帰国
今、日本にいる。
とても疲れ果てている。
成田空港で両替待ちでのとき、うしろに並んでいる若い男女の会話がいやおうなしに聞こえてきた。
「え~、彼とはつきあってないですよぉ~。」
「でも2人で海外旅行でしょ?ありえない。ありえない。」
「本当に友達ですってば。最初は4人で行くはずだったのが、ほかの2人がキャンセルしたんで2人になっただけですよぉ。」
デカイ声でそんな会話交わすな!恥ずかしい!
というか、興味アリアリなのが明らかなのに、表現は周りくどいっつうか。
そのあたりが、非常にこそばゆい。
もっとはっきり言いなさい。
むこうの国は、くどきかたがストレートだからなぁ。
くどくだけでなく、いろんなことでストレートに表現するのだけれども。
彼「結婚しているの?」
わたし「うん。いずれにしても、プロジェクトが終われば日本に帰るつもりだから、別の人を探したほうがいいよ。」
彼「そうだね。別にガールフレンドなり妻なり、いい人を探さないとね。」
つきあい始める数日前に交わされた会話である。
結局、彼の人柄に惹かれてわたしの方から、「あなたのことが好き」と告白するに至ったわけだけれど、わたしは非常に微妙な言い回しが苦手である。
だから、日本にいるときにさんざんその率直さについては何度も注意を受けたくらいなのだが。
それにしても、久しぶりに読む新聞、非常に読みごたえがあった。
疲れた、、、。
とても疲れ果てている。
成田空港で両替待ちでのとき、うしろに並んでいる若い男女の会話がいやおうなしに聞こえてきた。
「え~、彼とはつきあってないですよぉ~。」
「でも2人で海外旅行でしょ?ありえない。ありえない。」
「本当に友達ですってば。最初は4人で行くはずだったのが、ほかの2人がキャンセルしたんで2人になっただけですよぉ。」
デカイ声でそんな会話交わすな!恥ずかしい!
というか、興味アリアリなのが明らかなのに、表現は周りくどいっつうか。
そのあたりが、非常にこそばゆい。
もっとはっきり言いなさい。
むこうの国は、くどきかたがストレートだからなぁ。
くどくだけでなく、いろんなことでストレートに表現するのだけれども。
彼「結婚しているの?」
わたし「うん。いずれにしても、プロジェクトが終われば日本に帰るつもりだから、別の人を探したほうがいいよ。」
彼「そうだね。別にガールフレンドなり妻なり、いい人を探さないとね。」
つきあい始める数日前に交わされた会話である。
結局、彼の人柄に惹かれてわたしの方から、「あなたのことが好き」と告白するに至ったわけだけれど、わたしは非常に微妙な言い回しが苦手である。
だから、日本にいるときにさんざんその率直さについては何度も注意を受けたくらいなのだが。
それにしても、久しぶりに読む新聞、非常に読みごたえがあった。
疲れた、、、。
自分の意識に基づいて
今日から生理。
頭痛も、なんだかイライラするのも、PSMのせいのような気がしてくる。
昨日も、あんなに逆上したのは、生理前だったせいなのだろうか。
そういえば、前回も生理前に異様にイライラした記憶があるのだが。
ピルを飲み始めて2ヶ月。
確かに、今まで不安定だった周期は、ぴったりと正確に来るようになったものの、下腹部の痛みや出血の量、頭痛やイライラ感はあまり改善していないように思う。
イライラする期間は短くなったような気がするが。
もう少しホルモンの量が安定する期間が必要なのだろうか。
しかし、思ったよりも、すんなりと服用できている。
最初から、飲むことによる変化はほとんど何も感じなかった。
友達が、たった1回飲んだだけで、ひどい吐き気に見舞われてすぐさま断念した話を聞いたことがあったので、最初その提案がされたときには大きな抵抗感があったが、あることがあって、ピルを飲むことを決意した。
試験などの切羽詰った問題が片付いたあとにホームドクターのところにコンサルタントしてもらいに行き、ピルを処方してもらってから服用しつづけているが、特に飲むことによる問題は感じていない。
今日、そのことで同僚と話をしたのだが、この国では、もちろん避妊のために若いころからピルを服用することが普通なのである。
だからなのか、中絶の数も少ないし、「できちゃった結婚」なんて、定義すらもない。
女性が、結婚にしても、出産にしても、常にイニチアティブとっている。
ちなみに、離婚を切り出すのも、圧倒的に女性側からがほとんどなのだそうだ。
わたしが、ピルを飲むことを決意したのは、ある出来事がきっかけだったのだが、わたし自身で責任をもちたいと思ったのが本当の理由。
わたしから何もできないというのが嫌だと感じたから。
まぁ、ホルモンを人工的に調節することに抵抗を感じることも、普通の感じ方だと思うけど。
でも、明確な意思があるんだとしたら、それに対して意図的に取り組むこともまた自然なのではないか、と思う。
ちょっと話がずれてしまうが、この国は、政治に対する意識がものすごく高い。
30歳ぐらいの大臣もいる。
しかも、大臣の半分は女性である。
若くとも、選挙する権利をもつひとはほとんど選挙に行く。
その結果、女性や若いひとたちに支持されて、女性や若い候補者が選ばれるのである。
そして、期待どおり、民意に従った政策が施行される。
今年の元旦に、クレジットカードでの決済が有料になったのだが、1件たった10円の有料化で総国民が激怒し、その結果今度の水曜日からまた無料化になるという。
国民の反応、そしてその政治へのフィードバックのすばやさは、すごいものがある。
福祉が充実しているのも、育児や家事に携わり、自ら体験して問題意識をもっている女性の政治家が多いから、女性側の考えが政治に反映されやすいのではないか、とのこと。
ちなみに、任期中に出産した女性大臣もおられたそうだ。
この国の教育レベルは低いというもっぱらの評判なのだが、現実的な問題に対してはものすごく強いと感じている。
政治については、高校でディスカッションする機会が与えられ、自ずと政治に対する関心が深まる環境にあるようだし、妊娠出産に関しても話し合い、いざ恋人ができたときに、その意識がすぐさまフィードバックされるようになっている。
そういえば、出産も伴侶の立会いがほとんどで、2週間の休暇がほぼ義務化されているところも、日本との大きな違いといえよう。
わたしが産気づいたときに、
「病院に行ったって、俺何して待ってればいいの?」
といって、パチンコを続けていた夫の感覚も、日本では普通の感覚なのだろうか。
たとえ、病院に行って何もできないとしても、何かしたいと思うきもちこそが大事ではなかろうか。
彼は、元奥さんが遠く離れた母国で予定日から1ヶ月前の急なお産だったにもかかわらず、帝王切開の日程が決まったのち、連日徹夜作業で仕事を片付け、急いで旅の準備をしてかけつけたそうだ。出産の2日後だったそうである。
わたしが入院して夫に電話したのは、日曜日の朝の8時ごろであり、実際に出産してその連絡がついたのはその日の午後の2時ぐらい。
にもかかわらず、実際に来たのは翌日の午後だった。その日も普通に出勤したものの、教授らに「早く奥さんのところに行ってあげなさい。」と諭されて来たのだそうだ。
まるで、他人事である。本当の他人である教授よりも、夫はもっと遠い人ではないかと思うほどである。
自分のことに、もっと自分で取り組みたい、と思った。
彼が決めたことではなく、わたしの意志で、ピルを飲んでいる。
そういえば、わたしが好んで徘徊しているサイトに、
「女の子が政治の話をするなんてナンセンス!男にもてなくなる。」
みたいな書き込みがあったのだけど、男にどうみられるかどうかばかり注力して、問題の本質からどんどんずれていくのだろうなぁ、と思った。
税金を払っていることも、まるで他人ごとのように思える。
頭痛も、なんだかイライラするのも、PSMのせいのような気がしてくる。
昨日も、あんなに逆上したのは、生理前だったせいなのだろうか。
そういえば、前回も生理前に異様にイライラした記憶があるのだが。
ピルを飲み始めて2ヶ月。
確かに、今まで不安定だった周期は、ぴったりと正確に来るようになったものの、下腹部の痛みや出血の量、頭痛やイライラ感はあまり改善していないように思う。
イライラする期間は短くなったような気がするが。
もう少しホルモンの量が安定する期間が必要なのだろうか。
しかし、思ったよりも、すんなりと服用できている。
最初から、飲むことによる変化はほとんど何も感じなかった。
友達が、たった1回飲んだだけで、ひどい吐き気に見舞われてすぐさま断念した話を聞いたことがあったので、最初その提案がされたときには大きな抵抗感があったが、あることがあって、ピルを飲むことを決意した。
試験などの切羽詰った問題が片付いたあとにホームドクターのところにコンサルタントしてもらいに行き、ピルを処方してもらってから服用しつづけているが、特に飲むことによる問題は感じていない。
今日、そのことで同僚と話をしたのだが、この国では、もちろん避妊のために若いころからピルを服用することが普通なのである。
だからなのか、中絶の数も少ないし、「できちゃった結婚」なんて、定義すらもない。
女性が、結婚にしても、出産にしても、常にイニチアティブとっている。
ちなみに、離婚を切り出すのも、圧倒的に女性側からがほとんどなのだそうだ。
わたしが、ピルを飲むことを決意したのは、ある出来事がきっかけだったのだが、わたし自身で責任をもちたいと思ったのが本当の理由。
