マディソン郡の橋  妄想21ロバート10 | えみゆきのブログ

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涼風真世さんのファンです。
パロディ小説を書いています

別れてから8年後、僕はカメラマン最大の賞を貰った。

イタリアで戦争花嫁だった人と会ってから、撮影するときにフランチェスカの気配があろうと、なかろうと気にしないことにしたのだ。

要するに、僕の気持ちしだいと、当たり前のことに気付いた。

 

それからは、フランチェスカが現れると「きれいな風景だね。」と一緒に撮影場所を移動し、現れないときは、フランチェスカに見せたいと思って、一層、撮影に力を入れた。

その、結果が評価された。

 

受賞は嬉しかったが、その後の大騒ぎが苦痛だった。

「受賞記念パーティーか受賞記念講演か、どちらがいい?」

ジョージの問いに対する返事は決まっている。

「どちらも、嫌だ。人前には出ない。それ以外なら…。」

「そうか、それなら受賞記念写真集を出す。しばらく編集室に、通うんだぞ。」

 

それはジョージの罠だった。以前から、写真集の話はあったが、編集作業が面倒で断り続けていたのだ。

でも実際してみると、編集部に、ほとんどを任せればよく、写真の選定も、僕とあまり違いがなかった。

ただ、表紙の写真と本の題名は、僕の提案に、彼らは首を傾げた。

「これでは地味です。もっと、インパクトのある写真がたくさんあるのに。題ももっと、世界中を回ったことをアピールするようなものを。」

「この写真から僕は変わったんだよ。そう、この橋を渡ってから。」

僕は、一歩も引かず、写真集「橋を渡って」は表紙を、マディソン郡のフランチェスカの橋にして、出版された。

 

出来上がりは、自分が思っていたより満足できるものになった。

 

これは、僕のフランチェスカに送るラブレター、そして感謝の本だ。

あなたと出会わなかったら、今のような仕事はできなかった。あなたを愛さなかったら、僕の写真は人から愛されるものにならなかった。

 

どこかでいつか、この写真集を見てほしい。そして、電話を…ください。

 

何度も、僕から電話をしようとした。でも、誰が出るのかわからない。バドが出たら騒動を引き起こすきっかけになるかもしれない。彼女が出ても、もう迷惑なのかもしれない。

僕は、フランチェスカの愛を信じて、待つしかなかった。

 

それから、2年後のことだった。

僕は、撮影旅行の帰りにいつもと同じように、ニューヨークのナショナルジオグラフィックに寄った。ジョージのオフィスに顔を出すのも、いつものことだ。

この日と同じように、彼がいないことも度々あり、その時はソファーに座って彼を待つ。

 

ソファーの前のテーブルには、何枚かの写真があり、その一番上の写真は…、フランチェスカだ!

いつもと違う。ここにフランチェスカがいる!なぜ!なぜ!

細身の白いワンピース姿、髪をまとめてアップしている。こんなフランチェスカも存在するのか。頭が熱くなって、胸がどきどきする。

 

「それ、結構いい記念写真だろ。お兄ちゃん、メディカルスクール首席卒業、一家の誇り。妹は赤ん坊を抱いている。まるで、そこにいない父親から命を受け継いだように未来に向かって、笑っている。その父親は死の床で、母親は喜びと悲しみが入り混じった顔。」

ジョージが部屋に入り、テーブルの向こうに座った。

 

僕が来る前に、アイオワの若者が写真を持って、自分を売り込みに来たという。有力者の紹介なので、無下に断ることもできなかったそうだ。

デモインの写真屋の息子で、地元の学校の卒業写真を撮った中の一枚らしい。

「腕は話しにならないが、一応、預かって検討しますくらいは言わないと。ましなのを数枚選んだ中じゃ、これが一番いいな…。カメラマンの腕じゃなく、モデルがいいんだけど。特に母親の複雑な顔がいい。美人だから、こういう表情が映えるんだな。」

「そんなに、詳しくこの一家の事情を写真屋が知っていたのか?」

「何でも、首席だから最初の撮影で記憶が確かだったのと、おしゃべりな近所のおばさんが、涙声で聞いてもいないのに教えてくれたらしい。」

マージに違いない。

「俺が褒めたら、向こうから話してくれた。写真の背景を知ると、味わいが増す。さてと…」

 

ジョージは僕から、フランチェスカを奪うと他の写真と一緒に、封筒に入れてしまった。そして、一番若い秘書を呼んだ。

「これを、さっきの若者に送り返してくれ。いつもの断りの文章を入れて。でも発送は…。」

3日後ですね。」

 

封筒は去った。僕のフランチェスカは持ち去られた。

 

それから僕の頭は、混乱した。疲れているからと、ホテルに引き上げ、考え続けた。

そうか、マイケルは医者になったのか。キャロラインが母親に!赤いシャツを取り合っていたあの子たちが。

でも、一番気になるのは、バドだ。彼が死の床にあると言っていた。

 

急に、バドに罪の意識が起きてきた。初めてだった。僕とフランチェスカは運命のふたり。愛し合うのは、当然で、その障害になっているバドこそ、運命に逆らっていると思っていたが…。

