emitandyのお城、古墳・歴史大好きブログ -12ページ目

emitandyのお城、古墳・歴史大好きブログ

歴史好きで寺社仏閣、行き先々で発見してはブログにup中。


クリスマスが終わってしまった🎄


いよいよ2025年も年末、

後1週間ですね


仕事は一足先に終わっているので

日曜まではゆっくりしよう!



ブログの続き




奈良桜井市あたりから


「かえでの郷ひらら」に

行ったのですが

途中に


「舒明天皇陵」がありました。




















☝️段丘が見える!









👆看板より


舒明天皇陵(段ノ塚古墳)


舒明天皇は忍阪ゆかりの押坂彦人大兄皇子の息子で

初めて遣唐使を派遣し

またわが国初の国家寺院である

百済大寺を建てた

天皇として知られています

皇后は、斉明天皇で2人の間には

後の天智天皇、天武天皇

間人皇女(孝徳天皇妃)がおられます


段ノ塚古墳は、古墳時代終末期の7世紀中頃に

造られ

現在「舒明天皇陵押坂陵」として

宮内庁で管理されています


母親の田村皇女(糠手姫皇女)との合葬墓とされ、

日本書紀には

舒明天皇は舒明13年(641)に崩御、

2年後には押坂内陵に改葬され、

田村皇女については、天智3年(664)に

亡くなられたことが記されています

田村皇女の墓については日本書紀には記載が

無く、平安時代に作られた「延喜式」にその

所在が舒明天皇陵内とされていることから

舒明天皇と合葬されている可能性が高いと

されています

その事実を裏付けるように、江戸時代末期の

文久年間(1861年〜1864年)に墳丘の

南面が崩壊し石室が露出した際、村人たちが

密かに内部を窺ったところ、

二基の石棺が見られ、手前の石棺は縦に、

奥の石棺は横に置かれていたという

話が伝わっており、研究者の間でも

被葬者は舒明天皇と母親の田村皇女の

可能性が高いと考えられています




第34代 「舒明天皇」


第33代推古天皇と

第35代皇極天皇(重祚して斉明天皇)

の間の天皇です



天智天皇の母親は「皇極・斉明天皇」と

すぐに出てきますが

父親となると

「舒明天皇」とは思い浮かばなかった



階段を降りてくると、来た道ではない

方向の先にも

進めるようになっていて

見上げてみると

「段丘」がしっかり見えました


この古墳の最大の特徴は

わが国で初めて造られた八角墳であること

とここの看板には書いてありました





この八角形をした天皇の玉座「高御座」にも流れを

みることはできてます

八角形は「国土の隅々までを治める」ことの思想の

表れであり、それはまさに八角墳の出現時期と

重なることから、

国家統一的な形にしたのではという学説に

興味をそそられます



と書いてありました(赤い文字の部分













👇の部分は「鏡王女万葉歌碑」ありました


万葉歌碑については今回もらったパンフレットの

中にありましたが、

ここでは省略するのですが、


「鏡王女」というと

「額田王」の姉を思い出します。

色々諸説ある様なのでこの辺りは本当に難しい😓

ですが、私が最初に聞いた話を元に

諸説を読み聞きをしています


ここには「中大兄皇子」が「鏡王女」におくった

歌碑が書いてあるそうです












推古天皇も長男の竹田皇子と合葬されています


推古天皇は

「竹田皇子と合葬せよ」と遺言されたようです





こんにちは!


▼本日限定!ブログスタンプ

あなたもスタンプをGETしよう



今日はクリスマスですね



我が家では昨日チキンを食べて

ケーキではなく、プリンアラモードを

食べて過ごしました






こんな感じですが、

いつ頃からかな?


夜のケーキ🍰は食べないように

しています。



なので、事前に


アンリーシャルパンティエで









毎年ではなけれど

自分で作ったものを飾っていますが

今日でまた片付けなければです









メリークリスマス!


こんばんは!


タイムリーな写真ではないのですけれど、

今秋の紅葉🍁狩りをしたくって

Youtubeをみていたら


奈良「カエデの郷ひらら」に出会えました





銀杏の木が綺麗だと聞きつけたので

11月15日に行ってきました!


奈良県宇陀市菟田野(うたの)に

あって三重にも近いです。







快晴☀️


みんな木の大きさで首を上に上げてみています、










NHK朝の連続してテレビ小説

「あすか」のロケ地だったところだそうで、

教室内は入れませんが、

廊下を通り抜けることができます。
































このあたりはまだ葉が落ちて間もなかった

ようで、紅葉の絨毯になっていました。






今年も12月中旬で紅葉🍁の季節も終わって

しまいました。








実は、ここに来る前に「道の駅」や

天皇陵、神社などがあったので

帰りに色々と探索してきました。




続く




花より団子🍡


10年前




今回も





全く同じお団子を2人は食べていたのには

びっくり‼️



本題へ



主人は金澤駅がまだ現在の形に途中を

みていて、完成を実際に見に行きたいと

言っていました。


その後に色々と忙しくなってしまったり

コロナ禍になったり、

地震などがあって気がつけば10年たっていた

とは、びっくりです。

私たちも10才も年を重ねてしまいました。







やはり良いです



これ見たかったんですよね



すごい👍




やっと👇のご飯を駅


「加賀屋」さんで







「治部煮」大好き💕なんです









帰りは地元のスーパーに行って

特産物とか、

調味料とか地元ならではのものを発見

しに行きました



ビールも地ビールとかありますよね、




👇👇👇






「松井ビール」



?何?



おっ〜あの松井ですか


つい、買っちゃいました!













兼六園の続きから


2014年に関西に引っ越してから

金澤には行っていたようなので、

もう11年たっていたんだなぁと

改めて思いました。



今回は11月にいったのですが、

2014年は10月でした 👇





👇11月





両日とも晴れていたので





☝️2014年に撮ったときの

       大好きな一枚です








👆以前はこんな感じで、工事中でした





桜の頃も綺麗なんだろうな🌸

























金澤城と言えば

このお方👇


前田利家公



前回来た時いらっしゃったのかな?










 




追記…
























橋爪門を入ると五十間長屋があって

そこで御城印を買えます




金沢城二の丸御殿、復元始動!


という看板の元工事中でした



工事でも👇










地震による被害の石垣などの状況もあり

規制中とのことでした。