こんにちは、イトウエルマです。
先日、素晴らしい映画(DVD)を見ました。
それは、ミケランジェロ・アントニオーニ監督の
「欲望」です。
60年代のロンドンが舞台のサスペンス映画です。
サスペンスというと、テンポよくスリリングな展開を繰り出す
娯楽的分かりやすさが求められるかと思いますが、
「欲望」は、はっきりとした結論をくれない謎解き映画、
抽象表現を用いてこちらに答えを考えさせ
最後はポーンと放り出されて終わる結末です。
それでもアントニオーニ監督作品の割には
抽象表現が少ないそうで、
おかげで芸術作品なのに
異例の興行成績を上げた映画となりました。
この映画を見て誰もが思う事。
それは、
これは事件なの?
それとも白昼夢(つまり妄想)だったの?
分からないながらも強く惹き付けられるのが「欲望」。
それで本編&DVDについていたアントニオーニ監督の研究家、
ピーター・ブルネットの映画解説も何度も見直し、
自分なりの謎解き(つまりネタバレ)をここに記します。
欲望にはゲンズブールに出会う前の
貧乳と評判の人ですけど、がりっがりに痩せててあの胸なので、
普通の人並みの肉をつければ少なくとも日本でいうところのC〜Dカップ
(フランスでならA〜Bカップ)くらいにはなるんじゃないかな。
まあ、あの細さであの胸、というのが彼女の個性(少女性)なので
胸のために美意識を捨てて人並みの体型になって
平凡に生きるメリットは全くないのですけど。
芸術表現だけでなく、60年代ロンドンの若者達のスキャンダラスな日常や、
ヘアなどのきわどい表現もあり
……いろんな意味で当時は衝撃的な映画だったようです。
というわけで、今回のブログは
「欲望」を見たことがない方が読んでもつまらないです(断言)
あの映画を見た人なら楽しめるでしょう。
何しろ解釈が幾通りもできる内容です。
是非、「欲望」をご覧になって、こちらにお戻り下さい。
それでは以下、簡単なあらすじと
ピーター・ブルネット氏の解説をベースに、
謎解きしました(ネタバレ:独自目線)
長文ですので、お暇なときにどうぞ!
【あらすじ】と【ネタバレ】を同時進行で!
まず、このストーリーは24時間の間の出来事です。
それと、登場人物はセリフが少ない!
セリフを与えられた人間にはそれなりに意味があります。
あらすじを説明しながらネタバレと
ここはというところは色を変えてます。
読み解きに重要なポイントも色を変えています。
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朝、ロンドンの貧民宿から貧しい人達がぞろぞろと外にはき出される。
彼等と一緒に出て来たボロ服の若者が今回の主人公トーマス。
彼の正体は若くてイケメンの写真家で、
この日、底辺で生きる人達の潜入取材を終えたのだった。
彼等の前を横切るのは顔を白く塗りたくった騒がしい若者達の乗るジープ。
ピーター・ブルネットは彼等を反体制で反資本主義の若者の象徴と説明します。
この集団は物語の最後で重要かつ映画で最も話題になる場面を演じます。
トーマスは隠して停めていたロールスロイスのオープンカーに飛び乗るやいなや、
無線で指示を出しながら仕事場に向かう。
彼のスタジオで待つのはスーパーモデルのヴェルーシュカ。
今日の11時にパリに行く予定だという彼女を
1時間も待たせても不機嫌にさせないのは
彼のカメラが彼女を絶頂に導くから。
ヴェルーシュカもトーマスもプロ根性を出しまくり、
撮影が終わった瞬間、ヴェルーシュカは恍惚の世界を彷徨い、
トーマスはソファーでグッタリ。
彼等を正気にさせた電話のベルは不動産屋から。
トーマスは他にもスタジオで待たせているモデル達との仕事があり、
それを終わらせてから物件を下見することに決める。
もうひとつのスタジオ仕事、4人のモデルのモード誌の撮影を始めるが
代わりが幾らでもいると見なす人間に対しての、トーマスの態度は傲慢そのもの。
これらのスタジオでの写真撮影の間に、アシスタントの男の子が
今朝終わらせた貧民窟での仕事のフィルムのネガ作業&ファイリングを終わらせていた。
近所に住む芸術家の友人ビルを訪ねた後、
貧民窟の写真を持って、トーマスは再びロールスロイスに乗り込み
不動産物件のアンティークショップへと直行する。
遠く目的地の方向にネオンサインの看板が見える。
アンティークショップの主人は不在だったので、すぐ裏の公園で写真を撮る。
そのとき、公園で若い女性&50〜60代の男性のカップルを見かける。
興味を持って写真を撮るが、それが女性に見つかりネガを渡せと迫られる。
これを断り、先ほどのアンティークショップに戻って主人と交渉、手応えを掴む。
トーマスは世の中のお金の動きを捉える力があり、
値上がりする物件をアーチストの視点から見抜いている。
彼はZOZOの前澤友作氏と通じる部分があるのではないかな。
