昨日は我が家の3軒先のお宅からお引越しのご挨拶に来られました。

ちょうど商店街との角のお店兼家が売りに出されていて、
改装されていたのは知っていました。

赤ちゃんを連れたご夫婦で、
つい最近まで我が家から自転車で5分くらいのところで
可愛いカフェを営んでいらしたとか。
奇遇にもその女性のことは
以前知り合いの学校の教頭から聞いていました!

私は残念ながらお目にかかれなかったのですが、
夫が年寄風を吹かせて
なにやらこのあたりの話をしたようです。

最近見慣れない若い女性が
ご近所の年配者とお話ししているのを
見かけたのがそのご家族だったのかもしれません。



古い住人の住む我が家のあたりでは
若いご家族が何軒か引っ越しされて
世代交代があることは嬉しいことです。


個人情報何とかで引っ越ししても
近所に名乗りを上げられない方も
増えてきたとも聞きますが、

自然災害がいつ起こるやもしれない昨今、
やはり近くに在る人たちとは
仕合わせて生活できたらうれしいと率直に思います。

今度ゴミ出しなどでお会いするときには
ご挨拶できたらうれしいなぁ~
(写真はお引越し祝いのお饅頭♡)

今日もお読みいただきありがとうございます。
〈ライター:伊藤惠子〉

 

昨夜のNHK「探検バクモン」で、アーティスト集団チームラボ代表の猪子寿之さんが、日本画と西洋画の違いについて語っておられました。要約しますと、
…   …   …   …   …
日本画は西洋画とは違う論理で描かれている。
西洋画は遠近法により、近くのものはピントが合って仔細に、遠くの景色はぼんやりと描かれています。
対して日本画は、近景も遠景も同じようにハッキリくっきり描かれているのです。
遠くから眺めても、近くに寄ってじっくり見てもいい。視点の移動が自由です。
言い換えれば、境界があいまい。自分と自然が一体。
昔の日本人は世界をこのように見ていたのではないでしょうか。
…   …   …   …   …
確かに、昔の人が描いた絵巻物を見ると、遠くから見れば全体の風景を味わえますし、アップで見れば人物の表情や服装、建物の様子などまではっきりとわかります。
見る人がどの距離から眺めても、思う存分味わえる仕組みです。
対して西洋画では、その絵の良さを堪能できる距離は日本画よりずっと限られる感じがします。(どちらが良い悪いではなく、「違い」です)
 
「昔の日本人が見ていた世界観」を表す日本画の特徴が、視点移動の自由さだとは、目からウロコの視点でした。
この感覚を味わえる工夫が、現在森ビルデジタルアートミュージアムで開催されている「チームラボ ボーダレス」のイベントではこらされているのだそうです。
発想を形にする力のすごさに圧倒されますが、これも「チーム」で仕合わせてこそのお仕事なのかもしれませんね。
 
NHK探検バクモン「世界が注目!日本のテクノロジー×アート」は7月25日(水)と午前4時02分~午前4時30分に再放送されるそうです。
もしご興味があったらぜひご覧ください。
 
〈ライター:斉藤知江子
 
写真は、NHK探検バクモンのサイトのスクリーンショットです。
 

 

ワールドカップの盛り上がりとはうらはらに西日本の歴史的な豪雨災害とその後の猛暑で大変な思いをされている方々に心からお見舞い申し上げます。

同じ時期、私たちに悲喜こもごもの感情を抱かせてくれたものに「タイ洞窟救出事件」がありました。

ご存じの通り25歳のコーチ1名を含む少年ら13名のサッカーチームが洞窟に閉じ込められた事件です。

行方不明になった彼らは9日目に洞窟の奥の奥で発見されました。
その間の彼らやご家族の心情は想像を絶するものです。
真っ暗闇で、食料も酸素もなくなっていく中で、おそらく全員が死を覚悟したと思います。
普通だったら耐えられるものではありません。洞窟に入った原因が「メンバーの誕生日を祝うため」だったということで、そのことを悔恨する気持ちもあったと思います。
感情的になったり、仲間割れしたり、一か八か脱出を試みたり、不安と恐怖から気が変になることだって十分あり得ます。

