「解禁(後編)」
先週のお話の続きですが、大好きなコーヒーを解禁しました。
お恥ずかしながらカフェイン中毒に気づきまして、3カ月間の禁コーヒー期間後に久しぶりの一杯をとっても美味しく頂いた次第です。
そして、せっかくなので、時間もかけて準備もして楽しんでみました。
今回はそんなお話です。
想い起せば、半年くらい前(休職中)でしたが、自分がカフェイン中毒かもと気づいたのです。
もう10年以上にもなるのですが、平日は毎日、コーヒーを相棒に仕事に注力していました。
そして、時々でしたが、週末に久しぶりにゆっくり寝て起きてしばらくすると軽い頭痛がしていたのです。
また寝すぎたのかなと、いつものとおりコーヒーを飲んですぐに回復、まったく気にしていませんでした。
そんな感じで、ほぼ毎日コーヒーは飲んでいて、この繰り返しでして、長年ほんとに気にしてなかったのです。
ふとしたことから少し気になって調べたところ、カフェイン摂取量の目安は成人で1日400mgまで(コーヒー約3〜4杯;150〜200mL/杯)。
まぁ普通に飲んでいたらまったく問題にならない量なのですけどね。
ところが私の場合、大好きなコーヒー、当時の会社では美味しいドリップコーヒーがいただけ、帰宅後にインスタントですがまた飲んだり(幸いなことにすぐ眠れる体質でして)、おそらく5-6杯/日以上、確実に1日400mgなんて余裕で超えていました。
想えば、週末の軽い頭痛は寝すぎ等のためではなくカフェイン中毒の離脱症状(いわゆる禁断症状、12-24時間後に発現。少量のカフェイン摂取ですぐに回復)で、ほぼ毎日コーヒー飲んでいたから気がつかなかったんだ、そうかと目が覚めました。
そこで、まずはコーヒーを減量しようと、平日は約2〜3杯/日、次の週に約1〜2杯/日、さらに約0.5〜1杯/日、最後は約0.25〜0.5杯/日へと少しずつ減らしていきました。
そして、休日はできるだけコーヒー飲まないようにするものの、離脱症状(私の場合は軽い頭痛)がでるので、横になったり、少しだけコーヒー飲んだりして、やり過ごしてきました(解熱鎮痛剤ですぐに良くなるのですが出来るだけ使わずに)。
その後、ついに禁コーヒー、他の飲料も含めてカフェインゼロに挑戦。
毎日の離脱症状、私は比較的軽かったと想いますが、最初のころはやっぱりつらかったですね。
ど真ん中の昨年末は離職中のこともあり、なんとかがんばってこれました。
そして、晴れて、コーヒー解禁日。
お昼のジョギングで近所のコーヒーショップで色々な焙煎された豆の香りを楽しんで、お気に入りを購入。
慣れ親しんだおうちコーヒーですが淹れ方も復習して、久しぶりのプロセスも味わい楽しんで頂いた一杯はほんとに格別でした。
大好きなコーヒー、また中毒なんて繰り返すことのないように、しっかりと今回の学びを活かして共に歩んで参ります。
仕合わせ愉しんで顔晴ります。
ありがとうございます。
添えさせていただいた写真は本当に有難いことにお向かいさん宅の見事な桜です。
遠くに観に行くまでもなく毎日たのしませていただいてます。
どうぞ佳い週末をお過ごしください。
〈ライター:やすもん〉
- 前ページ
- 次ページ
新しい年度になり、新生活が始まった方も多いことでしょう。
環境の変わられた皆さま、変わってはいないけれど新年度を新たな気持ちで過ごされている皆さま、いかがお過ごしでしょうか?
