園バス。

 

今朝見かけた情景。

その昔、まだ小さな娘と息子を幼稚園に送迎してくれました。

その子供たちも今は父母になっています。

時の流れを感じるとともに、幼児のいる家庭の日常に仕合わせてくれる園バスに感謝です。

子供たちの健やかな成長を祈らずにはいられません。

 

今日も仕合わせる一言をお読みいただき、ありがとうございます。

<ライター:沢☆一休>(鎌倉愛好家)

昨日、熊本地震の被災地に継続的に支援に入っていらっしゃる
「国際医療NGO ジャパンハート」の活動報告をYoutubeで拝見しました。
※ジャパンハートは、「医療の届かないところに医療を届ける」を理念に
 国内外で活動する日本発祥の国際医療NGOです。(HPより)
 
7月28日に発生した令和8年熊本地震の際、ジャパンハートは、発災翌日の早朝には先遣隊が、
2日目には本隊が支援に入ったそうです。
初動が速い!
 
被災地では24時間継続して、被災された方と同じように避難所で過ごすことで、
近くで様子を観察しながら支援をされるのだそうです。
その活動は、医療チームとして治療にあたるのはもちろん、
避難所の環境整備(段ボールベッドを作る、シャワーやお風呂の設備を整えるなど)まで、多岐にわたります。
それは並大抵のことではない、と想像しつつ聞いていましたが、スタッフの方は淡々と、
“当然のことをしています”というようなご様子で話されていました。
もちろん、現地の様子、被災者お一人おひとりの状況、などにどんどん仕合わせていらっしゃるのが伝わってきます。
(活動報告は、公式Youtubeでアーカイブ配信されています。
 
自然災害が起きた時、すぐに支援に駆けつけてくださることが、被災された方にどれほどの助けになるか、
もはや私の想像などは到底及びません。
心から感謝しつつ、私は私のできることを見つけて、そこに仕合わせていこうと改めて思いました。
できることをできる時にできるだけ…ですね。
 
どうか、熊本はもちろん、自然災害などで被災された方々が、可能な限り健やかに過ごすことができますように。
 
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
今日も一日、ご安全に!
 
〈ライター:斉藤知江子〉

※写真は、動画配信のトップページです

 

昨日、久しぶりに自宅から夕焼けが見えました。

その時の気持ちにぴたりとくる短い詩を見つけました。

 

 夕焼け   高田敏子

夕焼けは

ばら色

世界が平和なら

どこの国から見ても

どこの町から見ても

夕焼けは

ばら色

夕焼けが

火の色に

血の色に

見えることなど

ありませんように。

 

※高田敏子さん(1914~1989)は、日本を代表する女性詩人のお一人。主婦や母親としての日常生活の中から詩を生み出したことで知られ、「主婦詩人」「お母さん詩人」とも呼ばれたそうです。

 

今日も仕合わせる一言をお読みいただき、ありがとうございます。

<ライター:沢☆一休>(鎌倉愛好家)

「花は観手に咲く」

世阿弥(「風姿花伝」より)(後編)



前回は「花は観手に咲く」の意味をお話しさせていただく際に、TVアニメ「ワールド イズ ダンシング」での父(観阿弥)から新たな舞台に挑戦する息子(世阿弥)への応援メッセージを紹介させていただきました。

それは、「お前には限界があるかもしれない。だが人には限界はない」という言葉でした。

当初は今のお前には限界があるかもしれないが未来のお前の可能性には限界はないという意図として父から息子への継承の希望と考えました。

そこで、ふとこの言葉「花は観手に咲く」を思い出して、この意味から鑑みますと、鬼夜叉ではなく、観手(舞を観る側の観客)としての人には限界はないとも考えられるのではと想いました。

お前には限界があるかもしれないが、お前の舞を観た人々に咲く花には限界はないって、感じです。

自分、相手、自分と相手の間、そして場。つながり、広がり、さらに、世代も超えていく。



そういえば、世阿弥は「花」という言葉を、人気、技能、美など様々な意味で用いているようです。

これは私たちも同じよう「彼には花がある」「彼女は花のよう」などと使っていますね。また、ビジネス書では、栄光、名誉、富、発想などにも使われています。

「風姿花伝」にならえば、その「花」を咲かせるためには、運命に身をまかせるのではなく、絶え間ない努力をするしかないということのようです。
しかし、努力すれば求める花をさかせることができるか?というと、そうでもないのが、人生のつらいところですよね。

世阿弥の晩年ですが、佐渡へ流刑されながらも、能への情熱は消えることなく精進していたと聞きます。
そこで、世阿弥は自分の芸は極まったと思えて、全うできたのでしょうか。

世阿弥のようにひとつのことに集中して一生を費やすようなことをするのは、現代ほとんどの人はできないでしょうね。
けれど、夢を追い続ける心は、誰もが持って欲しいものです。

