前回のブログを更新した直後、
「明日は出産予定日だし、今晩は満月で陣痛の始まる確率が高そうだから、
今のうちに犬の散歩に出かけておいて、ボールでも投げて疲れさせておこう!」
と犬に首輪をかけて外に出ようとしたとたん、
太い針で子宮を刺したような痛みを感じました。
これが陣痛の始まりでした。
4月9日20時45分:
どうせまた「ニセ陣痛」だろうと思って、
しばらく休んでから犬の散歩に出かけようと思っていたら、
今まで感じたことのないような強烈な痛みが、
15分から20分おきに来るようになり、
「これは、本物だ!」と確信した私は、
アンドレア(担当助産婦)に電話をしました。
すると、「初産だから、きっとまだまだ時間がかかるわよ。
陣痛が5-6分おきに規則的に来るようになったら、また電話をちょうだい!」
と慌てる様子もなく応えるので、
私ものんびり構えようと心に決めたのですが、
アンドレアとの電話の直後から、さらに激しい痛みと便意を感じ、
トイレに籠ることに。
4月9日21時30分:
トイレで「ウンウン」唸りながら、
痛みと下痢に耐えつつ、陣痛の間隔を時計で測っていると、
20時50分から、痛みがぴったり5分おきに来ていることに気づいて、
慌てて再度アンドレアに電話。
「それじゃあ私は、22時15分に病院に到着するから、
その頃にタクシーを呼んで、病院に向かって!」
と言われ、何をどの順番ですればいいのか頭がフル回転に。
分娩が長引けば、犬の留守番時間も長くなるので、
まずイサ夫に、犬を外に連れ出してなるべく沢山排泄させるように指示。
そして、イサ夫が散歩から帰ってくると、
作りおきしておいた高野豆腐ハンバーグと炊き込みごはんをお弁当箱につめ、
パックのイチゴは、きれいに水洗いしてタッパーウェアにつめ、
フルーツケーキは一口サイズに切って箱づめにし、
ジュース類と一緒に全てをクーラーボックスに入れるよう指示。
いつアンドレアから連絡が入っても良いように、
全ての指示は、左手に携帯電話を握りしめながら、
トイレに籠った状態でしていました。
これらの兵糧は、分娩が長引いた時のためだったのですが、
のちに全ては、無駄な準備となるのでした。
4月9日22時5分:
準備ができたので、イサ夫がタクシー会社に電話。
しかし、電話でドイツ語となると緊張してしまうのか、
「○○病院から△△シュトラッセまでお願いします」と、
出発地と到着地を間違えて伝えているイサ夫。
「イサ夫、それ逆よ!」とトイレから叫ぶ私。
タクシーは、本当にやって来るのか不安でした。
4月9日22時15分:
無事、我家の前に来たタクシーに乗り込み、5分後には病院に到着。
タクシーの中でも「ウンウン」と痛みと便意に耐えていた私。
入口から看護婦さんに付き添われ、車いすで分娩室へ直行。
この時点で、陣痛の間隔はなくなっていました。
痛みがなくなってしまったのではなく、ノンストップで激痛のまま。
出産準備教室では、「陣痛は痛みよりも休みの方が間隔が長い」と教わっていたので、
「なんなのよ!ウソばっかり!!ずっと痛いままじゃない!!!」と、
心の中で悪態をついていました。
4月9日22時30分:
子宮口は既に4センチも開いていたため、分娩用のベッドに横になり、
心拍と血圧測定機のコードをつぎつぎに取り付けてもらったものの、
やっと最後の1本がつながれるという時点で、またもや強烈な便意に襲われ、
「トイレに行きたいので、全部外して下さい!」
と訴える私。(ごめんなさい看護婦さん....)
