ドイツ、悪妻愚母のよもやま話 -9ページ目

ドイツ、悪妻愚母のよもやま話

主婦にして家事はおざなり、興味あることだけ、猪突猛進の悪妻愚母のドイツ生活

土曜日の朝、外出先で東京に住む友達のきよみんからLINEメッセージが入って来た。

「AちゃんがZちゃんと神戸で会っててビデオLINEでちょっと話したの。また30分後に話す予定なんだけど、アクサイちゃんもどうかしらと思って」「急すぎるよね」

え~、ホント!?いやいや喜んで!!

 

きよみんもAちゃんもZちゃんも約30年前ユーラシア大陸横断バスで一緒に旅した仲間である。

きよみんとは今でも時々電話をしていて、去年日本に里帰りした時にも会えたが、Aちゃんは8年前、Zちゃんにいたっては、10年以上会っていない。

 

あたふた帰宅してLINEビデオルームに入室してみると、出た出た狭いスマホの画面の上に懐かしい顔ぶれが。

うわー、久しぶり。なに変わってないじゃない。元気ー?久しぶりなのに一気にあの頃に引き戻される。時間のギャップなど何もなかったかのように次から次へと思い出話が湧いてくる。

シワシワになった当時のチラシ。食い入るように何度も読みこんだ。

 

今にして振り返ると本当に貴重な体験だった。

1996年の9月から12月までの3か月。オーストリアのウィーンを皮切りにハンガリー、ルーマニア、ブルガリア、トルコ、イラン、パキスタン、インド、ネパールはカトマンズの終点まで9か国を大型キャンピングバスで移動する旅。参加したのは12人の日本人とドライバーのオーストリア人2人の合計14人。10代から60代までの多彩な顔ぶれだった。もっとも日本社会において3か月も休みを取れる人はおらず、ほぼ全員が仕事を辞めての参加だったのが印象的だった。

 

楽しかった。本当にあの時行けてよかった。

私は最年少の19歳で清水の舞台から飛び降りるぐらいのつもりで休学し、こわごわ参加したのだが、みんな温かくかつ個性的な人たちで、すぐに打ち解けることができた。それからは本当に楽しい3か月間だった。

大学には入ったものの、自分の居場所が見つからず悶々としていたのがこの旅で息を吹き返し、私でもなんとか生きて行けそうだと思って帰国した。まさにこの旅で掬い上げられたと言ってもいい。

 

ウィーンでみんなでザッハトルテを食べに有名なホテルザッハーに足を運んだこと、ハンガリーで飲んだトカイワインのおいしさに人生初の酔っぱらい経験、トルコの海岸ではスイカ割りをしたし、イランのバムでは二十歳の誕生日を迎えた、埃の舞うパキスタンの国境でのヤギの煮込み料理、ネパールの霧の濃い夜にホテルで感じた終わりなんだという寂寥感。

 

それになにより私たちの回は本当にみんながいい人達だった。他の回ではかなり灰汁が強い人達というか、それなりに諍いもあったと聞くが、私たちの時のようなハーモニーを保ったままゴールに着いたのは珍しいらしく、企画者の由紀ちゃんもドライバーのステファンも今回がベストだったねと言い合ってたらしい。今でもこうしてたまに会うと、昨日のことのように話が弾む。(続く)

 

コロンビア人パトリシアのダンス教室で知り合ったフランス人のフローラの誕生日会に招待された。

といっても大きなパーティーではなく、街のカフェで集まってケーキとコーヒーでおしゃべりしましょうというもの。

 

フローラは気さくで優しい人。今までそれほどしゃべったことはないのに、あなたとは何となく気が合うような気がするわ、とありがたいことを言ってくれた。私はどうにもこうにも人見知りする癖があって知らない人がいる場は苦手なのだが、お誘いをありがたく受けることにした。

 

カフェに着いてみると、コロンビア人のアニータと中国人のアリーちゃんという顔見知りもいてちょっとホッ。同じ年代の女の人ばかり全員で6,7人。

 

実はこの会のことを前日、同じく欧州在住の日本の友達に話したところ、

 

「黙っていても向こうが勝手にベラベラ話してくれるから大丈夫じゃない。ほら、あの人達自分のことをしゃべるのが大好きな人種じゃない。うんうんって聞き役に徹していれば、あらいい人ねって好感を持ってくれるんじゃない。(笑)」

