マディソン郡の橋  妄想19ロバート8 | えみゆきのブログ

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涼風真世さんのファンです。
パロディ小説を書いています

 

僕が、片時もフランチェスカを忘れなかったと言えば、嘘になる。

あの橋の近くの町で、彼女の家族を見た時、すぐには電話がこないだろうと覚悟した。それでも、撮影旅行で、急にホテルを変えるときなど、ジニーに必ず連絡した。

 

どんなに落ち込んでいても、フレームを覗くと、僕は生き返る。仕事が僕のフランチェスカを、想わないですむ唯一の方法だった。

 

だが、ある時からそのフランチェスカが、僕の前に現れるようになった。

もちろん、まぼろしだ。撮影場所を探していると、フランチェスカが一瞬、そこに佇んでいるように見える景色があるのだ。

それは、僕がフランチェスカに見せたいと強く思う景色だからだろう。

その時に撮った写真は、評判がよく、たいていジョージに採用された。

 

フランチェスカが現れたときは、夜、ホテルのバーでブランデーを飲む。そうでない日はビールだ。

地元の人と飲みながら、撮影ポイントの穴場を聞いたりした。僕は、以前より、人付き合いがよくなっていた。

 

たぶん、自分に自信が付いたからだと思う。生い立ちに引け目を感じ、どこか自分に人間としての欠陥があると、人とかかわるのを避けていたのだが、フランチェスカに全てを受け入れられてから、普通の人間になれた気がする。

 

そのせいか、僕は風景に人物を入れるようになっていった。

ある時、僕はジョージから「日本の中のエド」のテーマを与えられた。

京都を回り、城を巡り、東京の下町を歩き、シャッターを押し続けた。明日は帰国という日、僕は好きなものを撮ろうと、東京を散策した。

その時、僕は剣道大会に出会った。サムライだ。大会の主催者は、試合以外なら、何を映しても良いと言ってくれたので、僕は会場のあちこちにカメラを向けた。

いきなり、その少年はフレームに入ってきた。彼の美しさに惹かれ、僕は、その少年を中心に撮影することにした。

試合に向かう真剣な眼差し、かぶとのようなものを取った時に流れる汗、空を見上げる笑顔を夢中で撮った。

 

その組写真は、ナショナルジオグラフィックの巻頭を飾った。現在のサムライだとジョージが称賛してくれた。僕の初めての巻頭写真だった。

 

僕の仕事は増えていき、評価もそれにつれ高まった。そして、僕は大きな賞を受けるという内定を知らされた。

思いがけないことに戸惑っていると、ジョージとジニーが前祝に、ホテルのバーに連れて行ってくれた。

 

中央にダンスフロア―があり、狭い舞台にピアノとマイクがある、都会の隠れたオアシス。最高級のバーだった。

「おめでとう、ロバート。ここ数年の君の写真は変わったね。前は美しく撮るのは、超一流だけど、なんか暖かみがなかった。どこか、冷静に観察しているような・・・。うん、変わった。」

ジョージが、これほど誉めてくれるのは、珍しい。

 

受賞対象の作品はパリの下町の中庭だった。散りかけのリラの樹の下で、将校姿の男が、花びらが舞う中、たたずんでいた。

 

「何でもない庭が美しく撮れている。足元のバケツまで美しい。そして、物語があるよ。」

僕と同じ年頃の将校は、戦争中の悲恋を語ってくれた。思い出していると・・。

 

ピアノが鳴り始め、僕はその世界に引き込まれた。

聞いたことがある曲、あぁ、あの時、ラジオから流れてきた曲、思わず目をつぶり、聞くことに集中した。

「長い間待ち焦がれた~夢があるの~」

あの歌だ。フランチェスカの手の冷たさを感じる、伏せた長い睫毛が震えているのが見える・・・。

 

僕は、あの時に飛んでいた。あの夜に・・。

 

拍手の音に、現実に戻された。

舞台を見ると、黒いドレスの女性が、僕を見つめている。この人が、今の歌を歌っていたのか。

30半ばのきれいな・・、マリアン!