わたしから何もできないというのが嫌だと感じたから。
まぁ、ホルモンを人工的に調節することに抵抗を感じることも、普通の感じ方だと思うけど。
でも、明確な意思があるんだとしたら、それに対して意図的に取り組むこともまた自然なのではないか、と思う。
ちょっと話がずれてしまうが、この国は、政治に対する意識がものすごく高い。
30歳ぐらいの大臣もいる。
しかも、大臣の半分は女性である。
若くとも、選挙する権利をもつひとはほとんど選挙に行く。
その結果、女性や若いひとたちに支持されて、女性や若い候補者が選ばれるのである。
そして、期待どおり、民意に従った政策が施行される。
今年の元旦に、クレジットカードでの決済が有料になったのだが、1件たった10円の有料化で総国民が激怒し、その結果今度の水曜日からまた無料化になるという。
国民の反応、そしてその政治へのフィードバックのすばやさは、すごいものがある。
福祉が充実しているのも、育児や家事に携わり、自ら体験して問題意識をもっている女性の政治家が多いから、女性側の考えが政治に反映されやすいのではないか、とのこと。
ちなみに、任期中に出産した女性大臣もおられたそうだ。
この国の教育レベルは低いというもっぱらの評判なのだが、現実的な問題に対してはものすごく強いと感じている。
政治については、高校でディスカッションする機会が与えられ、自ずと政治に対する関心が深まる環境にあるようだし、妊娠出産に関しても話し合い、いざ恋人ができたときに、その意識がすぐさまフィードバックされるようになっている。
そういえば、出産も伴侶の立会いがほとんどで、2週間の休暇がほぼ義務化されているところも、日本との大きな違いといえよう。
わたしが産気づいたときに、
「病院に行ったって、俺何して待ってればいいの?」
といって、パチンコを続けていた夫の感覚も、日本では普通の感覚なのだろうか。
たとえ、病院に行って何もできないとしても、何かしたいと思うきもちこそが大事ではなかろうか。
彼は、元奥さんが遠く離れた母国で予定日から1ヶ月前の急なお産だったにもかかわらず、帝王切開の日程が決まったのち、連日徹夜作業で仕事を片付け、急いで旅の準備をしてかけつけたそうだ。出産の2日後だったそうである。
わたしが入院して夫に電話したのは、日曜日の朝の8時ごろであり、実際に出産してその連絡がついたのはその日の午後の2時ぐらい。
にもかかわらず、実際に来たのは翌日の午後だった。その日も普通に出勤したものの、教授らに「早く奥さんのところに行ってあげなさい。」と諭されて来たのだそうだ。
まるで、他人事である。本当の他人である教授よりも、夫はもっと遠い人ではないかと思うほどである。
自分のことに、もっと自分で取り組みたい、と思った。
彼が決めたことではなく、わたしの意志で、ピルを飲んでいる。
そういえば、わたしが好んで徘徊しているサイトに、
「女の子が政治の話をするなんてナンセンス!男にもてなくなる。」
みたいな書き込みがあったのだけど、男にどうみられるかどうかばかり注力して、問題の本質からどんどんずれていくのだろうなぁ、と思った。
税金を払っていることも、まるで他人ごとのように思える。
帰国前の休日
結局、金曜日に彼はホームドクターのところに行き、便秘にきく薬を処方してもらったとのこと。
そのおかげか、便秘の問題はほとんど解消されたようである。
一時帰国まであと4日。
ギリギリで、やっとゆっくり一緒に週末を過ごすことができる。
わたしが3週間近く風邪だったのがようやく治ったと思ったら、息子さんが嘔吐下痢症にかかり、その数日後には娘が風邪で発熱し、その直後に今度は彼が嘔吐下痢症で1週間以上罹患しているなど、全員が完全に病気から回復するまで、かれこれ1ヵ月半くらいかかっただろうか。
金曜日には久しぶりに彼のアパートに泊まり、土曜日の朝には2人で久しぶりに大量の食料を仕入れに行った。
彼にとって、久しぶりのシャバだったのではなかろうか。
お昼は、焼きたてのバケットに、たっぷりバターを塗って、スモークサーモンをのせたものを食べた。
そして、午後は娘念願だった、バレエ教室へ。
自治体が主催しているもので、たったの40分のクラスということもあり、そして3ヶ月でたったの8,000円というだけあって、本格的なレッスンというわけではなかったが、大人の先生に、7年習っているという女の子がアシスタントしていて、バレエの型をお手本をみながら真似するというようなもので、娘はとても楽しかったようだ。
バレエは、技術を獲得するには相当の努力が必要だが、やはり上手なひとの踊りをみるとウットリする。当然娘はまったく真似できなかったが、きれいに踊るお姉さんをみて、「あんなふうに踊れるようになりたい!」と強く思ったようだ。
家に帰ってからも、一生懸命復習しているのだった。
わたしも、クラシックではなく、モダンではあったが、バレエを7年間習っていたので、その楽しさはよくわかる。
わたしもまた、4歳のときに、「バレエを習いたい」と母にお願いして、教室に通わせてもらったのだった。
うちは貧しく、母は常に家計について神経を配っていて、おもちゃどころか、お菓子ひとつさえも買うのをしぶるほどであったが、こういうことに関しては比較的寛容だった。
月謝は、25年前で、なんと月5,000円。
そしてさらに、発表会に出るためのコストがまた著しく高く、その上、衣装もすべて母の手作りであった。チュチュも母の手製であったが、これを着るのがいつも楽しみだった。
絵本もたくさんあったし、貧しいなりに、良質な文化に触れる機会をぞんぶんに与えてくれていたのだと思う。
母もまた、本や絵が好きで、芸術に関して感性が近しいと思うことがある。
思えば、教育方針も、経済観念も、母に随分影響を受けていると思うのである。
わたしもまた、必要とあればお金を出すことをいとわない。
彼の元奥さんは、先日の「フェステラウン」用の仮装衣装を、3種類も買ったそうだ。
「騎士」と、「ピエロ」と、「カエル」である。
「ピエロ」のセットが入っている袋からレシートを発見したが、「ピエロ」のセットだけで5,000円。
全部でいったいいくらかかったのだろうか。
毎回毎回、なんかしら何かおもちゃなどを息子さんに買い与えているのだけれど、おそらく、息子さんが喜ぶためのもっとも安易な手段として、そうしているのではないか、と思う。
確かに、買ってあげるというのは、子供も喜ぶし、大人にとってもお金を出すだけでいいのだからとても簡単だ。
でも、案外と、「買ってあげるだけ」、というのは、子供にとって飽きが早い。
手っ取り早いが、安易であるがために感動も小さく、翌日になると見事葬り去られることがほとんどなのである。
ちなみに、息子さんはフェステラウンの衣装はいずれも1回ずつくらいしか着ていない。
だけど、子供のきもちをしっかり理解して、それに応えるために何かをしてあげた場合には、子供にとっても得るものが大きいのである。
娘が3歳の誕生日のとき、娘がわたしが運転している車というものにとても大きな興味をみせていたので、ダンボールで娘が入れる大きさの車を作ってあげた。ハンドルだけでなく、娘のご所望どおりトランクも作り、シートベルトも作り、その結果、制作費0であるそのダンボール製の車でしょっちゅう「買い物ごっこ」して遊んでいたのだった。
バレエも、「アンジェリーナ」というバレエのアニメが好きだったり、ダンスが好きであることを慮って、ずっと教室を探していた結果、今回たまたま自治体が主催している教室のサイトにバレエがあることをみつけて即申し込んだのだった。
彼もまた、めったに息子さんに買い与えることはしないが、鉄道好きな息子さんのために「トーマスクラブ」に加入してたまにイベントに参加したり、動物園に連れていったり、一緒にレゴで遊んだりする。
やっぱり、常に一緒にいれば、子供の嗜好がよくわかるし、それに応えたいと思う。
元奥さんのやり方は、まるで「おじいちゃん、おばあちゃん」である。
たまにお土産持参で会いにくる、みたいな。
息子さんのことをとても好きなことはわかるのだけれど、会いにくるのも気まぐれだったり、とんちんかんなものを買ってきたり。やっぱり、「親」というよりは、「祖父母」の感覚なのかもしれない。
それで日曜日は、プーさん好きな子供たちのために、ディズニー映画「くまのプーさん」を観に行った。
ちょっと不安だったのだが、2人ともよく集中して映画を観ていた。
端的にいえば、友情ものであり、親子ものであるのだが、娘はとても感情移入していて、最後には涙をうっすら浮かべていた!
わたしも実は泣きそうになってしまったのだが、、、。
家に帰ってからも、ずっとよかったよかったと子供たちは満足しているようだったので、すごくうれしかったのだが。
実は、ある出来事があった。
たまたま映画館の中にあるある会場で、切手コレクションの集いの会みたいのがあり、彼も少しかじったことがあるので、映画が終わったあと、「30分間だけ行って家に帰るから」と言って、わたしたちを置きざりにして行ってしまったのだった。
しかし、わたしは頭痛があり、ひきずるようにして2人の子供を連れて帰り、家に着くなり速攻でベッドに入って寝ていたのだが、「お腹すいた」という子供たちに起こされて時計をみてみると、彼と別れてからすでに2時間近くたっていた!
