大河ドラマ『独眼竜政宗』の大きな魅力に、脚本の素晴らしさとそれを演じる役者の台詞回しの素晴らしさがあります。
そもそもこの二つがあれば大河ドラマは概ね成功したと言っても過言ではないのですが、残念ながらそうではない作品が多いのも事実です。
初回は政宗の誕生~幼少期ですから政宗自身の台詞はありませんが、周囲の大人たちの会話が視聴者を楽しませてくれました。
中でも政宗の母義姫(お東の方)が、夫や兄に対して時には毅然と、時には殊勝に健気に語りかけ、彼らを(言葉は悪いですが)籠絡していく姿は見ていて、聞いていて、惚れ惚れします。
無論現在の価値観とは相容れない点もありますが、そこは大河ドラマの視聴者として、当時の時代背景とそれを描いた作品に敬意を払いつつ、大きな心で飲み込んで行きましょう。
まずは、山形から米沢へ輿入れしてきた義姫と伊達輝宗が二人だけで初めて対面する場面から。
伊達輝宗「そなた俺の寝首を搔きに来たのではあるまいな」
義姫「!…」
輝宗「顔色が変わったの。はははは」
義姫「何故そのような」
輝宗「この期に及んで嘘はつくなよ。有り体に申せ」
義姫「あ、ほほほ」
輝宗「何を笑う」
義姫「可笑しゅうございます。伊達の殿ともあろうお方が私を恐れておいでのご様子」
輝宗「埒もない事を申すな。そなたは伊達の女か最上の女かと尋ねているんだ」
義姫「殿は如何でございます? 私を妻として娶られるのでございますか。それとも、人質としてでございますか」
輝宗「…妻だと言うたら」
義姫「伊達の女になります」
輝宗「人質だと言うたら」
義姫「仰せの通り、御首級(みしるし)を頂戴仕る覚悟でございます」
輝宗「…ふふははは、笑止千万。俺は猪ではないぞ」
義姫「あははは」
輝宗「それで嫁入り道具に刀剣や鎧を隠していたのか」
義姫「滅相もないこと。あれは私の身嗜みでございます」
輝宗「身嗜み?」
義姫「一角(ひとかど)の武将の娘として幼い頃から薙刀と小太刀の手解きを受けました。一旦事ある時は鎧を着(つ)けて軍勢の指揮を執る術も習いました」
輝宗「面白い。では重ねて聞くが、そなたは伊達の女になると言うたな」
義姫「申しました」
輝宗「伊達と最上は犬猿の仲だ。今は和睦しておるが何時(いつ)事切れになるか分からん。もし俺がそなたの親兄弟と戦になったらどうするんだ」
義姫「些かも迷いはございませぬ。嫁いだ以上は生きくるも死ぬるもご主人様の命に従うのが武門の倣いと心得ます」
輝宗「気に入った!そなたを輝宗の妻に申し受ける!」
義姫「♡」
輝宗「今宵は夜っぴて飲もうぞ」
次は、義姫がお家騒動真っただ中の実家に赴き、兄最上義光(よしあき)に諫言する場面です。
最上義光「輝宗の首級はどうした。持って帰る約束だぞ」
義姫「戯れ事を申している場合ではございますまい」
義光「戯れ事? ふん、どうやらそなたは伊達に骨を抜かれたと見えるな」
義姫「私は最上の行く末を案じておりまする。父上が申されるには義光に家督を譲ったのはやはり誤りであったと」
義光「親父殿は腰抜けじゃ!」
義姫「…」
義光「(近習に)おい!湯漬けだ!」
近習「(遠くから)はっ」
義光「そなたを伊達にやって和を結びそれで最上が安泰だと見込んだ。今はそんな生やさしい世ではない。奥州探題宗家の威信をもって最上の力を示さねばならん」
義姫「その威信が出羽川西の国々に恐怖を与えております。いつ結びおうて反逆を起こさぬとも限りません」
義光「反逆すれば勿怪の幸いじゃ。蹴散らして奥州全土を義光のものにしてくれるわ」
義姫「伊達とも事を構えるお積もりで?」
義光「ああ、輝宗の出方次第ではな」
義姫「侮ってはなりませぬ」
義光「何?」
義姫「輝宗は恐ろしい男でございます。軍略に優れ胆力に勝り学問を良くし慈悲深くて民百姓に慕われます。町人であろうと足軽であろうと目に止まった者は重く取り立てます」
義光「けひゃははははは、惚(のろ)けに来たのかお義。ええ、ひははははは」
義姫「お気をつけなされませ。伊達の家臣は一騎当千の忠義者揃いでございます」
義光「はは、笑わせるな。去年中野宗時が謀反を起こしたばかりではないか」
義姫「兄上が唆したのでございましょ?」
