イラストで綴る日常

イラストで綴る日常

お仕事のこと趣味のことよしなしごと

こんにちは、イトウエルマです。

 

こころに移りゆくよしなし事を絵にしてみる、よしなし絵つづり。

 

 

前回のよしなし絵つづりで描ききれていなかった

女の子の顔アップも描きたいな。

そして季節感のある絵にしよう。

絵を描いていたときには雨も降っていたので、それならあじさいに。

 

という思いつきを絵にしてみました。

 

題して「雨の日の色塗り」

 

 

まーいろいろ言い訳したいところもあるのですが、まずは

テーマ「雨の日の色塗り」の説明を。
 
あじさいは土壌によって色が変化するそうです。
(土の中のアルミニウムの溶け具合が色に影響するらしい)
酸性でアルミニウムを多く含む土だと 青
アルカリ性ならアルミニウムが多かろうと少なかろうと ピンク
 
土ではなく、あじさいに直接、色を塗る設定にしてみたらどうかな、
という思いつきを絵にしてみた次第です。
中性の紫の担当女の子が色塗り作業に夢中ではないのは
酸性、アルカリ性、どっちにもふれない、
成り行きで出てくるニュートラルな色、という判断です。
 
 

それにしても、思ったよりも甘ったるくなってしまった(汗)

 

女の子が画面に3人、かなり大きい扱いで入れてしまったことで

存在感がすごすぎ……(大汗)

描き上がらないと気づけないこと、多いですよね。

いや、私が未熟なのだな。

顔をしっかり描きたかったのでその点では存分に描けて
自分の限界というか、課題も見つかってよかったです。
(色の塗り方もくどいな。反省は次回に生かすのだ!
描き直す気力がないのが、私の悪いところかもしれません)

 
顔アップも描いてひとまず満足しました。
次回はもっと甘さ控えめな絵を描いてみます!

こんにちは、イトウエルマです。

 

AbemaTVで実話ベースの映画「遥かなる帰郷」を観ました。

イタリア系ユダヤ人化学者のプリーモ・レーヴィが

ソビエトによるアウシュビッツ解放から

故郷、トリノへ戻るまでの道程を描いた映画です。

 

 

 

第二次世界大戦でのイタリアについては

枢軸国側から連合国へと立場を変えてうまいことやった国、

くらいのイメージしかなかったのですが、

本作を見て印象が変わりました。

彼らの人間力が国の窮地を救った!

ローマを作った国だけあって、

人間を知り尽くした国民だけあって、

ここぞの判断が結果的に

取るべき正しい道を選択できたのではないかと。

 

 

ということで映画感想文なのですが、今回は原作も読みましたので

それも合わせての感想となります。

お話自体は見た通りの展開、

謎解きの必要な複雑な話でもないので、

お話解説はいたしません。

(映画も文化や歴史背景をわかりやすくするため内容を整理しています)

枢軸国のダメな部分、勝ちきれなかった原因がなんだったのかを

映画とプリーモの著作物から考えてみます。

 

 

映画はアウシュビッツの解放者、ソビエト軍の到着から始まります。
 

日本人抑留者を酷い目に合わせた恐ろしい国でしかないソビエト、

他方、アウシュビッツにいた人たちにとっては正義の味方でした。

実際、ナチスとの戦いを制したのはソビエト軍でした。

(連合国もソビエト頼みだった。原爆が完成したのはナチス陥落後。

日本に原爆を落としたことで、アメリカが戦後のディールを優位に進めることができた)

ソビエト軍も物資不足で自分たちが飢える中、ソビエトらしい方法で捕虜や囚人たちに

できる限りの誠意をつくしていたのが映画からも伝わります。

他方、枢軸国だった我々が連合国側の人間と同じ扱いを受けるはずもなく、

つくづく、敗戦国とは悲しいものだ、と観て思いました(涙)

 

さて、この映画で一番驚いたこと。

それはアウシュビッツの生き残りのイタリア人囚人チームの有り様が

まさに絵に描いたような自由でやんちゃなイタリア人すぎて、

これホントなの?と。

ドクロ海外に売るためにそれっぽい要素を盛り込んだ!?と思うほどあせる

 

同時に、時代の持つ空気感や説得力も、この映画からは強く感じられたので、

原作も読んでみることにしました。

原作で著者が何よりこだわったのが、見たもの以上のことを盛り込まないこと。

想像で補うことがないよう注意を払って書かれたプリーモの体験談

臨場感に溢れ、映画以上に面白かった!

