新プロジェクトX 薬師寺東塔全解体修理 祈りの塔1300年の時をつなぐ | タクヤNote

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元mixi『東大寺』『南都七大寺』コミュニティ管理人で、
現在は古都奈良の歴史文化の紹介、
アメーバピグや、配信アプリ『RIALITY』で知り合った人の
アバターの絵を描くなどの自作イラスト紹介をしています。

8月31日のNHKの『新プロジェクトX』で、平成21年から12年間にわたって行われた大事業、薬師寺東塔全解体修理が取り上げられたので、主に奈良の古寺院を紹介するこのブログでも緊急寄稿として記事を上げます。

 

 

 

 

 

NHKのプロジェクトXは産業・文化などのプロジェクトに取り組んだ日本人達を取り上げるドキュメンタリー番組で、2005年で5年間の放映を一旦終了させましたが、今年4月から『新プロジェクトX』として第二期がスタートしています。

これまで番組はプロジェクトを紹介する内容で、技術的な解説が多いという印象がありましたが、今回の薬師寺東塔全解体修理を取り上げた回では技術的な話より、プロジェクトに携わった人物について語るというヒューマンドラマ色が強い内容となっていました。

 

番組のメインゲストとして出演をされたのは、宮大工の石井浩司氏。

 

 

番組を視聴している人のほとんどは『石井浩司』のことを知らなかったのではと思いますが、実は小生はこの石井浩司氏を以前にもこのブログで取り上げたことがあり、名前はよく知っていました。なので石井氏が番組に出演されたとき、ちょっと気持ちが動きました。

 

岡山の工務店のせがれだった石井氏は、薬師寺宮大工の棟梁、西岡常一氏の元に修行に出されて奈良に来られました。薬師寺白鳳伽藍の再建事業の棟梁として名を残すのが、宮大工・西岡常一氏。西岡氏は建物だけでは無く江戸時代までには廃れていた『鐁』(やりがんな)、『釿』(ちょうな)と言った古代の大工道具や、それらを使いこなす工人と、古代の技術の復刻まで行った伝説の宮大工として知られ、宮大工の間では“神”、“鬼”とまで呼ばれ尊敬を集めています。

 

 

小生は西岡常一氏について、このブログでは2020年3月20日3月25日の二回の記事で、西岡氏を取り上げたドキュメンタリー映画『鬼に訊け 宮大工 西岡常一の遺言』のプレビューというスタイルで紹介をしていまして、その映画にインタビュー出演を石井氏がされていたのです。短いインタビュー内容ではありましたが、小生が石井氏をブログに書いたことが理由か、新プロジェクトX放映時間に石井氏のことを書いた記事がアクセス数解析でものすごくアクセス数があったのです。

 

 

映画に出演をしていた当時の石井氏はプロジェクトXよりずいぶんお若かったようです。映画当時はまだ西岡棟梁の元で仕事をされる宮大工のお一人でしたが、石井氏は東塔全解体修理の中心を担うまでになられたということですごいなと思いました。

 

 

まず薬師寺東塔について書きますが、白鳳時代創建とされる薬師寺、かつては荘厳な七堂伽藍が立ち並んでいました。

番組では「ほとんどの伽藍は戦国時代に焼失した」と紹介されていましたが、実際には平安時代の火災によって主要な伽藍は既に焼失をしてしまっていたようです。その後規模を小さくして再興がされたものの、戦国時代の享禄元(1528)年の戦火によって、残ったのは東塔と鎌倉時代再建の東院堂、他から南大門跡に移築されている室町時代築の四脚門だけとなってしまったのです。

 

 

白鳳伽藍の再建で薬師寺は多くの宮大工が仕事をしていましたが、いずれも新築か後世の再建。白鳳時代から今に残る東塔、日本最古級の文化財の解体修理は、これまでの仕事とは訳が違っていたのです。

プロジェクトXでは石井氏の入門当初からの経歴を紹介、若い頃はロックンローラーの矢沢永吉を好んだということで、『黒く塗りつぶせ』をBGMにその人となりを番組では紹介をしていました。

西岡棟梁の元で技術を積み重ねた石井氏に対して、西岡氏は告げたのは「創建当時の工人の心になって仕事をしなさい」という言葉でした。西岡棟梁はこの言葉を残して他界、「技術的なことはわかるけど、“心”とはどういうことだ?」と、石井氏はこの謎に長年向かい合うことになるのです。番組はこの「工人の心」がキーワードとなって進んで行きます。

 

番組では石井浩司氏の他に、心柱の修復を担当された元奈良文化財保存事務所の修理技術者であった松本全孝氏も出演されていました。

 

 

心柱は塔の中心に通された柱。基礎から頂部の相輪まで貫く建物を維持する最も重要な柱なのです。外見はそれほど欠損は見られなかったのですが、基礎から離して持ち上げると現場関係者からどよめきが。直径90センチメートルのその底部は、シロアリに喰われ何と奥へ約3(2.7)メートルにも及ぶ空洞となっていたのです。このことはニュースとしても大きく取り上げられました。

