emixbubuのブログ -19ページ目

emixbubuのブログ

心を楽にするお手伝いをさせていただいています。
カウンセリング・コーチング・セミナー講師などご依頼がありましたらこちらまでお願いします。
http://wisdom-house.bsgie.net/
どうせかかっているフィルターです。ご自分の好きなフィルターにしてみませんか??


emixbubuのブログ-不安のメカニズム
すご~く見にくいと思いますが、「不安のメカニズム」を図解してみました。

あくまでも私が勝手に考えたものなので、引用等はありません。


かわいく書いたつもりなんだけど・・・イラストは難しいね。楽しいけどね~♪

言葉で表すのが目標ではあるのだけど、イラストで見せた方がはるかにわかりやすいな~と思うものは、これからも楽しんで書いていこうと思っています。


さて説明を・・・コホン。

ちゃんと言葉でも表さないとね。


「不安」は恐ろしいと以前書いたが、どうして恐ろしいかのメカニズムを私なりに考えたので記しておきたい。

これはどう対応したらいいかはまた書くので、今回は起こってくるメカニズムだけに着目して書いてみた。


はじめは、外的な事柄に感情が溜まっていく。

もやもや~んと渦を巻いたようなどこにも持ち込めない気持ちが大きくなっていく。


それはやがて「不安」になる。

もやもやしていた時はまだ一定の色ではなかったものが、「不安」になると一色になる。

ここでは黄土色にしてみた。


「不安」はそのうち「疑心暗鬼」に姿を変える。

ここでは「疑心暗鬼くん」として擬人化してみた。 なかなかかわいい。


次に「恐れ」がやってくる。

黒くて固いボールのようなイメージ。最初は小さい。が、重い。


小さい「恐れ」は放置しておくと、「恐怖」に成長する。

黒さも大きさも増し、非常に重たいボールになる。


時が満ちて「破壊行動」となる。

破壊行動を起こして「安心」を得ようとするのだ。

壊してしまって「安心」と「安定」を手に入れる。



これが不安のメカニズムだ。


不安は侮ってはいけないのだ。恐ろしい結果を生む可能性がある。

例えば仲間内でたとえ勘違いだとしても不安な情報を耳にすると、疑心暗鬼になり、そのまま放置するといつか仲たがいしてしまうかもしれない。


国と国の場合は戦争が起きるかもしれない。


元々不安は自分を守るための防御装置だと思う。

ある程度は必要な感情だ。

この不安があるから未来を想定しようとする。

不安を除去するために問題点を解決しようとする。

不安によって危険回避することができるのだ。


しかし、大きすぎる感情は「疑心暗鬼」や「恐怖」を育ててしまう。

相手が何もしてこないなら、先手攻撃を仕掛けようと思うのも、この「不安」感を募らせたためだ。


恋愛だってそうだ。

傷つけられるぐらいなら、先に自分から別れを切り出したくもなる。

不安感に堪えられず、二人の関係より自分の心の安定を優先してしまった結果、関係を壊してしまう。


友情にも言える。

メールの文章から相手の意図を読み取れず、勝手に疑い、勝手にもんもんとし、勝手に爆発し関係は終結。

そんなことは日常的に起こっている。


同じ志同士でなぜそうなるんだと思うような関係でも、当人にとっては安心を手に入れることは志より重要なことなのだ。

安心安定は命にかかわっていることだからだ。


命優先、志二の次なのだ。当然の結果だと思う。




「不安」から関係崩壊までの間のどこで手を打つかは少しずつ解明していきたいと思っています。


そのために次の記事では、次女が学校からもらってきた道徳プリントを引用しようと思います。

すごく心に残る内容です。



今日、私のこのブログをいつも読んでいます・・・という人からメッセージが届いた。

とっても嬉しかった! 面識のない人で、コメントももらわないようにしている私のブログなのに、連絡を入れてくれて本当に力をもらえました。

感謝します。

ありがとうございました。

この場所でお礼言いたかったです。








書きたいことが自分の中であふれかえっていてどうにもならない。

気持ちに行動が追いつかない~

そんな日々を送っています。


とにかくひとつひとつまとめていくしかないので、階段を昇る要領で取り出す作業をしていきます。

お付き合いいただければ嬉しい限りです。




人間ドッグってもう40歳も超えてきているのに、まだ行ったことがない私。あはっ!行かなきゃね。。。。

大きな今年の目標であります。う~ん。病院嫌い。。。


それにしてもなんでメンタル面をチェックする人間メンタルドッグなるものがないんだろう???

不思議でならない。人間の健康は、体と心とがそろって健康な姿なのに。

どうして国に保護してもらうような体制になってないんだろう?


体は定期的に検査しておかないといけない。

婦人科のガン検診なんて一年に一回は受けなさいと言われているぐらいだ。

子宮の検査は半年に一回はしなさいと言われた。

歯医者だって定期健診がある。とても気が重いが、はがきが来ると歯医者さんの顔を見に行くつもりで訪れている。


なんでメンタルは検診しないんだろう?

自分が病気かどうか、体の奥底のことはわかりづらい。

ガンかなんて自分では発見できないし、血圧が高いのか、それとも肝機能が下がっているのかなんて病院で調べてもらわなきゃわかんない。


心だってそうだと思うんだ。

心も自分で異常は発見しにくい。

どこに原因があって、どこが悪いのかわからないし、そもそも健康な心なのかさえ自信が持てるだろうか?


なんで心の検診はないんだ?