 

なるほど、確かに。

 

そこで私は本当に聞き役に徹し、バカンスの飛行機チケットをいつ取るか迷っていると隣の人が話すので、話の水を向けたところ、予想にたがわずやってくれました。バカンスの候補地イタリアの話を皮切りに、彼女が学生時代に今の旦那さんとテントを担いでイタリアでキャンプ生活をした話、その2週間がいかに寒かったか、旦那さんの誕生日を男女別々のユースホステルで迎えた話など延々と一人喋ってくれた。

 

おまけに話題はイタリアだけにとどまらず、今度はフランスへと飛び火し、おすすめの場所、その場所を自分がどうやって見つけたか、その街にはそれはそれは美しい丸い橋があってと表情豊かに語ってくれた。

おかげで私は時折、合いの手を入れたり、質問を挟んだり、まあ素敵と反応しているだけで、自分が話さなくとも会話がすいすい進んでいくことになったのである。チョキウインクグッ

 

昔、海外で初めて外国人に会って、この自分のことをしゃべりまくる文化の洗礼を受けた時はびっくり。

この人達なんで自分のことばっかり喋っているの。全然人に話を回してくれない。あなたはどうなのとか聞いてくれない。なんて自分勝手なのかしらと若かった私は一方的に憤慨したものである。

 

自分のことばっかり話して人のことを聞いてないみたい。サイモン&ガーファンクルのサウンド・オブ・サイレンスの中にある "People hearing without listening"( 聞いているようで耳を傾けていない)の世界だと思ったのである。

 

日本では自分のことばかりしゃべっていたら自己中心的とか、自分のことをしゃべったら次は相手の話を聞く等の暗黙の了解があるが、西洋の人達は一般的にとにかく自分のことを語るのが大好き。まず自分がべらべらと話す。他の人は何か言いたければ自分も割って入り、黙っている人には、話さない人=話したくない人という認識であるから、特に話を振ろうとか意見を聞いたりしないことが多い。

ただし一人の人が多くしゃべったり、他の人の話題に割り込んで話し出してもイヤな顔をされることはない。

 

誰かが「私のところでこういうことがあってさ」と話しはじめ、適当なオチでみんなでアーハハハと笑った後、すぐに別の人が間髪を入れず、「それで私のところでは何とかかんとか・・・」とか自分のことに話を引きめぐらして、みんなでまたそれについてふんふんと聞いていく感じ。そしてまた別の人が話し始める。

 

すごーい、おもしろいですねー、などの共感のコメントはほぼ無し。それってどうなっているんですか、とかその時どんな気持ちがしたのなどの深掘りもないのである。

 

私はどちらかと言うと、一対一の方が落ちついて話せるタイプで、けっこう深い話もできるのだが、グループになると途端に気恥ずかしくなるというか、自分の話にみんなが耳を傾けているのがどうにも慣れることができない。多分自意識過剰なのだろう。

しかしフローラもアニータも南アフリカ出身の人もみんな初対面でも一向に恥ずかしがる様子もなく、堂々と自分のことをしゃべっているので、これはもう文化の違いかと。この国の文化で暮らしている以上、こういう風に恥ずかしがらずに自分語りができる人は羨ましい。

 

その国の言葉が話せるようになっても、この会話スタイルの差に慣れるのはかなり時間がかかるなあと。20年以上住んできてもまだまだ修行中の身であります。

 

先日、再びハナのお家に行って、文章プロジェクトに出す原稿の打ち合わせをした。

私は今まで約5年間書いてきたブログのうち、今回のテーマ「どこへいってもよそ者」のテーマに合うようなドイツで味わったカルチャーショックに関するブログ記事を一つ選び、持って行った。

 

それがこちら。↓もし興味のある方はどうぞこちらもお読みください。

 

 

自動翻訳機を使ってドイツ語に訳されたそれを二人で自然なドイツ語に直したり、削ったり付け加えたりして整えていく。

 

数日後、ハナから草稿が送られてきた。さっそく目を通してみる。当然のことながら上から下まですべてドイツ語である。

・・・うーん、何か私じゃないみたい。日本語で書く文章はブログということもあって、カジュアルな文体で思いつくままに書き散らしたという感じであるが、ドイツ語に翻訳されたそれは、いかめしく強い感じで別の人格のようだ。