アートに敏感でアートに散財したいタイプ、お金への嗅覚もある。
尤も、トーマスには前澤氏ほどのビジネスの才能はないし、
前澤氏はトーマスのように性格の悪さを全面に出していてもなおイケメンに見える、
ということはないと思いますが。
その後、レストランで昼食中の担当編集者のロンに
今朝現像したばかりの貧民窟の写真を見せ、気に入られる。
その間、トーマスは視線を感じて外を見ながら、
ロンドンが退屈だから週末は旅行に行くと言い出し
「金が沢山あれば自由になれるのに」とつぶやく。
それに対してロン。「自由だと!?彼のようにか?」
ロンが指すのは貧民窟の、目力の強いよれよれのコートを着た男性。
アーチストとつきあい、彼等の能力を見極め、
金になるものを拾い出す仕事をしているロンは
才能あふれる若き写真家トーマスの退屈が
金銭では解消できないものだと分かっている。
では、トーマスにとっての自由とは……。
それを見ていたとき、ロンは窓際に貼り付いてトーマスを見ている男性に気づく。
トーマスはレストランを飛び出し、その男性の乗る車を追うが見失う。
追うのをあきらめた彼がびくびくしながらも
自分のスタジオに入ろうとしたとき、
公園の女性が走り寄ってネガを求める。
彼女をスタジオに招き入れ、新品のフィルムとすり替えたのを彼女に渡す。
彼女を帰すと早速、件のネガを引き伸ばす。
そこにはカップルを狙うピストルを持つ人間が写っていた。
興奮してロンに電話、「殺人事件を阻止した!」と叫ぶ。
自分があの場にいたおかげで誰も死なずに済んだ、
と思ったのだが、これは勘違いで、
彼に写真を撮ってもらいたくて訪ねて来た
モデル志望の女の子たち(うち、ひとりがジェーン・バーキン)との戯れの後、
再びフィルムの引き伸ばしに熱中すると、
このフィルムには他に死体(のようなもの)が写っていることに気づく。
居ても立っても居られず、夜の公園に行くと
(ネオンサインが輝き彼を見下ろしている)
現場には本当に死体があった。
今朝、公園でみた彼女と戯れていた男性だった。
生憎カメラはないし、人の気配のない真っ暗な公園、身震いするトーマス。
(ネオンサインが木々の間で光っている)小走りで公園を後にする。
死体の話をしようと近所に住む芸術家の友人ビルのところに行くが、
只今恋人のパトリシアとお取り込み中。
仕方なくスタジオに戻ると件の写真一式がなくなっていた!
(あの女性、ただ者ではないのです)
唯一、死体らしきものが写った写真が残っていたのに気づくトーマス。
そこへ訪ねて来たパトリシア(芸術家の恋人)に見せるのだが
ビルの描く抽象画のようだ(死体なんだかよくわかんない)と言われてしまう。
その後はパトリシアもビルもお互い話したいことがあるのに噛み合わない。
今度はロンに話そうとロンドンのあちこちを駆け回って彼を探す。
ようやく見つけた彼はロンドンの実力者や有名人達が集う
麻薬の秘密クラブの館でラリっていた。
そこにはパリにいるはずのヴァルーシュカもいて、
「ここがパリよ」と言い出す。
トーマスは身近な人との会話が噛み合なくなってきていることを実感する。
ロンに死体の話をしても要領を得ない。なぜなら証拠になるものが何もないから。
ピーター・ブルネットによると、
この映画がいいたいのは
「真実にどれだけ意味があるのか」。
前後を示す写真(公園で戯れるカップル、それを狙うピストル)があって、
初めてぼんやりした写真(死体らしきモノ)に意味が出て来る。
しかし、それが証明できない状況に於いて、
真実とは何かを考えさせるのがテーマなのだと。
トーマスは公園に戻って確認した死体の写真を撮らず、
警察にも知らせず現場を離れてしまっている。
だからロンと一緒に現場に行って写真を撮りたい
(ひとりでは怖いし、人の目は多ければ多い程いい)、と思っている。
しかしロンは相手にしたがらない。
「私は写真家ではない」と突き放す。
そして「公園で何を見たのか?」と問い、
「何も」と答えるトーマス。
するとおいでおいでをして、彼にここに止まるよう促し、トーマスも従う。
若いトーマスに比べると人生経験豊富なロンは、
死体の一件の不気味さを分かっています。
ラリっていて出歩くのが面倒だっただけでなく、
トーマスが厄介なものに巻き込まれようとしているのを感じている。
お昼のミーティング中にちらちら外を見ながら警戒していたトーマスと、
気づくと窓に貼り付いてトーマスを見ていた男、
その後、公園で殺人事件を阻止したというトーマスからの電話、
そして今度はやっぱり死体があった!という話……。
危険な匂いがするけれど、公園で何も見ていないのならセーフだ、
面倒なことに顔を突っ込まない方がいい、ここにいろ、
と言いたかったのでしょう。
朝、目覚めてカメラを携えたトーマスが向かったのは公園。
現場からは忽然と、死体が消えていた!