世の中こんなに鬱の人が増えて、会社は離職率が急上昇していて、お母さんは何を頼りにお母さんしていけばいいかわからないような、基準さえ緩んでいる世の中にあって、心のケア機関はかなり遅れをとっていると思う。


起業向けにメンタルドッグを年一回は少なくとも開催すると社内にはいい風が吹くようになるだろうし、一人一人が自分プロデュースしていける環境が整い会社としても生産性を上げることにつながると思うのだ。


子供たちだってそうだ。

予防接種は病気の予防のために軽く病気を体に入れ、免疫を作る。

なぜ経験則をつける妨げになるような教育システムを放置しておくのか?

ちょっとした心の病を体感で感じるような経験を増やし、自分で考える力をつけさせてやらなければならないのに。

計算力を上げたりすることはもちろん重要だが、なぜ必要かを子供たちに考えさせないといけない。

なぜ毎日学校に行く必要があるのかもわからないどころか、考えることすら奪うような何もない環境で、どう疑問を感じればいいというのか?


心も体と同じように風邪をひくんだ。それを教えなきゃならない。

心も体と同じように死に至る病気もする可能性があるんだ。

みんな病気になるんだ。知ってないといけない。


隣の席の女の子が学校にこれなくなったのは、心が風邪を引いたからかもしれないよ。

今日急に学校に朝行きたくなくなったのは、体が風邪気味かもしれないし、心が風邪気味なのかもしれない。


学校の先生だって心が風邪をひくこともあるんだよ。

大人だって、ママだって、パパだって、心が病気になる可能性はある。


今自分がどんな心の健康状態かを知っておくと目安になるし、メンタルドッグをすることで、心が病気になることは当たり前なのだと知らしめることもできる。


学校が難しいなら、まずは企業から実施すべきだ。

企業が動けば社会が動く。

社会が動けば、右にならえでいつの間にか家庭にもいい環境が訪れる。


人間メンタルドッグ・・・・できないかな~

やってみる気でいつも考えておこうと思います。



emixbubuのブログ-子供用本
本屋さんでぶらぶらしてるとおもしろい本を見つけた。

子供の認知行動療法の本で、子供のためのワークブックになっている。


シリーズ本で、全部で6冊。

①自分でできる 心配 の追い払い方

②自分でできる 怒りの消化法ワークブック

③自分でできる 強迫性障害のふりはらい方ワークブック

④自分でできる マイナス思考の飛びこえ方ワークブック

⑤自分でできる 眠れない夜の終わらせ方ワークブック

⑥自分でできる 悪い癖の閉じ込め方ワークブック


すごいな~! っと、見つけたときはちょっと感動した。

こんなにわかりやすく子供向けにすでに形になっているものを見たのは初めてだったからだ。


とりあえず一番興味あるものから二冊買ってみた。

「心配」の方を読んでいる途中だが、次女は私より先にさらりと読んでしまった。

そして内容にあったワークを要求してきた。

子供の行動力はすごいね。


この「心配」っていうのを次に書こうと思っていたので、私にはNEWSとなる本だな。


「心配」・・・つまり「不安」だ。

不安って恐ろしい。


不安により人間関係は破滅を招くし、不安により戦争は起きるかもしれない。

ちょっとした量なら、危険予知能力として役立つものなのだが、ある一定量を超えても続けてしまうと不安は疑心暗鬼に姿を変える。


まるでロックオン状態。

疑心暗鬼となってしまった見方を外すことは容易ではない。

そして「恐れ」がやってくる。


恐れは行動力を持つ。

恐れの予感を避けるために先手を打とうと考える。

そしてもしかしたら必要のない行動をしてしまったりする。


悲しい望まない結末を回避したいなら、「不安」の扱い方を知っていると楽だと思う。

「不安」を自分から切り離し、物として扱うことにより操作しやすくする。

そのくらい朝飯前の想像力は人間持ち合わせている。


例えばこんな感じ。。。

恋人と別れたくない、傷つきたくないと思って関係に食らいつこうとする。

始めは相手の態度などにより不安を感じる。

そのうち不安は疑心暗鬼となり相手を疑い始める。

疑い始めると証拠を探したくなる。

勝手な見解で見つけてきた証拠もどきが溜まってくると、次は恐れが募ってくる。

怖さから先に手を打とうとする。

なにか行動をおこし、関係は修復が難しい方向へ。


はたから見ると、本人が自分から壊しているように見える。

実はそうで、本人が恐怖に打ち勝てず、自分を相手との関係より優先したことによる自分勝手な破壊だ。


しかし本人は真剣だ。なにしろ相手は「恐怖」だからだ。

生きた心地などするはずもない。


望まない結果ではなく、実は望んだ結果なのだ。

「恐怖からの脱却」・・・それを強く望んだのだ。相手との関係維持を望んだのではないのだ。



望んだことはたいがい叶うと思う。

ただ望むものというのが本当に本心で望んでいるものかどうかは判断が難しい。

どんな感情が自分の中で蠢いているのかを把握しておく必要がある。


そしてそれは自分への責任だと思うのだ。

自分を大切にするってのはそういう意味でなければならないと思う。

自分の負の感情も、悪魔のような望みも、怖くて弱くて情けない思いも、全部肯定してやらなければならない。

これが辛い! とっても辛い。


軸のある人間の条件だと思う。

軸は、自分を知っていなければできようがないからだ。


自分が大切に思う人がこの世に一人でもいるのなら、自分に責任を持たなければならないと思う。

それこそが、相手を守ることに他ならない。

自分を守れなくて、誰を守れるというのか。



「心配」・・「不安」の扱い方をスキルとして知っておくといいと思います。

ほとんどの人が志半ばにして去っていく理由は、「不安」から始まった「疑心暗鬼」であり、育ってしまった「恐怖」があったからだ。


この本はすごいが、私は私なりに自分の言葉で「不安」の扱い方をこれから考えていこうと思います。