株式会社イプラ社長のブログ【タイツ社長のこちら販売促進課】 -138ページ目

OPEN THE DOOR

もこぼっくす 石崎社長 × ブランチコーヒー 越智社長と会食。

愛媛の介護事業・子育てサイトで情報価値を創造する石崎社長と、生豆の世界で業界に風穴を空けようとする越智社長。ふたりとも既成流通しているビジネスモデルを踏襲するよりむしろ壊して新しい業態を創りだそうとしている点に同じ匂いを感じる。

会に属さない自分は「この人、熱い!」と思ったら肩書きや業界関係なく、その人の人格やアイデンティティに惚れ込んでお付き合いすることが多いのでしばらくしてから(あっ、そういうお仕事されてたんですね!)ということのほうが多い。今回の会食でも新たな気付きがあった。

OPEN THE DOOR


今までに会っている越智社長はコーヒー豆を現地まで買い付けを行うバイヤーでかなり危険な場所まで訪れることまでは知っていたが、その業界の詳しい状況について彼の口から初めて聞いた。今の流通しているコーヒー豆はほぼ大手寡占の状況で、本当のコーヒーの美味しさ、生豆の良さを多くの人に知ってもらうために扉を開こうとしている。越智社長含め全国で13名しかいない直接買い付けバイヤーのトップが出した本も教えてもらった。


コーヒーの扉をひらこう/第一企画
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現地で買い付けた生豆は良いものであっても派手に商流販売することは難しいそうだ。それは業界寡占の常識に触れるからでもある。これは石崎社長のいる介護業界でもあるし、自分がいる世界にも、ある。

業界慣習を突き破るには“Open the door”、時には“Broken the door”の気概が必要なのかもしれない。

世阿彌の『風姿花伝』の一節を思い出した。


年々去来の花を忘るべからず


青年期は若いことだけで「花」がある。しかし壮年期になるとつくりあげた芸で「花」を創りださねばならない。その時々で表現される多彩さ、人生の奥行きを噛み締めながら常に「今の花」を磨くことを忘れてはならない。

業界の景色を変えようとする花には魅力がある。そんな花を持つ友人の存在に勇気づけられながら自分の花も磨いていきたい。

感謝しかない。

クーラーもない事務所で
アイスノンを首に巻いて
電話を取っていた頃。

ともに歩んでくれた
メンバーの最終出社日。

もう感謝しかない。
ありがとう。

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極限状況の中でこそ人間の本当の価値が発揮される

最近、感銘を受けた本。

ぼくの命は言葉とともにある (9歳で失明、18歳で聴力も失ったぼくが東大教授となり、考えてきたこと)/致知出版社
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福島智教授の半生。
本の内容を簡単に挙げると
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世界から消えていった「光」と「音」
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3歳で右目を、9歳で左目を失明。
18歳で両耳も失聴し全盲ろう者に。

その後、東京都立大学へ進学。
金沢大学助教授を経て東京大学教授へ。
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絶望と希望の狭間
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18歳で光もなく音もない世界に。
盲ろうの世界は宇宙空間に漂っている状態。

それは単に見えない
聞こえないという状況ではなく
自分の存在さえも見失い
認識できない状況で
生きているということ。

その真空の暗闇に私をつなぎとめ
確かに存在していると実感させてくれるのが
「コミニケーションという光」
他者との存在、関わり合いである。
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本のさわりだけでもその壮絶な歩みに驚かされるが、今手に取っている本も福島教授が「指点字」を介して執筆されたという事実にも驚かされる。

そのなかで特に心打たれる一節があった。

『極限状況の中でこそ人間の本当の価値が発揮される』


人が生きるうえで実現する価値には三つの段階があるという。

ー創造価値ー

そのひとつは何かを生産するような創造的な活動を意味する「創造価値」。例えば絵を描くことや音楽を作曲すること、仕事を生み出すことなども。つまりその創造性において世の中に何かを与えることができるものは「創造価値」である、ということ。

ー体験価値ー
ふたつめは「何かを与える」ことができなくとも、美しい風景に遭遇するとか、音楽に触れる、などに伴った「体験価値」。

ー態度価値ー
そして、創造的な活動もできないし、素晴らしい体験もできないような時に、自分の生に対してどのような態度を取るかということの中に実現される価値、「態度価値」というものがその人の最も根源的で崇高な姿勢が問われてくる。

これはナチス時代にアウシュビッツ収容所に入れられ、妻と息子を殺されて自身も生命を脅かされながらも生き延び、後に精神医学者として「死と愛」を執筆したヴィクトール・フランクルの一節から引用されたものだ。

福島教授はあらゆる創造価値、体験価値などの制約があるなかで、状況は違うがアウシュビッツで人間の尊厳と自由を奪われたヴィクトール・フランクルの人生に自身を重ねみた時、「態度価値」の大切さに学び人生の変容性を受けとめられたのだと思う。

ーもし自分が同じ状態に置かれたらー

それは想像を絶するものであろうし、ただ瞬間的に目と耳を閉じるだけではどんな思いでそれを越えられたかは想像すらできない。福島教授がプールで頭を潜らせた状態が全盲ろうに近い、と表現されたがそれはあくまでも「期限付き体験」だ。永遠に無音無明の状態なんて想像すらできない。

だからこそ、この本を読むと自分の置かれている環境や壁(と錯覚しているもの)なんてものは口にするのも恥ずかしい。苦悩なんてものはおおよそ想像できるものであり、想像しがたい苦悩を越えられたものでしかわからない苦悩というものが世の中にはあり、それに向き合う姿勢こそ尊い「態度価値」なのだと思う。

「極限状況の中でこそ人間の本当の価値が発揮される。」


自然と涙がこぼれる本に久しぶりに出会った。自分のなかの弱さと向き合い、受け入れ、そして弱さを認めたうえで自分のなかに今できる豊かさ「態度価値」をさらに磨いていこうと思う。