ドイツ、悪妻愚母のよもやま話 -8ページ目

ドイツ、悪妻愚母のよもやま話

主婦にして家事はおざなり、興味あることだけ、猪突猛進の悪妻愚母のドイツ生活

土日はうちの町で日本祭りがあった。

実は私の住む隅の谷は人口1万千人くらいの小さな町なのに、なぜか2年に一度日本祭りが開かれているという不思議。

おまけにこんなに小さい規模の祭りなのに、ほとんど毎回ミュンヘンの日本領事館からゲストを招いてスピーチまでしてもらっているのである。

 

10年前初めて参加した感想は・・・「ドイツ人のドイツ人によるドイツ人のためのジャパンフェスト」。

地元の盆栽友の会と生け花の会(ともにドイツ人ばかり)による作品と古美術コレクターの男性のコレクションの展示がメイン。 それらは確かに美しいが、しかし・・・。日本人の私からするとそれだけじゃどうも違和感がある。日本は盆栽と生け花だけではない、日本食コーナーもないし、なんというか高尚な日本だけじゃなくてもっと日常的な、日本人も楽しめる日本が見たい。

 

はっきり言ってかなり違和感があったジャパンフェスだが、文句を言っていても始まらない。一応この町の唯一の日本人となったからには何とかせねばと思い、その次の回から近郊の町に住む友達に声をかけて、折り紙教室、習字でドイツ人の名前を漢字で書いてあげるコーナー、古い着物の販売や、年によってはカレーや手作り和菓子をふるまってもらった。

おかげで評判は大変よく、来た人達にも喜んでもらえたし、多少なりとも”日常的な日本”をお見せすることができたかなと自負している。

 

今年は引っ越し前の断捨離のチャンスとばかり、地下室に眠っていたベランダ鯉のぼりや子どもの着物、旦那の昔使用した日本語学習本にジブリのDVDまでごっそり持って会場へ。

11時からちらほらと来場者が入ってくる。

 

今年は今までと比べて 若い人や小さな子供連れのファミリーも多い。いいわいいわ、今まではおおむねお爺さんやお婆さんが多く、また日本好きというと特殊な人のイメージだったから、普通の若者が来てくれるのは大歓迎。時代は変わりつつあるのだ。

 

上品なマダムTさんの持ってきた着物は売れ行き好調。特に羽織は飛ぶように売れていく。大きなビニール袋一杯に買っていった女性もいた。

折り紙教室も、二人の日本人マダムの前に小さな子ども達が座って一心に花や動物を折っていく。出来上がった折り紙を大事そうに抱え込んでウキウキしている姿が印象的だった。

しかし何かが物足りないと思ったら今年は日本食のコーナーがない。

私はいつも巻きずしを出品していたのだが、今年は引っ越し前で何かとすることが多いのでお断りしてしまった。

しかし、やはりジャパンフェスで日本食が何もないのは片手落ちだ。どの国のお祭りでもグルメコーナーが欠けていてはお話にならない。

訪れた人たちが、生け花の会の女性達が用意したケーキ各種やチーズ、サラミパンなどドイツ食を買って帰るのを見ていると、ううむ、これではイカン。ここに寿司があれば絶対買って帰ったはず。カモがぎょうさん来てんのにみすみす見逃してもええんか、いやアカン。と浪速の商人根性がうずうずし始めた。(って大阪人じゃないけど)💦

 

そしてにわかビジネスチャンスの到来に欲にかられた私は前言を翻し、食を提供することを決心。土曜日の夜に大型抹茶クッキー36枚を焼き、翌朝には巻きずし11本を巻きあげた。

いつものぐーたら悪妻を見慣れている旦那はびっくり。別人を眺めるような目でじろじろ見ていた。

そ、私やれば出来るんです。なかなかやる気にならないだけでして。ウインク(続く)

新しく住む家の鍵の受け渡しがあり、夕方旦那と出かけて行った。

道中、灰色の雨雲がモクモクとわきあがり怪しげな雲行き。

着いてみると案の定激しく雨が降り出し、車を出ようとしたらなんと大粒のヒョウに変わった。慌てて車に戻り小降りになった時点でやっと駆け足で濡れながら家にたどり着いた。

ところが不動産屋のM女史は時間になってもまだ見えず。旦那が電話したところ、駐車場には着いたのだが、傘を持っていないので車の中で待機しているという。

小雨が篠つく中何分ぐらい待っただろう。やっとM女史が小走りで現れた。

今日のM女史は、黒のバーバリーのスプリングコートにTod's(多分)のグレーのバッグ。こんなブランド物の服着てるさかい濡れるのが惜しくなって顧客を待たせるねん。オラオラ。

 

それはともかく、カギの受け渡し、および部屋の点検は順調に終わり、ではおいとまをとなった時、また彼女が日本への質問を始めた。GWには初めての日本旅行ということで、ウキウキ、ソワソワ。だんだん気持ちも高まっているらしい。

 

日本ではトイレに入るときは靴を変えるって聞いたんだけど、外でもそうなの。

いやそれは家やホテルの話で、外では靴のままで大丈夫ですよ。

 

日本人って電車の中でも静かなんですってね、

アー静かですよ。バスでも電車の中でも話す人はいなくてみんな黙っています。

そう、静かで争いを好まず譲り合う、それが日本人なのね。

 

それに日本にはイキガイっていうのがあるんでしょ。最近本で読んだの。ウフフ。やや得意げなM女史。

 

イキガイ?あ、生き甲斐か。へー。

少し前に、ネット上で日本語の「ikigai」の概念が海外でも流行しているという記事を目にした気がするのだが、ドイツでも広まっていたの!?

