私がこの職場で働き始めて、まだ1週間半ほど経った頃。フロント主任がひとりの男性の面接をしていました。
「え? フロントって、もう定員いっぱいじゃなかったっけ?」そのときは不思議に思っただけでした。
けれど2週間後、その理由がはっきりわかることになります。
---ベネズエラ人の同僚が突然、解雇された
私より3ヶ月前に入社していたベネズエラ出身の夜勤担当スタッフが、突然解雇されたのです。理由は「基本的な夜勤業務(飲み物やタオルの補充なども含める)をしていない」「Cierre(締め処理)を頻繁に間違える」など。他の同僚に聞いても、その点は事実のようでした。ただ、それ以上に問題視されていたのは、主任に対する口ごたえや暴言だったそうです。
---「サポートはしたけど、変わらなかった」
主任いわく、「できる限りのサポートはした。でも、同じミスを繰り返し、やる気も見えなかった」とのこと。実際、私が働き始めて2週間目には、彼は個別で呼び出されて業務指導を受けていました。
その前日、主任は私にこんなことを言いました。 「全体的に、私はあなたにとても満足しているわ。」そのときは少し嬉しかったのですが、翌日になってその言葉の意味が分かりました。
――「同僚は解雇するけれど、あなたは大丈夫よ」というメッセージだったのです。
---新しいスタッフがすぐ入社
驚いたのは、同僚が解雇されたその日に、以前面接していたブラジル人男性が入社したこと。まるで「計画された解雇」のようでした。
ロシア人の同僚によると、ベネズエラ人の彼は人事に文句を言ったらしいのですが、「仕事をちゃんとしていなかったから説得力がなかった」とのことでした。
---それでも、彼は“悪い人”ではなかった
彼はとても人の良い人でした。実は夜勤のほかに、歌手として毎晩ステージに立っていたそうです。仕事よりもそちらに情熱を注いでいたのかもしれません。でも後で知ったのは、彼が会社の「ずるい使い方」に反発していたということ。
フロントスタッフを朝食業務にも使おうとしたり、残業代を支払わなかったりと、この職場では“雇用条件のグレーゾーン”が日常化していました。掃除スタッフも同じ理由で次々に辞めていきます。残業代が払われないからです。
---「ルール本」は主任
結局、すべての最終判断は主任が下します。主任の言葉が“ルール本”であり、反論すれば首になる。そんな職場でした。とはいえ、彼女の判断にはある種の論理性があり、理不尽ではないにしても、「従うしかない」構造がありました。
---最後に残るもの
確かに、彼の仕事ぶりには問題があったかもしれません。でも、職場の中でたった一人、「おかしい」と声を上げようとしたのは彼でした。それを誰も守れなかったのが、少しだけ悲しかった。夜勤のフロントに残るのは、静まり返ったロビーと、誰かの居場所を奪ってしまったような後味だけでした。