彼が死体の話をしても誰にも相手にしてもらえない、信じてもらえない状況、
死体さえもなくなっているので、
これは写真家の白昼夢だ、実際は誰も死んでいないのだ、
という意見も巷では少なくないようです。
一方で、ピーター・ブルネットは
写真の男が殺されたのは事実だと断言する。
確かに抽象表現の中に意味付けをする人が
夢落ち、というのはあまりに安易な展開。
しかもアントニオーニは画面の全ての配置に気を払う、
人物さえも背景の一部として配置する、という人。
アントニオーニの考える、表面にある真実の裏にある真実、
さらにその下にある、全てを分析した時に
究極の真実に辿り着けるという考えに則ると
事件は起こったこと前提に、画面に写り込むもの、
会話の伏線を拾って考えるのがよさそう。
ということで、死体は実際にあった事前提でお話をすすめます。
じっと、その場で考え込むトーマス。
突如、バックにぼんやり浮かんでいたネオンサインの看板にピントが合い、
トーマスもはっと振り向き、看板の存在に気づく。
この看板、人を狙うピストルの形に見えませんか。
最初に登場したときは遠方に斜めで映ってました。
そのときピストルが狙っていたのは死体の男性で、
二度目、夜の公園のシーンで看板が写っていたときは、
しっかり正面でトーマスの真上に煌煌と輝いていた、
ということであのときからトーマスはロックオンされていた
と思って間違いないでしょう。
彼は知ってはならない秘密のそばにいて、
知ろうとしてはならない真実に近づこうとしていたことに
このとき気づいたのです。
怯えながらその場を去るトーマス。
公園のテニスコートの脇を通るとき、
冒頭で出て来たジープの若者の集団がやってきて
テニスコートでパントマイムのテニスを始め出す。
(このパントマイムはすごく有名なシーンです)
あるはずのないテニスボールが、彼等だけでなくトーマスにも見えている。
見えるはずのないボールが見えるこのシーンは
政治的な問題には全く無関心だったトーマスが、
世の中からはみ出す彼等の視点を理解し、
共感できるようになってきていることを示しています。
フェンスを越えたボールを拾うよう言われたトーマス、
躊躇しながらも、カメラを置いてボールを投げ返す。
その後、テニスを見続ける彼の表情はゆっくりと、
何かを悟ったときのように微妙に動く。
彼はそれまでの自分のいた、
商業主義のスノッブな人達の集うところとは違う世界に
自分が入り込んでしまったことに気づいたのでしょう。
それが、ロンの言う「自由」で、ロンがトーマスに最も望まないこと。
ロンにとって若くて有望な写真家トーマスは
多動症的な衝動行動はあっても金を生む大切なガチョウです。
いつまでも商業写真の世界で読者の求める
分かりやすい「映え」を撮り続けて欲しいし、
ロンだけでなくトーマスにとってもそれが幸せと信じている。
しかし、カメラの前では己を偽れないトーマス、
いままでと同じ仕事に同じ気持ちで取り組めるのかな。
再びカメラを手にする。その後
彼の姿がいきなり芝生から消える。
THE END
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
トーマスの撮った貧民窟の写真の「自由な男」は
ここに来るまでは何を追い求めていたのでしょう。
トーマスにとっての自由はカメラを通して真実を見ること。
そして真実は商業主義の求める真実とは必ずしも一致しない、
ときには危険をともなうものだというのを
元ドキュメンタリー監督であるアントニオーニは
言いたかったように思います。
この時代はユーミン的に言えば宇宙服流行りしころの
(東西の鉄のカーテン越しに見えない戦争がそこかしこで起きていた)
未来は霧の中だった時代、
深追いや表現の自由の追究が人生を破滅させてしまうこともあったわけで、
最後のシーン、彼が消えてしまう理由が
公園で見てしまったものだというのも不思議ではありません。
彼が何も見なかった人間として賢く生きる可能性もありますが、
囚われない人間のトーマス、好奇心を押さえ込むことのはできるのかな?
トーマスは元より、主張をする人間には
それが自分の考えと同じであろうとなかろうと優しい態度でした。
冒頭の若者集団に気前よくお金をあげるし、
原爆反対のデモ集団がトーマスのロールスロイスに看板を乗っけても
嫌な顔をすることもありませんでした。
トーマスは消されるか、
「自由な男」のように社会から抹殺されるかは、分かりません。
件の写真を引き伸ばしたことで、
それまでの己とは全く違った視点でモノを見る人間になったことに気づいたのを
抽象的に表したのがこのパントマイムで、
冒頭の彼等の登場がここに至るトーマスの運命を示していたように思えます。
邦題は「欲望」ですが、原題は「blow-up」(引き伸ばし)です。
原題でお話全体の意味を考えるとまた味わい深いのですが
そこは是非、映画を見て楽しんでもらえたらと思います。
以上、当方目線の「欲望」の感想でした(笑)
さて、気が付くとお腹がペコペコ。
立ちそば行こうっと!