しかし携帯にも連絡が入ってないし、約束の時間から1時間半も過ぎているなんて、何かあったのだろうかと心配になった。
一応お父さんに電話したが、手がかりはなく、約束の時間から2時間ほどたったころに、鎮痛剤を飲んで自転車で映画館へ。
すると、映画館近くの交差点で歩いている彼の姿を発見。
思わず怒りがわいてきて、
「B(彼の名前)、遅い!!」
と叫んだ。
「なんで、こんなに遅くなるんだったら、電話のひとつもしないの!心配したじゃない。お父さんにまで電話しちゃったよ。あなたは携帯もってないんだから、こっちからは連絡とれないんだからね。わたしは頭痛があって、へたりこんでいたのに具合が悪かったことなんて気がつかなかったんだね!わたしが何も言わないうちにとっとと行っちゃうんだから。大体、日本に帰る最後の休日だというのに、なんでわたしたちと過ごそうとしなかったの!」
と次から次へと文句の嵐が。
結局、彼はいつものようにしゅんとして、「悪かった」と言い、彼と家に戻ってからはわたしはベッドに入り、彼が2人の子どもの面倒をみてくれていたのだが、それでも怒りはおさまらなかった。
彼のことだから、きっと趣味の世界に没頭して、時間も忘れてしまっただけなのだろう。
そういう傾向は前から認識していて、ご両親宅に訪問し始めた最初の数回などは毎回コンピューターの世界に没頭して、一緒に過ごす時間などわずかで、4回目くらいに文句を言って改めてもらったが、そのほか一緒に買い物しているときに本屋に寄ったと思いきや、ひとりでパズルのサンプルにはまって30分くらいそこを離れられなかったり、家でも時々数学の世界に没頭しているなど、それを好ましく受け取ることもあるけど、ときどき厄介だと感じることもある。
集中しすぎて、状況を判断できないというところが。
それよりも、わたしがこの国で、思うように文化を享受できないことにイライラしているせいかもしれない。ことばを理解できないから、新聞も雑誌も読めない。テレビも理解できない。
彼が思っている以上に、わたしの状況は厳しいということを認識して欲しいということかな。
特に、娘は、日本語よりもこの国のことばで話す方が容易になってきており、孤立感が一層深まってきている。
それを、病気だなんだといってなかなか一緒に過ごせずさみしい思いをしていたところに、ようやくゆっくりできると思ったら、約束の時間を2時間もやぶられて、思わず逆上したというか。
はっきりいって、ある種彼への信用を失ったというか。
「愛しているよ。」
「わたしのこと忘れたくせにね。」
「そりゃぁ、仕事とかで熱中しているときは思い出したりしないけど。同時に2つのことを考えられないというか。」
「別に仕事のときまで、わたしのこと思い出さなくてもいいよ。」
「でも毎日君のことを想うよ。」
新聞、雑誌、テレビ、漫画、食べ物、、、、、、
彼のこと思い切り忘れて、思い切り熱中してやりたいと思う。
メールも頻繁に出してやるもんですか。
なんだかんだ楽しみな一時帰国である。
そのおかげか、便秘の問題はほとんど解消されたようである。
一時帰国まであと4日。
ギリギリで、やっとゆっくり一緒に週末を過ごすことができる。
わたしが3週間近く風邪だったのがようやく治ったと思ったら、息子さんが嘔吐下痢症にかかり、その数日後には娘が風邪で発熱し、その直後に今度は彼が嘔吐下痢症で1週間以上罹患しているなど、全員が完全に病気から回復するまで、かれこれ1ヵ月半くらいかかっただろうか。
金曜日には久しぶりに彼のアパートに泊まり、土曜日の朝には2人で久しぶりに大量の食料を仕入れに行った。
彼にとって、久しぶりのシャバだったのではなかろうか。
お昼は、焼きたてのバケットに、たっぷりバターを塗って、スモークサーモンをのせたものを食べた。
そして、午後は娘念願だった、バレエ教室へ。
自治体が主催しているもので、たったの40分のクラスということもあり、そして3ヶ月でたったの8,000円というだけあって、本格的なレッスンというわけではなかったが、大人の先生に、7年習っているという女の子がアシスタントしていて、バレエの型をお手本をみながら真似するというようなもので、娘はとても楽しかったようだ。
バレエは、技術を獲得するには相当の努力が必要だが、やはり上手なひとの踊りをみるとウットリする。当然娘はまったく真似できなかったが、きれいに踊るお姉さんをみて、「あんなふうに踊れるようになりたい!」と強く思ったようだ。
家に帰ってからも、一生懸命復習しているのだった。
わたしも、クラシックではなく、モダンではあったが、バレエを7年間習っていたので、その楽しさはよくわかる。
わたしもまた、4歳のときに、「バレエを習いたい」と母にお願いして、教室に通わせてもらったのだった。
うちは貧しく、母は常に家計について神経を配っていて、おもちゃどころか、お菓子ひとつさえも買うのをしぶるほどであったが、こういうことに関しては比較的寛容だった。
月謝は、25年前で、なんと月5,000円。
そしてさらに、発表会に出るためのコストがまた著しく高く、その上、衣装もすべて母の手作りであった。チュチュも母の手製であったが、これを着るのがいつも楽しみだった。
絵本もたくさんあったし、貧しいなりに、良質な文化に触れる機会をぞんぶんに与えてくれていたのだと思う。
母もまた、本や絵が好きで、芸術に関して感性が近しいと思うことがある。
思えば、教育方針も、経済観念も、母に随分影響を受けていると思うのである。
わたしもまた、必要とあればお金を出すことをいとわない。
彼の元奥さんは、先日の「フェステラウン」用の仮装衣装を、3種類も買ったそうだ。
「騎士」と、「ピエロ」と、「カエル」である。
「ピエロ」のセットが入っている袋からレシートを発見したが、「ピエロ」のセットだけで5,000円。
全部でいったいいくらかかったのだろうか。
毎回毎回、なんかしら何かおもちゃなどを息子さんに買い与えているのだけれど、おそらく、息子さんが喜ぶためのもっとも安易な手段として、そうしているのではないか、と思う。
確かに、買ってあげるというのは、子供も喜ぶし、大人にとってもお金を出すだけでいいのだからとても簡単だ。
でも、案外と、「買ってあげるだけ」、というのは、子供にとって飽きが早い。
手っ取り早いが、安易であるがために感動も小さく、翌日になると見事葬り去られることがほとんどなのである。
ちなみに、息子さんはフェステラウンの衣装はいずれも1回ずつくらいしか着ていない。
だけど、子供のきもちをしっかり理解して、それに応えるために何かをしてあげた場合には、子供にとっても得るものが大きいのである。
娘が3歳の誕生日のとき、娘がわたしが運転している車というものにとても大きな興味をみせていたので、ダンボールで娘が入れる大きさの車を作ってあげた。ハンドルだけでなく、娘のご所望どおりトランクも作り、シートベルトも作り、その結果、制作費0であるそのダンボール製の車でしょっちゅう「買い物ごっこ」して遊んでいたのだった。
バレエも、「アンジェリーナ」というバレエのアニメが好きだったり、ダンスが好きであることを慮って、ずっと教室を探していた結果、今回たまたま自治体が主催している教室のサイトにバレエがあることをみつけて即申し込んだのだった。
彼もまた、めったに息子さんに買い与えることはしないが、鉄道好きな息子さんのために「トーマスクラブ」に加入してたまにイベントに参加したり、動物園に連れていったり、一緒にレゴで遊んだりする。
やっぱり、常に一緒にいれば、子供の嗜好がよくわかるし、それに応えたいと思う。
元奥さんのやり方は、まるで「おじいちゃん、おばあちゃん」である。
たまにお土産持参で会いにくる、みたいな。
息子さんのことをとても好きなことはわかるのだけれど、会いにくるのも気まぐれだったり、とんちんかんなものを買ってきたり。やっぱり、「親」というよりは、「祖父母」の感覚なのかもしれない。
それで日曜日は、プーさん好きな子供たちのために、ディズニー映画「くまのプーさん」を観に行った。
ちょっと不安だったのだが、2人ともよく集中して映画を観ていた。
端的にいえば、友情ものであり、親子ものであるのだが、娘はとても感情移入していて、最後には涙をうっすら浮かべていた!
わたしも実は泣きそうになってしまったのだが、、、。
家に帰ってからも、ずっとよかったよかったと子供たちは満足しているようだったので、すごくうれしかったのだが。
実は、ある出来事があった。
たまたま映画館の中にあるある会場で、切手コレクションの集いの会みたいのがあり、彼も少しかじったことがあるので、映画が終わったあと、「30分間だけ行って家に帰るから」と言って、わたしたちを置きざりにして行ってしまったのだった。
しかし、わたしは頭痛があり、ひきずるようにして2人の子供を連れて帰り、家に着くなり速攻でベッドに入って寝ていたのだが、「お腹すいた」という子供たちに起こされて時計をみてみると、彼と別れてからすでに2時間近くたっていた!