 
 

もしも原作を読まれるのなら、まずは代表作の「これが人間か」を先に読まれることをお薦めします。

映画「遥かなる帰郷」でプリーモ・レーヴィが経験した、アウシュビッツからの帰還後、

記憶の新しい内に書かれたアウシュビッツ内の体験談が「これが人間か」。

帰還して一年後に出版されただけあって、時代の匂いや空気が感じられる、素晴らしい書籍です。

 

 

本書からは、アウシュビッツの細部までもが時代を超えてリアルに感じられました。

文学者ではなく化学者であるプリーモの文章は、真実が何かを中心に

素直で誠実な視点を大事にして書かれており、読み手の心にすっと入ってきます。

また、彼の洞察、人間観察は鋭く、それも彼の生存を助けた要因ではないかと思わされました。

 

 

映画の理解を深めるなら「休戦」

 

原作では輪をかけてイタリア人の憎めない悪巧みと

調子の良さがわかるエピソードが散りばめられ、思わず笑いが出てきます。

 

金になりそうなものをめざとく見つける。

粗悪品を(愛嬌いっぱいに)高く売りつける。

現地の女性とすぐに親密になる、それが礼儀だと言わんばかりに!

 

そして人情もさすがイタリア人、というところで、

ロシア人を恐れて森に隠れて住んでいたドイツ人女性2人組を

密かに自分たちの帰国する列車に乗せて国境を越えさせたり、と

女性のために体を張るところも期待を裏切らないです。

 

 

などなど陽気な国民性がスパークする珍道中は日本人からは考えられないことばかりで可笑しい。

ですが、本書で当方が考えさせられたのは、プリーモのソビエト兵とドイツ兵の比較

そこを引用いたします。

 

「ぞんざいで無秩序な外見の下に、無骨で開けっぴろげな顔の下に、赤軍の優秀な兵士を見て取るのは容易なことだった。古くて新しいロシアの勇敢な男たち、彼らは平時には穏和で、戦争では残忍になり、内面の規律に支えられて、確信に満ちていた。その規律は同意と、同志愛と、愛国心から生まれたもので、内面化されていたがゆえに、ドイツ人の機械的な奴隷の規律よりもはるかに強かった。彼らとともに暮らすと、なぜロシア人が勝ち、ドイツ人が負けたか、理解するのは簡単だった」

 

 

もしもプリーモのいう通りだとするなら、内面的な規律よりも機械的(日本人の場合は組織的)な規律が優先されるドイツ人(そして我々日本人)の場合、戦争のことはさておき、攻略対象が心のある人ではなくモノだと力を発揮しやすいのはこの規律の優先具合があるのかもしれないと思ったりもしました。

 

ともかくも、この時点で当方には否定もできないが肯定もできないのが

ロシア人の内面化された規律による勝利、というプリーモの考察でした。

 

理解を深めるために他のプリーモの書籍を読むことに。

すると、プリーモが言いたかったソビエト兵の戦での強さの源を具体的に書き表した書がありました。

 

「今でなければ いつ」。

 

ユダヤ人パルチザンを通して書き上げた小説で

それを読んでロシア人の戦い方を知りました。

 

 

小説の形をとっていますが、さまざまなユダヤ人パルチザンの体験をベースに

物語を組み立てているので、それぞれが実際にあった出来事とのこと。

よってこちらも臨場感があります。

民間療法好きの私の心をくすぐったエピソードが!

