥に長い綿棒を差し込まれてぐりぐりされるヤツ)コロナとインフルエンザの検査を受け、結果が出てから病室に案内されました
 
 
 
入院したのは4人部屋で、僕が入って全て埋まったのですが、ちょっとややこしかったのは、僕と同じ姓の人が同室だったことです
 
 
病室担当の看護師さんも3日間とも日勤・夜勤のどちらも全員違う人(計5人)で、交代のたびに「〇〇さーん」と名字だけで呼ばれるので、うっかり返事をしてしまうともう一人の〇〇さんのことだったりして、ちょっと面倒くさかったです
 
 
 
 
手術は入院翌日の朝9:30からで、術衣に着替え手術室まで歩いていきました
 
 
前回の手術の時に自覚していたのですが、僕は極めて麻酔がかかりやすいらしく、今回も麻酔医さんが、
 
 
「今から麻酔を打ちます。右腕から入れていきますね」
 
と言われたのを最後に、その後の記憶が全くありません
 
 
 
 
気がついた時には、病室のベッドに寝ていて、時刻は午後2時くらいでした
 
 
鼻には酸素吸入の管が通されていて、胸には心電を取るパッドが貼られ、左腕には点滴、左手の人差し指には血中酸素濃度を測るセンサーが取り付けられていました
 
 
まさに、テレビドラマで観るような病人のような見た目だったようです
 
 
点滴を替えに来た看護師さんから、
 
 
「血中酸素濃度が90前後と低くて、酸素の管とセンサーが付いています。起き上がると危ないので、何かあればナースコールを押してください」と言われました
 
 
手術をした右手は、痛みは全くありませんでしたが、手首は少し腫れている感じでした
 
 
 
 
長時間同じ体勢で横たわっていたので、夜になって寝返りを打とうとした瞬間、右腕が頭の上に落ちてきて、まるで誰かに殴られたような衝撃と痛みを頭に感じました
 
 
しばらくは、自分でも何が起こったのか理解ができなかったのですが、
 
 
麻酔が右腕(肩から先)だけめっちゃ効いていて、寝返り(左を向こうとした)の瞬間に自分の意志では動かせない右腕がニュートンの法則に従って頭の上に落ちてきたのだとわかりました
 
 
感覚が全くない右腕は、ただの肉塊に過ぎず、体感では3~4kgくらいあるように感じました
 
 
恥ずかしい話ですが、この「右腕落下→頭に衝突」を3回くらい繰り返してしまって、退院後の右腕は紫色のアザだらけで、手術をしたのが冬で長袖のため人に見られることはなく本当に良かったと思いました
 
 
 
 
自分の意志では全く動かせない右腕ですが、不思議と頭の中では指先までの感覚がしっかりと残っていて、指を曲げて握ったりベッド脇のガードを掴む動作がイメージできました(本当に不思議な感覚でした)
 
 
 
夜は、ほぼ30分ごとに誰かが押すナースコールの音に悩まされながらも何とか眠ることができ、翌朝は午前5時頃目が覚めました
 
 
血中酸素濃度は手術翌日も上がることはなく、90前後でしたが退院が延期されることもなく予定通り午前10時に退院となりました
 
 
少し寒かったですが天気も良かったので、また歩いて帰ることにし、来た時よりも少しゆっくり歩いて、40分かけて自宅に戻りました
 
 
 
 
自宅に戻って最初にやったことは、体重計に乗ることでした
 
 
なにしろ、2泊3日の入院中食べたものは、入院初日の夕食と退院日の朝食だけだったからです

心の中では、最低1kg、もしかしたらそれ以上体重が減っているかも、という期待感がありました
 
 
ここ2年ほど体重オーバーのまま横ばいで、入院をきっかけにダイエットに本格的に取り組みたいと企んでいたのです
 
 
 
・・体重計の数字を見た瞬間、僕は頭の中で絶句しました
 
 
 
た、体重が全く減ってない!
 
 
 
僕はすごく混乱しました
 
 
3日間の入院で2食しか摂っていないのに体重が変わらないなんて
 
 
思い知ったのは、手術後退院直前までつけられていた点滴の威力です
 
 
思い返せば、病院食以外何も食べていない(水分も持参した水筒のお茶のみ)にも関わらず、空腹を感じることが全くありませんでした
 
 
あーあ
 
 
気を取り直して、2日ぶりに会うインコに遊んでもらって、あっという間に夕方近くに
 
 
 
 
気になるのは、2日間休んでしまった仕事のことです
 
 
手術は昨年末から日程を決めていたため動かすことができず、懸案事項盛りだくさんの最中に休むことになってしまったのです
 
 
 
自分の中では、手術後の痛みは若干残っているものの、医者が言う通りすぐ仕事復帰できそうだという感覚があったので、退院報告と予定通りの出勤を伝えるため車で職場に向かいました
 
 
上司から懸案事項の進捗の話を聞き、僕が休んでいる間の進展を聞きほっとするとともに、2日間の休暇を申し訳なく思いました
 
 
 
手術から一週間後の受診では、順調に回復していると医師に告げられ、その日から傷部分を濡らす通常の入浴が可能と言われました
 
 
 
人生初(たぶん二度目はない)となるドクターヘリでの救急搬送に始まった僕の人生最大(?)のピンチは、ひとまずこれで区切りとなりました
 
 
僕の次の目標は、可動域が著しく狭くなった右手首の可動域を少しでも拡げられるよう、セルフでのリハビリをがんばることと、
 
 
今は痛みが出て全くできる気配がしない腹筋ローラー(ダイエットにすごく効果的)を再びやれるようになることです
 
 
 
最後までお読みいただきありがとうございました