しかし携帯にも連絡が入ってないし、約束の時間から1時間半も過ぎているなんて、何かあったのだろうかと心配になった。
一応お父さんに電話したが、手がかりはなく、約束の時間から2時間ほどたったころに、鎮痛剤を飲んで自転車で映画館へ。
すると、映画館近くの交差点で歩いている彼の姿を発見。
思わず怒りがわいてきて、
「B(彼の名前)、遅い!!」
と叫んだ。
「なんで、こんなに遅くなるんだったら、電話のひとつもしないの!心配したじゃない。お父さんにまで電話しちゃったよ。あなたは携帯もってないんだから、こっちからは連絡とれないんだからね。わたしは頭痛があって、へたりこんでいたのに具合が悪かったことなんて気がつかなかったんだね!わたしが何も言わないうちにとっとと行っちゃうんだから。大体、日本に帰る最後の休日だというのに、なんでわたしたちと過ごそうとしなかったの!」
と次から次へと文句の嵐が。
結局、彼はいつものようにしゅんとして、「悪かった」と言い、彼と家に戻ってからはわたしはベッドに入り、彼が2人の子どもの面倒をみてくれていたのだが、それでも怒りはおさまらなかった。
彼のことだから、きっと趣味の世界に没頭して、時間も忘れてしまっただけなのだろう。
そういう傾向は前から認識していて、ご両親宅に訪問し始めた最初の数回などは毎回コンピューターの世界に没頭して、一緒に過ごす時間などわずかで、4回目くらいに文句を言って改めてもらったが、そのほか一緒に買い物しているときに本屋に寄ったと思いきや、ひとりでパズルのサンプルにはまって30分くらいそこを離れられなかったり、家でも時々数学の世界に没頭しているなど、それを好ましく受け取ることもあるけど、ときどき厄介だと感じることもある。
集中しすぎて、状況を判断できないというところが。
それよりも、わたしがこの国で、思うように文化を享受できないことにイライラしているせいかもしれない。ことばを理解できないから、新聞も雑誌も読めない。テレビも理解できない。
彼が思っている以上に、わたしの状況は厳しいということを認識して欲しいということかな。
特に、娘は、日本語よりもこの国のことばで話す方が容易になってきており、孤立感が一層深まってきている。
それを、病気だなんだといってなかなか一緒に過ごせずさみしい思いをしていたところに、ようやくゆっくりできると思ったら、約束の時間を2時間もやぶられて、思わず逆上したというか。
はっきりいって、ある種彼への信用を失ったというか。
「愛しているよ。」
「わたしのこと忘れたくせにね。」
「そりゃぁ、仕事とかで熱中しているときは思い出したりしないけど。同時に2つのことを考えられないというか。」
「別に仕事のときまで、わたしのこと思い出さなくてもいいよ。」
「でも毎日君のことを想うよ。」
新聞、雑誌、テレビ、漫画、食べ物、、、、、、
彼のこと思い切り忘れて、思い切り熱中してやりたいと思う。
メールも頻繁に出してやるもんですか。
なんだかんだ楽しみな一時帰国である。
もうすぐ帰国
帰国前はいつも戦場のようである。
************
彼は一応復帰したものの、今度は便秘に苦しんでいるのだとか。
おそらく5日間近く出ていないのではなかろうか。
にもかかわらず、食欲は出てきたので、それなりに食べており、常にお腹が張って苦しいそうである。
薬をあげようとしたら、
「時間が解決するだろうから、薬は飲まない。」
これが、日本人との違いだなーと、思う。
この国は、医療費が無料なので、病院も滅多なことでは患者を受け付けないばかりでなく、たとえ医者に診てもらえたとしても、薬を処方してもらうのはごくごく稀なこと。
子供も、風邪ぐらいでは薬を飲まない。たとえ咳がひどくとも、下痢がひどくとも。
だからなのか、「薬を飲むのは体によくない。」という意識が強い。
というか、薬を飲むことによって、体をラクにしてしまうと、本当は体が休養を欲しているのに、大丈夫だと誤解してしまうことに抵抗があるようである。
しかし、薬を飲まないから、治るまでに当然時間がかかるわけで、息子さんが風邪をひいたときには、熱がないにもかかわらず2週間も保育園を休み、彼などは今回の病気で1週間以上も休んでいる。
確かに、薬を飲みたがらないその理屈は理解できるけれど、わたしにとっては現実的にそんなに休むことは不可能だと思ってしまう。
実際に、インフルエンザにかかったときには、夫が娘を迎えに行くために仕事を早く切り上げるのが嫌そうだったので、解熱剤を飲んで早い回復を試みたし、頻繁にかかる頭痛でも、誰も手伝ってくれないので、すぐに鎮痛剤を飲む。
薬を飲まないでいられるのは、「病気になったら、当然休んでOK」というこの国の常識があってのことであろう。
また、結構親が手伝いにきてくれる家庭が多いのも、また休める理由ではないだろうか。
同僚の場合、親は飛行機で移動するようなところに住んでいるものの、病気になれば手伝いにきてくれるそうである。
日本は、病気になろうが、仕事の需要はかわらずあるわけで、ごまかしでもいいから早く復帰しなくてはという意識があるから、薬を多用してしまうと思う。
それに対して、薬に頼らなくてすむのは、1週間も息子さんのことを一切気にかけずに休める、彼の特権だなーと思ってしまう。
ともかく、便秘が治ればいいなぁ、と思う。
日本に帰る前に、彼にごはんを作ってあげたいから。
*****************
日本に帰る準備をしている。
いつも、日本に帰ると、お金を浪費してしまうのだが、今回は買い物も厳選するし、レジャーも制限する。
家計簿をチェックしたのだが、、、、
毎回毎回一時帰国のときの出費の額がスゴイ。
夫が地方に住んでいるので、東京もしくは大阪からの移動費(東京からだと必ず飛行機)、そしてその地方都市から大阪や名古屋方面にも大抵行くのでその移動費もバカにならない。そのほか、外食、服、本、もっていく食品、、、、この国への送料。
日本は安くていいものがたくさんあるから、ついつい消費してしまうんだなぁ。
移動に関しては、今回は夫と会ったあとは、電車で東京を目指しつつ、途中の地方都市に住む友人らのところに寄りながら戻る予定。
*****************
インターネットで、プロバイダの解約をしたり、バスの予約をしたり、新幹線の運賃を調べたりしていた。
すでに、名前や住所が変わることによる、クレジットカードの処理、免許の変更、年金等については調べていたのだけど、、、
今回、本当にハードな一時帰国になりそうです。
子供からのギフト
9月に、近所であったアートフェスティバル。
さまざまな廃材を使って、好きなものを創っている娘。
*************
今日は、わたしの英語のクラスが始まる日で、またまたご両親宅にご厄介になった。
娘は、すでに3時ごろ、彼のお父さんに息子さんと一緒に保育園から引き取ってもらって家で遊んでいた。
彼もほぼ完全復活し、娘とカードゲームに興じていた。
ところが、ゲームの途中で夕飯の支度が終わったので、皆して食卓に移ったところ、突然ゲームを中断された娘は大泣きしてしまった。
しばらくほおっておいたものの、一向に泣き止む気配がない。
5歳になった娘が、こんなに泣き叫ぶのは珍しかった。
彼が娘を抱っこしてなぐさめようとしたものの、かえって油に火を注ぐかのごとく絶叫へと変わった。
それで、
「M(娘)、こっちへおいで。」
とわたしが娘を抱っこ。
「ゲーム途中で終わってしまったの悲しかった?そうだよねぇ。Mが勝ちそうだったんだものね。でもね。お母さんはわかっているよ。Mがこのゲームとても上手なんだってこと。いつもいつもよく覚えているものね。そうだ。このカード日本にもっていって、東京にいるじいじ、ばあばと一緒にやろうか。きっと、じいじ、ばあばもびっくりするよ。Mがあまりにも上手だから。Mは、自転車もできるし、泳ぐのも上手だし、シンデレラのドレスがとても似合う、とても素敵な女の子になったって、きっとじいじ、ばあばも驚くと思うよ。だから、あと6日。日本に素敵なMをみせに行こうね。」
これで、娘はすっかり納得して、機嫌も直った。
「I(わたし)は、とてもうまいね。」
と彼のお父さん。
娘は、ゲームが上手であることを誇りにしているから、中断されたことがひどく悲しかったのだと思う。
「でも、わたしもかつては苦手だったんですよね。子供をあやすのって。それを、日本の保育園でたくさん学ぶことができて、徐々にどうしたらいいのか、わかってきたんだと思います。」
娘が2歳半ぐらいのときであろうか。
お迎えに行ったとき、娘はお気に入りの本に執着していて、なかなか手放すことができなかった。しかし、保育園所蔵の絵本の貸し出しは金曜日だけに制限されており、その日は絵本は戻さなければならず、無理やり娘から絵本をとって返そうとしたところ、娘はひどく泣き乱れた。
そうはいっても、今日は借りれないんだよ!とわたしもイライラして逆ギレ。
そこへ、すっと一人の保育士さんがやってきて、
「そうかぁ。Mはこの本が好きかぁ。Mは絵本がとても好きだがぁ。絵本を持って帰りたいというMのきもちよくわかるよ。だから、あさってまで待とうかぁ。あさってになったら、この本をもって帰ってもいいよ。」
というようなことを、娘を抱っこしながら延々と語り続け、ついには娘も納得して帰ることができたのだった。
このとき、目からウロコが落ちる思いをした。
時間がかかっても、子供のきもちを理解する姿勢をみせる。決して、頭ごなしに叱ったりしない。
子供も、自分のきもちを受け入れてくれたという信頼感をもてば、最終的に自分の欲求がかなえられなくても納得するものなんだということを、この出来事から学んだのだった。
しかし、同時に、子供のきもちを受容するためには、自分のことも受容してないとかなわないことなんだということも、身をもって痛感した。
自分のことでいっぱいいっぱいであると、自分の子供とはいえ、到底他者のきもちを受容することなんてできるはずない。
つい表面的なことにふりまわされて、キーっとなってしまうばかりである。
子供の第一の味方にならなければならないと認識したのと同時に、わたしは果たして親に受容してもらっていただろうか、と自分を振り返るようになったのである。
それが、わたしが自分を再評価するようになった、本当の理由である。
いくら自分のことが好きでなくとも、子供がいないうちはまだごまかせていた。けれども、子供を養育することによって、いよいよ自分の問題から目をそらすことができなくなったのである。
***************
彼の元奥さんは、「本当は子供なんて欲しくなかった。」と漏らしていたそうである。
でも、それはある種の「言い訳」であると、わたしは思っている。
いくら彼が子供を欲しがっていたとはいえ、彼女が本当に子供をもちたくないと思っていたとしたら、数ヶ月間も避妊なしで毎日性交渉などするだろうか。彼だって実際に、避妊なしの性交渉の前に、妊娠に対する覚悟について確認したそうである。
彼女は、妊娠が判明してから、その事実を彼や彼のお父さんにはひた隠しし、
「子供をもったら、なかなか母国に帰れなくなるだろうから、今のうちに母国に一時帰国しておきたい。」
と訴え、旅行の手配を彼のお父さんにしてもらったそうである。
しかし、一時帰国の数日前、あまりにも大きくなった彼女のお腹に、彼は妊娠しているのではないかと疑い、彼女に確認して初めて発覚したそうである。彼が聞くまで彼女が一切妊娠の事実を打ち明けてくれなかったことを、当然であるが彼はひどく失望したそうだ。
いざ母国に行けば、2週間の一時帰国の最終日に、
「ドクターに、流産の危険性があるから、飛行機には乗れないって言われた。」
との彼女のことばに抗うことができず、結局そのまま彼女は出産まで母国に滞在することになってしまったのである。
本当は、彼女自身が妊娠を認識した時点で、母国で出産する心積もりをしていながら、それを一切打ち明けず、うまくウソをつきながら、自分の欲求をかなえたのである。きっと、コストがかかる(実際、総額150万円かかったとのこと。ちなみに、この国の出産費用は無料である。)、流産の危険、産後の処理などの問題で、彼に拒否されることを恐れたのであろう。
彼女は、「結婚したくなかった」、「子供が欲しくなかった」と本気で思っていたわけではないと思う。
結婚を決心したときには、彼はとてもやさしいし、豊かな国だし、きっと幸せな生活が保障されると期待していたのではないか。
だけども、実際に結婚してみたら、実際に子供をもってみたら、案外とこの国はつまらないし、さまざまなわずらわしいことも伴ってきて、結婚や出産を後悔し、「本当は結婚なんてしたくなかった。」「本当は子供をもちたくなかった。」と、彼に対する非難、育児の拒否、そして母国に帰りたがる欲求の「言い訳」にしていたのではないだろうか。
わたしも、「妊娠していなかったら。」とよく考えたことがあるのでわからなくはないが、もったいないなーと思う。
心ならずとも子供を得たことによって、確かに仕事の面ではすっかりアウトドローとなってしまったが、それを補っても余りあるほど得たものも大きかったから。
いろんなことが自分を成長させる機会になりうるけれど、子供をもつことというのもこの上ないいいチャンスになるのに。
夫も、そのチャンスを逃したといえよう。
子供を得ても、論文数、学会の参加回数をかせぐことに注力することはまったく変わらず、自分中心の生活はほとんどそのままであったから。
もちろん、子供のかわいいところだけでも堪能できるけれど、わたしにとっては、子供のやんちゃにつきあうなど、自分の思い通りにならないような苦しい経験から学ぶことが多かった。
自分の思い通りにならないことがあるからこそ、自分を振り返ることにもつながるだろうし。
ところで、英語クラスはあまりにも希望者が少ないためキャンセルとなっていた。
(日本の盛況ぶりとは対称的に、この国では需要が少ないのか!?)
