その後、僕はカメラマン人生、最大のスランプにおちいった。
原因は…フランチェスカだ。彼女が5年過ぎても、電話をかけてこないのだ。
5年…約束ではない。僕が、勝手に考えた区切りだ。二人の子供が20歳前後になり、たぶん農場を離れているか、農場で働いているかだ。どちらにせよ、フランチェスカの義務は一区切りするはずと思った年数だ。
そう思わなければ、僕は生きていけなかった。もう少したったら電話がくる…、長くても数年…と写真のフランチェスカと話していた。そうしていたから未来に希望が持てたのだ。
5年たったばかりのとき、受賞したころだが、どんなにウキウキしていた毎日だったことか。電話が来るのは、今日かもしれないと、朝起きて、寝るときは、きっと明日だとベッドに入った。
なのに、もう6年…。
撮影に行くと、フランチェスカはそこにいる。喜んでカメラを向けると、気配は消えるのだ。まるで、僕をからかっているように…。
気落ちしたまま撮った写真は生気のない、平凡な写真になった。
もう、僕を愛していないのか?それで電話のことは忘れているのか?
僕は、彼女の写真に何度も聞いたが、彼女は微笑んでいるだけ。僕は、つらかった。
ジョージは、僕に休暇をすすめた。
「ここ数年、君はほとんど休みをとっていない。賞がプレッシャーになってるのかも…」
ジョージは、知らない。フランチェスカのおかげで賞がとれ、フランチェスカのせいで写真が撮れないことを。
僕は、休暇をもらい、旅にでた。撮影旅行ではない旅は、若い時以来だった。
行先はイタリア、アイオワは怖かった。デモインに着いたら、まっすぐフランチェスカに会いに行きそうで。
ローマまで飛んで、特急列車でナポリに着いた。少しでもフランチェスカの痕跡があるところにと考えていたのに、駅を出ることができなかった。
「通っていた教会」「母と行った市場」
そうつぶやいたフランチェスカの姿が目に浮かぶ。あの時の抱きしめたくなるくらいに、震えていた姿を。
今、一歩でも駅を出ると、まっすぐ僕はそこに行って…どうにかなりそうだ。
そのまま、僕は北に向かう列車に飛び乗り、知らない駅でバスに乗り換え、夜遅く、バス停前の小さなホテルに泊まった。
朝になって、窓からの景色に驚いた。雄大な山並みと、石造りの小さな家々が街道沿いに並んでいる村、美しい村だった。
思わず、持ってきた小型カメラを手に取り外に出た。何度かシャッターを押すが、もどかしい。
アップもできず、ピントもちゃんとしない。
フランチェスカがここにいて、僕を見ているのに。
「観光の方ですか?」
声をかけられて、振り向くと、フランチェスカ…と同じような年ごろの女性がいた。フランチェスカより、背が低いかな。
景色の雄大さを話しているうちに、僕は彼女が英語を、それもアメリカで使う英語を使っていることに気付いた。イタリア訛りはあるが…。
彼女は笑って教えてくれた。
「戦争花嫁だったの。」
ナポリの港から、たくさんのカップルとアメリカに旅発ったという。僕は、思わず聞いてしまった。「僕の知り合いもそうなんだ。フランチェスカっていうけど…。」
彼女は、少し考え込んでいたが、すぐにうなずいた。
「とってもきれいだった人ね。背が一番高かった人!」
そして、自宅に招待された。その当時の写真があるというのだ。僕に抗うすべはない。
「これは記念写真。」
最後列に小さく映るフランチェスカを、僕はすぐ見つけられた。でも、あまりに小さくて表情はわからない。
「あ、あったわ。これ彼女よ。これも…。うちの人、カメラが趣味だったの。」
一枚目はバドと腕を組んで、写っている写真だ。バドは満面の笑みで、フランチェスカは恥ずかしそうに微笑んでいる。
若いフランチェスカ!白黒でも美しい!でも、僕の腕の中のフランチェスカは何倍も美しかった!と写真の中のバドに、言ってやった。もちろん心の中で。
もう、一枚は海を見ているフランチェスカの写真だった。
怯えた目をして、手すりに寄りかかりながら、両腕で自分を抱いているようだった。幸せな花嫁には見えない…。
「私たちは、結局、生きるために結婚したの。今まで敵だった国に行くしかなかったのよ。言葉もわからない国に。」
彼女は、最近、生まれ故郷に帰ってきたという。
「何度も帰りたいと思ったの。夫は…捨てることはできたわ。浮気性でね。船の中でも美人の奥さんを撮るくらいだもの。ただ、子供たちを置いては行けなかった。そのうち夫が死んでも…。」
成人しているとはいえ、子供たちと離れる勇気がなかったそうだ。
「でも、子供たちが言ってくれた。『パパに苦労したんだから、後は、自由に生きればいい』と。」
僕は聞いた。
子供たちの後押しがなかったら帰らなかった?答えはイエス。
夫がいい人だったら、子供たちはすすめなかった?少し考えて、答えはイエス。
「そう思うと、夫がとんでもない人でよかったのね。いい人、いえ、普通の人なら、私を母としてしか、みなかったのかも。子供はいつまでも子供、母はいつまでも母になっちゃうから。ひとりの人間として考えるのは難しいかも。」
彼女の家を出て、僕は街道を上へと歩いていった。いつしか町並みが途切れたことも気付かずに。
フランチェスカは、母なのだ。子供たちにとっては、いつでも帰れるところなのだ。
18歳で家を出た時の孤独を思い出す。
僕は忘れていた。帰る所があるということは、人に勇気と余裕を与え、人を励ます。
僕は…怯え、必死だった。周りの青年がうらやましかった。
フランチェスカ、僕は待つ。あなたは、今でも僕を愛してくれているはずだ。
ただ、まだ電話をかけられないだけ。僕は、そう信じる!
谷の向こうの山にカメラを向けると、フランチェスカがフレームの外で笑っている気がした。
その時、撮った写真は、ジョージに褒められた。
「素人カメラで、ここまで撮れたんだ。ロバート・キンケイドは復活した!次の仕事は…。」
ジョージの人使いの荒さが、心地よい。
僕は復活した。フランチェスカを信じる僕も復活した。