ところが聞こえてくるニュースの範囲では、発見当時、痩せてはいたけれど、取り乱した形跡はなく、淡々として、全員が無事でした。中にはカメラに向かって合掌して微笑む子もいました。
このことは単に「彼らの強い精神力によるもの」、ということでは説明しきれないと思います。

これぐらい究極のストレスになると精神力より信仰力ではないでしょうか。
タイは仏教国として有名ですが、子供の頃から「自分は死んでも終わりではない」という仏教の思想が身に着いているものと思われます。だから今回も修行の一環として捉え、平常心でいられる。迫り来る死とも仕合わせ、淡々と受け容れることができたことで却ってよい結果になったのではないでしょうか。

発見後の救出劇もドラマチックでした。映画になったら是非観たいものですね。

今日も仕合わせる一言をお読みいただき、ありがとうございます。

今年はあんずを買った。あんずの旬はとても短いので逃したら大変とお取り寄せしてしまった。
ゴロゴロと箱にいっぱいのあんずを見ているとかわいくて幸せな気持ちになる。
 
 食べ物の旬について、それを意識するような環境にいままでいなかったので、わからないし知らないことが多いと思う。
でも国産の!と銘打ったフルーツには未だに旬があるのだなと気づかされたのは、梅仕事をはじめてみてからかもしれない。
果物や野菜は輸入品が多いので、スーパーや店で見ても旬がわからないのだ。
 
 そんな中で意識しないと出会えなかったのが生のあんず。あんずの旬は6月の終わりから7月にかけて、ほんの3週間ほどだ。
 今年はちょっと多めにして、普通のものは半分コンポート、半分ジャムにすることにした。
箱を開くとまだかたいものが多かったが、フワーっといい香りが漂ってくる。
 
そして今回知った生の食用のものを食べてみる。
おいしいのだけど、あのものすごいすっぱさがなくて不思議な気がした。すっぱくないのであんずじゃないような気もした、というのが最初の印象。
 
コンポートは初めて作ったのだが、半割のきれいなオレンジが並ぶ様は、なんともいえない満足感があった。
きれいなオレンジのジャムは期待通り甘酸っぱく、既にうちの食卓にのっている。
何日か置いたほうがよいというコンポートはできあがりを待っているところだ。
どちらも基本はあんずと砂糖だけ。
 
買うのもよいが、たったこれだけの出会いでひとつのおいしいものができあがる自然の仕合わせってすばらしいなと思う。
 
〈ライター:江口かずみ〉
 

日曜夕方5時半からのお笑い番組「笑点」

いつも楽しみにしているこの番組の終身名誉司会者、桂歌丸さんが、ご著書「歌丸 極上人生」で笑点の長寿の秘密を明かされています。

…   …   …   …   …

よく笑点の長寿の秘密は何ですかと聞かれます。

第一に、舞台へ出るとあたしだろうが山田くんだろうが、メンバーの立場はみんなおんなじ、その代り楽屋では、先輩、後輩という「上下の関係」をよく心得え、みんな「和」を大事にしてることなんです。

(中略)

あたしが五代目の司会者に決まったとき、記者さんから「笑点をどう変えるんですか?」とよく質問を受けました。

そのたびにあたしは、

「出汁は変えませんよ。変えようとするから失敗するんです。自然に変わるのを待つ、無理には変えません」と答えました。

あたしが司会をやった当初(平成十八年)と今と見比べてごらんなさい、ずいぶん笑点も変わったはずです。

それは意識して変えたんじゃない、自然に任せたからなんですよ。

あたしはそれでいいと思うんです。

…   …   …   …   …

なんと仕合わせていらっしゃることか。

大喜利では、さかんに歌丸さんをいじり倒していた六代目三遊亭圓楽さんが、笑点の歌丸さん追悼特番の最期に「じじい!早すぎるんだよぉ!」と、まるで歌丸さんに呼びかけるように叫んで、手ぬぐいで涙を拭っている姿には、笑いながら泣きました。

 