そのかわり、いろんなことを彼とたくさん話した。
自分を再評価して
知人が結婚するときに送ったお祝いカード。
もともと同棲カップルであり、既に2児をもうけていたが、5年目にして入籍を決めた。
自立しているが、お互い尊重しあっている素敵なカップルである。
***************
彼の調子はイマイチという話であったが、両親宅に行ってみると、思いのほか彼は元気そうで、久しぶりに会話も弾んだ。
ここ数日は、話してもすぐにつらそうにするので、長くは話せなかったのだ。
いまだ食欲はわかないし、昨日の晩はあいかわらずお腹が痛くて深く眠れなかったというが、顔色はめっきりよくなり、だいぶラクにはなった様子だった。
それで、一時帰国を1週間後に控え、正直夫に会うのが怖いと打ち明けた。
「長い間、君を苦しい思いをさせた。出産という一大事のときですら、君を助けてあげなかったのだから、当然の結果なんじゃないか。もし、彼が君に尽くしていたのなら、君だってこの国に来ることはなかっただろう?あとは彼の問題だよ。君はどうすることもできない。」
彼は、奥さんの不貞が発覚して、もはや彼女の愛情を取り戻すことはかなわないと悟り、すぐさま離婚を決意したものの、毎日毎日が苦しくて、時には夜こっそり泣くこともあったという。
「だけど、僕は彼女を憎んだりはしなかったよ。憎しみの感情をもっても無駄だからね。」
「あなたと夫はまったく違うのよ。夫は、おそらく両親にすら愛されているという感覚がない人で、自分のことをまったく信じられない人なの!だから、常に周囲を責め、周囲に過失を求め、自分の非を認めないのよ。そういう人だからこそ、現実がみつめられず、わたしのことをただ傷つけたいと思っている。それが怖いの!」
実は、昨日、わたしの荷物を実家に送ったとの旨、夫からメールで連絡があった。
「10万円かかりました。半分負担してください。」
思わず笑ってしまった。
長いこと連絡しなかった夫が、こんな小さなことでわざわざ連絡してきたということは、しかも細かな金額まで明記してあったということは、貧乏なわたしに負担を感じさせようと意図していたに違いない。
大晦日のときに、合意書のことで、200万円の慰謝料で思わず取り乱したわたしだったけれど、それこそ夫の思うツボ。
夫は別に200万円なんて欲しいと思ってはいないのである。
それなりの年収を得て、しかも貯金もかなりある。
ただ、わたしに対する不貞の報復としてもっとも効果的な方法として、経済的制裁を加えようという意図があるのみである。
彼には、その意味がまるで理解できないようであったが、わたしにはよくわかる。
かつてのわたしがそうだったから。
わたしは、常に人との交流で問題をもっており、大学のときにはひどいイジメを受け、最初と2番目に勤めていた会社では軽い差別を受けた。
わたしにとって、周囲は皆、敵だと思っていて、誰のことも信じられなかったし、誰かに触れることが怖かった。
自分に問題があることも認識していたけれど、どのようにして取り組めばいいのかわからなかった。いや、自分の問題に対峙することが怖くてできなかった。
自分の過失の結果とも思っていたけれど、感情的には、大学でイジメをした人たち、差別をした会社の同僚たちが憎かった。
そして、インターネットばかりで遊んで研究をろくにやらない研究室のイジメの当事者をバカにしたり、まわりくどい会社の同僚たちを非難することによって、問題をすりかえ、ますます自分の問題から対峙することから避けていた。
だけど、結婚して出産して地方に移り、本当の孤独に陥って、再評価のサポートグループに出会い、やっと自分を省みるチャンスを得たのだった。
そして、
小さいとき、友達とケンカして泣きながら家に帰ったら、話もろくに聞かずに、「人前で泣くなんてみっともない。」と非難した母のことばに傷ついたこと。
志望大学に受かったのに、同じタイミングで高校受験のあった弟が、偏差値72の私立高校に合格して、「アンタも努力すればもっといい大学に入れたのに。」と蔑まされた母のことばに傷ついたこと。
などなど、母との関係で悲しい思いをした出来事をたくさん思い出し、たくさん泣いて、たくさん感情を放出させて、わたしがわたしを信じられない本当の原因を、自分の中から徐々に解放させることによって、ようやっと過去のすべてを許せるようになったのである。
そして、不器用な自分、賢くない自分、美しくない自分の存在を、やっと受け入れることができるようになったのである。
それから、少しずつ周りがみえはじめて、人と関わることが楽しくなったような気がする。
夫は、わたしが出産で入院したという連絡をしても、パチンコで遊んでいてかけつけてくれなかったり、新婚旅行のときに正規職員じゃないのに後ろめたい感じで休暇をとったり、わたしがインフルエンザで倒れたとき、「ちっ」と舌打ちして、「俺がM(娘)を迎えにいかなければならないの?」と言ったことなど忘れているだろう。
5年間の間に、少しずつわたしを傷つけたことなど見事忘れて、わたしが「不貞行為をおかした」ことのみしか考えが及んでいないだろう。
もちろん、すでに愛情を喪失しながらも、本気で離婚に取り組まなかったわたしにも非はあるが、自分が信じられないがために周りが一切みえない、周りがすべて敵だととらえている夫に会うことは苦痛この上ない。
問題をすべてすりかえて、いくら議論しようにも、本質的な問題解決には至らないんだもの。
だから、彼といると安心する。
5年間ものイジメを受け、わたしと出会うまで真から女性に愛されたという経験がなかったにもかかわらず、誰のことも憎んでいないし、一切周囲に対して責めてもいない。
責めることによって、自分をも傷つけることを知っているのだ。
自分を大切にしている彼は、わたしのことも深く慮ってくれるので、とても安心する。
まだ不調
意味はないけど切り絵。
この国きっての童話作家の博物館に行って、しばらく切り絵に凝ったのである。
*************
わたしと娘は完全に回復し、昨日からかなり忙しく仕事している。
あと1週間足らずで日本に帰るからだ。
学会の準備もあるし、日本から帰ってきたらプレゼンもある。
実験、実験、実験三昧である。
同時に日本滞在のアレンジもしている。
大事な処理はもちろんのこと、全国にちらばっている友人のところに訪問する予定。ちょっと楽しみになってきたりして。夫に会うのは非常に非常に苦痛なのであるが。
彼はまだ不調だそうな。
昨日訪れたときにはもう頭痛はないとのことであったが、まだ胃に違和感があるのと、咳を頻繁にしていて、まだまだつらそうだった。
昨日はりんごをミキサーにかけて、それを無糖ヨーグルトであえたものを彼に出したのだけど。
しかも、息子さんも再度不調になってしまい、今日は保育園を休んだそうだ。
昨日、家に帰るときに、
「M(娘)と一緒に寝る~~!」と大泣きしてしまったのだが、ずっとお父さんとも隔離された状態で、お母さんにも会えず、人恋しくなっているのだろうか。
また今夜も、ご両親宅におじゃまする予定。
認めてほしい
木曜日に息子さんを引き取ったものの、夜中に発熱したため、金曜日にはご両親にみてもらったのだが、彼のお母さんが、
「K(息子さんの名前)は、どうしてもわたしにひっついて寝ようとするから熟睡できない。」
と漏らしていたので、
「じゃあ、わたしたちは今日ここに泊まりますよ。わたしたちがKと一緒に寝ますから。」
といって土曜日に娘と一緒にご両親宅にとまり、2人分のシングルベットに3人で寝たのだった。
しかし。
最初は1つのシングルベットに娘と息子さんを寝させたのだが、息子さんはどうしても娘に密着しようとするので娘が寝られず、1つのシングルベッドに息子さんを寝させ、隣のシングルベットにわたしと娘で寝たのだが、息子さんをシングルベッドの真ん中に置いても置いてもわたしにぴたっと寄り添おうとする。
わたしも、赤ん坊のときから一人で寝てきたので、誰かと寄り添って寝ることができない。
彼のお母さんと同じようにわたしも熟睡することができず、日曜日は昼寝をしたいぐらいで、子供たちには持参したラップトップでDVD三昧であった。
彼は、日曜日の朝早くから、
「両親宅に行きたい。」
と懇願してきて、
「もうすぐ日本に帰るI(わたしの名前)とM(娘の名前)に感染するのが一番心配。来てもらうかどうかはI次第だよ。どうする?」
と彼のお父さんに言われ、
・もう嘔吐がなく、感染する危険性が激減したこと。
・3日間も隔離された状態で誰とも接触できてなく、非常に精神的にハードな状況である。
ことを慮り、彼がここに来ることを許可することにした。
それで彼のお父さんが車で彼を連れてきたのだが、来るなり彼は仕事部屋へ。
木曜日の夕方にオファーがあったことを気にかけていたのだろう。
コートも脱がずに急いで仕事に取り掛かったのであった。
仕事をするぐらいならさぞかし回復したと思いきや、ある程度プログラムを完成したところで、とても具合悪そうにしながらベッドへ。
実は、回復などしてなく、それでも少しでもできるときに仕事をしたかったのと、やはり一人で自宅にこもっているのに耐えられなかったことから、両親宅に来たかったようである。
幸い、嘔吐と下痢はだいぶなくなったものの、今度は嘔吐下痢による脱水症状がみられるようになり、頭痛と発熱に悩まされるように。