 

フランチェスカ、あなたは彼の横で悩んでいるに違いない。

あなたの表情は、変わっていた。ジョージの言うように、喜びと悲しみがあった。そして、僕は見えたんだ、罪に攻められている苦しみを。

それが、あなたを一層、美しくさせていたが。

 

あれは、卒業式の写真だから、5月半ば。今日は62日だ。フランチェスカはどうしているだろう。バドは・・・。

どうしたらフランチェスカの状況を知ることができるのか。

 

あんまりフランチェスカのことを思っていると、あの4日間の彼女を思い出してしまう。

初めて会った明るいフランチェスカ。氷皿に指をくっつけて、あわてるフランチェスカ。「優勝、優勝」とおどけるフランチェスカ。夕食を作る時も楽しかった。僕が採ってきた野菜に満足した顔、食べるときにお祈りをして…。あっ、お祈り…。それだ。

 

ジョンソン家は、食前の祈りが習慣だ。日曜には教会に通う一家だろう。バドは世話好きでリーダーになる性格なのは、片手の男のことでもわかる。きっと、教会でも重要人物に違いない。

教会に電話するのだ。…どういう電話?戦友が一番自然だ…。50歳を過ぎて、昔のことが気になりだした…あり得る話だ。

 

僕は、次の日、朝早く、図書館に飛び込んだ。教会の電話番号は、すぐにわかった。

図書館のロビーの電話で、かけた。

 

何度かのコールの後、出たのは、中年の女性だった。

「そこの教区にリチャード・ジョンソンさんという方は、いらっしゃいませんか。僕は…テーラーと言いますが、彼に戦時中、世話になったものです。」

「えっ、バドの…、バドは昨夜、亡くなったわ。」

驚いた。バドが死んだ。バドが…。

「もしもし、え~と、テーラーさんでしたっけ、奥さんは今、牧師さんと打ち合わせしているけど、代わりますか?」

「いえ…。」

僕と話すと、フランチェスカは教会の人の前で芝居をしなくちゃならない。そんな負担はかけたくない。

「いえ…、お忙しいでしょうから変わっていただかなくても…ご冥福をお祈りします。」

「フラニーに、あっ奥さんに、あなたのこと、伝えておきますね。え~と、テーラーさん。」

「それも結構です。奥さんは私のことを知りません。」

「その方がいいかも。フラニーは、ただでさえ、自分を責めているのに、バドがいい人だったとこれ以上言われたら…。あら、私ったら、余計なことを、一応、お葬式は明日の午後です。それでは。」

 

電話は終わった。おしゃべりな女性は、たぶんマージだろう。

彼女が言った言葉が気にかかる。

「自分を責めている」

僕のせいだ。僕との愛で自分を責めているんだ。いい人の奥さんなのに、裏切ったことを。

 

そう思ったら、僕はアイオワに向かっていた。ホテルを大急ぎでチェックアウトして、預けてあったトラックで。

フランチェスカのそばにいなければ、少しでも近くにいなければ、僕にも責任はあるのだから。

 

デモインに着いたのは、翌日の午後だった。葬儀は間に合わないが、埋葬には立ち会える。

だが、そんなことは…無理だ。小さな町の、みんな顔見知りの葬儀は、よそ者が目立つのだ。フランチェスカを、ますます苦しめることになる。

 

僕は、どうしようもないことに気付いた。こんなに近くにいるのに、これ以上近寄れない。

 

あてもなく、デモインの街をさまよう。僕は、迷っていた。電話をかけるべきかどうか。

フランチェスカがひとりでいてくれたら…。電話はできる。でもそれは他の人を寄せ付けず苦しんでいるということ。

家族や隣人と、普通の未亡人のように過ごしていてくれたらと願うが、それでは電話は迷惑だ。

 

もし電話が、ひとりでいるフランチェスカにつながったとしても、なんと言えばいいのだ。

「愛している」はもちろん言えない。バドの葬儀の直後だ。だからといって「ご愁傷様です」は、しらじらしい。

何をどう考えても、どうすることもできない。

 

いつの間にか、あたりは暗くなり始めていた。目の前にコーヒーショップがあった。

あの時の店だ。

そう、わかった時、僕は衝動的に動いた。あんなに悩んでいたのに、何も考えなかった。

僕はその店に入り、電話を借りて、ダイヤルを回す。

コール音を聞きながら、目をつぶる。

「もし、もし」

フランチェスカの声だ。

「ジョンソンですが。」

硬い声。泣いてはいない。だが、自分の殻に閉じこもっている冷たい声。

フランチェスカ…。僕は声にできない。何も言えない。ただ、生きていてほしいと思うばかりだ。

 

でも、彼女には僕がわかった。無言で僕たちは相手を確かめた。

 

そして、電話は切られた。

 

僕は、星空に照らされながらシアトルに向かう。途中でフランチェスカの家の横を通った。

「お休み、フランチェスカ。今度来るときは、あなたと二人で、ここを出よう。」