初の教え子引退 | ココロの奥底

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ニートやOLだったりするバスケコーチの赤裸々日記→コーチも辞めただの主婦と化しました

そんなこんなで2005年5月。初めてコーチした子達を引退させる大会。

インターハイ予選が始まった。

ここでの目標は3部昇進。それには最低2試合勝たないと入れ替え戦に行けない。

そこにたどり着くまでだって結構な道のり。

それでも、やっぱりみんな一試合でも多く勝ち抜こうと必死だった。


これはあくまで気持ちの整理に書いているので、経過は省こうと思う。

だけど、頑張りのかいあって3部に無事昇進した。

ただ大声を出すだけでコーチをしてると勘違いしていた私しか頼りになる大人が居なかったのに、ホントよくやったと思う。

しかし、この日は勝つともう一試合。ダブルヘッダー。

7人しか居ない。どうしよう・・・・。

それでも、最後まで、頑張りぬいた。結果1ゴール差だったけど、たった7人でここまで来たことは私にとって誇りだ。


う必ず負け終わりになる三年生。

最後の試合の後はミーティングと称して、先生OGからねぎらいの言葉がかけられる会がある。

私もみんなに話しをした。自分がふがいなくて、最後の最後みんなを勝たせてあげられなかったこと。

全ては私の力不足だと。

ちなみに、私はこの試合を持ってコーチなんて大それたものから引退する気だった。

最後のつもりだったから、敗因は全て私にあることにしてみんなには気持ちよく終わってもらおうと思っていた。


そう、この試合の帰り道までは。



そのミーティングも終わり、OGでお茶でもしよーかー???と歩き出したとき。


『先輩』


大きな声で今引退したばかりのキャプテンに呼び止められた。

お話がありますとのこと。

正直、この時話なんて聞きたくなかった。

なんでか絶対悪い話だと思っていた。

だけど、まっすぐに見つめられて断るわけにも行かず、話しを聞くことに。


すると、今引退して悔しくてたまらないはずの三年生4人が集まっていて、一人づつ私への感謝を述べてくれた。

先生が異動で居なくなりどうしようかと思っているときに、先輩(私)が居てくれたことを感謝している。

簡潔に言えばそんな感じだった。

その中の一人の子が言ってくれた一言は今も忘れらない。


『先輩は物凄く怖かったけど、先輩がしかってくれるのには愛があった。だから励みになったし、心の支えでした』


正直、この子はバスケの上手な子ではなかったけど、こんな風に感じてくれて居たんだと。

この言葉は今でも私の支えになっている。


しかし、衝撃の一言はこの後に副キャプテンからやってた。



『私たちが引退してしまったけど、これからも後輩の面倒を見てください』


・・・・え?マジ??????

その瞬間はホントそんな反応しか出来なかったと思う。


しかしその後すぐに4人揃って頭を下げている。

ホント引退のときなんて、普通悔しくて悲しくて自分たちのことで頭いっぱいのはずなのに。


嫌とは言えなかった。

人のために動くことの出来る、この子達にこの時本当の強さを学んだ気がします。