元薬剤師だったお母さんはブルーベリーのジュースや砂糖と塩入りの水を与え、わたしはじゃがいものスープやバナナジュースを作って与えたりした。
しかし頭痛がつらそうで、痛々しかった。
今日、彼はほとんど回復し、頭痛もなくなったので、朝早くから仕事に取り掛かっているという。
とてもホッとした。
それにしても、お父さんは一切プレッシャーをかけていないにもかかわらず、病身の身ながら仕事に取り組もうとするとは。
まぁ、わかる気はするが。
彼は純粋に、助けることが好きなんだと思う。
誰かの喜びになるようなことを、すすんでやりたがるというか。
3時間も家庭教師をしたことからしても、そのことがよくわかる。
だから、病気になって、一人で部屋にこもり、どんなに自分が無力であるかを感じることがどんなにつらかったことだろう、と思う。
そういう人だから、わたしに対してもものすごく賞賛したり、感謝してくれる。
たいしたことはしてないけれど、やっぱりそう言ってもらえるととてもうれしい。
料理していても、「とてもおいしそうだね。」とか、家事をしていてもすっとんできてくれる。
だから、料理も家事も苦にならない。
日本にいるときは、夫はわたしに対して感謝するどころか、わたしがどんなに忙しそうにしていても無関心で、わたしが家事をすることがあたかも当然のような態度をとり続けていた。
わたしが忙しいことを不満にもらすと、「そこまでしなくていいよ。」。
やっぱり、自分のやっていることがまるで認められないほど悲しいことはない。
「あなたのおかげで助かった。」
このことばだけで、どんなに人を動かす力になりうるだろう。
仕事はまさにそうなわけで。
自分という人間を認めて欲しい、
その欲求をかなえてくれる、格好の方法ともいえる。
「K(息子さんの名前)は、どうしてもわたしにひっついて寝ようとするから熟睡できない。」
と漏らしていたので、
「じゃあ、わたしたちは今日ここに泊まりますよ。わたしたちがKと一緒に寝ますから。」
といって土曜日に娘と一緒にご両親宅にとまり、2人分のシングルベットに3人で寝たのだった。
しかし。
最初は1つのシングルベットに娘と息子さんを寝させたのだが、息子さんはどうしても娘に密着しようとするので娘が寝られず、1つのシングルベッドに息子さんを寝させ、隣のシングルベットにわたしと娘で寝たのだが、息子さんをシングルベッドの真ん中に置いても置いてもわたしにぴたっと寄り添おうとする。
わたしも、赤ん坊のときから一人で寝てきたので、誰かと寄り添って寝ることができない。
彼のお母さんと同じようにわたしも熟睡することができず、日曜日は昼寝をしたいぐらいで、子供たちには持参したラップトップでDVD三昧であった。
彼は、日曜日の朝早くから、
「両親宅に行きたい。」
と懇願してきて、
「もうすぐ日本に帰るI(わたしの名前)とM(娘の名前)に感染するのが一番心配。来てもらうかどうかはI次第だよ。どうする?」
と彼のお父さんに言われ、
・もう嘔吐がなく、感染する危険性が激減したこと。
・3日間も隔離された状態で誰とも接触できてなく、非常に精神的にハードな状況である。
ことを慮り、彼がここに来ることを許可することにした。
それで彼のお父さんが車で彼を連れてきたのだが、来るなり彼は仕事部屋へ。
木曜日の夕方にオファーがあったことを気にかけていたのだろう。
コートも脱がずに急いで仕事に取り掛かったのであった。
仕事をするぐらいならさぞかし回復したと思いきや、ある程度プログラムを完成したところで、とても具合悪そうにしながらベッドへ。
実は、回復などしてなく、それでも少しでもできるときに仕事をしたかったのと、やはり一人で自宅にこもっているのに耐えられなかったことから、両親宅に来たかったようである。
幸い、嘔吐と下痢はだいぶなくなったものの、今度は嘔吐下痢による脱水症状がみられるようになり、頭痛と発熱に悩まされるように。
元薬剤師だったお母さんはブルーベリーのジュースや砂糖と塩入りの水を与え、わたしはじゃがいものスープやバナナジュースを作って与えたりした。
しかし頭痛がつらそうで、痛々しかった。
今日、彼はほとんど回復し、頭痛もなくなったので、朝早くから仕事に取り掛かっているという。
とてもホッとした。
それにしても、お父さんは一切プレッシャーをかけていないにもかかわらず、病身の身ながら仕事に取り組もうとするとは。
まぁ、わかる気はするが。
彼は純粋に、助けることが好きなんだと思う。
誰かの喜びになるようなことを、すすんでやりたがるというか。
3時間も家庭教師をしたことからしても、そのことがよくわかる。
だから、病気になって、一人で部屋にこもり、どんなに自分が無力であるかを感じることがどんなにつらかったことだろう、と思う。
そういう人だから、わたしに対してもものすごく賞賛したり、感謝してくれる。
たいしたことはしてないけれど、やっぱりそう言ってもらえるととてもうれしい。
料理していても、「とてもおいしそうだね。」とか、家事をしていてもすっとんできてくれる。
だから、料理も家事も苦にならない。
日本にいるときは、夫はわたしに対して感謝するどころか、わたしがどんなに忙しそうにしていても無関心で、わたしが家事をすることがあたかも当然のような態度をとり続けていた。
わたしが忙しいことを不満にもらすと、「そこまでしなくていいよ。」。
やっぱり、自分のやっていることがまるで認められないほど悲しいことはない。
「あなたのおかげで助かった。」
このことばだけで、どんなに人を動かす力になりうるだろう。
仕事はまさにそうなわけで。
自分という人間を認めて欲しい、
その欲求をかなえてくれる、格好の方法ともいえる。
今を大事にする
一旦回復をみせた彼の様態であるが、再び嘔吐を繰り返すようになったとのこと。
息子さんも完全復活するまで1週間かかっており、彼もまた回復するのに時間がかかるのかもしれない。
何度か彼の様子を見に行ったが、すっかり疲弊しきっていた。
息子さんが1週間ぐったりしていたのも、今となってはよく理解できる。
あんなに息子さんの状態を懸念して、それも環境が激変したせいだとさんざん非難していたが、回復してからは、とくに精神的な問題もみられず、実に快活に遊ぶようになったので、いかにこの病気が脅威的であるか。
なんと、保育園でも何人か同じ病気にかかってしまったそうで、中には病院に行って点滴まで打った子供もいたそうだ。全員医療費無料のこの国では、滅多なことでは病院は受け付けてくれない。いかに深刻な状況に陥ったかを示唆する出来事である。
息子さんと密着しつづけ、吐捨物を常に処理していた彼は、いかに感染するチャンスが大きかったか容易に想像がつく。
10日後に一時帰国を控えているので、娘は彼からは隔離するようにしている。わたしも彼の家には行くが、彼には近づかないようにしている。
それがつらい。
しかも、潜伏期間が長いので、感染したかどうかはただちにわからない。今は発病しないことを祈るばかりである。
実は、一時帰国が決まってから、離婚のことでナーバスになり、研究に対するモチベーションも下がりつつあるわたしであったが、病気のことがあってから、研究ができる環境がいつでも保障されているわけではない、今できるのなら、明日やろうと延期したりせずに、常にベストを尽くさなければと思うようになり、また実験をたくさん計画したり、文献を読み漁るようになった。
彼の場合も、発病する直前に、仕事のオファーがあったそうで、それを延期したところ、発病して仕事が出来なくなってしまったと。
彼もひどく悔やんだそうである。
未来を予測することは誰もできない。
けれども、やっぱり今の状況を甘受もできないことを認識する必要もある。
そのことで、お金の話を少し。
離婚を決め、合意書のことで夫と少し話したあとから、経済的観念を改めた。
当初は夫と戦うきもちもあったのだが、裁判にまで行くとなるとわたしの体力も要求される。それで夫の意思に従うことに決めたのだが、同時に経済的に厳しい状況になることを認識し、お金に対する態度を変えるに至ったのである。
もともと、それほど浪費するタイプでもないが、かといってストイックなほうでもない。
夫がいずれの両親からも離れた地方都市に職を得たため、里帰りするとなるとそれなりにお金もかかったが、それにあまり頓着せずに、比較的頻繁に帰っていた。2ヶ月に一回はいずれかの里に帰っていたと思う。交通費は相当なものだったであろう。
この国に来てからも、もちろん夫と娘を慮ってのことであるが、頻繁に帰るようにしていた。交通費ももちろんのこと、久しぶりの日本で金に頓着せずに好きなものを食べまくり、好きなものを際限なく買い、、、そのコストたるや。。。
一時帰国以外の生活費はどうかというと、もちろん日本に比べれば金の消費は少ない。
交際費は皆無に近いし、新聞を含めた出版物を購入することもない。車もないからガソリン代を払うこともない。
だけども、保育料の減額申請をしようなんてことも考えたことがないし、食費もそれほど気を遣っていたわけではなかった。
高い魚や牛肉も食べたいときに買っていたし。また、週末に娘と喫茶店に行くこともしばしば。食費は、月で大体5~6万円かかっていたと思う。たった二人分で!