夏は雑草を食べて生き延びるパルチザン。

「夏はいい、草には何某かの栄養素が入っている。冬はダメだ」

というパルチザンの会話に、なるほど。

それと、プリーモとは関係ないのですがAbemaTVで映画「レッド・アーミー・パルチザン」を観たので

本書が実際の現場の補足材料として理解を深めるのに役立ちました。

「レッド・アーミー・パルチザン」はイスラエル制作の実話ベースの映画。

パルチザンの英雄、レオニド・ベレンシュテインのインタビュー映像と

当時の再現を織り交ぜながら彼の戦いを振り返り、

ナチスのV2ロケットの開発を発見した経緯を描いた本作。

 

 

「レッド・アーミー・パルチザン」を見て、

改めて、日本の敗因について、考えさせられました。

特に、女性の活躍のありかた

映画の中にビクトリアという踊り子の女性がパルチザンに協力、

ナチの高官を籠絡して誘き寄せたところをパルチザンに襲わせていました。

インタビューで、ベレンシュテインはビクトリアのことを高く評価していた。

彼女を見て、旧約聖書のユーディットを思い起こした人は少なくないでしょう。

 

翻って日本人。終戦のソビエトで村の女性たちを守るために

仕方なくソビエト兵の相手を引き受けた女性たちを

帰国後は冷たい目で見るような日本人のメンタリティーは

果たしてビクトリアのような女性を評価できるのでしょうか。

聖書は賞賛すべき人間や行いをお話にしている

この宗教が民族が生き抜くために定める評価の妥当性、

そして、その考えの欠如が日本の勝ちきれない部分ではないか、と思わされました。

仏教か神道が敵を欺くために女性を武器にした人間を賞賛する逸話を織り込んだなら

我々はもっと他国との争いに強くなれたのかもしれないし、

日本人男性のハニートラップ引っ掛かり率も下がるのではないだろうか。

そしてハニートラップを仕掛ける女性に大きな賞賛が待っているのだとしたら

魅力的で優秀な諜報員が日本人から現れるのかも。

 

閑話休題、「今でなければ いつ」のパルチザンのお話でした。

パルチザンは正規の軍隊とも違ってまして、

軍の支援は受けるものの、活動は軍の命令で動くというより

森に隠れて小さい集団で行動、列車の爆破、敵の補給路の遮断、敵軍の撹乱など

軍の活動をサポートすることを主としております。

ドクロ忍者みたいだな手裏剣

パルチザンは方法ではなく結果が求められます。

自主性と臨機応変さ。軍隊にはない個人の能力と創造性が求められ、

現場での判断を任されています。

 

驚くのが、軍隊のパルチザンへの信頼とリスペクト。

彼らが軍隊に上げる情報や判断を、軍も見栄で捻り潰したりはせず、

現場を尊重して支援をする様子は「今でなければ いつ」だけではなく

「レッド・アーミー・パルチザン」でも見て取れます。

下からの、しかも軍人以外の意見で自分たち軍の決定を変えるなどというのは

大本営には真似ができない柔軟性だと思いました。

軍が自分たちの判断を尊重することを確信しているからこそできる大勝負というのもあり、

神出鬼没のパルチザンの存在がナチスを怯えさせ、苦しめます。

ドクロウクライナ人にはパルチザンの戦い方が受け継がれているのかも!

 

 

「今でなければ いつ」のユダヤ人パルチザンの集団は、

戦争が終わりそうな気配を感じるとそっとソビエトを離れます

ロシア人がユダヤ人を必要としなくなったとき、

彼らの居場所がなくなること(冷遇されること)を予見していたからです。

ユダヤ人パルチザンたちの最終目的地はイスラエル。

本書に、イタリアがイスラエルに渡るのに理想的である理由が述べられていました。

「戦争が嫌いな国で書類をごまかすのが大好きな国」

「(彼らユダヤ人パルチザンを)パレスチナに送り込むのにイギリス人をごまかさなければならないから理想的な国」

 

また、イタリア人にはユダヤ人に対しての偏見もなかったそうで、

戦時下のイタリアのユダヤ人について、本書で書かれていたことに、驚いた。

「イタリアにはポグロムはなかった。ローマ教会がユダヤ人はみな高利貸しだと罪を着せ、軽蔑させようとけしかけ、ムッソリーニが人種法を押し付け、北イタリアがドイツ人に占領された時にも、ポグロムはなかった。〜ドイツ軍が来た時、あるものはスイスに逃げ、またパルチザンの隊列に加わったものもいたが、大部分は町や田野に身を隠した。そしでドイツ人が協力者に大金を約束したにもかかわらず、発見されたり告発されたものはわずかだった」