これはもうどうしようもない。日本語のようにあいまいで柔らかな言語をドイツ語に直すと、途端にテキパキ自己主張の強そうな硬い感じに変わってしまう。どの言語でも翻訳されたものは決してオリジナルと完全一体にはならない。どんなに優秀な翻訳者が精魂込めたとしても言語ごとの性質があるのだ。柔らかかったり硬かったり、明るく陽気な或いは真面目で感情を排した等々。

 

原稿を読み進めていくうちある個所で私の目がハタと留まった。

中ほどにある部分で、ドイツ人の中年男性に腹を立てた私が心の中で、ちょっとオッサン、とつぶやく部分があるのだが、翻訳機ではOssanと直訳されていたため、ハナにオッサンというのは中年男性を呼ぶくだけた或いは軽く見た表現と説明しておいた。

ハナによって訳されたそれはなんとHey man(ヘイ、マン)となっている。ちょっとオッサンヘイ、マンかぁ。私は思わず吹き出してしまった。ヘイ、マンって・・・。アメリカ人かよ。すごく気が強くてガラの悪いドイツのねーちゃんが肩を怒らせて通りを練り歩くイメージが浮かぶ。あるいは男を尻に敷く妻か。

 

いくら長く住んで、ドイツ人化したとはいえ、基本的に私は真面目な日本人。一生のうちでヘイ、マンなどと人に言うことはこれからもあるとは思えない。

私はもうおかしくてたまらない。全体のテーマとは関係ない些細な個所であるにもかかわらず、この個所に目が行くたび笑いがとまらないのである。

 

せっかくなので、娘たち二人にもこの個所を読ませた。二人ともゲラゲラ笑っている。

「何これー、ママじゃないみたい。典型的なドイツ人って感じね」

「ちょっとオッサン、はまだユーモアがあるけど、ヘイ、マンは厳しくて高圧的な感じー」

二人ともそれほど日本語ができるわけではないのだが、愚母の日頃の言葉遣いが悪いのか、オッサンという言葉はちゃあんと知っている。このギャップの可笑しさは伝わったようで私は大いに満足。

なんせ普段はザルからこぼれ落ちる砂のごとく、ドイツ語に翻訳されると日本語の面白さは失われてしまう。ロスト・イン・トランスレーションで共に笑える機会はほぼないのである。

 

ハナもブログということはわかっていて、出来るだけドイツ語でもくだけた表現を使ってくれたのであろうが、何といっても言語の性質が全然違うのである。

 

ハナ、ごめんなさい!あなたは本当にやさしくて教養がある人なのに、私ときたらどうでもいい、ヘイ、マンでつまづいてヒィヒィ笑い転げている。しょせん私達はレベルが違いすぎるのよー。

 

ヘイ、マンの一言でこれだけ笑えたのだからある意味お得かもしれないが、出だしがこれじゃあ先が思いやられるなあ、この文章プロジェクト。と一抹の不安。

外国人の同僚の方はどうかと言えば、ムスリムの男性が「やっぱ、女はダメだな」などど平気で口にするという。それを聞いた旧ユーゴスラビア出身の女性が反論したりして文化の摩擦が絶えないらしい。

今どきのドイツで「やっぱ、女はダメだな」と言ってのけるなんて、日ごろからそれが当たり前の世界でやっているからに他ならない。

私が日ごろ会う外国人の中にはこんな人はいないが、以前ボランティアをしていた難民施設でもムスリムの男性の女性への扱い方をめぐって警察沙汰になったりして、難民は可哀そうで保護してあげなくちゃならない人達だなんて単純には言えないよなあと思ったものである。

 

この間は、ウクライナ人が二人入ってきて、「日本はお金もあっていい国なのに何でドイツにやって来たの」と聞かれたりとか。

向こうはドイツ語も英語もわからないので、身振り手振り、時にはスマホの翻訳機能を使うなどしてコミュニケーションも一苦労。ドイツの病院はどこも人手不足なので、恐ろしくドイツ語のレベルが低くてもそんなことにこだわっていられないらしい。しかしコミュニケーション不足で医療ミスとか出ないかな。

 

ミドリさんはこいつら絶対ヘン!と思いながらも「仕事自体は自分に合っている」と適度に距離を置いて仕事に集中するようにしている。

 