実質、夫から経済的な援助を受けていたわけではないが、それでも結婚していることでいざとなったら援助を受けられるという確信があったし、貯金もある程度あって安心していたこともあり、あまり節約しようという気もなかった。
今は、肉を買うのも、野菜を買うのも考え抜いて買うようにしている。
肉はひき肉を買うことが多くなったし、前は頻繁に買っていた椎茸は今マッシュルームで代用している。
はっきりいって、離婚を決意するまでは、なんとなく保障された未来があるのだと思っていた。
不満をもちつつも、未来に対して不安を感じたことがなかった。
でも、人生本当に何が起きるのかわからないのだなぁ、と。
それだったら、本当に必要のないものに費やすよりかは、最低限の資金の中でできる限りの工夫をしてみようと。もちろん、必要と判断される場合には、お金を費やすことをいとわないが。
もっとも、彼と過ごすようになってから、博物館などに行くこともめっきり減り、自ずとレジャー代は減ったし、わたしひとりで買い物に行く機会が増えたので、無駄なものを買うこともかなりなくなった。
彼もまた、出費が激減したという。別居前までは給料日前に口座のお金がすっからかんになるのが常だったのに、今ではかなり余るようになったとのこと。
そういう意味で、今まではお金を費やすことによって充足を得ようとしていたのが、今では共に充実した時間を共有することによって自ずとお金を遣わずにすむようになったのだと思う。
無駄遣いしたいとは思ってなかったけれど、娘と2人きりの週末に少しでもはりを与えようと、お楽しみとしてプールのあとにカフェテリアでポテトを食べたり、動物園や美術館に行ったりしたのだ。
彼の元奥さんも、この国に不満だらけで、買い物やパーティに行くことでやり過ごしていたのではなかろうか。
ということは、夫との生活も満足していなかったから、友達と飲みに行ったり、しょっちゅう里帰りしたりして、結婚生活の外で充足を得ようとしていたともいえる。
わたしと彼は、つきあうようになってから本当にお金を遣わなくなったが、ものすごく充実している。
将来に備えるための節約も大切だけど、同時に、限られた状況の中でいかに充実した時間を過ごすかどうかというのも大事であると思う。
息子さんも完全復活するまで1週間かかっており、彼もまた回復するのに時間がかかるのかもしれない。
何度か彼の様子を見に行ったが、すっかり疲弊しきっていた。
息子さんが1週間ぐったりしていたのも、今となってはよく理解できる。
あんなに息子さんの状態を懸念して、それも環境が激変したせいだとさんざん非難していたが、回復してからは、とくに精神的な問題もみられず、実に快活に遊ぶようになったので、いかにこの病気が脅威的であるか。
なんと、保育園でも何人か同じ病気にかかってしまったそうで、中には病院に行って点滴まで打った子供もいたそうだ。全員医療費無料のこの国では、滅多なことでは病院は受け付けてくれない。いかに深刻な状況に陥ったかを示唆する出来事である。
息子さんと密着しつづけ、吐捨物を常に処理していた彼は、いかに感染するチャンスが大きかったか容易に想像がつく。
10日後に一時帰国を控えているので、娘は彼からは隔離するようにしている。わたしも彼の家には行くが、彼には近づかないようにしている。
それがつらい。
しかも、潜伏期間が長いので、感染したかどうかはただちにわからない。今は発病しないことを祈るばかりである。
実は、一時帰国が決まってから、離婚のことでナーバスになり、研究に対するモチベーションも下がりつつあるわたしであったが、病気のことがあってから、研究ができる環境がいつでも保障されているわけではない、今できるのなら、明日やろうと延期したりせずに、常にベストを尽くさなければと思うようになり、また実験をたくさん計画したり、文献を読み漁るようになった。
彼の場合も、発病する直前に、仕事のオファーがあったそうで、それを延期したところ、発病して仕事が出来なくなってしまったと。
彼もひどく悔やんだそうである。
未来を予測することは誰もできない。
けれども、やっぱり今の状況を甘受もできないことを認識する必要もある。
そのことで、お金の話を少し。
離婚を決め、合意書のことで夫と少し話したあとから、経済的観念を改めた。
当初は夫と戦うきもちもあったのだが、裁判にまで行くとなるとわたしの体力も要求される。それで夫の意思に従うことに決めたのだが、同時に経済的に厳しい状況になることを認識し、お金に対する態度を変えるに至ったのである。
もともと、それほど浪費するタイプでもないが、かといってストイックなほうでもない。
夫がいずれの両親からも離れた地方都市に職を得たため、里帰りするとなるとそれなりにお金もかかったが、それにあまり頓着せずに、比較的頻繁に帰っていた。2ヶ月に一回はいずれかの里に帰っていたと思う。交通費は相当なものだったであろう。
この国に来てからも、もちろん夫と娘を慮ってのことであるが、頻繁に帰るようにしていた。交通費ももちろんのこと、久しぶりの日本で金に頓着せずに好きなものを食べまくり、好きなものを際限なく買い、、、そのコストたるや。。。
一時帰国以外の生活費はどうかというと、もちろん日本に比べれば金の消費は少ない。
交際費は皆無に近いし、新聞を含めた出版物を購入することもない。車もないからガソリン代を払うこともない。
だけども、保育料の減額申請をしようなんてことも考えたことがないし、食費もそれほど気を遣っていたわけではなかった。
高い魚や牛肉も食べたいときに買っていたし。また、週末に娘と喫茶店に行くこともしばしば。食費は、月で大体5~6万円かかっていたと思う。たった二人分で!
実質、夫から経済的な援助を受けていたわけではないが、それでも結婚していることでいざとなったら援助を受けられるという確信があったし、貯金もある程度あって安心していたこともあり、あまり節約しようという気もなかった。
今は、肉を買うのも、野菜を買うのも考え抜いて買うようにしている。
肉はひき肉を買うことが多くなったし、前は頻繁に買っていた椎茸は今マッシュルームで代用している。
はっきりいって、離婚を決意するまでは、なんとなく保障された未来があるのだと思っていた。
不満をもちつつも、未来に対して不安を感じたことがなかった。
でも、人生本当に何が起きるのかわからないのだなぁ、と。
それだったら、本当に必要のないものに費やすよりかは、最低限の資金の中でできる限りの工夫をしてみようと。もちろん、必要と判断される場合には、お金を費やすことをいとわないが。
もっとも、彼と過ごすようになってから、博物館などに行くこともめっきり減り、自ずとレジャー代は減ったし、わたしひとりで買い物に行く機会が増えたので、無駄なものを買うこともかなりなくなった。
彼もまた、出費が激減したという。別居前までは給料日前に口座のお金がすっからかんになるのが常だったのに、今ではかなり余るようになったとのこと。
そういう意味で、今まではお金を費やすことによって充足を得ようとしていたのが、今では共に充実した時間を共有することによって自ずとお金を遣わずにすむようになったのだと思う。
無駄遣いしたいとは思ってなかったけれど、娘と2人きりの週末に少しでもはりを与えようと、お楽しみとしてプールのあとにカフェテリアでポテトを食べたり、動物園や美術館に行ったりしたのだ。
彼の元奥さんも、この国に不満だらけで、買い物やパーティに行くことでやり過ごしていたのではなかろうか。
ということは、夫との生活も満足していなかったから、友達と飲みに行ったり、しょっちゅう里帰りしたりして、結婚生活の外で充足を得ようとしていたともいえる。
わたしと彼は、つきあうようになってから本当にお金を遣わなくなったが、ものすごく充実している。
将来に備えるための節約も大切だけど、同時に、限られた状況の中でいかに充実した時間を過ごすかどうかというのも大事であると思う。
出会い系メール
プロバイダー(○○としました)経由で送られてきたメール
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いきなりのメールをお許し下さいませ。
『×××』では『金銭的にも時間的にも余裕のある身元の確かな女性会員様と誠実で秘密厳守を守れる男性会員様』をマッチングしているクラブでございます。
現在、全国には女性会員数7893名 男性会員数691名で圧倒的に男性会員様が少ない状況になっております。
女性会員様が増加の一途を辿っておりますので、急遽、男性会員様を募集するに至りました。
中でも○○会員様の割合は非常に多く、女性会員様の内6割を占めておられます。男性会員様は様々ですが、○○会員様同士が出会う確立は80%を超えているのが現状になっており、今回○○会員様限定でメールを送らせて頂きました。
当クラブは平成15年に誕生し今月で1周年を迎えようとしております。女性会員様の出資金で運営しておりますので男性会員様には登録料・紹介料など一切頂いておりません。ですので、当クラブの女性会員様には失礼の無いよう紳士的な態度と節度を持ってお会いして頂きたいと思っております。貴方様の態度や行為が当クラブでのステータスになるとお考え下さい。
実際お会いして頂くとお分かりになると思いますが当クラブの女性会員様は清楚な方から非常に大胆な方まで様々です。その分、男性会員様のご希望に添える女性会員様も多数在籍しております。
なお、当クラブがきっかけで「素敵な出会い」「かけがえのない異性の友達」「ご結婚」「エレガントな生活」に至るまで様々なご報告を受けております。
当クラブをご利用し、ぜひ貴方様も日々の生活にアクセントをつけてみてはいかがでしょうか?
