emixbubuのブログ

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やらなきゃならないことが山積みなのに、書きたいことがあるのでちょっと中断して書いておこう。


今日夕方から息子が激しい腹痛に見舞われて、結局救急にお世話になることになりました。

病名は・・・便秘


要は、腸のS字カーブに固いう○こが引っかかって、苦しかったのでした。


しかし、様子としては七転八倒。

痛くて痛くて脂汗を流し、今までにない大きな声で呻くし、かなり心配な様子でした。


家族は、「盲腸」「ロタウィルス」「腸ヘルペス」「ノロウィルス」など、怖い病名が会話の中に飛び交っていました。

けれど私には固いう○こちゃんのせいだとわかっていました。

なぜなら、苦しんでいるコンテンツではなく、プロセスを普段から見ているからです。


彼の言葉「苦しい、痛い!嫌だ~!!」に引っ張られていては見えてくるものは見えなかったと思います。

家族が怖い病名を懸念する中で、私の中にはここ最近の彼のデータを溜めたものの中から検証して、答えとして便秘が原因だろうと思ったのです。


検証に引っ掛かったプロセスを挙げると、

☆ 顔色は良い

☆ 脂汗が出ている

☆ 熱はない

☆ 吐き気がない

☆ お腹の痛い部分が、左のおへそのあたり

☆ 痛みにリズムがある(一定の間隔で痛い様子)

☆ この数日間の彼の水筒の減りがあまりなかった

☆ 昨日私のペットボトルの水を欲しがっってた。が、古かったため飲ませなかった。

☆ ここ数日、学校からお友達をお持ち帰りしていた。いつものトイレタイムが取れていなかった。

☆ 体臭がいつもより少しきつい

☆ 痛み始めたのは、習い事テニスを終えてすぐということ

☆ よくこけるが、こけ方がプロ。今日のこけた様子を聞いてもいつもどおりナイスなスライディングであったこと。


ざっと挙げてもこんなに出てくる。

私は彼が緊急だと判断すると母親として、ここ数日の様子をインプットしておいた中から取り出して、家族の中で一番正確な診断を下している。

今回のことだけではない。

私が学校を休めと言えば、その時点で熱が出ていなくてもたいてい数時間で具合が悪くなる。

逆に多少熱があっても、学校に送り出すときは、帰ってくるときには元気な顔をしている。


自分のことだが、お母さんってすごいな。

子供たちは「ママは話を聞いていない」って文句を言うが、私は見ているのだ、プロセスを。

子供たちのリズム、匂い、食べているもの、トイレやお風呂の日々の状態、体重、顔色、肌のつや、髪のつや、歩く姿勢、その速度、俊敏さ、食べる速度、量、おやつの量、欲し方、私への距離感、話の長さ、声のトーン、ため息の数、兄弟げんかの数、パパを見る目線・・・・いくつも挙げられる。

それらを私の五感のセンサーで感じ、過去のデータを照らし合わせ、今現在の状態を把握しているというわけだ。


これがプロセスを見るということだ。


一人一人の子供たちのことは、生まれたときから見てきた。

データはたっぷりあるのだ。間違わない。


息子は救急に連れて行く前に家で応急処置としてEFTをした。

あれよあれよと呼吸が落ち着いていくのがはっきりわかった。

移動中の車の中では少しうとうとすることもできた。

病院に到着すると、すでに痛みは消えていた。

診察の結果、やはり便秘によるものだと思われたので、浣腸をしてもらって病院ですっきりして帰った。

息子は痛くなくなった理由を、寝たからだと言った。

痛くなった原因を、今日の学校で担任が死神の話をして、自分にも降りかかってきたからだと言った。


私はくすくす笑って、彼の死神説を笑い飛ばした。

ママが笑い飛ばしたから、彼の中から死神は消えた。

彼のプロセスセンサーも、先生よりママの方が自分のことをわかっていることに気づいているからだ。


そして帰って、ご飯をモリモリ食べて宿題した。お風呂も気持ちよく入れた。

自分が苦しんでいたため、大好きなゲームができなかったと嘆き、明日朝早起きしてゲームすると息巻いて寝た。

げんきんなやつだ。


家に帰ったら上のお姉ちゃん二人が、ママが病名を当てたことをとても驚いていた。

どうしてわかったの?? と何度も聞かれた。

簡単だ。プロセスを大切にしているのだ。

料理と同じだ。塩は指で振る。

醤油は手で回しかける。味は想像できる。いつも当たっている。


カウンセリングも同じ。

プロセスを大切に拾っていくこと。

子供を見るように大切にクライアントを見る。それだけだ。

人はみな、懸命に生きている。その前提を忘れないようにしているだけ。

人はみな、元々は子供なのだ。


大切なことは生活が教えてくれる。

修行はこの一呼吸の中にあるのだ。

関わるべき人たちは目の前にいるのだ。

夢も希望も、安全も幸せも、ただ手を伸ばせばいいだけだ。

見ること。よく見ること。よく見るんだ。

自分の持てる感覚器官を信じていけるように。

感覚器官を信じることができれば、自分を愛することにつながる。

自分がどこにいるかわかるようになる。

自分が誰なのかわかるようになる。

自分を認めることができるようになる。


コンテンツよりプロセスを重視しよう。


「おやすみ」という息子の今日の笑顔を守れたことを誇りに思った。

たかが、う○こによるハプニングだけどね(笑)