 

それにために生きるってことなんですってね。日本人にはそれがあるのね。納得顔で一人うなずくM女史。

 

うーん、私は日本人だけど、何が自分の生きがいかなんて聞かれても即答できないぞなもし。自信を持って答えられる日本人なんてどのぐらいいるのだろう。

日本人は~で、とか○○人は~でと十把ひとからげにされるのってとぉっても違和感があるんですが。

 

それにしても、仕事の時はテキパキとプロフェッショナルらしい態度だったM女史が、日本旅行の質問になった途端、世間知らずの少女のような質問連発でびっくり。

 

遠い東洋の国に住むミステリアスなジャパニーズは、ドイツ人と何もかも違って、穏やかに平和に暮らしているというイメージが膨らんでいる模様。

いやー、そんなパラダイスみたいな国はないと思いますがな。不動産のことについては何も知らず小娘のようにおとなしくしていた私が逆にこのテーマに関してはM女史より世故長けてみえるのが不思議。

第一、目の前の悪妻クライアントを見れば、そんな幻想はすぐ吹っ飛ぶと思いますがな。

 

世界のどこか他の国では、そこに住む人達が思いもかけないような叡智を持ち、心穏やかに満足して暮らしている、なんてことを 信じたい桃源郷心理が人の中にはあるのだろうか。

私はアマノジャクなので、世界幸福度ランキングの首位の国とか、フランス人は服を10着しか持たないとか聞いても、そんな人ばっかりじゃないでしょとすぐに思ってしまうのである。

 

何にしてもゴールデンウィークには日本へ旅立つM女史。無事に楽しい旅行になることをお祈りしたい。

と思っていたら、ようやく一軒の大きなパン屋兼カフェを見つけ入ってみる。レジのところでは、ヘッドスカーフを被った色の白いおばさんとお婆さんがトルコ語でにこやかにお客をさばいている。ちょっとここ、ドイツ語通じるのかしら。やや不安でレジに近づく。

 

しかし私の番になるとすぐにドイツ語に切り替わった。ドイツのパン屋とレパートリーがまるで違い、見てもよくわからないが、適当に美味しそうなパンを注文してみた。

「あらそれね、ヤギのチーズが入っているの。おいしいわよ」とおばさんのほうがにこやかに声をかける。このにこやかに、がポイント。ドイツ人のパン屋ではなかなかありません!

ヤギのチーズ入りの大きなパンとトルコのチャイ。これで3ユーロと聞いて安さにびっくり。ドイツのパン屋ならおそらく2倍かと。
私が「テシェッキュレデリム」とトルコ語でお礼を言うと、おばさんもお婆さんも相好を崩して意外なほど喜んでくれた。
 
席についたらおばさんが後ろを通ろうとしたので、椅子を引こうとしたら、またまた笑顔で「あ、いいのよいいのよ気にしないで」と柔らかく言ってくれる。これもやっぱりドイツ人と違う反応!この人達は絶対いい人だ。柔和そうな顔にそれがよく出ている。昔ながらの親切で話好きのちょっと懐かしい感じがする人達。これはエエところを見つけたで。
私はホッとくつろいで、周りを見回した。
左側にはスペイン語で話に熱中している女性の二人組が、前方には大きなヘッドスカーフをしたトルコのお婆さんがチャイを飲んでいる。店内のドイツ人率ゼロ。
後ろを振り向くと、ドイツによくあるポテトチップスやチョコレートの代わりに、おつまみ用のひまわりの種が置いてある。ここは完全にトルコである。
 
私はすばやくスマホでトルコ語でサヨナラという言葉を検索し、店を出る際「ありがとうございました。さようなら」と告げると、奥さんはまたもや顔をほころばせ、「あなたの国ではダンケ・シェーンを何て言うの」「ありがとうです」「ア、アリガトー」
 
休憩したところで、散策第2弾開始。
物凄く素敵な外見の映画館を発見。
ピンク色の外壁に施されたおしゃれな絵の数々。その名も「カサブランカ」
中もいわゆるミニシアター系のこだわりのある作品の数々。いいなあ都会はこういう所があって。
やはりイスラム系のレストランが多い。出てきたのはアラブ系の家族。
100%ハラル(イスラム法にのっとって処理された食材)と書いてある。

所々に貴金属のお店が。アラブ人は金が好き?

