踊りと曲と偉人たちと | 日本文化、世界の歴史・健康・ミライにチャレンジ

踊りと曲と偉人たちと


踊り念仏で有名な

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一遍上人が開祖した鉄輪湯湯治。

むし湯跡。


踊り念仏とは、踊りながら太鼓や鉦(かね)を打ち鳴らし、念仏を唱えることを言います。

起源は平安時代中期の僧空也にあるとされています。その後鎌倉時代に一遍(1239~1289)が門弟とともに各地を遊行しました。

合格彼らは一念の信を起こし、念仏を唱えた者に札を与えました。このことを賦算(ふさん)と呼びます。一度の念仏で極楽で往生できると約束された喜びを表現したのが「踊り念仏」であるとされています。

一遍は、興奮の末に煩悩を捨て心は仏と一つになる、と民衆に踊り念仏を勧めました。



鉄輪温泉を開いた経緯♨️とは

一遍上人が別府野口の里を通られた時に

たまたま通りかかった白髪の老人に

真顔「この霧の深さはどういう事なんでしょうか?」と尋ねると


白髪の老人が

笑い泣きこの後ろに鶴見嶽という高山があります。それにかかる霧と山の麓には至る所に地獄みたいな灼熱の蒸気が立ち込めています。特に八丁四面といわれる鉄輪地獄絵図のような場所があり、この地獄から噴き上げる蒸気がもつれ合い霧深く庶民が難儀をしているようです。」


ひらめき電球と鶴見嶽の麓に火の神、鶴見権現様の社を教えていただき真顔一編上人は沐浴後、三、七、二十一日の参籠祈願をされました


満願の碑にウインク白髪の老人が夢に現れてビックリマーク

「鉄輪地獄を埋めるには、一切経の経文を一字一石にて称名を唱えながら投げ込めば必ず埋まるであろうスター」と告げ、姿を消しました。


一編上人と一緒につれ立った帰依の僧や村人たちは、いわれた通り長い苦労の末に、大地獄のほとんどを埋め尽くしたのですが、


最後に三間四方の噴気がどうしても止まらない。あせるあせるあせるあせる

再度権現様に祈願すると

「三間四方の噴気止まないのは、経文の功力と温泉の力が合わされ霊場とはる場所。湯気の止まらないところの四方を囲み蒸し風呂を造れ。その中に休んで称名念仏して入湯すればどんな業病難病も必ず治るであろう」

と姿を消しました。


こうして仏式の蒸し風呂が造られました。

メラメラ熱湯地獄の様相だった鉄輪温泉に一編上人たちの試行錯誤の下ようやく「地獄」を「庶民の業病難病を克服する手段」に変えることができたそうです。


そんな経緯ですが、

どうせなら踊り念仏をして鉄輪温泉を開いて欲しかったニヤニヤ笑と思うのは私だけでしょうか。



 


あら

野口雨情も来てたのね。

豊後鉄輪 むし湯の帰り 肌に石菖の香りが残る

曲をつけて鉄輪音頭にして欲しかったわ。

一編上人の踊りと共に

(年代が前後しちゃうけどニヤニヤ笑笑笑