くすくすくす。



そうか。。。


いろいろわかてっく。

おもしろいな。


たとえば「自信」って、自分で感じるものではないのかも。

自信は他人から見たら、その人が持っているように見えるものだ。

本人の中には立ち向かおうとする気持ちと、それに付随して起こる小さな恐れがある状態だ。


別に気に留めることなくできてしまうものこそが、他人から見て自信のある状態だと思う。



たとえば「知識」って、知らない世界を知ることができるものだ。

それにより視野が広がるのだ。

視野が広がれば、俯瞰が可能になる。つまりメタポジションに出られるチケットを手にすることと同意だ。

視野が狭いと、その時感じているある価値観の中に閉じ込められたような状態なのだ。

ひとつの価値観の中にどっぷり。

それがダメだった場合、世界は終わってしまう。


しかし視野が知識によって広がると、他の方法もあるのだとわかる。

視野がどんどん広がっていくと、高い位置から俯瞰できる。

それは同時に自分が今この価値観をあえて選択しているという事実が空間的にわかることになる。

それをさらにメタポジションという言葉で場所を作り、より客観できるようになってくる。


選択するときに必要なのは、何のために? なのかである。

そのために「ゴール設定」がとても大切になる。

意味をもって選択する。

知識によって広げられたたくさんの選択肢の中から、意味をもって選んだゴール。

ゴールを臨場感と繋げていく。

少しずつ臨場感を拾っていく。


そうすると、引き寄せられる。

加速していくのがわかる。

ナビと一緒だな。高い位置から見てる。目的地は選択済み。たくさんの候補地の中から選択済み。

目的地まで何分かかるかは表示されている。高い位置から見ているので、渋滞も回避できる。

ドライバーはしっかり前を見て進むだけ。

高い位置から見るには、知識が必要だ。


高い位置から見ると、感情も「・・・と思っている」がくっついてくる。

知識の幅が狭く、使える言語が少なく心の細かなひだに埋もれるような感情を扱えなければ、ただ「悲しい」や「苦しい」「辛い」など。

しかし高い位置であるメタで見ると、「悲しいと思ってる」 となる。

悲しんでいる自分を見ている自分がいる状態。



臨場感は少しずつ取れていくんだな。きっとスピードはゆっくりなはずだ。

そこに感覚を持つようになってきている。

「臨場感」・・・これがないと世界は理解できない。


ああーーーーー!!!


なんだかとっても叫びたい!

頭ん中ぐるぐる。



ここのところ、カウンセリングが手ごたえあるものになってきている。

クライアントの無意識の領域に変化を起こせるようになってきている。


怖かったたことが、もう怖くは感じない。

不安だったことが、不安だったな~という記憶にしか過ぎなくなる。

そんな変化に繋げられるようになってきた。


私が望んだカウンセリングの技術の先を削るような細やかで太い欲しかった技術力。

少しずつ苦しさと興味で引っ張られながら体に浸透していくような感覚がある。


体が変化するときには苦しみはきっと伴うものなんだな~

赤ちゃんを産むときの苦しさは体の変化によるもの。

心も体と同じなので変化は苦しい。


心は見えないというけれど、きっと目に見えているものなのかも。

それは動きにあり、声の中にあり、空気に溶けている。

ただそれをそのまま見るだけだ。


きっと今までは目にフィルターがかかり過ぎていて見えなかっただけだ。

それを外していく作業。

剥がすとき、長年くっついていたから癒着していて血が滲み痛い。

べりべり剥がして血が流れる。


けれど剥がしてしまえば、以前よりクリアに見える世界。

わかる。

そうだ。そうだったんだ。

そんな感じ。


言葉にするのはとても難しいけど、それは体の奥に確かな実感を伴って存在しはじめる。

見える。わかる。聞こえる体の声。奥底に眠る心の叫び。

それは頬を痙攣させ、眼球から光を消し、乾いた息を吐かせたりする。


体が話している。

そんな感じ。


命が息づいている鼓動が聞こえる。

たくさんの命が心の中にあるように見える。

ひとつひとつの信念が価値観が、ひとつひとつの命のように息づいて見える。

たすけて。わかって。痛いよ。こわいよ。不安だ。本当は欲しかった。本当はうれしかった。いやだった。嫌いだった。やめて。孤独だ。

体の中に閉じ込められて外へ出たがっている。

もっと自由に。

もっと未来に。


そんなお手伝い。

命を感じるお手伝い。

クライアントの命に、私の命が反応する。

生きてるってことに反応する。


命がそこにある。

こっちにも。

以上。