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エミ、芸術か、宣言

米澤慧美のブログです。





最近ちょっと辛いことがありまして、ここ2週間程いつにも増して暗い日々を送っていたんですが、


今日ちょっとだけ他人から嬉しい言葉をもらい、
ほんの少しだけ、


まぁ、なんとかなるかなぁ、
という気持ちになれました。



気分転換が大事。
気の持ちようが大事。


何か考え出すとそのことばかり延々深刻に考えてしまう方なので、良くないとわかってるんですが。
常に最悪の事態を想定しておくことは大事だと思うけど、それにとらわれるのは精神衛生を蝕むとわかってるんですが。




沖縄のおばあちゃん(イメージ)みたいになるにはまだまだ修行が必要だわー。
修行とか言ってる時点で真面目過ぎるのか。



聡明で忍耐強く底抜けに明るくて上質な筋肉と脂肪が程良く素晴らしい位置に装備されてて身体能力が猫並みに高いアンジェリーナジョリーみたいな女になりたいです。


わたしの脳内には「気分転換」なるものを遂行するための回路が生成されていないようなのです。


どなたか生成する回路を自覚的に作った、という方、いらっしゃいませんか?



よく女性誌とかにも
「出来る女は気分の切り替えが上手」
とか書いてあります。

、、、、、


ここの所自信を無くしがちなので、自分の素晴らしい所を列挙していきます。



・動物のような、何か言いたげな微妙な表情が出来る
・眼光が鋭め
・言いたいことを他人にそのまま言える
・好きな人にはアメリカ人並みの愛情表現が出来る
・他人に全く気づかれないが意外に可愛らしい所もあります
・体重が軽め
・髪質が良い



、、意外に思いつきません。



今年の課題。気分転換と継続。







わたしが最も恐れていることは孤独で、充実した人間関係なしにわたしにとっての幸せはあり得ない。


お金とか表現とか、自分にとっては現状殆どのものが不満足な状態だけど、何を差し置いても人との関係性を重要視することを優先させねばならない。



自分が愛する人に愛されなければ、それを返してあげられなければ、何が手に入ってもわたしにとっては虚しいだけでそれは生きていくことを後押ししない。



自分がどんなことに幸せを感じるかというのは、意外に自分ではよくわかっておらず、生きていく中で少しずつ気づいていくようなものだけど、充実した関係性なしにわたしの幸せがあり得ないことだけは、かなり昔からはっきりしている。



ここでいう人間関係とは、社会的なそれではなく極めて個人的な、自分の半径50㎝以内のものだ。家族や恋人と、ごく限られた親しい友人達のことだ。



例えばそうした個人的な関係性の濃度を重視しなければ、社会的な人間関係の充実で満足できるなら、わたしの人生にはもっと広がりがあるはずた。今よりはたくさんやりたいことに挑戦出来るだろうし、付き合う知り合いの数も増えるだろう。



どんなものでも、何かを手に入れるには時間や体力や不断の努力が必要で、何かを重視すればその皺寄せは必ず他の部分に表れる。
全ての事柄を満足のいく濃度で良き方向に運べるのはごく限られた人間で、凡人は常に色んなことを妥協したり、優先順位を決めたりしながら生きていく。



「家族を大切に」。なんて当たり前で凡庸で面白味のない価値観。

今回のわたしの人生は、出来るだけその価値観に縛られて頑張ってみたい。自信はないけど。


つぎに生まれ変わったら、、
一度は今とは全く異なる価値観で世界を見てみたいもんだ。
多分全然違うんだろうなぁ。
当たり前だけど。








先月から、かなり長期に渡って服用していたピルをやめた。


大学の一年か二年くらいからなので、もう7~8年くらいになる。
最近は生理周期以外の心身の状態がかなり良くなってきたということと、生理前後に倦怠感の症状が強くなってきていたので、そろそろ辞めてみようかなと思った。


あまり服用期間が長いと、身体が排卵の仕方を忘れるんじゃないか、とか少し心配になって。


ただ服用前のような激痛や多量の出血に苦しむ日々が戻ってくるんじゃないかと、怖い気持ちはかなりある。


ピルを服用していると、出血量も少ないし激痛もない。
それでも倦怠感と無気力がひどくて、ここ最近は数えてみると月に5日以上は使い物にならない日がある。


そうゆう日は、ひたすら寝ているか、ベッドでゴロゴロしているか、良くて読書してるくらいで、買い物も料理もままならない。とにかく身体がダルくて起きれない、苛々し、集中力がなく、何も手に付かない。


一番困るのは、「何かをしなければ」という危機感とかやる気が全くなくなってしまうことで、それは怠けだと言われてしまっても仕方ないかもしれないが、だって湧かないだからしょうがないじゃん。て感じになる。
生理の周期だけ精神科でもらった薬を飲んでる人もいるみたいだけど、まぁ出来る限り飲みたくない、、、のでゴロゴロ過ごすことになる。



とてもじゃないけど、こんなんじゃ正社員のようにマトモに働くことは出来ない。



少しずつ自分の身体を受け入れられるようにはなってきた。
辛いときは寝ててもいいじゃん、と開き直るようにしている。
でも、やっぱり普通の女の人は男に負けず劣らず働いてタフに生きてるじゃん、なんで私だけそんな当たり前のことが出来ないんだろう、という劣等感は常にある。
経済的に自立できなければ自分は社会に認められない、要らない人間だ、という考えが頭にあって、出来ない自分が責められる。月に何日もベッドでゴロゴロして過ごす日があるなんて、悲しいし、あまりに情けない。



いっそ国が、「女は専業主婦になって子育てしてればそれでいい」って宣言してくれれば、どんなに楽になれるだろうと思う。仕事なんて男がするもんで、女は稼ぐ必要なんてないと。女に仕事なんて出来ないし出来ることも求めていないと。
そしたら自分の身体も、出産のためのシステムなんだから、って今よりは深刻にならずに認められるかもしれない。私の仕事の一貫なんだと。




もちろん結婚や出産を望まない、出来ない人たちの存在価値が崩壊するからそんな風に考えてはいけないんだろうけど。



男女に同等の権利が与えられる世の中になったのは素晴らしいことだけど、同等の権利があるということは、同等の義務があることのように思えて。


わたしはどうしたら自分の価値を肯定して胸張って生きていけるんだろう。