夢と夢を叶える大杉神社とご縁に感謝
皆様こんばんは
稲敷にある大杉神社
近くを通ったら
なんとも豪華絢爛な社殿が目をひきます。
大杉神社⛩
茨城の東照宮という異名を持ちます。
夢を叶える天狗👺がお迎えしてくれます。
すごい大きいです!![]()
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いろいろな神様方がいらっしゃる![]()
悪縁を切るというパワースポットでもあります。
奥にある社殿も立派ですね。
ちょうど、こちらを昨日の夕方に通った時
気になっていたので翌日、あらためてきました。
💕素敵な出会いがあり💕
食べるのも忘れて
話して!話して!すごいワクワク💫して
ご縁に感謝して眠りました。
その夜、幸せな眠りにおち
夢をみました。
とても印象的な内容です。
かわいいよちよち歩きの幼児が夢に出てきて
不思議な事にその子のお腹から
ニョッキと!
黒いたくましい手が生えていました。
私は、びっくり‼️したけど
その子をぎゅっと抱きしめた。
という夢![]()
意味はわからないけど。
夢を叶える神社⛩に行こうと
思っていたからかも
どんなことも自分の受け取り方しだい
感謝💫感謝💫感謝💫
深謝。
踊りと曲と偉人たちと
踊り念仏で有名な
↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑
一遍上人が開祖した鉄輪湯湯治。
むし湯跡。
踊り念仏とは、踊りながら太鼓や鉦(かね)を打ち鳴らし、念仏を唱えることを言います。
起源は平安時代中期の僧空也にあるとされています。その後鎌倉時代に一遍(1239~1289)が門弟とともに各地を遊行しました。
彼らは一念の信を起こし、念仏を唱えた者に札を与えました。このことを賦算(ふさん)と呼びます。一度の念仏で極楽で往生できると約束された喜びを表現したのが「踊り念仏」であるとされています。
一遍は、興奮の末に煩悩を捨て心は仏と一つになる、と民衆に踊り念仏を勧めました。
鉄輪温泉を開いた経緯♨️とは
一遍上人が別府野口の里を通られた時に
たまたま通りかかった白髪の老人に
「この霧の深さはどういう事なんでしょうか?」と尋ねると
白髪の老人が
「この後ろに鶴見嶽という高山があります。それにかかる霧と山の麓には至る所に地獄みたいな灼熱の蒸気が立ち込めています。特に八丁四面といわれる鉄輪地獄絵図のような場所があり、この地獄から噴き上げる蒸気がもつれ合い霧深く庶民が難儀をしているようです。」
と鶴見嶽の麓に火の神、鶴見権現様の社を教えていただき
一編上人は沐浴後、三、七、二十一日の参籠祈願をされました。
満願の碑に
白髪の老人が夢に現れて
「鉄輪地獄を埋めるには、一切経の経文を一字一石にて称名を唱えながら投げ込めば必ず埋まるであろう
」と告げ、姿を消しました。
一編上人と一緒につれ立った帰依の僧や村人たちは、いわれた通り長い苦労の末に、大地獄のほとんどを埋め尽くしたのですが、
最後に三間四方の噴気がどうしても止まらない。



再度権現様に祈願すると
「三間四方の噴気止まないのは、経文の功力と温泉の力が合わされ霊場とはる場所。湯気の止まらないところの四方を囲み蒸し風呂を造れ。その中に休んで称名念仏して入湯すればどんな業病難病も必ず治るであろう」
と姿を消しました。
こうして仏式の蒸し風呂が造られました。
熱湯地獄の様相だった鉄輪温泉に一編上人たちの試行錯誤の下ようやく「地獄」を「庶民の業病難病を克服する手段」に変えることができたそうです。
そんな経緯ですが、
どうせなら踊り念仏をして鉄輪温泉を開いて欲しかった![]()
と思うのは私だけでしょうか。
あら
野口雨情も来てたのね。
『豊後鉄輪 むし湯の帰り 肌に石菖の香りが残る』
曲をつけて鉄輪音頭にして欲しかったわ。
一編上人の踊りと共に
(年代が前後しちゃうけど![]()
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夢の海外移住と現実の海外生活
皆様こんにちは
土曜日の午後…
もう少し歳を重ねたら
海外移住をしようと夢見て
実際に移住されて生活されてる方の
ブログなどを覗きながら
海外と日本の住みやすさの
メリットとデメリットに
頭を悩ませてもいます。
言葉の問題もさることながら
日本人のさまざまなサービスに慣れすぎて
海外との違いに葛藤しそうです。
ということを一生懸命に
ディスカッションする日々です。
私の生活も全国ワーケーションみたいな
感じですが
季節によって住み分けする事の
素晴らしさは![]()
理解できるようになりました。
寒い季節には沖縄
暑い季節には、標高が高いところや北海道
休息したいなら温泉場があるところ
アクティブに遊びたいなら離島
海外の良さを理解するのは
これからです!
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