第75代 崇徳天皇(白峯陵)
日本三大怨霊と言われているのは
「菅原道真」「平将門」「崇徳院(天皇)」の
3人を指すとされています。
以前👇淡路島に行った時に
「淡路廃帝」と呼ばれていた
「淳仁天皇陵」へ行って
のですが、
四国までは行けなくって
今回、詣ることができました。
鳥羽天皇の第一皇子として
母は中宮。藤原璋子(待賢門院)
平安時代末期の1156年(保元元年)に
貴族の内部抗争である「保元の乱」で
後白河天皇に敗れ、讃岐に配流後は
「讃岐院」ともよばれた。
大河ドラマ「平清盛」では
崇徳天皇のことを「おじご(叔父子)」と
呼んでいましたね。
藤原璋子は白河天皇の養女として引き取られ、
その後白河天皇の孫にあたる鳥羽天皇の中宮になり
後の崇徳天皇を産みます。
その頃養父である白河天皇と璋子はただらなぬ
間柄ではなかったと噂され、
鳥羽天皇は自分の子ではなく白河天皇(院)の子では
ないかと思っていたとのことで、
崇徳天皇は白河天皇の子(鳥羽天皇からしたら
父の兄弟)ではないかと疑っていたとされて
いました。
大河ドラマ「平清盛」でもこのあたりは
ドラマを見ているだけではわからなかった
ことを覚えています。
こんな山の上にあります。
近くまで車でいけますが、
ここからが難所でした💦
階段を降ります
舗装されていたので降りやすかったです。
👆には西行法師のみちということで
「思ひやれ 都はるかに 沖つ波
立ちへだてたる 心細さを」
降り切ってしばらく桜を眺めながら歩いて行くと
右手に
見えてきて右を見ると結局今、降りてきた分だけ
上らなければいけないのです。
上りきった後の写真です。
心が折れそうだったので、上りきってから写真を
撮りました。
上ったりしなくってもいいように
お寺の方から行きますと「遥拝所」も設けられていました
京都に戻りたいと配流後に謝罪をして訴えますが
許されず、この地で亡くなられました。
崇徳上皇が崩御されてから700年後、
京都に明治天皇によって京都へ戻られ
京都市上京区の「白峯神宮」に祀られました。
経緯としては
明治天皇の父孝明天皇が崇徳上皇の御霊を京都に
戻すことを提案していましたが、
その話の矢先に孝明天皇も崩御されてしまって
慶応3年1月に明治天皇が践祚されました。
その後まもなく即位式をされずに、
孝明天皇の遺志を継ぎ、讃岐から崇徳上皇の
御霊を京都に戻し鎮魂するまで即位をし
なかったとされています。
2019年に白峯神宮に行った時の写真です。
この絵の中にも孝明天皇のことと
か書いてありますね。
やはり今回陵に詣ることによってまた、
白峯神宮にお参りに行かなければと
思いました。
追記ですが、
白峯神宮に崇徳天皇の御霊がお帰りなられた
後に、淡路廃帝と言われた
「淳仁天皇」も明治6年に
こちらへ合祀されたそうです。