 

 

こうなってしまうと柱を短く伐り接ぎ木をして修理するしか無いところなのですが、東塔は国を代表する文化財建築である上に、その心柱はブッダの肉身である仏舎利を納める信仰上でも最も尊い部材。

古材を遺すことを宮大工の経験でたたき込まれていた松本氏は「伐るべきでは無い」と考え、柱を伐らない方法を模索します。そして、朽ちた木を最小限に削った上で、その空洞にすっぽりはまる木材を用意し、削った心柱をキャップのようにかぶせるという異例の工法を取る決断をするのです。

 

 

その方法を取るためには、心柱内部から朽ちた木をミリ単位で正確に削らなくてはなりません。心柱の直径は90センチと、内部の空洞は人が一人入るのも大変なほどの狭いスペース。松本氏はその中にただ一人入って精密な作業を行わなくてなりませんでした。松本氏はそんな過酷な作業を約1年間も続け、そのために食事を制限して減量をしたり、ずっと歯をくいしばっての作業で奥歯が割れたというエピソードも番組では取り上げていました。

 

 

また、番組は塔の頂部、九輪のてっぺんに載せる『水煙』の復元作業も取り上げていました。水煙は仏塔の頂点に設置される火炎状の装飾金具。これまで東塔の頂部に設置されていたのは創建当初からの水煙で、塔を雷や火災から護るための魔除けとされています。

 

 

本来なら解体修理が終わればまた塔に戻されるはずだった創建当初の水煙なのですが、調査で数十ヶ所に亀裂が見つかるなど損傷がはげしく、もはや修復で屋根の上に上げられる状態では無いと判断されました。

結局修理の終わった東塔には新調された水煙を取り付けることになり、新たな水煙が製作されることになりました。そしてその仕事を引き受けたのが富山県・高岡市。『高岡銅器』の名で知られる伝統的な鋳物の生産が盛んで、これまでも多くの文化財復元にも貢献をして来た経緯があります。

石井浩司氏、松本全孝氏に続く番組で取り上げられた技術者は高岡の銅器製造業・梶原製作所の社長で伝統工芸高岡銅器振興協同組合の理事長だった梶原壽治氏です。

 

 

高岡銅器の組合はかつて、法隆寺金堂の釈迦三尊像の限りなくオリジナルと同じ複製を製作する『釈迦三尊像再現プロジェクト』に携わり、その功績が認められての今回の発注だったそうです。

今回も『オリジナルと完全に同じ複製』という難易度の高い仕事に、梶原氏は高岡の15の銅器業者に協力を呼びかけて分担で水煙の製作を開始しました。

製作はは平成30年から一年かけられ、3Dの最新技術によって製作された原型、オリジナルと同一の銅合金の配合の分析、そして長年の風雪によるオリジナルの現在の色の再現と、高岡銅器の技術の粋を尽くして水煙は製作されたのです。

 

 

 

鋳込みには薬師寺の僧侶による法要も行われたようです。平成31年には納品が行われ、3月には薬師寺で新旧水煙の両方が間近で見れる特別公開も行われています。

 

 

 

そして番組は宮大工の石井氏の奥様、幸代夫人の話になりました。

多くの技術者達が携わり東塔の解体修理は進められていましたが、その中心を担っていた石井氏の仕事もまた甚大。東塔を構成する部材の数は1万3千、その一つ一つを確かめて、痛んだり朽ちた部分だけを削って埋木で補修する。それは気の遠くなるような手間のかかる作業の連続でした。

 

 

それらの部材を見ている内に気づいたことを、石井氏は番組の中で写真パネルを指さして語っておられました。

「自分ならばちょっとずつ削っていくようなところを、切り口が一撃でズバッと伐られている。失敗したくない、自分の仕事をよく見せたいと思うならば慎重になるところなのに、その仕事は思い切りがあまりに良すぎて迷いが無い。大工のエゴが東塔の部材の残された仕事には見られない」

 

 

これは西岡常一氏の著述を読んでも「自分の大工の先生は法隆寺の建物」とあったように、大工には独特の感覚があるのです。それは大工は鑿や鉋を使った木の跡を見て、その仕事をした大工の仕事ぶり、時には性格や心情までもを察することが出来る。その仕事の跡を見て棟梁は大工にアドバイスをするのです。

それは千年前の工人に対しても同じであり、文化財となっている建物の木材に残された仕事の跡を見ると、関わったはるか昔の大工の技量だけで無く、その心情まで読み取ることが出来るというのです。だから、古建築は古代からの仕事のデータバンクであり、大工は鑿や鉋の跡を見て古の技術を学ぶと言います。

石井氏もまた同じ感覚で、古の大工の仕事の跡から、西岡棟梁から言われていたその心のヒントを読み取ったのです。「良い仕事をして、評価されたい。後世に自分の仕事を残したい」そういう気持ちで仕事をしていないのなら、いったいどういう心で仕事をしていたのか、石井氏の古の工人の心の探究は続いていました。