実際、収容所送りになったイタリア系ユダヤ人は全体の四分の1ほどで

みんながアウシュビッツ送りになったわけでもないようです。

 

 

本書に出てきたミラノの裕福なユダヤ人は、ナチス侵攻の際にはスイスに逃げ、

戻ってきたときには有力者に手を回して家を取り返したと語る。

「ミラーノは豊かな町だ。豊かで、寛大で、多くのユダヤ人は町に残り、身を隠したり、嘘の証明書を作った。近所の人や友人は出会っても知らないふりをして、こっそり食料を運んだ」

 

最終的に、イタリア人はムッソリーニのやり方に疑問を感じ、

国民の支持を得た新しい政権がムッソリーニを追いやって、

イタリアは連合国の側となったのでした。

 


以下にプリーモのドイツ人にいいたかったことの一部を要約します。

ドイツ人がナチスがユダヤ人にしていたことを全く知らなかったというのは違う。

収容所の外で道路工事をしたり、工場側の依頼で働く粗末な縞の服を着た人たちを

奴隷のように扱われる人を見なかった人がいるはずがない。

大勢が見て見ぬふり知らないふりをし、日和見な態度であったことが

結果的にナチスに加担することになっていたのだと。

(ナチスはユダヤ人囚人に敢えてボロボロの服を着せて

囚人の序列の中でも彼らが最下層であることを自覚させ

周囲にも分からせ、軽蔑させるよう仕向けていたそうです)

 

 

 

プリーモが後に明らかになった事実などを踏まえながら

収容所での体験を総括した一冊が「溺れるものと救われるもの」。

こちらには映画でも触れていた、

プリーモが「ドイツ人に言いたかった気持ち」が収められています

 

この本を書き上げて1年後、プリーモは自宅の建物から飛び降り自殺を図り、亡くなります。

戦争の嫌な記憶に目を背けず、ここまで向き合い続けてきたのは相当に苦しかったと思います。

本書ではユダヤ人を痛めつけた側の人間がナチスのユダヤ人への仕打ちを否定、

存在しなかったことにすることで己の精神を保った人物のお話もありました。

収容所にいた友人たちも嫌な記憶を忘れるのが早かったようです。

反対に、忘れられない者は記憶に苦しめられて自殺、というのも少なくなかった。

使命感をもってアウシュビッツの記憶を書き続けてきたプリーモが最後に絞り出した一冊は

収容所生活から時が経ってもなお、臨場感があり読み応えがあります。

その分、プリーモは自分の心や精神を消耗し、

年齢もあって己を保つのも厳しくなっていったのでしょう。

 

 

人間であることを何よりも大切にしていたプリーモ。

己に正直であることを、人間であることを大切にしてきたイタリア人以外から

このような書籍が生まれることはないように思います。

同じラテン人でもフランス人なら言い訳に終始するだろうし

スペイン人なら保守的な考えから逃れられなさそう。

 

もしも我々がイタリアと同じ状況にあったとして、

長いものにまかれろ主義の日本人が、果たして戦時下のイタリア人のように

人間本位の判断をできたのだろうか。

ドクロ……(沈黙)汗

 

ところで、プリーモの全ての書籍は竹山博英氏が翻訳されています。

プリーモのよき理解者でプリーモとも親交のあった竹山氏の「訳者あとがき」には

プリーモの本を理解する上で日本人にはピンとこない部分へのヒントが書かれており、

最後の1ページまで読まされます。

 

映画「遥かなる帰郷」を観て、そこから原作を読んで、

今も言葉にできない、いろんなことを考えさせられています。
 

いろいろ考えながら、立ちそばを啜ってます!

 

 

 

 

こんにちは、イトウエルマです。

 

日々の立ちそばメモ帳から

食べたおそばの紹介をしています。

 

96軒目は日本橋のモダンな立ちそば店、「SOBAPY」(ソバピー)。

いただいたのは「グリーンカレーそば」1200円。

 

和のおつゆベースのグリーンカレーは

二八のおそばの風味を爽やかに引き立てます。

お肉、具材にも一捻りあり!

