台風14号が日本列島を縦断しています。
わがまち福岡も今日19日早朝に上空を通過しました。晴れ間こそ見えませんでしたが、それまで吹き荒れていた風雨が嘘のように止み、このまま収まるのではないかと錯覚するほどでした。
どうか、各地にこれ以上大きな被害が出ませんように。
前置きが長くなりました。
週末は、事務所の建て替え工事に伴う移転(引越し)作業でした。
移転日は早くから2022年9月16日(金)・17日(土)と決まっていました。
台風が18日(日)・19日(祝)と当地を直撃したことを思えば、まさに間一髪の日程でした。
この2週間ほどは、通常業務に加えて引越しの準備作業に追われました。
当日の荷物の移動そのものは法人専門の引越し業者に委託しましたが、段ボール300箱分の物品の箱詰めや、仮事務所のレイアウト考案、同時並行で進める、業務に関連したもう一つの引越し(建替え対象建物から賃貸住宅)の調整など、やるべきことは山ほどあり、ひとつが進んでも次々と新しい問題が発生して対応に追われました。
引越しの2日前になって、インターネット回線の移設を依頼していた業者さんから、「電力会社(九州電力)から電柱使用の許可が下りなくて工事ができません!」と泣きの電話が入り、僕が九電に直接電話で交渉してようやく許可を出してもらうという一幕もありました。
引越し直前の14日(水)の夕方、外で作業している時に突然、
スーッと血の気が引くような感覚が一瞬あって頭の中が真っ白になり、自分の体を支えきれず階段を3段ほど踏み外し地面にそのまま倒れました。
咄嗟に右手で支えようとしたらしく、手のひらと右ひじを粗いアスファルトに打ち付け、血が流れてくるのが分かりました。
事務所の玄関付近にいた同僚(ゴツっと音がしたそうです)が駆けつけてくれて人を呼び、そのまま横になっているように言われ、仰向けになって夕方の青空を雲が流れていくのをぼんやり見ていました。
地面に寝転んで空を眺めたのって、いつ以来だろって考えました。(確か・・8年前の8月12日に山口県の千畳敷にドライブに行った時以来だなぁ)
15分ほどそのまま休ませてもらい、ゆっくり起き上がって、引越しの段ボールを積み上げた事務室に戻りました。
その際、ふた回りほども年の離れた同僚に支えられて、建物の壁伝いに歩かなければ移動できませんでした。
最近、年齢を感じることが多くなり、いつかは自分自身が介護を受ける立場になることも自覚してはいましたが、まさかこんな形で現実に経験することになるとは思いませんでした。
引越しという一大イベントの直前に倒れてしまった申し訳なさと情けなさが入り混じった複雑な気持ちで、事務室に最後まで残しておいた3人掛けソファーに横になって体の回復を待ちました。
しばらくすると僕の直属の上司がやって来て、「大丈夫か?」と訊かれました。
同僚が心配して別の事務所にいる上司に連絡したようです。
「心配かけてすみません、大丈夫です。」と答え、僕はこう続けました。
「すみません、18日夜から19日朝にかけての夜勤なんですが、体調の回復に自信がないので、日勤の時間帯に変更してもらえませんか?」
上司は、首を縦に振ってはくれませんでした。(べつに、上司に替わってくれとは言ってないけど)
「俺だって忙しいんだ。夜勤明けでそのまま仕事したくないよ。どうにかなるやろ。もし倒れたら電話して。その時は替わるから。」
あまのじゃくな僕は、倒れたら電話できんやろって思いました。
僕が大丈夫ですと言ったので上司と同僚はほどなく帰り、事務所は自分一人になりました。
2日後の引越し当日までにやらなければいけないタスクが山ほど残っていて、その日は23時まで仕事を続けました。
9月16日(金)、いよいよ引越し当日です。
僕は事務所の責任者として、事前に計画したスケジュール通りに作業が進むよう、意識を集中しました。
移転計画には大きな誤算もありました。
他部署からの応援部隊を3名ほど要請していたのですが、直前になって「1名も派遣できない」と連絡がありました。
理由は、他部署でコロナ陽性者や濃厚接触者が複数出て、どの部署も人手が足らないから、とのことでした。
いくら人手が必要な引越し作業でも、コロナには勝てないよな、と諦めました。
あとから知ったのですが、応援を一人も出さないことに憤慨した他部署の後輩が、「私一人だけでいいので行かせてください」と直訴したそうですが、上司から「個人プレーは許さない」と許可してもらえなかったそうです。
実現はしなかったけれど、気持ちだけでも本当にありがたいと思いました。
応援が来られず、自分たちだけで予定通りにやり遂げる!と、僕と同僚たちの気持ちがひとつになったような気がします。
計画では、19:00に作業完了の予定でしたが、1時間以上も早い17:30頃には当日のすべての作業を終えることができました。
倒れて迷惑をかけてしまい、当日もテキパキと動いてくれた同僚の皆さんには感謝しかありません。
翌17日(土)は、電話・ネット回線の移設工事だったので、僕だけ出勤して対応にあたりました。こちらの作業は、光回線が終端までなかなか通じないというトラブルもあり、8:00から19:30までかかりました。
その日の18時00分頃のことです。
ボス(僕の直属の上司の上司)から僕の携帯に電話が入りました。
ボス
「明日の夜勤の件ですが、当初の予定では18日午後8時から翌19日の午前10時まで(14時間勤務)の予定だったんですけど、ちょうどその時間に台風が通過しそうなので、午後6時から翌日正午まで(18時間勤務)に変更してもいいですか?」
僕
「すみません、じつは3日前に意識を失って倒れてケガをしてしまって、まだ体力も十分に回復していません。もし可能ならその後の勤務グループ(19日正午以降)に変更してもらえないでしょうか」
「えっ、そんなことがあったんですか?僕は何も報告受けてないですよ」とボス。
上司がボスに報告していないだろうことは予測していました。(上司は行動が読みやすい)
しかし、ボスの次の言葉は予測できませんでした。
「そんな大変なことになっていたなんて知らずにすみませんでした。明日と明後日の勤務シフトからは外しますから、どうぞゆっくり休んで回復に専念してください。」
ボスにはただただ、感謝するしかありませんでした。
僕の代わりに急遽シフトに入ってくれた人にも電話で感謝を伝えました。本当にありがとうございました。
もし、今度上司から「勤務を替わってくれないか?」と相談されたら、
「はい、分かりました」と即答しようと思います。
それで今回の僕の気持ちがわかってくれる人だとは思えないけれど・・
明日から建て替え工事期間中の仮事務所での営業です。
運んでからまだ開けきれていないダンボール箱もたくさんあります。
半年間の、ちょっと不便な環境ですが、通常と変わりないサービスを提供できるようがんばります。
今日の1枚(写真と本文は関係ありません・・あるか)
引越しが完了した事務所。
50年前に建設されて、初めての建て替えになります。今までありがとう。半年後、同じ場所で会いましょう。
最後までお読みいただきありがとうございました。
〓追伸〓
転倒してできた右手の傷ですが、まだ鈍い痛みは残っていますが、当日の同僚さんの処置も適切(手のひらにめり込んでいる(博多弁?)小石や砂をピンセットで丁寧に取り除いてから、アルコールで消毒)だったので、もう乾き始めてかさぶたが出来つつあります。
大好きなBUMP OF CHICKENの『かさぶたぶたぶ』を口ずさみながら、まだ剥がすには早すぎるかさぶたをいじっています☺