時がたつにつれ、たとえその夢がどんどん変わっていったとしても、その果てしない道を歩き続けていくこと自体が、今を生きる私たちの「花」ではないかと感じます。


仕合わせ愉しんで顔晴ります。

ありがとうございます。


〈ライター:やすもん〉

主催者の「癒しの医療を考える会」は、湘南鎌倉総合病院の小林修三院長が理事長をされています。小林さんは「べートーヴェン・ブラームス・モーツアルトの音楽と病」「モーツアルトで免疫力を鍛えるコツ」などの著作者であり、昭和音楽大学の客員教授でもあります。

この会の主催する音楽会では小林さんの話を聞けるチャンスがあります。             

私はこの湘南鎌倉総合病院で脳梗塞の手術を受けたり、救急車での緊急対応をしていただいたり とお世話になっているせいもあり この会のメンバーになっているので、会が主催する演奏会の連絡を受け取っています。

今回の『身体にいい音楽会』は小林さんが「NADESIKO弦楽八重奏団」の演奏を、宮崎国際音楽祭やサントリーホールで視聴し その優れた演奏を良しとしてお招きしようと企画されたそうです。

 

演奏曲は誰もが聞いたことのあるクライスラーの3曲や、誰でも知っている山田耕筰の童謡メドレー、それにサウンド・オブ・ミュージックメドレーをレベルの高い弦楽演奏で楽しませてくれました。休息の後、小林院長のドクターズトークは「作曲家の病と音楽」というテーマで話され、加えて私たちが健康でいるための必要条件などを伝授してくれました。

 

今回のメイン演奏は メンデルスゾーンが16歳の時に作曲したという「弦楽八重奏曲変ホ長調」でしたが、迫力満点でした。いつもは市民交響楽団や大学のコンサート等アマチュアの演奏で結構満足している私ですが、ソリストやオーケストラの首席奏者を務めるメンバー8人で構成されたこの楽団の演奏に心を奪われました。私が知っていた演奏者は小林美樹さんだけでしたが、思わずメンバー8人の経歴を何度も読み返してしまいました。

プロの生演奏に圧倒された私は、「演奏会は地元の会場で」と決めていたルール(交通費節約のため)を破って、11月にサントリーホールで開かれる「徳永二男80歳記念演奏会」を聞きに行くことにしました。ラッキーなことにまだ残席があってチケットを手に入れることができました。

 

今回の演奏会場はリリスホールでした。

 

 

本郷台駅から徒歩3分の所にあり横浜市栄区民文化センターリリスにあるホールですが 我が家からモノレールとJRを乗り継いで30分~40分で到着できる場所にあります。豊かで美しい響きを誇り、特に弦楽器との相性の良さでは定評がある300席のコンパクトな、私の好きなホールです。

音楽好きの方、一度いらっしゃいませんか?

演奏曲にし合わせてみる・演奏者にし合わせてみるのはもちろんですが、会場にし合わせて座ってみるのも楽しいですよ

(ライター:山口一郎)

「花は観手に咲く」

世阿弥(「風姿花伝」より)



能で有名な世阿弥(ぜあみ)さん。時は室町時代、お父さまの観阿弥(かんあみ)さんと共に猿楽を大成、その後も観世流の能として現代に受け継がれ、「風姿花伝」など多くの芸論書も残されました。

そんな世阿弥さんの少年時代(鬼夜叉)を描いたTVアニメ「ワールド イズ ダンシング」が先日”留メ:能”でお開きとなりました。

限界を感じていた息子(鬼夜叉)に父(観阿弥)が大切な演目を舞うことを許した際に添えた一言が印象的でした。

「お前には限界があるかもしれない。だが人には限界はない」

限界の先の可能性、つながり、希望。

父から息子へのとっても素敵な応援メッセージですよね。



さて、世阿弥さんの名言「花は観手に咲く」ですが、能を観て美しいと思ったり、素晴らしいと感動することを花に例え、その花は能を舞っている演者にあるのではなく、観ているお客様に咲く という意味とのことです。


能を観て感動する、これは体験価値としての顧客価値ですよね。

顧客価値はサービス提供側ではなく、あくまで受け取る方(顧客)が感じるもの。

”お客様に価値を”ではなく、”お客様が価値を”。

に vs が の違いとして言われたりしますよね。

”コミュニケーションは相手が決める”ということでもあります。

とても大切に感じます。


さて、今回も長くなりそうですので、この辺でいったんお開きにさせて頂きたいと想います。

ありがとうございます。


関東では久しぶりに休日の晴れ間が楽しめそうですね。

どうぞ佳い週末をお過ごしください。


〈ライター:やすもん〉

今日は東京都民の日ですね。

都内の公立小・中・高校はお休みになりますし、庭園や動・植物園、美術館、博物館などが無料公開されます。

 

自身が学生の頃は、都民の日だからってなぜに休日になるのか?