私は彼女を本当に偉いと思う。私にはとてもこのような職場でやっていく根性がない。それだけに自分の友達がこういう現場で頑張っていると自分まで勇気が出てスカッとするのだ。

 

いやー、ミドリさん、それすごく面白い。そういうの是非ブログに書いてよ。今までなかった新しいジャンルのドイツ発のブログになると思うよ。

 

旅行やグルメに関する情報はたくさんあるけど、そういう生のドイツ生活、外から見ているだけじゃわからない、きれいごとじゃない国際化の真の姿とか、高学歴おハイソタイプじゃないドイツ人のありのままの姿とか、もうあなたにしか書けませんそんな貴重なブログッ!と意気込んだら笑われた。

 

「アクサイちゃんも、新しい町では日本人にも会えるんじゃないの」

と言われて、

「そうだねえ、日本人は日本人で気の会う人だったら最高だけど、変な人もいるから気をつけなくちゃ・・・」と言いかけて、私はぶッと吹き出してしまった。

やだー、これって向こうのセリフじゃん。どう考えても私こそが変な日本人なわけで、向こうが「新しく来たアクサイさん、なんだかおかしな人だから気をつけなくちゃ」と言うんだったらわかるけど私が言えた義理じゃないっての。てへぺろ笑い泣きチーン

 

夜の9時から始まって結局11時まで2時間を超える長電話。大声で笑って気分もスッキリ。本当にこういう友達がいるから私もやっていける。感謝、合掌、ナムー。

北ドイツに住む日本人のお友達ミドリさんに電話をかけた。

彼女とは以前住んでいた町で知り合って早20年以上、年上で頭がよくドイツに住む日本人には珍しくクレイジーなところもあり、そこが合ったのか今まで仲良くしてもらっている。

 

「もうすぐ引っ越しするんだけどさ、ここを離れて恋しく思うのは、タイ人のアンポーンと中国人のリンちゃんぐらいだよ。ドイツ人でそういう人はちょっと思いつかないんだよね。すごくいい人じゃなくてもいいから明るいドイツ人、面白いドイツ人と知り合いになりたいー」

 

と私が言うと、ミドリさんはゲラゲラ笑って「それは難しいよねえ。ドイツ人に陽気で愉快を期待するってハードル高すぎない。私の職場のドイツ人なんてすっごい変なやつだよ」

と自分の職場の人間模様について話してくれた。

 

ミドリさんは、半年前から病院の滅菌業務の現場で働いている。

そこはドイツ人もいるが、外国人率がかなり高く、東欧やアラブ圏、様々な人種がいるという。もちろん日本人は彼女一人。

聞けば聞くほど個性豊かというかクセのある人達で、大学を出ている人は10人いたらたったの一人。言い方は悪いが「底辺」のワーキングクラスで、言葉使いは汚いし、話題ときたら同じゴシップを何度も何度もくり返してしゃべるとか、気に入らない人の悪口を陰で延々というのだとか。そういうのって日本人ぽいと思っていたのだが、やはりどこの世界も集まる層によっては同じらしく・・・。

「もう言葉使いがひどくて最初何を言ってるのかわかんなかったもん。はッ?って聞き返しちゃったよ」

ミドリさん自身は賢い人で、最初はギャップにとまどったらしいが、彼女はどんな層にも合わせられるしなかやさがあり、この職場でも試用期間を経て見事正式に雇われたという。

 

「一人すっごいデブの女性の同僚がいるんだけど、口ばっかりで全っ然動かないんだ。身長は160cmぐらいなのに、体重は推定120kg、100kgは明らかに超えているよ。

しょっちゅう足が痛いって言っているけど、そりゃそうだよ。むちゃくちゃ食べてるもん。お菓子もむしゃむしゃ。周りのみんなにも「手術したら」って勧められている」

 

私はビックリした。

さすがドイツ、はっきりものを言うなあ。あまりにも肥満体な人が最終手段として胃を小さくする手術に踏み切ると聞いていたが、そんなことを人前で勧めるなんてやっぱりドイツ。

「やっぱりさ~、脚が悲鳴を上げていて膝に人工関節を入れるしかないみたい。あんた、痩せたら治るんじゃないのォって心の中でいつもツッコミ入れてるけど」

あ、そっちの手術ね。いくら何でも「あなた(デブだから)胃を小さくするしかないわよ」みたいなことを言うわけないか。(笑)

続く