義光「戯けたことを申すな! あの折り大火に乗じた俺は余程伊達を攻めてやろうと思うた。弓矢を交えなんだは武士の情けよ。輝宗にそう言うてやれ!」
義姫「輝宗が山形を攻めないのも武士の情けでございます」
義光「何じゃと」
義姫「最上の家臣は次々に兄上を見限り父上や義時の許に走っていると漏れ聞きました」
義光「あれは俺が追い出したのだ!」
義姫「どうぞ父上のお言葉に耳をお傾けなさいませ。いま攻められたら最上は一溜まりもありますまい」
義光「あぁもうよい。帰れ」
義姫「いいえ、帰りませぬ。私の前で父上と杯を交わされるまでは」
義光「…けっ、女だてらに…」
義姫「…」
『独眼竜政宗』の脚本と演技の秀逸さは、コメディ場面においても遺憾なく発揮されています。
伊達輝宗の側近である遠藤基信が梵天丸(後の政宗)の傳役(もりやく)に敢えて女性の喜多を推挙するも、同じく側近の鬼庭左月がなぜかこれに反対する場面です。
伊達晴宗(輝宗の父)「はははは、梵天丸の傳役か。ううむ、傳役選びは難しいのぅ」
輝宗「心得ております」
晴宗「忠孝の誉れ高く、文武の両道に秀で、武将の器の何たるかを熟知したる者。しかも梵天丸の傷ついた心身を逞しゅう育むる度量を持った者。家中にめぼしい若者が無き時には杉目から遣わしてもよいぞ」
輝宗「それには及びません。基信の推挙する者がおります」
晴宗「ん、名は何と申す」
遠藤基信「置賜郡八代郷の神官片倉景重の娘、喜多にございます」
晴宗「ははは、女ではないか。はははは」
基信「畏れながら忠孝の誉れ高く文武両道に秀で武将の器の何たるかを熟知致しておりまする」
鬼庭左月「馬鹿を言わっしゃい。喜多はまだ小娘じゃ。傳役の大任が務まってたまるか」
ちなみにこのとき喜多は既に30歳とか。
基信「懸念は無用じゃ。喜多はこの鬼庭左月良直の血を引いておりまする」
晴宗「左月の娘か」
左月「んー娘ではござらん」
晴宗「血を引いておると言うたではないか」
左月「嘗ては娘でござったが今は娘ではござらん」
晴宗「ん?そりゃどういうことじゃ?」
左月「母親共々とうの昔に離別仕りました」
基信「離別されたその妻が娘の喜多を連れて神官片倉家へ嫁いだのでござる」
左月「言うな基信、何の魂胆あって拙者の系図を穿(ほじく)り返す」
基信「吠えるな左月、若の傳役は喜多を置いては他にはないと申し上げておるのだ」
左月「わー★※□◆じゃ▲*■▽おば…殿!基信は血迷うておりまする!」
基信「なんだ!」
輝宗「見苦しいぞ二人とも」
左月「…」
基信「…」
輝宗「傳役は早急に決めねばならん。明朝巳の刻、喜多に目通りいたす」
基信「心得ました」
左月「…」
ところが翌日喜多は酔ってへべれけの状態で輝宗の前に現れ、それでも輝宗の投げた扇子を見事にキャッチするスーパープレーを見せた後、ぐっすり寝こんで担がれて退場するのでした。
左月「喜多に罪はござらん。何卒この左月めに死を賜りますよう」
基信「やはりお主のからくりか」
左月「喜多はお手討ち覚悟で瓶(かめ)一杯の酒を飲み参上仕った次第にございます」
輝宗「何」
左月「ゆうべ拙者は喜多を呼び、お前の如き未熟者が若の傳約となってはお家のためにならん、粗相をして生き恥を晒す前に逐電してしまえと申し渡しました」
基信「無体な」
左月「さりとて片倉家としては殿のご下命に背くこともならず、板挟みとなった喜多は苦慮の末敢えて殿のご不興を買うべくかかるご無礼を働いた次第」
基信「小癪な真似をしおって!」
左月「何とでも申せ。儂も余りの事に仰天致しておる」
基信「殿、何卒喜多をお許し下さりませ。御前での怪しからぬ振る舞いはご明察の通り忠義心より発したものと心得まする」
左月「左様、忠義心にございまする。ご無礼の段この左月、万死を持ってお詫び申し上げます」
輝宗「…基信!」
基信「は!」
輝宗「明日もう一度喜多を呼べ」
基信「ははっ、有り難き幸せ」
輝宗「但し、素面で来いと言え」
基信「承知仕りました」
左月「…」
輝宗は、立場上表面には出しませんが、喜多を大いに気に入った様子でした。
どうも彼は、義姫といい、男勝りな女性が好みだったようですね。