クリスマスも近くなってきたので、今日は絵本をプレゼントとしてお勧めします。
「たいせつなきみ」
マックス・ルケード著 セルジオ・マルティネス絵 ホーバード・豊子訳
この絵本は子供たちが幼稚園に通っているときに幼稚園の先生から紹介していただいたものです。
通っていたのはモンテッソーリの保育を取り入れた園でキリスト教の幼稚園でもあったので、この絵本を先生やシスターたちが推奨してくださったのは納得のいく感じでした。
正直、当時の私はこの内容がよくわかりませんでした。
子供たちに読み聞かせながら内心「難しいな~・・・」と唸っておりました。
読むと「ジン!」っと心の奥に響く感じは確かにしていました。
しかし意味をとらえて言葉化することは、当時の私には難しかったのです。
あれから何年も経ち、私も成長したのでしょうね。
今は言葉に捉えることができます。
それはそれは大切なことがここには書かれています。
そしてキリスト教の取った信念もまた感じさせてくれます。
クリスマスに大人同士で絵本を贈りあうことが普通になってきていると今朝のニュースで見ました。
私も実は今絵本を作成しようとしているのですが、このクリスマスにこの「たいせつなきみ」という絵本を贈られてみてはいかがかとおススメさせていただきたいです。
クリスマスにふさわしい、子供というよりも今の大人にふさわしい絵本です。
この先は絵本の内容を書いていますので、解説なしで読みたい方は飛ばしてくださいね。
そこは木の小人たちの住む世界。
その世界に人間は一人だけ。彫刻家のエリです。彼は神という存在です。
その世界で小人たちは毎日あることをひたすら行っています。
シールをくっつけあうのです。金ぴかのお星さまのシールか、みにくい灰色のダメ印シールか。
一人の小人パンチネロにはダメ印シールしか貼られてはいませんでした。
そんなある日パンチネロはひとつもシールがくっついていない小人に出会います。
ルシアといいました。パンチネロは彼女にシールをくっつけようとしますが、彼女にはどちらのシールもくっつきません。
ルシアは彫刻家のエリに毎日会いに行っているとシールはくっつかなくなるよと教えてくれました。
しばらくしてパンチネロは勇気を出して会いに行きます。
エリはパンチネロの存在そのものを喜んでくれます。
つくり主エリはパンチネロがいかに大切かを伝えていきます。
「シールがくっつくようにしていたのは、お前自身なんだよ」
パンチネロは意味にはその意味はわからなかったけど、エリの家から帰るときに心の中でこう思ったのです。
「ありゃ、ほんとだぞ」
その時ひとつのダメ印が地面に落ちたのです。
生きていくうえで大切なことをここでは教えてくれています。
今のご時世、なかなか自分を信じることができない人たちが多いと感じています。
私自身ずっとそうでした。
評価しされることの連続の中で育っていく私たち。
もちろんそれも大切で社会で生きていくうえでは欠かせないことだとは思います。
しかし人間力である自分を信じる力を失っては何を目標として生きているかわからなくなります。
動物と人間との違いは、相手の感情を理解するイマジネーションの力を持っていることです。
そのイマジネーション力は、自分を大切にしてはじめて効力を発揮するものだと思います。
動物が当たり前に自分を大切にするのに、人間はイマジネーションの力を手に入れたため、その動物として当たり前の価値観を失う可能性も同時に手に入れたのかもしれません。
人として生きていくうえで、手に入れることが前提として必要だと思います。
その上で初めてジャッジの世界で生きる切符を手にするんです。社会性を発揮できるんです。
それを思い出させてくれる、そんな絵本です。
大人がまずは自分を信じることを見せてやってほしいと思います。
子供には経験があまりありません。
人は経験のないものを理解することはできません。
補うためにイマジネーション力を使って、他者の感覚をコピーしようとします。
それが成長となり、新しい自分を登場させることが少しずつできていくんです。
大人は子供の見本となるべきです。
まして親は子供に生きるとはこういうことだと見せてやる必要があります。
子供たちが世の中に魅力を感じるように。
やりたいことがたくさん出てくるように。
あんな大人になりたいと自然に思えるように。
クリスマスにぜひ、大人である私たちは自分が大切な存在であることを思い出してほしいです。
ふと指先の感覚に意識を向ける
ボクの指とボクの指が触れ合う
ゆっくりと動くボクの指に 戻ってくる感覚
長い間思い起こすこともなかった 古い指の記憶
キミを想っているボクに気づく
指先に残ったキミの記憶は
ボクの体をつたう 滴のように
滴は体の芯を通り 小さなろうそくに火が灯る
指先は覚えている ボクがどれだけ忘れたくても
憎しみも苦しみも 高い崖から落ちていくような悲しみもあったはずなのに
指先は何ひとつ 覚えていない
指先が覚えているのは 甘い甘い記憶
体の他の部分には もう残っていない記憶
切なさは指先にはない
切なく感じるのは 体と指の温度差のせい
指先に残る感触しか あの愛は本物だったと思わせてくれるものはない
他には何ひとつ残っていない
きらめく夜空の星も 冷たく白い雪も
すべて失ったと思っていたのに
指先にだけ残っていた キミの記憶
なぜ思い出してしまったのか・・もう戻らないといけない
指先の記憶は封印して
さあ帰ろう また長い時を経て 思い出す日まで
ろうそくは消して ドアは閉めて
誰も気づかないさ 指先だけのこと
あの甘さは毒だから
キミの甘い肌の記憶は 確かに指先に残っていた
ただそれだけ・・
昼間に引っ掛かっているなにかを自覚はしたが、なにかわからないまま、まだもやもやしている。
何なんだいったい。。。
なんだかスッキリしないので、自分で書いた過去の日記を読み返してみたりした。
『詩』をけっこう書いてるな~
なんかわかってなかったなとかとも思うし、なかなかなこと書いてるなと思ったりもする。
不思議だったのは、なぜかほとんどがアメンバー限定になっていることだ。
そうした覚えもないのにいつの間に><
しかしこうやって読み返してみると、とってもしんどかった時も、やっぱり快楽はちゃんとあって・・・
世界は完ぺきで、とても豊かで・・
ただそれに気づかなかっただけ。
それを今気づくと、とても切ない。
切なさは私にとってどうも大好きな感情のようだ。
切なさに浸りたいのかもしれないな~
もっと飛ぶために。どうしても成し遂げたくなったもののために。
この一年でわかったことが多すぎてここにスパッとは書けない。
ひとつひとつコンテンツに分けて、積み上げていかなきゃならない。
あまりの膨大な量にモチベーションもたくさん必要で、切なさに逃げようとしているようだな。
う~ん。。。
こうなったら、詩でも書いてやるかな。
別で書いてみようっと♪
