「手遅れって…何?」
「エドガー、お前も気付いていたろう。あんなに仲良しだった村の子供たちが、いじめるようになったことを。」
「…うん。僕のことを、変な奴と、はやし立てた。」
「それは、普通のいじめではなかったのだ。お前が異質なものに染まってきたからだよ。思春期は変わり目だった。おまえは人間の男というより、この世ならざる者のオーラが出てきたんだよ。食べ物が悪かったのか、屋敷の誰も吸わない空気のせいなのか…。」
「でも、僕は儀式を受けてなかったのに、そんな変化…。」
「思春期はどの方向に延びるか誰もわからない。急激な成長で、私が気付いた時は、もう人間として生きるのは難しくなっていた。異端のオーラを感じるのが、最初は子供だけでも、おまえが大人になったら、大部分の人間がおまえを特別な目で見る。バンパネラなら、オーラを隠せるが、人のままでは無理だ。」
老ハンナはここまで言うと、深いため息をひとつ、ついた。
そして、長い話を続けていく。
もう、エドガーをバンパネラにするしかなくなった…。
子供のころからバンパネラの里で育ったので、バンパネラになれば、誰よりも強い力を持つだろう。それに、その愛情深く意志が固い性格は、一族を守ってくれる。
キング・ポーからエナジーを貰えば、完璧な後継者になるはず。
でも、エドガーは嫌がる。本人の意志もないままエナジーを与えても変化に耐えられない。エドガーの強い決意を引き出せるのは…メリーベルだけ。
だが、メリーベルはバンパネラにできない。彼女は繊細すぎる。体力もバンパネラの儀式を乗り越えるには、心配だ。
バンパネラにしかなれない兄と、なろうとすれば命を落としかねない妹。
考え抜いた私は、すべてのことを解決する方法を思いついた。
メリーベルを人質にして、エドガーに一族に加わることを承諾させる。その時、エドガーは必ず、妹を逃がしてと言うに違いない。
誰からも愛されるメリーベルだけなら、条件の良い養子先が見つかる。
結論に達した私は準備した。
男爵に、メリーベルの養子先を見つけさせた。
目覚めたキング・ポーに、エドガーを会わせよう。キング・ポーに会ったら、エドガーは運命を受け入れる。少なくとも10年後の儀式までには。
その10年間、エドガーに後継者にふさわしい教育をしよう。その先生役も選んでいた。
次の10年間、移り住む屋敷での生活を、いろいろ計画していた。
それなのに、一番肝心なことを見逃していた。
あの日、エドガーが村に遊びに行くのを許したのは、少しずつ、子供たちと自分は違うことを体で知ってほしかったからだ。
まだ、半年は時に遊び、時にいじめられを繰り返し、しだいに人間を嫌うようになるはずだった。
だけれども、村の私たちを悪魔のように憎む大人が、子供たちに影響を与えていたことを、計算にいれていなかった。
子供たちがエドガーに暴力をふるい、なおも秘密を暴こうとするなんて。
遊び半分でも、それは悪意そのもの。もっと残酷な独りよがりの正義感を、大人に広げてしまった。
それで、あの事態に…。
老ハンナはしばらく言葉を無くしていた。エドガーもうなだれた。
二人にとって、つらい記憶なのだ。
「でも、メリーベルをロンドンに出してくれたよかった。ひどい目に合わなくてすんだもの。すぐに、養子になれたのは、おばあちゃまが、前から決めていたからなんだね。」
エドガーの目はうるんでいる。
「いや、もっと早く、二人とも出すべきだった。馬車を見送りながら、私は後悔した。あのメリーベルが一人で他人の間で暮らせるのか、妹と離れて、おまえがどんな気持ちでいるかと思うと…。あんなにつらいことはなかったよ。全部、私の決断が遅すぎたせいだ。」
エドガーは老ハンナの手を取った。
「あなたは、僕たちを愛してくれた。最善の道を選択してくれました。結果は残念だったけれど、そのおかげで、アランにも会えました。これからは3人で旅をしましょう。」
「いいや、君たちにしてほしい役割がある。今日は、そのことを頼みに来た。」
決意に満ちた声は、エドだった。さっきまでいた厳格な老女は消えていた。
声を変えると違う人格になることができるんだ。
この人は、いくつ声を持っているんだろう。
僕の驚きにもかまわず、エドは、まず、現在の一族について話し出した。
僕が生き返ることができたのは、過去に長老の術で変身していたから。生と死の間の壁が薄くなっていたそうだ。
普通のバンパネラでは難しいらしい。
その僕でも、老ハンナとしては戻れなかった。変身前の姿に戻ってしまった。
僕はあせったよ。老ハンナだったら、生き残りのバンパネラに命令できるのに、知らない少年じゃ、はぐれバンパネラは、ばかにするだけだ。