仕合わせるの「仕」の字は、中世の頃は「為」の字が使われていました。
「仕」の字に変わったのは室町時代だそうです(角川SSC新書『しあわせる力』より)。
「為」の意味を、白川静著『常用字解』で調べると、
『象と手を組み合わせた形。象の鼻先に手を加えて、象を使役するの意味になる。
「なす、もちいる、つくる、しわざ」の意味に用いる(後略)』
だそうです。
象の登場には驚きましたが、つまり「為合わせる」とは、
私もあなたも積極的に「なしたり、つくったり」することが合わさること、となりますね。
玄侑宗久著『しあわせる力』によれば、その相手は最初「天」でした。
天災の多い日本。天が何を為さるか、それを私がどう受け止めてどうするのか、が大きな意味を持ったのでしょう。
そんな成り立ちのせいか、「仕合わせる」というと、
“相手に合わせてどうするか”、という意味合いを強く感じる人や場面が多いような気がします。
けれど、「為合わせる」も「仕合わせる」も、“自分が「なしたり、つくったり」する”ことが基本だということを、
改めて感じています。
新生活、とまどうことも多いかもしれませんが、自分がどう「なしたり、つくったり」するか、
相手との関係性の中でできることは何か、困った時は「仕合わせる目線」も思い出して、
しあわせにお過ごしくださいませ。
困った時は、あなたに力を貸してくれる人が必ずいることも思い出して、
誰かに「手伝ってください」「助けてください」とリクエストするのも一案です。
1人でがんばりすぎずに、仕合わせていきましょう。
春に三日の晴れなし…雨の多い今週ですが、心には青空を~。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
〈ライター:斉藤知江子〉
今年も筆者の自宅に近い鶴見川河畔の桜並木が満開になり歩道は地元の方、花見に来られた方で賑わっています。
更に今年は嬉しい変化がありました。
桜並木の足元にチューリップや芝桜などの花壇が登場したのです。
しかも地元の5つの保育園の競演という形で。
この小さなプロジェクトを呼び掛けて実現させた方、なかなかのものですね。
参加した各保育園の仕合わせる力も素晴らしいです。
小さな子供たちの輝く目が想像されてほっこりした気持ちになりました。
今日も仕合わせる一言をお読みいただき、ありがとうございます。
<ライター:沢☆一休>(鎌倉愛好家)
『言葉っていうのは、人それぞれ受けとめ方が、それまでの人生によって思い描くことは違うし、
絶望的にズレはあるんだけれども、それを埋めるのも言葉だというのがすごく大事』
~NHK Eテレの番組『俵万智の最後の授業』より~
『絶望的にズレはある』という言葉がとても印象に残りました。
ズレがあることはわかったつもりでいましたが、“絶望的”と言われてみて、
いい意味であきらめがついた感じです。
それと同時に、納得がいったこともありました。
TBSの『プレバト』で、俳句の添削をなさる夏井いつき先生が、
時々「(自分の創った俳句の意味を)読み手が自由に想像してくれる」と仰るのですが、
それでいいのか?と疑問でした。
いくら17音と短い表現だからといって、読み手の想像が、
作り手の思い描いたものとかけ離れてしまう可能性もあるのに、それはちょっと残念ではないのか?と。
けれど、“絶望的にズレがある”ことを受け入れて、それを前提とするならば、
相手に委ねるのもありだなぁと、ストンと腑に落ちました。
仕合わせる力も、“絶望的にズレがある”ことを前提とすれば発揮しやすい、
あるいは選択肢が増やしやすい、のではないかと思います。
絶望的にズレながらも、日々コミュニケーションを取り合っている私たち、よくがんばっていますね!
