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emitandyのお城、古墳・歴史大好きブログ

歴史好きで寺社仏閣、行き先々で発見してはブログにup中。

2026年は


「丙午」


島田市大代のジャンボ干支をお正月に

見に行けなかったのですが、

たまたま時間があったので

見てきました❣️








昨年も👇のラーメンは恒例です


「長篠・設楽PA 」のラーメンです




2025年1月



2026年2月



昨年とちょっと違いはあるものの

この塩ラーメン大好き❤️






この御城印は藍で染められた和紙で

金色の文字で書かれています

この勝瑞がある藍住町の書家の方が

書いたそうです

近くの「武田石油」さんで頒布していました


この勝瑞城あたりは藍住町と言って

「藍」染めしたものが特産品の一つで

「阿波藍」は有名であって


このあたりは井隈郷(いのくまごう)と

呼ばれていて井隈荘という荘園でした


源頼朝が鎌倉に幕府が開かれてからは

源頼朝に従った近江の佐々木経高が

阿波国の守護になりました


「鎌倉殿の13人」では歯が抜けた

佐々木秀義がでてきて笑ってしまいましたが

その秀義の次男になります


「承久の乱」では後鳥羽上皇側に経高は

ついたため、

敗れて佐々木氏(経高系統)から

信濃の小笠原長房が阿波国の守護と

なりました


※源新羅三郎義光を祖とする小笠原氏


その後

足利尊氏により鎌倉幕府は倒幕

されると

足利家重臣の細川頼之が管領と

なり四国をおさめていました


その一つ阿波国は細川頼之の

弟細川詮春が

阿波を担っていたとのことでした


細川清氏は足利二代将軍義詮に逆らって

京からも近い細川家の基盤の

一つでもある阿波に逃れたので

四国を守っていた頼之は清氏を討伐の任を

受けて討ち取りました


その戦さの勝利を祝って

この辺りを「勝瑞」と名付けたと

も言われています







以来阿波細川氏

守護として代々阿波国をおさめますが

その後京にも近いこともあり

「応仁の乱」に巻き込まれてその当時

守護の細川成氏や家来の三好之長が

管領細川勝元の率いる東軍にくみしました


長引く乱により室町幕府や管領の力は

弱り、結局戦の中心として戦う

三好氏が力を持つようになって行った

と言われています
























 

初❗️「さわやか」ハンバーグ❣️

 

 

おはようございます!


先週、木曜日から静岡に帰ってきて

「さわやか」のハンバーグを

食べられました!


木曜日の夕飯に食べようと気合いを

入れていたのですけれど、

なんと「定休日」でした


何度もいっては待ち人数に圧倒されて

いつかは行けるだろうと

思っていました



金曜日の朝食は少しにして

ランチを食べてきました








12時半過ぎに行って20分待ちと

言われたけれど、

割合とアッという間に順番がきて

まずはこちらのメインの


「ゲンコツハンバーグ」


主人が事前に「カンパイ」のジュースが

あるらしいと言われたので

なんか「初」だったのでやって見た




自分たちで乾杯するのかと思ったら

お店の人が小さなカップをもってきて、

私たち夫婦とお店の人3人で乾杯🍻


へぇ〜面白い🤣





スープがきて飲んでいると






この紙のマットの上にお肉を置いてくれて


両方を摘みお肉を切ってもらいます




生なんですよね


ゲンコツのように丸くなっているのを

半分にして中側を鉄板に押し当てて

生を少し解消させるんだけれども

それでも中は生だったので、

小さい鉄板をもらって焼きました😆





半分にソースをかけて、

もう一つは備え付けの

「岩塩と胡椒でたべてみてください」


勧められたので食べてみましたよ


美味しかった!


ゲンコツは250gで大きいなぁと

思ったら

おにぎり200gというサイズもと

教えてもらいましたが

食べきれちゃいました😆


さわやかハンバーグ





色々と考えごとをしていると

落ち着かせるために「編み物」を

してしまいます


「勝瑞城」をあれこれとわからない事を

調べていると頭の中がパンクしちゃいそう


それを書くとなるとと思うと

自分勝手に書けば良いのだと思うと

またパンク😆


そんな時に思い出すのが編み物


あまり糸🧵で



作ってみたり


うまくいかないと嘆いて



この糸が無くなると



また無くなると







何枚コースター作るんだ!


普段のコースターは👇


これだけではないけれど

お気に入りの一つでもあるんです






とうとう鍋敷き?





糸が太いのもあるけれど

大きくなってしまった



これは半分にしてたたむと



お花になるんですね


このチューリップの入れ物は


百均の「セリア」さんで購入!


ほとんど糸も百均なんですけれどね


それにしても1月が終わってしまいました


寒さに負けず、今日は「節分」

明日は「立春」頑張るぞ!



今冬は大作は無し!



以前のは👇



お気に入りのケープです



膝掛けはコレ👇





毎年楽しみにつかっています🎵









徳島では「徳島城」以来もあって

なかなか阿波についてのことが難しい💦

ので、色々と資料をみていたら

遅くなってしまった💦💦


ブログを書くので自分が見直している間に

時間がたってしまった😅










①勝瑞城(しょうずいじょう)


勝瑞城は、室町時代の阿波国守護細川氏及び

その後三好氏が本拠とした城で、

県内に残る中世城郭の中で

珍しい平城である

15世紀中頃に細川氏が守護所を土成町の秋月から

勝瑞に移したとされ、その後勝瑞城を

中心として形成された守護町勝瑞は、

阿波の政治・文化の中心として栄えた





勝瑞城は京都の管領屋形に対して阿波屋形または

下屋敷とも呼ばれた

応仁の乱では東軍の後方拠点となり

また、両細川の乱では細川澄元党、

ついでその子晴元党の拠点となった


天文22年(1553)、家臣の三好義賢(実休)

守護細川持隆を殺害し、その実権を奪った

この頃三好長慶らは度々畿内に出兵し

三好の名を天下に轟かせた云々


天正10年(1582)、土佐の長宗我部元親は

十河存保(そごうまさやす)の守る勝瑞城に

大挙して押し寄せ8月28日存保は

「中富川の合戦」で大敗を喫し、

勝瑞城に籠城したが9月21日讃岐へ退き、

ここに勝瑞城は幕をおろした


























②勝瑞城館跡
















工場があったのですね






















勝瑞城館跡は発掘された資料などが
多数展示されています


メインのところをもう少し
時間が割ければよかったなぁと
反省です


阿波細川家、三好氏、
最終的には長宗我部氏と登場人物がでてきて
大変💦

では、続く!