他県の人は普通に学校に行っているのに…と、毎年10/1は恐る恐る休んでいました。

なぜに休日?の理由について、都民の日条例には、このように書かれています。

… … … … … 

第一条 東京都民がこぞって一日の慰楽をともにすることにより、その自治意識を昴揚し、

東京都の発展と都民の福祉増進を図るために、都民の日を設ける。

… … … … … 

 

歴史的には、江戸の時代が変わって、

明治元年(1868年)には「東京府」になり、

昭和18年(1943年)に「東京都」になったそうです。

当時の人にとっては、自分が“都民”である、ことに馴染むのには、時間が必要だったでしょう。

 

東京都のお役人さんが、何とか新しい制度に仕合わせてほしい、東京都民であることを楽しんでほしいと、

都民の日を設けたのかな、と想像すると、新しい時代の息吹のようなものを感じられます。

 

さて、東京都になってはや83年。

今日はこぞって“慰楽をともにする”ことに励みましょうか。

 

どうぞあなたご自身に仕合わせて、しあわせな一日をお過ごしください。

いつもお読みいただき、ありがとうございます。

 

〈ライター:斉藤知江子〉

 

 

「だるまさんが転んだ!」という子供の遊びを覚えていますか?達磨さんは何度転んでも立ち上がります。遊びの中では、鬼ににらまれて何度も立ち止まりますが、鬼に動きを見破られない限り、鬼が目をつぶって叫んでいる隙にじわじわと前進し、最後は鬼を倒します。

 

歴史上の達磨大師は6世紀の初め頃、仏教の本場インドから中国に渡来し、経文研究に偏った当時の中国仏教を痛烈に批判したため、数多くの迫害を受けましたが挫けずに瞑想の重要性を体現し続け、やがて支持者も増えて中国禅宗の祖となりました。

 

願掛け人形として今もポピュラーな存在である達磨さんの造形には「心願成就までには多くの苦難が待ち受けているかもしれないが挫けずにがんばれ」というメッセージが込められているものと思います。

 

ダメージを受けて倒れてもいいのです。また立ち上がれば。

最近流行の言葉ではレジリエンス(回復力)でしょうか。

 

でも倒れても復活できるためには、ダメージを受けることは想定し、心身に致命傷を負わないことが大切でしょう。

 

生きていると苦難や逆風は必ず訪れるもの。不幸のパンチをできるだけ上手に受け止め良き経験と割り切れる精神力。それも「仕合わせる力」の一つではないでしょうか。

 

「本当に強い者とは倒れない者ではない。何度倒れてもその度に立ち上がる者である。」と達磨さんが語っているように思います。

 

今日も仕合わせる一言をお読みいただき、ありがとうございます。

<ライター:沢☆一休>(鎌倉愛好家)

私は鎌倉市民なので鎌倉交響楽団の演奏会は視聴していますが、お隣の藤沢市民交響楽団の演奏会に伺ったのは初めてでした。実はこの楽団が演奏会場としていた藤沢市民会館が休館となったために、今回は鎌倉芸術館での演奏会となったわけで、おかげで私にも視聴のチャンスが巡ってきたというわけでした。


 

今回の演奏会の楽しみはベルリオーズの幻想交響曲でした。

 

音楽ですら理屈っぽく背景を知ってから鑑賞するという私は、本当の音楽好きとは言えないでしょうね。そんな私が15年ほど前に図書館で幻想交響曲の解説書を読んだとき是非この交響曲を聞いてみたいと考えてCDを購入しました。でも、あまり感動しませんでした。藤沢市民交響楽団第121回定期演奏会のプログラムを見て、なぜか無性に生の演奏を聞いてみたくなりました。そこで演奏会の楽しみはベルリオーズの幻想交響曲だったというわけです。とても迫力のある演奏で満足でした。特に第2楽章が気に入りました。音はお届けできませんが各楽章の解説文の写真を載せておきます。気になる方がいらっしゃったら、ぜひ一度ライブで幻想交響曲を楽しんでください。

(ライター:山口一郎)

いつ頃からでしょうか。
出かけるときには
マイボトルは欠かせなくなりました。

以前はペットボトルを購入したりもしていましたが、
温かい飲み物を入れていくには
やはり魔法瓶が一番です。


なのですが、残念なのが ”重い((+_+))!!”こと。

350MLを使っていたのですが、
本体の重さを加えると結構な重み(^^;)
結構な荷物を持ち歩く私にとっては
これはかなり重要な課題です。

そこでこの重さを解消するには、と考えた末、
家から目的地の間の2時間弱のため、
と使用場所を限ることにしました。

目的地では補給できるところがあるからです。


というわけで
150MLのボトルにしてみました。


これを使っていると、
「それで足りるの?」と言われます。

確かにこれで一日を持たせようとしたら
ちょっときついと思います。



でも
最大2時間弱の通勤の間だけのためだと
とっても使い勝手がいいです(^_-)-☆

何よりも軽いのとバックのどこにでも納まります。

ちょっとした近所のスーパーに行くときにも
持っていっています。


先日友人に「私もこのサイズのボトルが
ほしいわ」と言われ、

「でしょう~」と言いたくなりました(^^;)


最近は家の中でも仕合せています(⋈◍>◡<◍)。✧♡


東京は33日連続の雨模様とか。

体調には引き続き気を付けて過ごしていきましょう!


<ライター:伊藤惠子>