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Luke & Soleil Company

Never let the light of hope fade in your heart!

いつも感じていることがある。

medical news letter を見るにつけ、○○が何々を改善した・・・

確かに良いことなのだろう。でもだからといって体全体で見たら、

それ程に大きな寄与ではなかったりもする。

特に新薬の登場はその副反応を見定めなくてはならない。

薬は万人に同様の効果をもたらすものではない。

元々は毒には毒をもって・・・のように、

私たちのような門番が必要なものだから。

翻って、世間のメディアも断片しか伝えられない事実を認識しておきたい。

進んで暗い気持ちになる必要はないと思うのだが。

治る前にカサブタを剥がすことを繰り返すのは愚の骨頂。

何事も体系的に、あるいは木ばかりではなく、

森を見ることを忘れないでもらいたい。





iPhoneからの投稿
大学時代のフランス語のテキストを引っぱり出して

その時の記憶をたどっている。

やはり、英語より難しいような気がするのだけど、

英語よりはるかに情感を表現できるところがまだ、日本語に近いかもしれない。

(勝手な思い込みかもしれない)


英語もイディオムやらは覚えなくてはならないけれど、

使い手によって限定される単語などがある。

これらは身分によるものなので、私たちには馴染みがないので覚える必要がない。

しかし、逆に少ない言い回しでそのシチュエーション、シチュエーションで

イントネーションの違いなどから読み解かないと、とんだ勘違いをしてしまう恐れもある。

そういう意味では慣れによる感覚を持つまで、英語も難しい。


なんでも規則や法則を作ってまとめようとする説明(つまり、文法)もあるけれど、

基本は、そのときそのときの発語を丸暗記するのが、やはり王道なのかもしれない。

もともと、ハキハキとしゃべるのが得意でないので、

フランス語の発音にはちょっと自信がある(←ホントカァ~?)・・・笑

学生時代、リバイバル上映していた"Garçon!"を友達と見に行った。

Yves Montandをはじめ、大好きな名優たちが脇を固めていて、

すごい興奮し、フランス語を学ぶモチベーションになったのを覚えている。



以前、私がこの仕事をしている関係から、

Julienが多くの質問をしてきたことがある。

そのどれもが、私が今まで教えてきた医大生たちから受けたことのないような

ホットで意を得た的確な疑問だったことが度々ある。

殊に皮膚科関連と栄養学に関しては年齢を疑いたくなる程、

詳しかったのには驚かされた。

また、自分の知り合いのスペイン人医師を紹介してきたり、

フランス人医師が著した食事療法の専門書のPDFファイルをメールで送ってきたりと、

関心の深さがとても一般人とは思えないくらいに深いものだった。


なぜ、医師を職業として選ばなかったんだ?

あるいは他の医療関係の職でもよかったのでは、と問うと、

「自分は頭が悪いし、数学や物理が苦手だったから・・・

 それと何よりお金がなかったから」

医師になってからは、ほとんどが臨床に入るので、

数学や物理が必要なのは、初めの実習くらいまでで、

あとはほとんど使わなくなるのだけどね。

それだったら、関心の強いホメオパシーはどうなんだい?

「最低でも看護師の免許が必要だし、Lukeが仮にやるとしても、試験があるんだよ」

Wow!! それは厳しそうだ^^;

でもそれだけ知識を持っていて、そして関心が強いのに勿体無いよ。

今からでも遅くないから医師になったらどうだ?

経済面でも援助できるだろうし、苦手な勉強も僕が教えてあげられるだろう。心配するな。

などと話したことがある。

(言葉の壁があるはずなのに、ここではもう壁を感じていない自分がいる)


先週、今週と就業のためのアセスメントテストを受けていたらしい。

一昨日、連絡をもらった時には、

「Luke!テストをパスしたら、看護師の資格を取るために学校に行きたいんだ。

 お金は大丈夫だよ。両親の家から通えばなんとかなるし・・・

 だからなんとしても、このアセスメントテストをパスしたいんだ。

 そしたら将来、Lukeのアシスタントができるかもしれないよ」


私は素直に喜んだ。

スペイン語の教師の職を捨て、人生をやり直そうとしている一人の若者が、

この数ヶ月間、必死にもがいてひとつの回答に漕ぎつけたみたいだ。

その間のアップダウンをそばで見ていて、励ますことしかできなかった。

しかし、Julienが自己否定することをすべて聞き、その否定をさらに否定した。

つまり、そのままが自然だということを肯定しながら、言い聞かせた。

私は、過去の罪ほろぼしを、今しているのかもしれない。

いつも、もう一人の自分が生き別れた幼い弟のことを思い出している。


会ったことのない、異国の人間と出会い、

互いの母国語ではない言語で、9500kmの時空を超えて、

なぜこんなにもこころが通じ合うのだろうか。


私は偶然という言葉が嫌いだ。必然という強引さも好きになれない。

当たり前のことが、当たり前に起きているんだと感じている。

でも何よりも嬉しかったのは、前向きに決断し、

生き生きとしていることを感じられたことだ。


Julien は、私に会いたいという。

できることなら、私もそうしたい。

しかし、神さまはまだその時を教えてはくれない。