でも、それが幸いした。生き残り、つまり一族の集まりに来られないバンパネラは、人間社会でも、ひとりのことが多かったので、僕が入り込める隙があった。
少年バンパネラはライバルにはならない。褒める言葉も嫌味に聞こえず、欠点を指摘されても、相手が少年なら素直に聞けた。
何より、彼らの孤独が癒された。
僕はヨーロッパ中を回った。他のはぐれバンパネラと会い、連絡を取り合うことができるようにした。
ひとりぼっちだと怯えていた彼らは、他のバンパネラの存在を喜んだが、以前の掟通りにするのは無理だった。
それで、規律を彼らに合わせて柔軟にして、最初の目標を拠点つくりにしたんだ。
今は、そのためのお金を貯めているところだよ。
この前、一人暮らしのバンパネラ同士が結婚したんだ。僕たちの法的な両親になれる。
これで、転校やホテルの予約も彼らがしてくれるから、君たちの移動もスムーズになる。
僕は驚いた。
まだほかにも、バンパネラがいたことに。全滅していなかったのか…。
エドは僕の疑問に答えてくれた。
一族に加わっても、馴染めないバンパネラは出てくる。どこの世界も同じさ。
強さと美しさは、競う材料になりやすい。
人間社会での地位の高さも、彼らのプライドのひとつだ。
そのすべてに優劣がついてしまうのは、しかたがないこと。
一旦、自信がなくなると、逃げ場はない。
永遠に一族の中での立ち位置は決まってしまう。
老いの衰えも、病で気が弱くなることもないのだから、順番はくつがえらない。
そんなバンパネラは、いつしか一族の集まりを避け、人間の中に紛れ込んでしまう。
「僕は、彼らを知っていたんだ。長くまとめ役をしていたからね。でも、生き返って、一番、最初に尋ねたバンパネラが、見つからなくて、途方に暮れて…。時代も大きく変化してたし、14歳の少年としてのふるまいにも自信がなかった。そんな時、ピエールと出会って、彼のおかげで、人間の中で生きていく目途が付いた。ピエールには感謝しかないよ。いろいろ、バンパネラとばれる手がかりを残してしまったけれど、それでも彼は僕自身を愛してくれた。ピエールの体が健康なら、バンパネラになってほしかった。君とエドガーみたいにね。」
エドはうらやましそうに、僕とエドガーを見やった。
「それでね、君たちに頼みたいのは、目立って欲しいんだ。」
目立つ!どういうことだ。バンパネラは目立ってはいけないのに。
当然僕は、エドに、そう聞いた。
エドの答えは以下の通りだった。
まだ、隠れているはぐれバンパネラが何人かいる。彼らは、また一族が結集してきたことを知らず、ひとりで怯えて暮らしている。
馴染めなくても、一族の館があり、そこにキング・ポーが眠っていることは、心の支えだった。なのに、一族が虐殺され、生き残りの男爵一家も塵となったことは、恐怖を増大させ、一層身を隠すことになり、僕でも見つけられない。
そんな彼らに、仲間にいることを知らせるには、人間を利用するしかない。
謎の美少年二人が、時の流れを越えて、現れる。
人間は、ニュースにし、面白おかしく本にする。
ほとんどの人間はバンパネラ伝説と結びつけるのを、笑い飛ばすが、バンパネラは「もしかして」と少年たちに注目する。
人間には長い時間をかけて、バンパネラにとっては、少しの間隔で、君たちが、現れたら一族だと確信して、連絡をしてくるだろう。
「だから、名前も変えず、不思議な雰囲気もそのままに出没してほしい。何か聞かれても思わせぶりな態度でね。もちろん、これは危険だ。ブラバッキー夫人のような人が嗅ぎつけて、呪いの銃弾を撃ち込もうとするかもしれないのだから。」
エドガーが首を振った。
「そんなことは問題ない。塵になり、メリーベルに会えるのなら、僕は平気だ。だけど、エド、バンパネラが存在する意味はなに?そこまでして、一族を復活させて、何をしたいの?」
エドは、困った顔をした。答えがわからないと言うより、説明が難しいという顔だ。
しばらくして、エドガーに語りかける。
「僕もよくわからない。生きる意味…存在する意義つまり、役に立つなら、今までに永遠の時間を研究に捧げたり、流行り病の時に看護したり、戦いの前線で倒れて兵士を救出するバンパネラもいたけれど、ごく一部だけだ。
ほとんどの一族の者は美と若さを享楽し、生きることを楽しむだけ…。」
「そうでしょう。僕は…。」
「わかっている。エドガーは、そんなバンパネラの生活が好きではないことを。でも、今回のことで分かったのだ。僕たちは必要とされる存在なのだと。
だから、眠る場所があったのだと。
天国にも地獄にも行けないのは、神が作ったものではないから。そもそも僕たちは神が苦手だしね。
この世に非ざる存在は塵になるだけ。エナジーと共に消えるだけだと思っていた。