ブティックはブティックでもマネキンが着ているのは頭髪を覆ったムスリムファッション。ムスリムのカップルが入っていった。

 

いやー、すごかった。パラレルワールドで異国にワープしたような感覚であった。

いつも住んでいる隅の谷から来ると、本当に別世界で外国旅行をしたような気分だ。

しかしあのパン屋さんはヒットだった。ぜひもう一度行ってみなくては。

今どきのご時世、何でもネットやストリートビューに載っているかと思いきや、行き会ったりばったりに入ったお店が思いがけなくよかったりするとうれしくなる。またじっくり行ってみよう。

土曜日は旦那が子ども達を連れて実家に行ったので、私は一日中家でのんびり。というはずはもちろんなく、張り切って悪妻活動(一人お出かけ)開始である。

私には行ってみたいところがあった。

少し前に息子を都会の中心にある柔道センターに送っていく道すがら、下町のある通りに目が釘付けになった。

そこはドイツにありながらまるでドイツに見えない異様な雰囲気で、外国語の看板が立ち並び、道を行き交う人もいろんな人種がごちゃまぜでどうみても外国である。

私は好奇心がうずうず。絶対あの通りを歩いてみなくては。

 

中央駅から一つ目の駅で下車すると、地下鉄の出口にはさっそくアラブ人の経営する貴金属の店を発見。

店主もお客さんもイスラム系である。

 

地上に出て今日の探索始まり始まり。

この通りはドイツはもちろん、同じヨーロッパでも西欧のリッチでおしゃれな国の店は皆無で、全体的にアラブとトルコ率高し。

その隙間にちょこちょことタイやベトナムのインビスが入り込み、アフリカの店もいくつかあるので、黒人を見かけることも多い。

何というか、ここはドイツ?私は一体どこにワープしたの?と不思議な気分になる。

アジアハウス、スシバーはベトナム人が経営しているとおぼしきお店。

日本風サラダ(マンゴー、アボカド、サケの切り身のトッピング)とある。

いやー、マンゴー、アボカドの時点でそら、日本とは違いまっせとツッコミを入れたくなる。

アジア人がやっているこういうお店で出るのは、いわゆるなんちゃって寿司、フェイク寿司である。

 

角にはなんと武器を売る店が。

自己防衛目的、猟銃携帯許可証不要、ここ本当にドイツですか!?

 

アラブ系のマーケットに

こちらはアラブ菓子の専門店

この野菜をいっぱいに積み上げてドドーンと並べて売ってあるのがそもそもドイツと違う。

道を行く人行く人外国人がほとんどでドイツ人が完全に少数派である。聞こえてくるのもほとんど外国語。

と思うと、ほんの一つ通りを隔てただけで再び典型的なドイツの建物が顔を出すのがまた不思議。完全に住み分けがなされているのだろうか。

週末だからかいつもは見かけないレトロな路面電車が走っていた。ノスタルジックな雰囲気が映画みたい。

それにしても驚くほどのエスニックグループの数だ。

ブルガリア専門の食品店の隣にはトルコの食堂が並び、ルーマニア語の旅行会社があるかと思えば、アフリカ、ラテンアメリカの食材を扱うスーパーマーケットが出現。

インドのスーパーマーケットの向かいにボスニアのキオスク兼カフェが店を構え、その数軒先にはラオスの洋服リフォーム店が。

 

頭がくらくらしてきた。少しカフェに座って休憩したいが、何せアラブ率の高いこの通り。店の中にはもじゃもじゃ髭と真っ黒眉毛のおじさんが座ってじいっとこちらを見返してくるのを見るとちょっと勇気が・・・。おまけに客もほとんど濃い顔のアラブ男性ばかりだし。どこかいい所はないものか。(続く)

イランにて集合写真。女性陣は現地であつらえたチャドルでパチリ。

 

30年前の思い出話にふけって大笑いをした後、今の日本の生活に話が及ぶ。

 

「日本もさ、お米が本当に値上がりしててさー。この間なんか、5kgが4000円で売られていたんだよ。もうドイツで買うのとそんなに変わらないんじゃない」ひえー、ホント、そんな変わらないかも。大変だよねえ。

 

「ま、でも何とかするよ。お米がなかったら他の物を食べたらいいんだし」Aちゃん

「そ、そ、無い時はあるもので何とかする」Zちゃん

 

この反応がやっぱり一緒に不便な国を旅した人だ。二人ともたくましい。

そう、トイレのない所では自然の中で用を足したし、ご飯だってその地で手に入るものを調理して食べていた。数日間シャワーを浴びられないこともあったし、日本流の至れり尽くせりのサービスとは程遠い環境で3か月間過ごしたものだから、みんな旅が終わるころにはたくましくなっていたよなあ。二人とも20代のキレイなお姉さまだったが、それが今でも彼女たちに染みついていることをたのもしく思う。

 

それにしても今やこうやって オンラインで会えるのだからすごい時代である。

私達の時なんか、旅先から葉書や手紙で連絡していたものねー。来年はちょうど大陸横断バス30周年だよ。オンライン同窓会だったらみんなで会えるんじゃない。そうだそうだ。狭いLINE画面で盛り上がる私達。

 

今やドイツで地味な生活を送っている私も俄然心が高揚してきた。”キラキラした日々”など無縁だと思っていたが、私にもこんな貴重な経験があったじゃないか。急にうれしくなってなんだか得意にさえなってきた、単純な私。