桜満開、春爛漫、いい季節だねぇと喜び合えるしあわせを味わいつつ、
今日も、ズレながら仕合わせてまいりましょう。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
写真は、桜同様今が盛りのハナカイドウです。
〈ライター:斉藤知江子〉
「解禁」
好きなことを一旦やめていて、ついに再開。
たとえば、目標達成のその日までやめてがんばる、げんをかつぐように、なんて。
そんなこと、ありませんでしょうかね。
私の場合ですが、げんかつぎとはちょっと違いましたが、大好きなコーヒーを断って、そして解禁しました。
実は、お恥ずかしながら長年まったく気づかずカフェイン中毒になっておりまして、3カ月間の禁コーヒー期間後、先週末に久しぶりの一杯をとっても美味しく頂いたのです。
いゃぁ、珈琲って本当にいいですね。
まさに、仕合わせ、とっても豊かな時間を頂けて、本当にうれしかったです。
うがった観方をしますと、この感じはまさに中毒なのかもしれませんね。カフェインおそるべし。
今回、気づいて学んで、そして自由になることができて、本当に良かったです。
3カ月間ものコーヒー断ちとなりましたが、実際には数週間で離脱症状(いわゆる禁断症状、私の場合は軽い頭痛)はほとんどなくなりました。
なので、おそらく1カ月もあれば十分だったはずなのですが、もう少し、もう少し、次に機会があったらいつでも解禁できるしね、と気づいたら3カ月間になってしまった次第です。
ちょうど離職中に大好きなコーヒーをやめて、本当に有難いことに新天地でがんばりつつ試用期間完了間近なんとか目途もついて解禁となりました。
想い起せば、せっかくの機会と気づいて、時間もかけて色々と準備もして、苦しみはおさえつつ楽しんでみたのでした。
と、ここまで書いてきましたが、今回もまた長くなりそうですので、いったんお開きにさせていただき、次の機会に詳細をお話させていただこうと想います。
ありがとうございます。
添えさせていただいた写真は少し前に撮った早咲きの河津桜とメジロ(満腹で眠そう?!)ですが、
ここ数日の雨の中も待望のソメイヨシノが咲きにぎわい(さいわい)つつあるようですね。
どうぞ佳い週末をお過ごしください。
〈ライター:やすもん〉
昔ながらの方法には、驚くようなものがあります。
先日、NHKの『さわやか自然百景 阿蘇山 カルデラと大草原』を見ていましたら、
野焼きの様子が取り上げられていました。
草原に火が放たれ、一面燃えつくされたように見えるのですが、10日もすると、
火に耐えた種や茎からどんどん勢いよく芽が出てくるのです。それはもう、命そのものの勢い。
燃えた後の灰には植物の成長を促す成分があるそうで、野焼き後の野原はあっという間に緑に覆われます。
阿蘇山では牛の放牧がおこなわれていますが、牛のエサとなる草が、野焼きのおかげで豊富に育つのだそうです。
食欲旺盛な牛が必要とする草が十分にまかなわれるという循環。
火に焼かれた後の方が草が元気に育つことを、昔の人はよく気が付きましたよね。
その観察力が仕合わせる力となったのだなぁとしみじみ思います。
一方、問題点としては、野焼きによって生じる大量の煙による大気汚染や、健康被害が指摘されているそうです。
物事、メリットがあればデメリットもある中で、今の時代と状況に仕合わせて、
決まった正解のない中で選択を繰り返していく、ということでしょうか。
どんな願いのもと、何を大切にして選択していくのか、
おおもとのところをしっかり話し合って進んでいきたいものですね。
今日もお読みいただき、ありがとうございます。
桜が見ごろですね。
春には春に仕合わせて、どうぞお健やかにお過ごしください。
〈ライター:斉藤知江子〉
※写真は阿蘇山のものではありません。
2010年、この「仕合わせるプロジェクト」スタート当初から参加させていただいておりました
misya こと宮坂雪里ですが、本日をもってこの一言ライターは卒業いたします。
元々文章をまとめるのが苦手なため、書きたいことは山とあれど、なかなか文章にできず、
毎回うんうん言いながら書き上げておりました。懐かしいです。
仕合わせることに正解はなく、その状況だったり関係性だったりによって変化するのでは?
