ひょんなことでドイツ語の文章プロジェクトに参加することになったワタクシ。
打ち合わせのため、再びハナのお家を訪れた。
前回翻訳したブログ記事を少し手直しして、こちらは無事終了。あと少し余白があるので、日本語のことわざを紹介するのはどうかと提案され、あちこちネットで調べたものを持ってきた。
ことわざって各国の特徴が表れるので面白い。
例えば、
時は金なり Zeit ist Geld
恋は盲目 Liebe Macht blind
終わり良ければ総て良し Ende Gut alles Gut
のようにそっくりそのまま同じ言い方をする諺も意外とたくさんある。
火のない所に煙は立たぬ、はWo Rauch ist, ist auch Feuerで、煙のある所には火もあるという言い方になる。
己の欲せざる所、人にも施すことなかれ
Was du nicht willst, dass man dir tu, das füg auch keinem anderen zu
これは孔子の教えから来た東洋的なことわざかと思っていたのだが、ドイツにもそっくり同じのがあったとは興味深い発見であった。
続いては、意味は同じだが表現が異なる両国のことわざ。この辺に文化の差が表れる。
蛙の子は蛙
· Der Apfel fällt nicht weit vom Stamm
リンゴは木の幹から離れたところには落ちない
· Viele Köche verderben den Brei
コックが多いと粥を駄目にする
ちなみに英語の表現ではお粥がスープだった。やはり同じゲルマン語族だけあって似通ってる。そのためか、ドイツ人は英語を取得するのが早くて羨ましい。
· Mit der Wurst nach der Speckseite werfen
ベーコンを求めてソーセージを投げる
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海鮮物が豊富な日本と肉食のドイツの対比が納得。
ドイツはやはりソーセージの国で、ソーセージに関することわざがいくつもある。それは私にとってソーセージだ。Das ist mir Wurst.という表現があるのだが、それは私にとってどうでもいい、の意。由来は不明。
ない袖は振れぬ
· Einem nackten Mann kann man nicht in die Tasche greifen
裸の男のポケットは探れない
袖というのは着物の長い袖のことで~、昔は袖の中に財布を入れていたことからこの表現が出来たの、と一夜漬けの知識をさもよく知っているように説明すると、ハナも面白がってくれた。
ちなみにハナによると、唸るほどたくさんお金があることをモロッコでは、砂のようにお金がある、ドイツ語ではワラのようにお金があると言うのだとか。
日本ではどうなのと聞かれて、えーっと、あ、湯水のようにお金を使うっていう言葉があるよ!と私。
砂漠のモロッコ、農耕でワラが豊富にあったドイツ、そして海に囲まれて水が豊富にある日本、これらも納得の言い方。ことわざから見えてくるその国の地理、文化背景などの比較はいつも興味深い。
「そうそう、あなたのブログ記事ね、共同主催者のオリヴァーが感心してたわよ」
ええっ、本当に?すごく嬉しい。しかしなぁ、まさかドイツ人に読まれると思わず、ハゲオヤジとか、ドイツによくあるタイプのおしゃべり男、とかドイツ人の悪口を書き散らしちゃった。
どこに感心してくれたのか、書いた本人も疑問。こんなことならもうちょっと頭をひねって中身のあるブログを書いときゃよかった。
「私達ね、出版の際にはいつもお披露目会をしているの。そこで一人一人自分の記事を朗読するのよ。今年は11月よ。予定空けといてね。市庁舎の小ホールで市長も臨席の上で行われるから」
ええっ、市長さんが臨席!? げげーっ、そんな大仰な。しかもドイツ語で朗読ぅ~。無理無理、考えただけで気が遠くなりそう。はやくもへっぴり腰で逃げ出したくなる私の気も知らず、ハナは悠然とほほ笑むのであった。


