まずは、貴方様のご希望の地域での女性会員様をマッチングしたいと
思っております。簡単なご質問ですのでお答えの上、ご返信下さいますようよろしくお願い致します。
■1 お会い出来る地域(都道府県のみで構いません)
■2 当クラブのご利用タイプ
①【真面目な出会い】
□真剣に彼氏・彼女を探している人
□ご結婚を前提に真面目な出会いを探している人
②【洗練された大人のお付き合い】
□金銭的にも人間的にもエレガントな女性を探している人
□ワンランク上のお付き合いを望んでいる人
□サポート等を望んでいる人
③【割り切ったお付き合い】
□一夜限りの大人の関係を求めている人
□定期的に体の関係を求めている人
『お会いできる地域』『当クラブのご利用タイプ』をお答えの上、ご返信下さいますようお願い申し上げます。地域担当の女性スタッフからすぐにでもお会い可能な女性会員様をご紹介差し上げます。
(なお上記の①~③までは当クラブで最も人気のある順番でございます)
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わたし女なんですがね。
名前で男と認識されることは多々あるのは事実だけど。
それにしても笑えるメール。
これマジで受け取って返信する人いるんかなぁ。
***************
彼と好意を寄せ合っていることを認識したとはいえ、実は、その瞬間はまだわたしには彼と共に生きる覚悟はカケラもなかった。
かといって、「わりきった恋愛」をするほど、わたしは暇ではなかったし余裕もなかった。
わたしは、目的があって、外国までに来ている。
恋愛などでわたしの夢だったことをわずらわせたくない、やっぱり、わたしは結婚しているからつきあうことはできないと、彼に言おう。
と思った矢先に、ある出来事があった。
部屋をきれいにしていると心がけていたにもかかわらず、「食べ物をテーブルの上に置きっぱなしにしない。」「キッチンを汚したら敷金から差し引く。」「食べ物をこぼしたらふきとって、決して掃除機で吸い取らない。」などなど、実に細かいクレームが大家からきて、ついカーっとなってしまったのだった。
それで、彼に八つ当たり。
すると、
「ぼくに対して怒っているの?僕はあなたが研究で大変なことは理解している。だからいつだって助けてあげられるんだよ。」
と。
そう言われ、
「わたしはずっと自分ひとりでこなさなければならないと思っていたの!日本で助けてなんかくれなかったんだから。高熱が出たときだって、娘のあずけ先のことまでわたしが考えなければならなかったの!だから、いっそのことわたしは自立したくて、この国に来たんだ!」
と叫びながら、自然に大泣きしてしまった。
泣くことはいいこと、といって、大泣きするわたしをあたたかく包み込んでくれたとき、わたしはこのひとが好きだ、と思った。
キスよりもセックスよりもきもちが満たされることってあるんだ、、と思った。
結婚ということではなく、男女関係という範疇ではなく、ただこのひとと一緒にいたいと思った。
自分のために愛情が欲しいというのではなく、このひとのために何かしたいと思った。
人生の中で、初めてこんな感情をもった。
それで、すぐさま、そのことを夫に告白するに至ったわけであるが。
わたしには、「不倫と呼ばれたくない恋をしている。」がわからないなー。
わたしだったら、
「不倫と呼ばれてもいいから、この人に恋している。」だなぁ。
「不倫と呼ばれたくない」という時点で、自分に酔っている感じがする。
そのくせ、離婚したくないといって、伴侶や子供には隠している恋だろうし。
恋することによって生じる結果を自分で負ってでも、まっとうさせたいと思えるような恋じゃなければ、恋しないほうがいいと思う。傷つくだけ。
そもそも、恋人が欲しいから、結婚相手が欲しいから、という理由で相手を探そうとしちゃぁダメなんだな、と思う。
自分にとって都合のいいだけの相手なんているわけない。
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いきなりのメールをお許し下さいませ。
『×××』では『金銭的にも時間的にも余裕のある身元の確かな女性会員様と誠実で秘密厳守を守れる男性会員様』をマッチングしているクラブでございます。
現在、全国には女性会員数7893名 男性会員数691名で圧倒的に男性会員様が少ない状況になっております。
女性会員様が増加の一途を辿っておりますので、急遽、男性会員様を募集するに至りました。
中でも○○会員様の割合は非常に多く、女性会員様の内6割を占めておられます。男性会員様は様々ですが、○○会員様同士が出会う確立は80%を超えているのが現状になっており、今回○○会員様限定でメールを送らせて頂きました。
当クラブは平成15年に誕生し今月で1周年を迎えようとしております。女性会員様の出資金で運営しておりますので男性会員様には登録料・紹介料など一切頂いておりません。ですので、当クラブの女性会員様には失礼の無いよう紳士的な態度と節度を持ってお会いして頂きたいと思っております。貴方様の態度や行為が当クラブでのステータスになるとお考え下さい。
実際お会いして頂くとお分かりになると思いますが当クラブの女性会員様は清楚な方から非常に大胆な方まで様々です。その分、男性会員様のご希望に添える女性会員様も多数在籍しております。
なお、当クラブがきっかけで「素敵な出会い」「かけがえのない異性の友達」「ご結婚」「エレガントな生活」に至るまで様々なご報告を受けております。
当クラブをご利用し、ぜひ貴方様も日々の生活にアクセントをつけてみてはいかがでしょうか?
まずは、貴方様のご希望の地域での女性会員様をマッチングしたいと
思っております。簡単なご質問ですのでお答えの上、ご返信下さいますようよろしくお願い致します。
■1 お会い出来る地域(都道府県のみで構いません)
■2 当クラブのご利用タイプ
①【真面目な出会い】
□真剣に彼氏・彼女を探している人
□ご結婚を前提に真面目な出会いを探している人
②【洗練された大人のお付き合い】
□金銭的にも人間的にもエレガントな女性を探している人
□ワンランク上のお付き合いを望んでいる人
□サポート等を望んでいる人
③【割り切ったお付き合い】
□一夜限りの大人の関係を求めている人
□定期的に体の関係を求めている人
『お会いできる地域』『当クラブのご利用タイプ』をお答えの上、ご返信下さいますようお願い申し上げます。地域担当の女性スタッフからすぐにでもお会い可能な女性会員様をご紹介差し上げます。
(なお上記の①~③までは当クラブで最も人気のある順番でございます)
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わたし女なんですがね。
名前で男と認識されることは多々あるのは事実だけど。
それにしても笑えるメール。
これマジで受け取って返信する人いるんかなぁ。
***************
彼と好意を寄せ合っていることを認識したとはいえ、実は、その瞬間はまだわたしには彼と共に生きる覚悟はカケラもなかった。
かといって、「わりきった恋愛」をするほど、わたしは暇ではなかったし余裕もなかった。
わたしは、目的があって、外国までに来ている。
恋愛などでわたしの夢だったことをわずらわせたくない、やっぱり、わたしは結婚しているからつきあうことはできないと、彼に言おう。
と思った矢先に、ある出来事があった。
部屋をきれいにしていると心がけていたにもかかわらず、「食べ物をテーブルの上に置きっぱなしにしない。」「キッチンを汚したら敷金から差し引く。」「食べ物をこぼしたらふきとって、決して掃除機で吸い取らない。」などなど、実に細かいクレームが大家からきて、ついカーっとなってしまったのだった。
それで、彼に八つ当たり。
すると、
「ぼくに対して怒っているの?僕はあなたが研究で大変なことは理解している。だからいつだって助けてあげられるんだよ。」
と。
そう言われ、
「わたしはずっと自分ひとりでこなさなければならないと思っていたの!日本で助けてなんかくれなかったんだから。高熱が出たときだって、娘のあずけ先のことまでわたしが考えなければならなかったの!だから、いっそのことわたしは自立したくて、この国に来たんだ!」
と叫びながら、自然に大泣きしてしまった。
泣くことはいいこと、といって、大泣きするわたしをあたたかく包み込んでくれたとき、わたしはこのひとが好きだ、と思った。
キスよりもセックスよりもきもちが満たされることってあるんだ、、と思った。
結婚ということではなく、男女関係という範疇ではなく、ただこのひとと一緒にいたいと思った。
自分のために愛情が欲しいというのではなく、このひとのために何かしたいと思った。
人生の中で、初めてこんな感情をもった。
それで、すぐさま、そのことを夫に告白するに至ったわけであるが。
わたしには、「不倫と呼ばれたくない恋をしている。」がわからないなー。
わたしだったら、
「不倫と呼ばれてもいいから、この人に恋している。」だなぁ。
「不倫と呼ばれたくない」という時点で、自分に酔っている感じがする。
そのくせ、離婚したくないといって、伴侶や子供には隠している恋だろうし。
恋することによって生じる結果を自分で負ってでも、まっとうさせたいと思えるような恋じゃなければ、恋しないほうがいいと思う。傷つくだけ。
そもそも、恋人が欲しいから、結婚相手が欲しいから、という理由で相手を探そうとしちゃぁダメなんだな、と思う。
自分にとって都合のいいだけの相手なんているわけない。