仕合わせる見本のような人でしたね。

朝から見送る話でなんですが、忘れたくない人です。

 

今日もお読みいただき、ありがとうございます。

しあわせに仕合わせて今日一日もどうぞお元気でお過ごしください。

 

〈ライター:斉藤知江子


 

写真は、「歌丸 極上人生」の表紙の上半分です。

今回の西日本豪雨被害に遭われた皆様 お見舞い申し上げます。

今日も又暑くなりそうです。1日も早くホッとできる状態になりますように。

 

そんな大変な状況を更に混乱させるようなデマが拡散されており、やるせないです。

 

現代人が1日に得る情報量は、江戸時代の人の1年分とも、一生分とも言われているようです。

とにかく、自分の感覚から考えてみても多い事は間違いない。その情報も、玉石混淆。

 

だからこそ情報と仕合わせて、取捨選択していきたい。


情報の出どころを調べたり、信頼できる人が発信しているものなのか確認したり、

内容を鵜呑みにするのではなく少し違った視点から再考してみる、とか。

 

私も、気をつけます。
(上記の「江戸時代の人~」も、10分程調べてみたのですが出どころ見つからず。こういう事が多そうです。)

 

今日もお読みいただきありがとうございました。

 

(第2・第4水曜日 ライター 宮坂 雪里)

 

自分に正直に生きることと、仕合わせることとは、相反するのではないか?と時々聞かれます。
からの引用をまずご紹介しましょう。
…   …   …   …   …
〈正直という戦略〉の節より
 
「自分の考えで、人と関わっていきたい」(中略)
これは、自分や他者の意志に鈍感になることで、人と和合していく生き方とは、似て非なるものだ。
そこに私の考える自由はない。
自分の想いを殺して表面的な結果を得ても、それは相手をうそで操作しているだけで、内的な満足にはなり得ない。
自分の偽らざる想いを発現させることが、結局は相手に対しても誠実であり、それが相手の心に響き、相手の潜在力を揺り起こしたときにのみ、本当の満足が得られる。
そこに人と人が通じ合う歓びがある。
 
…   …   …   …   …
時に、人は自分自身の正直な想いに気付かずにいることがあります。
気付かないでいる方が楽なことすらあります。
けれど、自分の想いに正面から向き合い、相手の想いに目を向け、自分の想いを外からも見て、
過去から未来、周囲の人、色々な要素に想いを巡らせたうえで初めて、自分も人もしあわせに「仕合わせる(しあわせる)」準備が整うのではないか、と思います。
 
そんなに色々なことに目を向けるなんて、面倒だ、と実は私は思います。
一人で頑張ろうとすると面倒に感じがちですが、人と一緒に取り組むとこれがステキな体験になることを、山田ズーニーさんの文章講座で実感しました。
 
お手軽に仕合わせるには、仕合わせ筋の筋力トレーニングという鍛錬が必要かもしれません!
 
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
 
〈ライター:斉藤知江子
 
 

NO.1618

雨の続いた後の晴れの日、

自宅から駅までの道で青い金属色の動くものが目に飛び込んできた。

よく観察するとヤモリのようにも見える。

 

しかし、胴体は茶色なのにしっぽだけが青く光っている。

きれいだ。

青が冷たい人工的な色にも感じられて不思議でならない。か細い体で動き回っている。

 

すぐに写真に収め、スマホで検索してみたら

「ニホントカゲの幼体」だった。あのきれいな青いしっぽは、幼体のうちのみらしい。大人になると茶色に縞模様になるそうだ。

 

それにしてもなぜあんなに目立つ青いしっぽなのだろう?

ニホントカゲの天敵は鳥。

天敵に捕まったら自らの尻尾を切り離し逃げる行動「自切」をするのが特徴。天敵に目立つようにあえて青色にしているのだろうという説が一般的だ。

 

目立たない色の方が助かるんじゃないかと思うが、あえてしっぽを目立たせ生き残る作戦をとっているということ。彼らは青色で仕合わせているのだ。

 

年々個体数は減少しているらしい。

無事に生きのびてほしいと願わずにはいられない。

 

ライター:水野 矩美加