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ちょっと前の出来事ですが、息子とゆっくりくつろいでいるときのことです。


赤ちゃん 「おれ、早く大人になりたいよ!」


にこにこ顔の息子。

かわいいな~と思うと同時に、不思議な気がしました。

大人になりたくないというのならわかりますが、今のご時世で何を未来に希望を持てることがあるのかしら?


バレエ 「なんで? なんで大人になりたいの?」


赤ちゃん 「だってママ毎日楽しそうだもん! 大人って楽しいんやろ? ママみたいな大人になりたいねん」


すごくうれしかったです。

自分の中では大人の背中を見て子供たちには大人になる心構えをしてほしいとは常々思っていますが、大人になりたいと感じてくれる背中を私が見せれているんだな~とほっこりしました。


ちなみに息子は今の毎日も120パー楽しいようです憎い


日々にウキウキやワクワクを感じることの大切さがこの頃は身に染みている母です。


知らないことの多さから、きっと大人の何倍も不安にさいなまれている子供たち。

私たち大人が楽しげであることで、未来の不安が少しでも軽減できるなら、自分の大人になったいいイメージを抱いて期待に変えれるなら、いいな~とあらためて思いました。


すさまじい成績は取ってくる息子ですが・・・・ま、いいかコメント

地球が丸いことは現代の人はみんな知っている事実 地球

けど・・・知らなかった時代もあったよね。

地球は平らだと思われていた。


他にも説はいろいろあったみたいだが、地球が丸いということは常識ではなかったのだ。


地球は丸くなかったんだ。認識としては。

それはどんな感じなんだろうか?


人類が地球が丸いと知る前と知った後とでは、何か変わったんだろうか?



もし・・・・



潜在意識の取り扱い書の、とってもわかりやすいものができて、世界中に浸透したとしたら・・・世界は変わるんだろうか?



勉強していて自分なりにまとまった考えができてきつつある。

たとえば、潜在意識とのコミュニケーションの必要性や、自己肯定感が潜在意識にとってとっても大事なことなんだということとか。


向かい合う人も自分と同じように潜在意識があって、同じように自己肯定感が大切な要素となっていること。

相手への声がけは、そのまま自分の潜在意識への声がけに応用できるということ。


実は自分との壁を取っ払って、人も自分も同じ一つの生き物として感じる方が、共感もできるし問題が起きにくいということ。


人も向き合う相手を他人だと思うと敵にもなり得るわけで。

向き合う相手を自分と仮定してしまえば、争いは起きない。


私 あなた。

その間の境界線が戦いの可能性を生むのだ。


人類としての仲間。

そう位置づけてしまえば、そもそも争うことにならない。

嫉妬も起きない。憎くもない。

自分とイコールしているからだ。


けれどそのためには、自分を愛することができていなければならない。

自分を愛せないと、他者との境界線を取ってしまったら、そこには自己否定が待ってるわけだ。

他者も否定してしまうことになる。

それではまずい。コミュニケーションがうまくいくはずもない。



そんなこんなな自分の潜在意識との付き合い方が、たとえば小学校の道徳の授業に入ったとしたら・・・

世界は変わるのか?


