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emitandyのお城、古墳・歴史大好きブログ

歴史好きで寺社仏閣、行き先々で発見してはブログにup中。




大河ドラマ「豊臣兄弟」では秀長を主人公とし

ているので秀吉の天下を統一への足掛かりの

四国征伐に関しては

秀長が「総大将」を務めた唯一の事例だと

👇の本にありました
















一宮城


県指定史跡


阿波国守護である小笠原長房の

四男小笠原(一宮)長宗による築城

とされ、鮎喰川の清流を前に臨み、

背後には重畳たる山岳を控える県内最大の

山城跡である

一宮の山城として整備されたが、

天正10年(1582)、長宗我部元親の

侵攻を受け、天正13年(1585)、

豊臣秀吉の四国征伐には、

鮎喰川を挟んだ辰ヶ山に陣を構えたと

される豊臣秀長と長宗我部元親との

攻防の舞台となった

同年、豊臣秀吉の命により阿波に

封ぜられた蜂須賀家政は一宮城を居城

としたが翌年、徳島城に移ると

徳島城の支城(阿波九城の一つ)として

家臣の益田長行に守城させた

元和元年(1615)の徳川幕府の

一国一城令によって

寛永15年(1638)廃城となった











駐車場に車を停めて、

奥に入ってみると登山口があって、

山城だったので、時間的に無理だな?と

思っていたところ

案内板に資料や本来は置き御城印らしく

300円を払っていただけるところだった

のですが、資料などを整理して

いらっしゃる方がいて、

この先まで行こうかと思い悩んでいた

ところ「20分くらいで登れますよ」と

声をかけていただきました

でも、まだ他に巡りたかったので

諦めていると

「大河みていらっしゃいますか?と

言われて、「はい」と答えると


「ここは秀長が5万の兵、

一宮城は3000人の兵で戦ったと

されている」と話てくれました

色々な資料をみてみると

10万だったとか一宮は1万だったとか

色々な説があるようですが

多数で押し寄せて圧をかけていたのだと

思いました


最後に城内の




「貯水池」の水を埋められて水源をたたれたことに

より降伏、開城したと言われている跡がわかるとも言っていました






◎仁宇城

◎上山城

◎森遠城


を攻略!



城を攻略していると山側へと入って

しまうことがあり、食事特に昼食の時間が

2時や3時になってしまうことがあるので

気をつけていますが、

今回は


道の駅で


この日は17度とかで1月にしてはとても

暖かくってとり天ざるうどんを食べました!


手打ち、茹でたて揚げたてで

とても美味しかった!


この辺りからいよいよ帰路にむけてです!


勝瑞城へと向かいます



追記










城へ入口前には


「一宮神社」があります









こんばんは!


長期の年末年始休暇の9連休は

怒涛の如く過ぎ去り、

1月9日〜11日の三連休は

のんびり過ごし


今週17日(土)は早朝から

2026年初の

「リア攻め」

四国は阿波、「徳島県」へ

行ってきました🏯



主人は道の駅探訪を望み

私は近くの城を探訪先を探す



☝️我が家夫婦のあるあるな話しです





晴れていて和歌山、大阪方面が

黄砂で見えない




☝️うずしお観潮船に乗った時に撮った写真



「徳島三名城・

   阿波一宮と

      道の駅巡り」



徳島三名城 ◎徳島城(リア攻め済み)

      ◎一宮城

      ◎勝瑞城


リア攻めしたい城

徳島城は以前行ったので

一宮城と勝瑞城

     

      ◎阿波一宮 「大麻比古神社」




👆が予定です

日帰りで行けるのか?





主人が行ってみたいという


「道の駅くるくるなると」


淡路島を縦断、鳴門大橋を渡り

「鳴門IC」で降りて3分のところに

あり、我が家からは1時間半で行けるらしい





鳴門金時ですね



お野菜買ったり休憩して

主人は鳴門金時のお芋買って

食べるのを楽しみにしています


さて、

これから

お城を取りに行きます🚙



◎片志城(かたしじょう)

◎夷山城(えびすやまじょう)

 築城主は細川真之

◎立江城

 築城主は小笠原兼幸

 信濃国の林城にいた小笠原長時は

 武田信玄に敗れて紀伊国に逃れて

 三好氏の招きで息子長幸が中村城

 に入り、その後長幸の息子の兼幸が

 立江城を築城


◎平島館

◎牛岐城

◎仁宇城



城巡りアプリ





この先は一般国道55号を南下して

山の方へと戻って

上の方の⭐︎と🎶のお城をリア攻めと

いう感じです



平島館あたりにくると

また「道の駅 公方の郷なかがわ」

その中にある「とれとれ市公方」という

のがあって、「公方」とは?と???

をしていると

案内板に








阿波公方と呼ばれ、室町時代より約270年間この地を

治めた足利氏の屋敷をモデルにした道の駅

なんですって


近くには「阿波公方・民族資料館」もあるそうです


気になる〜と思いながら


休憩してから次へといきました



前後してしまうかもしれないけれど

走っていると川をいくつも渡ったなかで

橋の名前に「源氏橋」とあって

源氏家紋「笹竜胆」も書いてあって、

なぜに「源氏」?とまた疑問があがって

調べてみると

「義経」と関係があるらしということで

また脱線して近くを探索









義経の事はここまでしか今回は追えなかったけれど

いろんな歴史にあたります


「源氏橋」の先には「義経橋」も

ありました


さて、先へ進まなければ

まだ予定しているところには

いけてません💦



まだまだ2026年初の巡城は続きます笑



ちょっと番外編続きですが、


昨年、北野天満宮の参道を歩いているときに


古田織部の灯籠前で立ってみていたら

85才のおじいさんが私に話しかけてくれました






そのおじいさんは

古田織部の石灯籠を昔からみていて

川端康成の「舞姫」にもこの灯籠の話が

でているのは知っているか?