 

そんな多忙を極めた東塔の工事の最中に石井氏に届いたのは、突然の幸代夫人のがんの知らせでした。既にステージIVで、おそらく末期だったのでしょう。

以前から石井氏の名前は知っている小生でしたが、それは映画の中の短いインタビュー程度で、このような詳しいご家庭の話を知り正直驚きを覚えました。

 

 

幸代夫人は石井氏の8歳下、常時仕事の無い宮大工の夫に代わって、フルタイムの仕事をして家庭を支えたそうです。それは古い寺社が好きだった幸代夫人は石井氏の仕事に対して誇りを持ち、影で支えることで薬師寺修復に貢献出来ていることを幸せであると語っていました。

 

 

そんな家庭の妻として、宮大工の仕事の理解者として石井氏を支えてきた幸代夫人のがんの知らせに愕然としながらも、石井氏は東塔解体修理の仕事には変わらず打ち込み、家では妻の闘病を支えるという生活をするようになりました。仕事に精を出したのは仕事に対する使命感もありましたが、ステージIVのがんの前に出来ることが無い、どうすることも出来ないという気持ちの行き場が無かったからだと、番組で石井氏は話されていました。

そして、その行き場の無い感情の中で石井氏は一つの考えが浮かんだそうです。

 

薬師寺が建立された時代は、病疫や天災で民は不安で溢れていました。今のような科学が発達していなかった時代、薬師如来に祈ることが疫病蔓延に打ち勝つ唯一の手段と考えられていた。石井氏は今の自分のようなどうにもならないことが古代の人々にはもっと多くあって、薬師寺は民衆の心の拠り所になったのでは無いか。そして、薬師寺の部材に残された迷いの無い仕事の跡には、世の中を良くしたい、国家安寧のために塔を建てるという祈りが込められているのではと思うようになったのです。

 

番組でのこの話を聞いて、小生は最後の棟梁・西岡常一が座右の銘としていた『法隆寺宮大工 口伝』を思い出しました。法隆寺宮大工の家に代々伝えられている、宮大工が持つべき心得で、全部で十項ある口伝のその最初にあるのが下の文言です。

 

一、神を崇めず仏を敬礼せずして伽藍社頭を口頭にすべからず。

 

神仏への信仰を持たずに、神社仏閣を語るな。西岡氏はかねてから「舎利を祀る仏塔とはお釈迦様そのもので、お堂は仏像を納める厨子と同じ。寺院の建物はただの建築物では無くそのものが信仰の対象」と語っていたと伝えられます。石井氏に遺言として残した「古の工人の心になって」で、石井氏がたどり着いた答えは、いかにも西岡棟梁らしい考えだと思います。

僧侶が読経するように、信徒が写経を書くように、宮大工は鑿を振ることが祈りである。宮大工の仕事は普通の建物建設の仕事では無く、そのものが宗教活動なのである。その気持ちを持つことが古の工人の心。よい建物を造って評価されたいなんて考えなど無く、ただ世の中の安寧を祈って木を伐った、それが石井氏が東塔で見た古の大工の仕事の跡だったのです。

 

そんなたくさんの関わった技術者のたくさんの想いを乗せて、東塔の全解体修理は令和3年2月に竣工し、コロナ禍を挟んで令和5年4月に晴れの落慶法要が営まれました。

 

 

東塔の解体修理の終了を石井氏から伝えられた幸代夫人は、石井氏が修理をやり遂げて再びその美しい姿を見せた東塔を見届けるように、51年の生涯を終わらせたのです。

 

そして、番組は修理に関わった技術者達のその後を紹介して終わりました。

心柱の修復を担当した松本全孝氏は奈良文化財保存事務所を定年退職し、地元の吉野で寺社修復の工房を開業されました。人生の最後まで人々の信仰の場に寄り添い大工の仕事をしたいと考えてのことでした。

 

 

そして、大仕事を終わらせた石井浩司氏。その石井氏の家に一通の封書が届いたのです。宛名は幸代夫人で送り主は薬師寺、東塔修理事業勧進の写経を納付したお礼でした。幸代夫人は生前に写経を薬師寺に納入をされていたのです。

 

 

その写経について石井氏は次のようにインタビューで話されていました。

「願文は東塔の無事落慶もあるけど、おそらく僕のことを書いてる。もう自分はこの世に何の未練もないけど、あなたを一人置いていくことだけ心残り」

そして石井氏もまた幸代夫人の月命日に、写経をされておられるのです。

 

 

 

番組は一人の宮大工の深い祈りの心を追いましたが、東塔に納められた写経は合わせて十万、その一つ一つに深い祈りが込められているのです。1300年の歴史の中でそんな無辜の祈りが無数奉じられていて、その建物を通じて重くて深い人々の心が積み重なっている。それが薬師寺なのだと番組はメッセージを伝えていました。

 

 

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