 

 
SOBAPY(ソバピー)は日本橋三越の裏、日銀の並びにあります。
 
お店の印象を一言で言うと、お洒落。
 
コンクリート×木材×ガラスで造られたエントランス。
看板に「立ち食い」の文字がなければ、パスタの美味しいカフェだとか、
お洒落パン屋かと思うような、女性にも抵抗感のない外観であります。
ガラス越しに店内を伺うと、立ち席のみの大きなカウンターが鎮座しているのが見える。
完全に女性に寄せているのではなく、あくまで主役は男性客なのでしょう。
立ちそばのニーズを考えるとまあ、当然のことかと思います。
 
 
店内ではご夫婦が一品ずつ、丁寧におそばを作っていらっしゃいます。
 
「グリーンカレー蕎麦」1200円を目当てに来た己。
ですが、魅惑的なメニューもありまして、券売機の前で悩む。
「生のり冷かけ」だとか、「ごまのりピー」はなんとピーナツ入り!
特に「親鶏つけ汁」には心惹かれた。
北海道では親鶏のおそばを求めて、
道東やら道央やらを行ったり来たりしたときのことを思い出し、
こんな近くでいただけるとは僥倖以外の何物でもないだろう、
と親鶏によろめきかけた。
 
それでもグリーンカレーへの好奇心が勝りました。
グリーンカレーのおそばは未だ食べたことがなかったから。
 
ということで、グリーンカレー蕎麦1200円。
それがこちら!
 
「レジ横に紙エプロンがありますのでお使い下さい」
と奥様がおすすめくださいましたが、手に取ることはせず、
おそばに向かう己は内心呟く。
ふふふ、私はこれまで何杯ものカレー南蛮やつけそばを食べてきて、
こうしたおそばの食べ方は心得ておりますのよ。
 
しかし、このときの己の判断の愚かさに、のちに気付かされるのです。
 
おそばの上にはレモンが乗っています。
レモンは最後のお楽しみにとっておくとして、
すぐに回しかけず、まずはやや太めの二八のおそばを味わうことにする。
 
そのまま啜るも麺は固めに茹で上げられており、コシが強くて思うようにすすれない。
噛み締めるとおそばの風味、甘味がじわ〜っと広がった。
つまり温かいお汁のつけ麺用に太さを調整、茹で上げも計算されたおそばなのでした。
 
このおそばをグリーンカレーのつけつゆに浸していただく。
するとグリーンカレーの爽やかな香気と共に、江戸前の和の出汁の旨みが加わったお汁は
おそばとの馴染みよく、つるつると喉奥まで吸い込まれた。
 
おつゆの中の具材も個性的。
コリコリした食感のコラーゲンの豊富なお肉。
テビチのようだけどあっさりしている。
和出汁でしっかりと煮込まれた美味しいお肉。
親鶏じゃないの、これ!
 
ほかに、歯触りが心地よい野菜が入っている。
根曲竹か、黄ニラか。ウドかもしれない。
何か季節を感じる食材。
これってなんでしたっけ、と思い出せないまま
よく煮えた長ネギやタマゴボーロ大のはんぺんなどもつまみつつ、おそばを啜る。
ふと、お汁に乗った青い薬味がパクチーではなく三つ葉であることに気づいた。
グリーンカレーに使う食材を、ありふれたものではなく
希少性の高い食材、和の食材に置き換えて作られているからこそ、
違和感なくいただけて味わい深いおそばになっているのだな。
 
食べ終えて、お膳を返却しようとして、
服にグリーンカレーが飛んでいたことに気がついた。
そういや、おそば、コシが強くて
いつも以上に思いっきりすすり上げないと口に入っていかなかったのでしした。
お店の人の勧めには従うものですね。
それと、親鶏のおそば、あのお肉が入るなら絶対食べたい!
ということで次回のメニューも決定♪
SOBAPYを後にしました。
 
【SOBAPY(ソバピー)】
東京都中央区日本橋石町4−4−17
ケンリョービル1階
月火水10:30〜15:00
木金10:30〜20:00
土日祝休