と尋ねられました








ここにきてはみていたのですが、


何か今年は変化に気がつきました


昨年からだったのかもしれないけれど


「何か違う」







と思って足を止めていただけだったのですが


おじいさんが声かけてくださって


色々と説明をしてくれました



「織部型石燈篭」


茶人好みの石灯籠形式の一つにて

古田織部正重然(元和元年6月11没)

の墓にあるものの形に因んで

名付けらる

マリア像の彫刻あるにより俗に

マリア燈篭キリシタンという


👆案内版にあります



今思うと毎回、なんでここにあるのだろう?

とか不思議に思っているものの

読んで、なんか終わって

しまっていたけれど


おじいさんが私が立ちすくしているのを

みていて説明したくなってしまったのかな?


主人は私がまた声かけられて

説明をしてもらっていると

笑っていました


◎この燈篭は織部燈篭と言って

古田織部の墓にある燈篭と似ている

◎川端康成の「古都」で北野天満宮の

 この燈篭のことが出てくる

◎足元にマリア像らしきものが見える

◎真ん中に丸い石があって、

 縦の石と横に広がっている丸い石で

 十字架のように見せている



というようなことを話てくれていたように

思います


実はいきなり「川端康成の古都知っているか?」

ち質問されて「ドキッ」としてしまい

山口百恵さんの最後の映画が「古都」だった?

なんて思い出してしまって

一瞬話が入ってこなくなってしまった💦


こういう話を聞くのが大好きなので

本当にありがたかったです



話が終わって何か、後ろでずっと娘さんと

話しながら大黒天の前で立って何かをしている

方がいて、しゃがんで足元の石を拾って

置いていたのです

置けないでいると

「誰かが踏んだ石ではなく、踏まれてないのを

 置くんだ」とボソっとおじいさんが

私たちに話されてから、

しばらくする親子はいなくなって









私たちも前に立ってみるもの真下のではなく

石を探しに行くと、

先ほど前にいた親子さんも石をが探していました

「踏まれてない石を探すのは難しいですよね」

なんて笑いながら話をして

お互いにあまり踏まれてなさそうなところのを

持っていきました。


大黒天の口というか鼻?があって

その3箇所に置くんですって

まぁ置けないんです落ちます

(置けそうな平の石を

     何個か持っていきましょう)


1箇所だけ置けたのでそこに重ねてお願いをしました


そうする、先ほどの親子のお母さんが見事に

置かれたのです

石選びが大切で、置き方も慣れていました😀



出会いって本当に楽しいなと思って

後にしました。



まだまだ知らないことばかりです












続々と配役が決まっていて

気になっていた「竹中半兵衛」役が

決まった




年明けてやっと「竹中半兵衛」

役がきまった〜

先週にはやっと判明したけれど



ビジュアルがやっと今日


解禁されたキューン


大河ドラマ「直虎」では井伊直政役

「鎌倉殿の13人」では源義経


これで3回目!



主人と誰だろう〜


まさか吉沢亮?とか言ってたけれど



菅田直樹くんでした飛び出すハート











2022年の時のものなので

幟が今と違うかもしれませんが


菩提山城は伊吹山系の東端にある

菩提山(402m)山頂に築かれた

東西150m・南北300mの山城で

竹中重元が同地の豪族であった岩手氏を

滅ぼして新たに築城。

以後、重元・重治(半兵衛)・重門の3代に

わたり使用され、重門が麓の竹中氏屋敷に

居を移したことで廃城。

2024年に行われた発掘調査により

建物礎石が発見され、単なる砦ではなく

居館として用いられた屋敷が山上に

存在したことが確認された












「豊臣兄弟」の第二話で早速

「紀行」で取り上げられていました!


2024年の12月に行っていました

再投稿ということで…


👇







加藤清正公の誕生地とされている

「妙行寺」の隣に


「常泉寺」がありました。


こちらは「豊太閤御誕地」とされています

















案内板によると


この井戸は秀吉公当時、産湯に使われたと

伝えられ、近隣に類のない清水溢れる井戸と

伝承される

このところに秀吉公の命により寺を創建した時

「常に清水湧き出る」意味から

寺号を「常泉寺」と定める。






秀吉公が植えたと伝えられる柊があり

秀吉は1590年、小田原城攻めから戻る際に

この地に立ち寄りました

このとき寺を建立したいと思ってあたりを見ると

11歳の時に植えた柊が繁茂していたそうです







柊の花が咲いていて、とても良い匂いがしました





妙行寺・常泉寺と並んでいて、
その隣に「中村公園」があります。

その中には







があるんです。


また、中村公園を挟んで反対側には








見学しようと思っていたら

(12月7日)にいったのですが、9日まで
休み🎌とのこと。

残念😢


再来年の大河は「豊臣兄弟」


ゆかりの地として
色々と関係してくるのかな?


☝️

第二話の紀行で早速でてきました!

きっと記念館も出来上がっているのかな?

「行かなければ❣️」