2005春 | ココロの奥底

ココロの奥底

ニートやOLだったりするバスケコーチの赤裸々日記→コーチも辞めただの主婦と化しました

当時私は20になってから資格を取りに入学した学生だった。

まだ21歳だった。

今思えば相当若いが、高校生にとってはかなりの大人に見えたことだろう。


そしてその電話は突然かかって来た。

当時の顧問Mは定年間近で、誰もが定年まで移動はないと高をくくっていた。

そんな中での突然の電話だった。


顧問『もしもしオレだけど、移動になったから4月から部活頼むな!』


たったこの一言だ。

たったこの一言が私の人生を変えてしまったんだと、今になれば思う。

しかも『オレだけど』って、彼氏ですか?先生w


それでも、私が現役時代からずっと一人で教えてくれていた先生が居なくなるんじゃ、今の現役はさぞかし大変だろうと、取りあえず休みの日に部活に顔を出すことにした。


それまでにも何度か顔は出していたし、2005年に卒業した子達とは顔見知りだ。

大会などでは何度もベンチに入ってAコーチをしていた。


でも、行って見たらビックリ!

7人しか居ない・・・・。

マネさん足しても8人・・・・・。


引退まで間近な新三年生4人、新二年生4人(一人はマネ)

バスケは5人でやるスポーツ。

練習どうしてたのよ?

それよりも、あたしが練習に参加したとしても5対5が出来ない・・・・

何をどう教えたらいいんだこれ?


それが第一印象だった。


急いでOGに連絡を取り、練習参加を促す。

そもそも自分だけで教えるつもりもなかった。

だって私はもとマネさんだ。高校時代にバスケしてない。

だけど来る後輩OG達はみな、それぞれの生活が忙しいせいかコンスタントには来てくれない・・・・。

自分でやるしかなくなった。


それでも春休み中は、当時自分と歳の変わらないOGはみな学生で春休みだったので、出来る限りの協力をしてくれた。

それでこそわが高校の女子バスケ部!

仲の良さだけは一品だ。


しかし気づいてしまったことがある。

さーて何を教えるのか。メニューはどうするのか。そもそもコーチってなにするんだ?

ってことだ。

知識なんて全然ない。

そもそも、実際にバスケしたら私よりも、教えるべき後輩のほうが上手なのだ。

この時私は心に誓った。

三年生を引退させたら、それとなくフェードアウトしようと・・・・・。