でも、僕たちに消えることのない魂があった。魂が眠る場所があった。その場所が用意されていたと言うことは、僕たちは何者かに作られたんだ。この世に必要だから…。」
「…必要?やっぱり僕はわからない。バンパネラとして生きるとは、どういうことか…。」
僕はエドガーに思いをぶつけた。
「そんなことは誰もわからないよ。人間だって、大昔から、その意味や仕組みを探り続けて、今だに、はっきりした答えはないじゃないか。僕は、君といるだけで生きる意味がある。メリーベルに会えるなら、塵になる意味もあるな。」
エドガーは苦笑する。
「君は気楽でいいな。永遠に続くんだぜ。」
「いいんじゃない。僕はこの世を、生きて見続けるよ。叔父一家もジェインも、彼らの子孫も永遠にね。ほら、人間が、この世に生まれるって、広い舞台に立つみたいもんだと思うんだ。そこで台本の無い人生を演じて、死んで降りる。それを僕は観てあげるんだ。」
「すべての人生は観れないじゃないか。観ていたって、すぐに人は消えていく…。」
「いいんだよ。ずっと観ている者が存在するだけで、演者は懸命になれるんだから。つまり人は懸命に生きる。
広い舞台の前のたったひとつの観客席に僕たちはいる。演者が気付かなくても、僕たちは見続ける。そんなことできるのは一族だけだ。」
エドが感心したように僕をながめた。
「面白いたとえ話だね、アラン。そうなのかもしれない。僕は、バンパネラは、この世の中の一つの軸だと思う。時間の軸だよ。4次元の4つ目の軸さ。老化も劣化も死ぬこともない、唯一の存在。永遠を生きて、時間をつないでいると思っている。」
「ふ~ン。」
エドガーは不満そうだ。エドは構わず、自説を繰り広げる。
「でも僕たちが、他の生物と違うことが、もう一つある。自分たち同士で子孫を作れないことだ。それは永遠の命との引きかえだと思う。親子という最初で最大の強い絆を作らせない。子供に引き継ぐ権力も財産も作る必要がない。そのために争うこともしない。自分の限りない生を旅するだけだ。ただ、生きていることが、軸を真っ直ぐさせている。時々、ちょっと、曲がったこともあるかもしれないけれど。」
僕は考える。
『この世という舞台の観客』『時間をつなぐもの』
正解は…わからないな。
「アッハッハッハ」
エドが、僕とエドガーを見て笑う。
僕たちの思案する顔が、面白かったようだ。
「そうだよ。何が合っているかは、わからない。それぞれに、探るしかない。ただね、僕たちが世の中を去っても、消えないで眠る場所があることは確かなんだ。だから、それまで、僕たちも人間と同じように、生き続けなければならない。」
「それなら、生きる意味は『生き続けること』になるよ…。」
そう、つぶやいたエドガーは自問自答した。
「だけど、それが一番、納得できるかな。」
コクンと首を縦に振った。
「ねぇ、エドの老ハンナ、僕は生き続けるよ。アランと一緒に目立つようにね。」
それから、僕たちの旅は変わった。
転校の手続きの苦労はなくなり、謎の美少年二人の印象を、あちこちに残すことを楽しんだ。
時々、エドや他の一族とも会うこともある。美男美女たちだが、個性的だ。
妙に暗かったり、派手だったり、いわゆる「オタク」みたいな大人たちを、14歳の少年エドが、まとめていた。
最初の本拠地は都会のアパートメントの一室だ。
「今では、都会の方が、村はずれの森より、人間と距離を置ける。もっとも、キング・ポーが生き返ったら、彼が眠る棺を置かなければならないから、広い屋敷が必要になるけれど。」
キング・ポーの話が出ると、エドガーは不機嫌になる。
一族の後継者として、次に老人にするのがエドとは限らない。エドガーかもしれないのだ。
「どんな爺さんになるかな。それともおばあさん?」
からかう僕をエドガーが追いかけてくる。
僕はエドの寝室に逃げ込んで、壁を見上げてしまった。
「待て!アラン!」
追いついたエドガーも僕の視線の先を見上げる。
「僕たちみたいだ。」エドガーがつぶやいた。
「メリーベルみたいだ。」僕がつぶやいた。
美しい少年の絵が2枚、壁にかかっている。傍らの少年と少女も、ことのほかきれいだ。
エドが観た人間が生きた舞台の絵だ。僕たちとエドの時間を真っ直ぐつなげる絵だった。
2枚の肖像画だった。
後記
私の妄想物語は、観劇の感想なのですが、今回は、キング・ポーや老ハンナはなぜ、老人?の疑問から、妄想が生まれました。
でも、一番の妄想のもとは、昔の『歌劇』の2枚の扮装写真です。
あの写真のエドガーが老ハンナになったに違いない!絶対に!
そこからは楽しくもあり、苦労もあり…。
突然、エドガーがバンパネラが存在する意味を問いただしてきて、困り果てました。
それでもここまで、読んでくだされば、幸せです。明日は男爵夫人に会いにいきます。
間に合った!