 

「しばらく、ロバート。」

僕たちのテーブルに来た彼女に、ジョージとジニーは驚いている。

「妻・・だった人です。マリアン、こちらはジョージとジニー。出版社の人たちだ。」

三人は、握手を交わしているが、僕は、元妻の登場に混乱していた。

 

「ニューヨークやラスベガスで歌っているの。時々ラジオでも、中継されていることがあるけど、その時はバックコーラスかな。」

ラジオ・・、もしかして、あの時の・・。

「ロバート、何かのお祝い?」

「なぜ、わかるんですか?」

ジニーが、不思議そうに聞くと、マリアンは苦笑する。

「ロバートは、お金を使うことを思いつかないし、そんな場所も知らない人。ここは高級バーよ。お祝いに連れてこられない限り、来ないもの。」

ジョージとジニーが、笑う。「確かに」と。

 

「それで、マリアン、今・・。」

「安心して、結婚したわ、あのピアノ弾きと。」

軽やかにピアノ曲を弾いている男を見たら、ウィンクを返された。

 

ピアノの音が変わり、前奏になった。「それじゃ。」と言うと、舞台に向かっていく・・と思ったら、急に立ち止まり僕の方に、戻ってきた。

「あのギターは?」

僕は慌てた。

5年前までは、トラックの中だったけど、今は・・玄関横の物置・・寝室のクロゼットかも・・、いや、ごめん。」

マリアンは、笑顔になった。最高の笑顔で僕の耳元に顔を寄せ、僕にだけささやく。

「誰かを、愛しているのね。愛することができるようになったのね。ギターは捨てて・・。」

「マリアン・・」

 

彼女は2,3歩、歩くと、振り返り、「あなたは変わったわ。いい写真を撮ってね」と言うと、片手を振り、マイクの前にたった。

 

この夜の僕の祝宴は、ジョージとジニーの質問と僕のうわの空の答えに、しばし費やされた。

僕は、曖昧な返答をしながらも、マリアンが僕にだけ言った言葉を考えていた。

「愛することができるようになったのね」と「ギターは捨てて」

 

そう、僕は、愛することができるようになったのだ。フランチェスカによって、愛することの素晴らしさと苦しみを知った。

マリアンにしてあげられたのは・・・親切だけだった。

あの頃は愛が分からず、マリアンの愛にも気付かなかったのだ。

 

ギターが、僕の未熟な愛の象徴で、マリアンに去られたとき、捨てることも置いておくこともできなかった。僕を愛してくれた理由も、去っていく原因もわからず、わかるのはマリアンを幸せにできなかったというだけ。

ギターをそばに置いておけば、愛が分かるような気がしていたのかもしれない。そのくせ、ギターに触れることさえしなかったのは、愛を恐れていたからだ。

 

フランチェスカの家で、久しぶりに触ったギターをトラックに乗せて出発した時が、僕の未熟な愛を、やっと僕の心のどこかにしまうことができた時だった。

フランチェスカとの愛で、愛の本当の意味を知ったから。

 

だからギターは必要なくなり、どこかにしまい込んだ。

マリアンは、フランチェスカの言った通り「私を忘れないで」とギターを置いていったのだ。

私を忘れないで、愛を勘違いしないで、愛することができるまで、私を忘れないで・・、と。

 

「ロバート、瞑想は終わったか」

ジョージとジニーがテーブルの横に立っている。

「何を驚いているの、あなた、急に考え込んでしまったから『踊ってくるわ』って言ったら、『わかった』って返事したのに。」

「ジニー、しかたがないさ。別れた女房に突然あったんだ。ぼうーっとするさ。2曲も踊って喉がかわいた。さぁ、もう一杯飲もう!」

 

いつの間にか、マリアンもピアノ弾きも消えていた。僕は、声に出さずにつぶやいた。「ありがとう。しあわせに。ギターは・・捨てるよ。」

 

それにしても、メガネをはずして目元の汗を拭いているジニーとマリアンは似ている。