エミ、芸術か、宣言 -4ページ目

エミ、芸術か、宣言

米澤慧美のブログです。





現代の働く女性は、仕事もして、恋愛もして、休日は趣味の時間も持って、みたいな「恋も仕事も」は当たり前なイメージがあると思うんだけど、




わたしにとっての恋愛は、決して生活にハリとか潤いを与えるようなものではなく、ただただ、苦しくて、苦しくて、好きで好きで仕方なくて、っていう苦行のようなものだ。



好きな人とのセックスは、わたしから自由を奪う。
声とか言葉とか感触とか快感が何日も自分の身体にまとわりついて思考を停止させる。
何度も何度も思い出して、記憶を貪って、欲して、満たされなくて、食べ物の味がわからなくなり、日常生活を円滑に進めるための業務とかがどうでもいいことに思え、現実的な目標を忘れる。


毎日見ていた景色が、急に全然違って見える。そんな暴力的で人を簡単に廃人のようにしてしまうものが、わたしにとっての恋愛や、セックスだ。


仕事とか、趣味とか、そうゆうことと並列で並べられるようなものじゃない。




ただ、二十代前半にわたしが学んだことは、
相手の男性を含め、
誰も私が廃人になることを望んではいない、ということ。



男というのは、あなた以外の何もいらないって泣き叫んじゃうようなズブズブな女には、簡単に飽きてしまう。
あなたがそうさせたのに、望んでないなんて。残酷だ。
女は、常にあなたに夢中じゃないフリをして余裕を演出しなければならない。余裕のない女は男を欲情させられない。



社会も、愛する人も、誰も私が恋に狂うことを望んでいない。
それが恋愛の最も難しくて、矛盾に満ちたところだと思う。



なんで神様は恋愛の仕組みをそんな風に作っちゃったんでしょうか。
なんていうか、圧倒的に、女が苦しむように出来てると思うなぁ。










気怠い午後。どんな食べ物もすぐに腐っちゃいそうな湿気。髪が顔にまとわりつく。じっとりと汗が滲んでくる。扇風機をつける。ぬるい風が気持ちよい。


新宿の早朝は、たくさんゴミが散らかってて、柄の悪そうな若者がいっぱいいて、朝日が眩しくて、オッサンが床に転がって寝てて、カラスがゴミに群がっていて、なんか、ちょっとしたカルチャーショックだった。

毎日通ってる街なのに、全然自分の知らない場所みたいに思えて、日本にもこんなにぐちゃぐちゃな場所がまだあるんだなーと思ったりした。

若くてベッタリと化粧してる女達が男と歩いていて、美しかった。


わたしは最近、新宿という街が少しずつ好きになっている。愛着、というのでしょうか。
ごちゃごちゃしてて汚ないものもキレイなものも一緒にあって、凛としたビジネスマンもチャラチャラした頭悪そうな若者も溢れかえってて、むせかえるような欲望にまみれてる。
オシャレなものももちろんあるけど、きっとオシャレな街ではない。


わたしはそうゆうのが割と好きなんだと、最近わかってきた。
ただキレイでオシャレな街は、買い物に行くと自分がオシャレな人になった気分にはなるけれど、本質的に性格がオシャレとは程遠いので、やはり心惹かれない。


あの早朝の景色の余韻が残って家に着いてもなかなか寝付けず、ベッドでまどろんでいるうちに昼下がりになってしまった。
少し微熱がある。







なんとか生きてます!



電車でマナーの悪い人の愚痴を書くのは、あまり好きではないのですが、今電車で隣に座っている人がずっと鼻をほじってます。
そしてほじった方の手を床に向けてむにゃむにゃやってます。
すごく、気になります。

こないだもいました。ずーっと鼻ほじってる人。結構よくいます。

電車というのは、鼻をほじっても恥ずかしくない場所なのだろうか。
まぁ確かにわたしは化粧とかあまり恥ずかしいと感じない方ではあるが。
鼻ほじるのもそもそも恥ずかしい行為じゃないのか、、?



なんだろ、ほじってもいい。


その手を、ティッシュとか、ハンカチとか何かで拭いてくれれば、こっちの気持ちも落ち着きます。
なんかね、床にむかってむにゃむにゃやるのが、、気になりすぎます。
わたしだけ?


だいたいはほんとに普通のサラリーマンなんだよなぁ。
マナー、、良くわからん。