おじいちゃんとご先祖さま
92歳になる最愛の祖父が逝き、
最期のお別れを
26日にしてきました。
祖父は、私の退院を待って、
その知らせを聞いて安心して、
逝ったのだと思います。
私が入院中に、祖父も入院し、
一時、危篤状態になりました。
その当時は、すぐ祖父のもとへ
飛んでいけない自分がもどかしく、
また入院生活を楽しんでいる
自分が情けなくもありました。
しかし、その後、祖父は体調を持ち直し、
冗談を言うほど元気になったと聞き、
退院したらすぐ会いに行く約束でした。
でも結局、それはかないませんでした。
私の退院から2日後の24日深夜、
祖父は逝きました。
お通夜のある翌25日、私は
退院後初めての仕事の打ち合わせと、
リハビリの予定が入っていました。
一瞬悩みましたが、
ふたつの予定を済ませてから、
祖父のもとへ向かうことを決断。
祖父のもとに着いた時は、
通夜の儀式は終わっていたけれど、
まったく悔いはありません。
祖父は起業家でしたから、
ビジネスの付き合いの大切さを
よく語っていましたし、
私に、リハビリの重要性を
誰よりも語っていたのも祖父。
電話で祖父と話した最期の言葉も、
「リハビリを頑張りなさい」でしたから。
不思議なもので、
私は入院してからというもの、
「誰かに見守られている感」を
とっても強く感じていました。
私はそれを「ご先祖さま」が
見守ってくれているのだと
勝手な解釈をしていました。
手術をした病院では、
私の後方に、ナンかいる感じが
ずっとしていました。
リハビリ病院にいた時は、
部屋の窓から見える電柱のてっぺんに、
いつもカラスが止まっていて、
あんまりにもいつもいるので、
あれは私のご先祖さまに違いない、と。
カラスのことを「ご先祖さま」と
名付けていました。
それを同部屋の人に話すと
笑われましたが、
「ご先祖さま、おはよう!」
「ご先祖さま、今日は天気だね」
「ご先祖さま、リハビリ行ってくるね」
と、そんなイタい子な感じ?で、
けっこうカラスに声をかけていました
(もちろん心の中で、ですが)。
祖父が危篤状態になった当時は、
「私は大丈夫だから、おじいちゃんの
もとへ行って、見守ってください」と
ご先祖さまに、お願いもしました。
それから一週間近く、
ご先祖さまを見かけなくなったので、
私は「やるなぁ、ご先祖ちゃん!
ホントにおじいちゃんを頼むからね」と
空に向かって、手を合わせたり。
ご先祖さまの力のおかげなのか、
祖父自身の生命の力なのか、
体調を持ち直した時は、
ご先祖さまにお礼を言ったり。
カラス「ご先祖さま」と
そんな関係でした。
火葬場で祖父を待っている時、
私の目前を一羽のカラスが、
すっと飛んでいきました。
その時、ご先祖さまが
私のおじいちゃんの魂を
連れて行かれたんだと
なんだか、わかりました。
おじいちゃんの骨のかけらを、
こっそり口に入れました。
じゃりじゃりじゃりじゃり。
おじいちゃんは、私の骨と力になって
これまでのように、これからも、
ずっと私を支えてくれます。
神さまだか、ご先祖さまだか、誰かさまは、
「人を生きること」を今夏、
私に考えさせたかったのかもしれません。
ギムレットはシャバの味で
ブログを更新してないものだから、
「ホントに退院した?」との
ご連絡をいただきました。
更新遅くなり、すんません。
22日、無事、退院いたしました。
涙腺が劇的にユルいことで、
知っている人には知られた私ですが、
「ラスト・リハビリはもれなく泣く」
という予想を裏切り、大丈夫でした。
しかし、行きと同じ経路で、
森を抜け、川を超え、
病院の看板が小さく見えるあたりで、
口はへの字になってきて、
高速道路に入る時は、もうダメで。
行きの右足は、動かなかったのに、
帰りの右足は、動けるうえに、歩ける!
そう思ったら、このリハビリ病院に
来てからの3カ月間の思い出が、
怒濤のようにあふれてきました。
この晩、退院報告がてら、
我が家の食堂化した
馴染みの居酒屋へ。
いつもはそこで帰るのですが、
お腹はいっぱいだけど、
ちょっと呑みたい気分で、
もう一軒。
Barに入りました。
入院中、外泊した際に
お酒を呑むことはあっても、
お酒が主役のBarに入ることは
さすがにしていませんでしたから、
舞い上がって、カクテルなんか
頼んじゃいました。
ギムレット。
冷えて曇ったカクテルグラスに、
シェイクされたジンとライムが
注がれたその味は、才能の塊で、
ホントのホントに退院したのだな、と
やっと実感できました。
「ギムレット」といえば、
レイモンド・チャンドラーの
『ロング・グッドバイ(長いお別れ)』。
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いつかまた、入院生活をすることに
なるかもしれないけれど、
その生活とも長いお別れでありたいな
と思うのでした。
苺は苺の味がするように
哲学者、アランの言葉に
「苺は苺の味がするように、人生は幸福の味がする」
というものがあります。
大好きな言葉のひとつです。
今日、サイクリングマシンを漕ぎながら、
リハビリする人、される人を見渡しつつ、
特別何があったわけではないのだけど、
このアランの言葉を
反芻して、かみしめました。
幸福とは、人を生きることなのだな、と。
長く入院した患者の多くがそうであるように、
私も、退院してシャバに出ることに
ちょっと気が重く、億劫で、不安です。
でも今日、アラン先生の言葉と、
毎日通ったリハビリ室の風景に、
背中を押された気がしました。
明日、退院なので、
ちょっとセンチメンタルな
気分になっています。
もう、この4カ月の月日と
そこで出会った人々、エピソード、
すべてが愛おしいです。
アラン先生!
苺は苺の味がするように、
入院は幸福の味でしたよ。