ふと思う。

 

何がどう、ではなく

人っていつも

トータルバランスの中に

いるのかもしれない。

 

人それぞれ凸や凹があって

そして、全体で

バランスが取れていたら

それがいいんだろうな、って。

 

髪色を変えることに
例えてみるとね…

 

 

 

金髪なら

金髪に合う

メイクや服を。

 

 

 

 

黒髪なら

黒髪に合う

メイクや服を。

 

 

そう考えて

そうしている自分に気づいた時

そんなことを思ったのだよね。

 

 

 

髪色やメイク

服やアクセサリー

 

それぞれをバラバラに

ただそれだけで見ていたら

それはそれであり

 

それとして

素敵とか、まぁまぁとか

なんだかなーとか

いろいろあるんだけど

 

それが

他のものと合わさることで

全体でひとつのものを

作り出す。

 

 

 

まぁ、それは

私の髪色やメイクや服

そんなものの話だけど

すべてに言えることだと思う。

 

私たちは

トータルバランスの中で

生きている。

 

「ひとつ」は「全体」であり、

「全体」は「ひとつ」。

 

合わさってみて初めて

「ひとつ」が

全体の何かを

織りなしていることがわかり

 

その「ひとつ」が

決して欠くことのできないものだと

わかるんだ。

 

私たちという

存在についても

言えること。

 

この世界についても

言えること。

 

 

 

何がすごい

誰がすごい

 

何がよろしくない

誰がよろしくない

 

ではなく

 

そんなすべてをひっくるめて

全体でバランスが取れていたら

それがすごくいい

そんな感じがする。

 

いろんな人がいて

それはすべて全体の一部で

 

この世界が幸せならいい

この世界が美しければいい

 

そんな感じが。

 

 

 

そして、そのためには

全体の一部であるそれぞれが

 

ひとつひとつ

美しい必要がある。

 

厳密に言えば

ひとつひとつが

本来すべて美しい。

 

 

 

ここで大切なのは

その全体の一部のひとつひとつが

 

自分を含めすべてが

すでに美しいということを

意識していることなのだと思う。

 

 

 

この世界が

美しいはずがない

幸せなはずがない

 

そう思うのなら

ほんの一部しか

見ていないのかもしれない。

 

ほんの一部が

ただの一部なのであって

他のものとは

なんら関係ないと

思っているからかもしれない。

 

 

 

「ひとつ」が

自分の美しさや強さを

求めるがあまり

 

「ひとつ」が

優劣を競うがあまり

 

その「ひとつ」以外のものを

そうではないとして

その上に立とうとする時

バランスは崩れる。

 

「ひとつ」だけを見て

全体を判断してしまう時も。

 

その逆もしかり。

 

 

 

たとえばさ

ランボルギーニの

パーツのネジがさ

 

「俺ネジだし

   形もパッとしねーし

   外から見えないし

   やってらんねーぜ」

 

って

クサクサして

機能しなかったら

 

ランボルギーニという全体の

美しさや機能は

絶対に成り立たない。

 

ボディ塗装が

 

「俺のこの色と光沢が

   一番カッコイイんだよ。

   ネジとかマジダサい」

 

って

他のものと比較して

自分を優位に立たせていたら

 

ランボルギーニという

全体は絶対に成り立たない。

 

 

 

この世界もそうだ。

 

すべてはワンネスであって

それを構成している

ひとつひとつがあってこそ

そこにある「ひとつ」なのであって

 

本来は

それを構成している

ひとつひとつ、とさえ

分けることなどできない。

 

本当はひとつなのだから。

 

へそと足の指を

バラバラにできないでしょ?(笑)

 

違って見えることは

優劣とはまるで関係ない。

何の比較の対象にもなり得ない。

 

目くそ鼻くそを笑う

じゃないけど

ひとつなのに

本来はそれができるはずがない。

 

それができるのは

目くそと鼻くそが

へそと足の指が

分離している時だけ。

 

ああ、やっぱり

奇跡のコースって

すごいや、って

あらためて思う。

 

それを教えてくれているのだから。

 

 

 

髪色を変えたことで

バランスを考えて

メイクや服や靴を

変えていったことを考えてて

そんなことを思ったの。

 

何を変えても私は私で

私のひとつひとつを

楽しもう、慈しもう

そんな気持ちになった。

 

でもって

ノンアルビールを飲みながら

私たちが生きる

この世界にまで

思いを馳せた。

 

シラフなのに(笑)

 

 

 

とっても大切なのは

 

私たちは

私たちが思っているような

存在ではなく

 

大きなワンネスの一部であり

もうすでに美しく

愛そのものであること

 

それを

自分のスタンダードとして

持っていることなのだろう。

 

私たちは

私たちが思うより

ずっとずっと素晴らしい。

 

そういうふうに

創造されているのだから。

 

それが自分の当たり前で

それを前提に生きる時

この世界はまるで違ったものになる。

 

たったひとりのそんな想いが

世界を変えていく。

 

 

 

そんな考えができなくなって

モヤモヤぐるぐるする時は

聖霊に助けてもらえばいい。

 

全体の一部のひとつひとつが

自分を含めすべてが

すでに美しいということを

意識していること

 

本当は

ひとつひとつ、さえなく

単に「ひとつ」

 

そこに戻るために。

 

自分を生きて

自分を遊び尽くさなきゃって

しみじみ思う。

 

 

 

 

 

 

合格奇跡のコース無料メールクラス

   詳しくはこちらから

 

音譜 エイミーくじ、ひいてみる? ぽち、はこちら

 

エイミーのいろいろ

 

メールマガジン
 
点 エイミー通信 → 詳しくはこちら