今はあまり知られてないことでも、世界中の人の常識となれば、問題そのものがなくなってそこには新しい問題が生まれてくるだろう。

そんな世の中になっていく過程に、私も参加していたい。


今後10年は心の時代だ。15年、20年かもしれない。

今まで取り扱われていたようで統一性のなかった「心の仕組み」が、解明されてすべての人の常識になる世の中だとしたら・・


宗教は心理学だ。

哲学も。

そもそも宗教とは? 哲学とは? 心の見方の立ち位置の違いだけだと思う。


宗教は心の内からの視点。そして社会的にはわかっていないうちにも盲目的に信じてついていく人たちの心の状態を指していると思う。


哲学は、そういった社会の見方を客観的に分類した学問だと思う。

使えないのは客観的過ぎて役立つポイントが生まれないためだ。


心理学は統計的な分析から心のぼんやりとした形を浮かび上がらせていった学問で、行動にくっつけて発達したものだと思う。

スポーツ心理学、認知心理学、社会心理学など、人が所属している場所において統計的に言えることを形作っているものだ。

いわば、人の行動を分析して心ってこんなもんかな?と外側からこすってそこにこんな感じのものがあるだろうと推測していくようなものだ。


しかしこうも言えると思う。

学問になった時点でそれらは論理的に顕在意識で考えていることになる。

しかし心とはそもそも体の中にあり、なんとなく感じるものだ。

つまりそのなんとなくが潜在意識なのだ。

ほんわか感じるものが心だ。

分析や学問は頭でする。それは心のすべてではない。

心とは感覚で感じるものを含まなくては話にならない。


また書きたいことがあちこちに飛んでしまって申し訳ないです。。。

けれど書いていくことでどんどん自分の中から湧き上がってくる感覚を言葉に紡いでいくために用意したページなのでお許しください。。。



地球が丸いことを想像することができなかった時代の人々。

今はロケットで地球の丸さを見に行ける。


心は見に行くことはできない。今も昔も。

けれど時代は心に焦点の当たる環境を用意してくれている。

食べるものに困らず、寿命は長く、体の健康を整えやすい時代において心の闇は増えていく。

核家族化していて、出生率の低迷、離婚率上昇、豊かとは何かわからなくなっている環境が、心の中を見る状況を用意してくれているように、私には見えるのだ。


潜在意識は見つめてくれることを待っている。

ずっと忘れられ見捨てられ、乱暴に使い込まれて怒っている。


外ばかり見る人間にきっと言いたいはず。

外を見るということは、自分と他人との境界を作ることに他ならないのだと。

自分を見つめることが実は・・・他者を自分のように捉え垣根を取り去り、愛しむことのできる環境が整うのだということを、小学校の頃に知ることができれば。。。何が変わるのか?


私に何ができるのか?

私は何をしたいのか?

私の中にこの世に貢献できるどんな力があるのか?


貢献といっても自分のためだ。そこは基本。

世の中はすなわち自分だからだ。


先日子供たち3人並べて、叱り飛ばす事態が起きた。

ま、そんなことはしょっちゅうなのだが、この時は「家族の中での自分の役割」について考えてもらえるよう促すようなお小言となった。


子供と言えど家族の一員。

家族にどんな貢献を自発的に行動としていているのかが気になるところだった。

私に命令されたお手伝いではなくて、自分から家族の一員としてどんなことを提供しようと普段から心がけているのかが聞きたかった。


パパは家族のために働いている。

休みの日にはこれこれこういうことを家族のためにしようと意識してくれている。


ママは家事全般。

子育て。特に心を育てることに努めている。

家族間のコミュニケーションを保つ係りを買って出ている。


長女は? 次女は? 長男は?


果たして考えたことはあるのか? 


家族の一員として自分が提供できることは、もっと大きなところでも考えることができる。

学校のクラスの一員としては?

友達の中で自分の役割は?

日本人としてはどうか?

国際社会の中では?

生きとし生けるものの中での自分の存在ってどうだろうか? 何の役に立っているのか?


みんな自分に対して社会が、友達が、先生が、ママが何をしてくれるのかしかなかなか考えない。

本当に考えるべきことは、周りが自分にどんな貢献をしてくれるかではなく、自分がどんな働きを持って感謝を行動に移すことができるかではないだろうか?


自分の動きが役に立てばそれで終わりだ。

その後の見返りは期待してはいけない。見返りを期待したところで、最初の尊い思いはくすんでしまう。

そうはいっても人は見返りを要求する性質を元々持ち合わせている。


だから見返りを要求する気持ちが上がってきても、上から訂正をかければそれでいいと思うのだ。

とりあえずそれでいい。


要は自分の所属しているコミュニティにおける自分の貢献の行動を起こせたかどうかだ。

思ってるだけではダメだ。受動態だからだ。

能動態になって初めて経験としてカウントされるからだ。

誰に? 自分にだ。



子供たちの行動は、すぐには形になって表れなくとも、考えるきっかけはできる。

せめて私の命令のお手伝いがやってきたときでも、心で拒否しないってことくらいはできてきてるように思う。

その認めがそのうち自発的な行動に結びついてくると思う。長い目は持っておこう。


子供たちだけじゃない。

私は今、日本という国の一員として何ができるのか。

この時代を生きる人の仲間の中でどんな提案が私にはできるのか?

家族という仲間に私が力になれることは何?

友達の輪に貢献できる役割って?

仕事仲間に私が協力できることは?

命を持つ一人として、私は何を提供できるのか?


いつも属するグループにおいての自分のできることを考えていたい。

なんとなくではなく、ちゃんとわかっていて自分の仕事を自分で決めたい。

仕事は与えられるものではない。自分で見つけてくるものだ。


私には何ができるのか?

それがいつか自分を作るもとになるのかもね。


自分作り。。。