「子を待つ島 2」のつづきです。



天気予報では雨、
当日、どんよりと曇り、
今にも雨が降り出しそうだったその日、
海も荒れ、予定していた周遊船も断念、
そんな矢先、

船に乗り込むと、
空が明るくなり、晴れ間が見えてきた。
そして、あんなに荒れていた海が静まり、
波も穏やかになった。

島に渡ると、
初夏を思わせる青空が広がり、
そんなその日の様子を
見ていたみかっちさんは、
沼島が私達を歓迎している、と言った。

私は、

「違うよ」

と言った。
不意にそんな言葉がこぼれたのだった。

「私達じゃないよ。
 みかちゃんが歓迎されてるんだよ」

と。
口にしてはっとして思った。

そうだ、
沼島はみかちゃんを待っていたんだ…

「えっ?
 そうやろか…
 そうなんやろか…」

戸惑うように笑ったみかっちさん。

私達はゆっくりと島を巡った。

途中、子供達を見失った。
でも、ちっとも心配じゃなかった。
小さな島だからすぐに見つかると思ったのだ。
案の定、来た道を戻ると、
行方不明(笑)になっていた子供達と
すぐに出会った。

だからなんだってんじゃないんだけど、
この島だからなんだ、って思った。

島が笑った気がした。



かつて、収入源を失い、
住む場所も失いかけた彼女は、
船着き場からすぐの
八幡神社に怒鳴り込んだそうだ。

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「ここ(八幡神社)は真面目に働いていれば、
 衣食住を保証してくれるはずなのに、
 あれは嘘なんですか!?」

すると、その次の日に、
今の実家となる家が
破格で手に入る話が舞い込んできたという。

その話はいつも私を愉快にする。



島には島の暮らしがある。
小さな町だから、
プライバシーはないも同然なのだそうだ。

誰もが誰もを知っていて、
誰もが誰もの事情を知っている。

自然がいっぱいでいいな、
そんなことを言う
よそ者の私にはわからない、
島ならではのことも
きっといっぱいあるだろう。

みかっちさんは、
そんな島で生まれ育った。

彼女のお母さんは
大阪で踊りの師匠をしていた。
そんなお母さんに一目惚れしたお父さんが、
お母さんを島に連れて帰った。

お母さんは、
都会から来た目立つ存在で、
違和感のあるよそものだったのだろう、
そこで本当に色々あったのだろう、
それをはねのけ
強く生きなければならなかった。

そして、
娘にも同じように生きることを教えた。

みかっちさんは
当時を思い出して私に話す。



みんな一生懸命に生きている。
自分の場所で生きている。

そこで起こることが耐え難くつらくなった時、
どうしていいかわからなくなった時、
人生を変えるチャンスを求める時、
時に、人は、生きる場所を変える。

みかっちさんのように。



そして、3年。
色々あった島に戻らずにいたみかっちさんは、
友達を連れて沼島に帰ることを決めた。
たった1日だけど。

娘が戻った今、お母さんは認知症を煩い、
お父さんに連れられていつも一緒に船に乗る。

足腰を痛めていて歩くのが不自由で、
お父さん手作りの手押し車に乗せられて、
船着き場まで来る。

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島にお嫁に来て、
今はもうない
かつてのとらや旅館を切り盛りし、
負けるもんかと必死に生きてきたあの頃には
なかった穏やかな日々を送っている。

「何もかも忘れてしまう病気になれたら、
 いいのになあって思うねん」

お母さんは、元気だったある日、
ふとそう言ったそうだ。
その言葉の中に、
どれだけの想いが
詰まっていたことだろう。

そして、お母さんは、1年後、
その言葉の通り、
何もかも忘れてしまう病気になった。

そんなお母さんと
船着き場で話すみかっちさんを見て、
胸がいっぱいになった。

もう島を発つ。
お別れの時間だ。

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ハモ料理をごちそうになっている時、
何時に帰ろうか、そんな話が出て、

「せっかく娘が帰ってきたのに、
 ゆっくりしていってほしいですよね、
 お父さん」

そう言った私に、
下を向いたまま小さく、

「うん」

と言ったお父さんが、
船を岸に付けてくれた。



島を巡っている時、
みかっちさんが言ったっけ。

「帰ってきてもいいんだよね」

私は、

「うん」

と言った。



沼島は待っていた。
みかっちさんを待っていた。
確かに待っていた。

島は生きている。
まるでお母さんのようだ。

みかっちさんは島の娘だ。
かわいい、かわいい我が子なのだ。

沼島は、
色々あって島を離れた子が戻る日、
曇った空を晴れ渡らせ、
荒れた海を静め、
言葉なく愛する娘を歓迎した。

娘が島にとどまる間、
やさしく包み込み、
その友達にまでも親切にし、

また娘が島を発つ時に、
帰ってこいとも言わず、
やさしく送り出す。

島にいようといまいと、
娘を愛する気持ちは変わらない、
そんな母のように、
沼島はみかっちさんを愛していると、
強く、強く、感じた。

島が、海の神が、山の神が、
みんなみんなそろって、
この日を祝い喜んでいるような気がした。
娘が帰ってくるこの日を。



お父さんの船にふたたび乗り込み、
私達は淡路島に向かった。

名残惜しい。

また「帰って」きたい、
そう思わせる島、沼島。

船を降り、車に乗り込むと、
晴れていた空が急に空が暗くなり、
フロントガラスに、ぽつ、ぽつ、と、
雨が落ちてきた。

島が、海の神が、山の神が、
今日という日の終わりを告げた気がした。

「俺たちは証人だ」

あぶが言った。
そう、私達はその日の目撃者だった。

空を晴れ渡らせ、海を静め、
沼島は彼女をやさしく招き寄せた。
お母さんがおいでおいでするみたいに。

私達はそれを一緒に目撃し、
その証人としてそこにいた。

彼女がそれを信じられなくなった時、
私達はいつでも喜んで言おう。

「沼島はあなたを愛している」

と。



どこにいても、
沼島は彼女のふるさと。
彼女は島の子。
深く愛されている子。

子を待つ島がある限り、
彼女は愛され続ける子。

これからの彼女の人生、
どういう選択の上で
進んでいくかはわからないけれど、

その選択がどんなものであれ、
そこには愛しかないことを、
その日、私は確信した。

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私は奇跡を見た。

そして、彼女に与えられたもの、
それは私にも与えられたものだった。




この素晴らしい旅を共にした仲間に心から感謝。

みかっちさん
もくさん
あぶ



みかっちさんのお父さんが営む
とらや渡船のホームページ。
お父さんが手作りしたんですって!

とらや渡船

沼島の観光はぜひお父さんに。