その後、ドクターボス(担当産科医)が到着する寸前まで、
私はトイレから動けなくなりました。
これの何が哀しいかと言うと、
見学会の時に説明を受けたアロマセラピーのお風呂もマッサージも、
分娩室の最新鋭のファシリティも一切使うことなく、分娩が始まるまで、
美しくないトイレに、痛みに耐えながら籠っていたという現実なのでした。
4月10日(出産予定日)0時45分:
ドクターボスが寝癖のついたボサボサ頭のまま到着。
「子宮口がだいぶ開いてきたから、膜を破って羊水を出すね」
と内診をしながら言うと、生暖かい液体の流れる感覚がしました。
4月10日1時15分:
「子宮口は8センチ以上開いてきたみたいだねえ。
頭の小さな赤ちゃんだから、分娩に入るよ!」
とドクターボスがアンドレアに指示。
アンドレアは分娩用ベッドの両脇に足を固定する台をとりつけ、
私の足をそこにのせました。
その間、ドクターボスは指でググッと子宮口を広げ続けていました。
4月10日1時30分:
「さあもうすぐ生まれるから、次の陣痛が来たら、
息を大きく吸って、口の中に溜めたまま、ウーンって押し出すのよ!」
とアンドレアが私に叫びました。
でも、陣痛の開始から分娩までの展開がこんなにも早いことが、
頭で理解しきれていない私は、すっかり混乱していたのと、
痛みのために体中が痙攣(けいれん)を起こしていたため、
どうやってウーンって押し出したらよいのか上手くコツがつかめません。
すると、ドクターボスまで、ほっぺたをフグのお腹のように大きくふくらませて
「こんなふうにウーンってするんだよ!」と説明しだしました。
しかしこの時、私が考えていたことは、
「どうやったら上手くいきめるの?」ということではなく、
「これから誕生までどれくらいかかるの?」ということばかりでした。
4月10日1時42分:
私の心配とは裏腹に、
3回いきんだら、ミニアイちゃんはニュルリと出てきました。
最後は、アンドレアが私の上に覆いかぶさりながら、
残り少なくなった歯磨き粉をチューブからグニュウっと押し出すように、
下腕で私のお腹を押してくれていたので、
ミニアイちゃんが出てくるところは見えませんでしたし、
その直前にあれほど恐れていた「会陰切開」をされていたことにも気づきませんでした。
とにもかくにも、その瞬間は呆気なくやってきました。
そして、その5分後くらいに胎盤もズルリと出てきました。
ミニアイちゃんは、出てくると同時に自力で大声で泣き出しましたが、
ほんの数秒で泣きやみました。そして、
まだへその緒がついたままの状態で私の胸の上にちょこんと置かれました。
予定日までしっかりとお腹に居たわりには、
体重は2490グラムと小さめのでしたが、とても元気で、
生まれ落ちたときから、大きなお目目をぱっちり開けている赤ちゃんでした。
4月10日1時45分:
最後にイサ夫の出番がやってきました。
三日月のような形の刃をしたハサミで、
ミニアイちゃんのへその緒をチョッキンと切ってくれました。
本人は、いたく感動していたようですが、
イサ夫から私への感謝の言葉やねぎらいの言葉は一切なく、
「わあ!この子かわいい!!大変な美人だよ!!!」
と、 その場で小躍りしながら、
(ええ、イサ夫はバカよ。でも本人にその自覚があるから大丈夫!)
ミニアイちゃんの容姿のことばかり語っておりました。
「ありがとう。産んでくれて本当にありがとう。ううう....」
と涙ぐみながら妻に感謝する夫を期待していた私がいけなのでしょうか?
なんだかちょっと腹が立ちました。
4月10日2時30分:
ミニアイちゃんのへその緒の始末と、
会陰切開(切ったのは、ほんの少しだけ)の縫合が終わり、
最初の母乳を与えるように言われました。
まだ生まれて1時間と経っていないのに、
私の乳首を口にふくませると、
なんらかの本能のスイッチが入ったかのように、
一心不乱にお乳を吸い始めました。
私のおっぱいは、何週間も前から既に母乳を作り始めていたので、
ミニアイちゃんが吸うと、どんどん出てきました。
4月10日2時45分:
「また夕方に様子を見に来るから元気でね!」
と言って、ドクターボスは家路につきました。
アンドレアからは、退院後の家庭訪問について簡単な説明を受けたあと、
私とミニアイちゃんは、一緒にベッドにのせられたまま、
Wochenbett(産後の5-7日を過ごす入院施設)に移され、
イサ夫は、私の荷物を部屋まで運んだら一度家に帰りました。
病室から去るイサ夫の後ろ姿を見た時、
「やっと私のお産は終わったんだ」
と実感しました。
最初の陣痛を感じてから6時間30分、
入院してから3時間20分で出産という
あっという間の出来事でした。
私のスーツケースの横に置かれた、
全く手のつけられていないお弁当の入ったクーラーボックスが、
いかに短い出産であったかを物語っていました。