と思ったりしています。どこがいい「塩梅」か、だれにとってのいい「塩梅」か。
模索し続けることが仕合わせることにもなるのかなと思ったり。
私自身、ここ10日間の間に急に親の介護案件が差し迫ってきて、果たしてどこが
仕合わせる着地点なのか、グルグルと彷徨っております。
そして、模索の日々は続く。
こんな終わり方ですみません。
今日もお読みいただきありがとうございました。
そして、宮坂は卒業しますが、この「仕合わせるプロジェクト」はもちろんこれからも
続きますので是非変わらぬ「いいね」をお願いいたします![]()
(misya こと 宮坂雪里)
先日会社の方とカラオケに行き
久しぶりにデュエット曲を歌いました
デュエットというと
男女の恋をテーマにしたものが多く
音楽劇やオペラ等では
感情の交流やキャラクターの関係性を深める為に使用されるとのことで
その場を盛り上げる為に
相手の目を見て歌ったりしましたが
なかなか盛り上がるものです
盛り上がるといえば
オリンピックのフィギュアで金メダルを取った
りくりゅうペアの関係性が話題になることがあります
好き、付き合う、結婚等の
断定的な表し方ではなく
人としての尊敬、信頼関係、繋がり等
長い時間をかけて紡ぎ出した関係性は
考えも及ばぬ様々な仕合わせることから
成り立つものなのだろうと
他人事ながら、感慨深く思った次第です
そしてそれは
回りが決して想像できないような
短いながらも歴史があり
それは他人が判断するものではなく
そのものたちの世界なのだろうと。
だからこそ
最も美しく『魅せる』ことができ
世界中に感動を呼び起こしたのですね
〈ライター:小川陽子〉
皆さんはこの連休をいかがお過ごしでしたか?
私はどこも混雑しているので
よほどのことがないと出かけずに家で過ごします。
が、
この連休の最終日、
金継ぎを体験してきました。
何年も前から興味はあったのですが、
中々その機会に恵まれませんでした。
今回は私の誕生日に
娘たちが体験コースをプレゼントしてくれました。
このコースでは本物の漆を使っていません。
割れたかけらをつなぎ合わせて
きれいにサンドペーパーで滑らかにして、
金でデコレートします。
時間にして1時間半くらいです。
が、本当の漆を使う場合は
体験といえども5回から10回かかるとのこと。
そうだろうなぁ~と想像固くありません。
壊れたもの、古くなったものを「リメイク」するって、
昔は当然のことだったのかもしれませんが、
今はモノのあふれる時代
どんどん作ってどんどん消費して・・・
手をかけて作られたものも
人の手を素通りしていくような・・・
傷んだものや壊れたもの、
穴のあいたものなどを丁寧に直して
また新たなものにして慈しむ。
そのためにはゆっくりした時間が要るなぁ~と
改めて感じました。
どちらかといえば、
修理や繕いが好きな私にとって
誰かに教わりながらの金継ぎした時間は
モノと仕合せる楽しい時間でした。
もうすぐ桜も満開🌸
4月に向けてみなさま
どうぞ英気を養ってお過ごしください🍀
<ライター:伊藤惠子>
春分の日から始まるこの連休
みなさまはいかがお過ごしでしたか。
私は久しぶりに青森から来た友人に会いに
東京駅に行ってきました。
八重洲の地下街などは相変わらずすごい人込み!!!
でもそれ以上にびっくりしたのは駅構内。
写真の東京駅の案内の黄色い部分は通路なのですが、
その通路の床が見えないくらいの大混雑!!!
大げさな???というかもしれませんが、
私の感覚はそういっていました(;'∀')
通勤のチョー満員電車ならぬ満員通路!!!!
人々はみなキャリーケースを一つ、二つ、三つ?と
引きながら足早に行き来しています。
もう、流れに逆らうことも怖いくらいの混雑!?
でも考えてみたら日本中、いや世界中から
これだけの人が東京駅を通過していく。
すごいことだと思いました(^^;)
大混雑と仕合せたのか、
たくさんの人たちがそれぞれの想いを抱いて
東京という駅を通り過ぎていく、
その瞬間に立ちあえた・・・
そんな気がしました。
私は久しぶりの友人との時間を楽しんできました。
ただ、花粉も仕合せたいらしく、困りものです(^^;)
<ライター:伊藤惠子>













