小善は大悪に似たり、大善は非情に似たり | コーチが聴く!自分で地図を描く人たちの知恵

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~知恵を言葉に ひらめきを行動に~

毎月、古事記塾で学んでいます。

私にとっての昨日のキーワードがタイトルの言葉でした。

稲盛和夫さんもオフィシャルサイトのフィロソフィで書かれていますし、ビジネスの文脈でよく語られる言葉かもしれません。

が、子育てにも通じるなぁと思いました。

 

この言葉の意味は、塾の師匠である今野華都子先生のfacebookから引用をさせていただきます(facebookのアカウントのない方にはリンクは見られません。すみません)。

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「小善は大悪に似たり、大善は非情に似たり」

この意味は、「自己の満足のために行う小さな善行(小善)は、それが善意から発したものであっても、

結果として人を傷つける(大悪)のと変わらない場合がある。

それに対して心から相手の幸せを考えて行う善行(大善)は、場合によっては厳しい言葉や突き放した行動を伴うため、

情け容赦のない態度(非情)と誤解されることがある。」というものです。

 

もちろん小善の心は、文字どおり全くの善意から出てきます。これは素晴らしいと思います。

しかし実行をする際に思いを遠く深く及ぼすことを忘れないようにしたいものです。

 

相手のためを思ってと言っても、自分の都合を優先させていることに気付かないときがあります。

相手への尊敬と、謙虚さを忘れないことを学びあいました。

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私は、子どもが小さい頃、ゲームや携帯電話を周囲に持っている子が増えてきても、比較的遅い時期まで持たせませんでした。

欲しがる子どもが泣いて訴えても、断固として「NO!」を言い続ける…

それは、かなりエネルギーを使うことでしたし、つらさも感じました。

でも、自分に改めて問いかけてみても、これは子どものしあわせを願ってのことだったと言いきれます。

「非情に似たり」は、そんな自分を肯定されたようで、涙が出そうになりました。

 

一方、我ながら小善からの行ないも数知れず。

「大悪に似たり」だったのだなぁぁぁ。

 

反省も後悔もざんげもありますが、最終的に子どもの中で

「お母さんは自分を大切にしてくれた」という想いが1ポイントだけでも上回ってくれれば、それでヨシ!と思います。

 

仕方ないじゃないか、人間だもの。

そんな自分を受け入れることが、育児は育自のエッセンス。

 

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火曜・木曜は仕合わせる一言通信ブログで記事を書いています。