ドイツ、悪妻愚母のよもやま話 -7ページ目

ドイツ、悪妻愚母のよもやま話

主婦にして家事はおざなり、興味あることだけ、猪突猛進の悪妻愚母のドイツ生活

ひょんなことでドイツ語の文章プロジェクトに参加することになったワタクシ。

 

打ち合わせのため、再びハナのお家を訪れた。

前回翻訳したブログ記事を少し手直しして、こちらは無事終了。あと少し余白があるので、日本語のことわざを紹介するのはどうかと提案され、あちこちネットで調べたものを持ってきた。

 

ことわざって各国の特徴が表れるので面白い。

例えば、

 

時は金なり Zeit ist Geld

恋は盲目  Liebe Macht blind

終わり良ければ総て良し Ende Gut alles Gut

のようにそっくりそのまま同じ言い方をする諺も意外とたくさんある。

火のない所に煙は立たぬ、はWo Rauch ist, ist auch Feuerで、煙のある所には火もあるという言い方になる。

 

己の欲せざる所、人にも施すことなかれ

 Was du nicht willst, dass man dir tu, das füg auch keinem anderen zu

これは孔子の教えから来た東洋的なことわざかと思っていたのだが、ドイツにもそっくり同じのがあったとは興味深い発見であった。

 

続いては、意味は同じだが表現が異なる両国のことわざ。この辺に文化の差が表れる。

 

蛙の子は蛙

· Der Apfel fällt nicht weit vom Stamm

リンゴは木の幹から離れたところには落ちない

 
船頭多くして船山に上る

· Viele Köche verderben den Brei

コックが多いと粥を駄目にする

ちなみに英語の表現ではお粥がスープだった。やはり同じゲルマン語族だけあって似通ってる。そのためか、ドイツ人は英語を取得するのが早くて羨ましい。

 
一石二鳥
 Zwei Fliegen mit einer Klappe schlagen
二匹のハエを一つのハエたたきで仕留める
うちの家、田舎のせいか、この時期になるとハエが家の中を飛び回ってうるさくてかなわないんですけど。
 
海老で鯛を釣る

· Mit der Wurst nach der Speckseite werfen

ベーコンを求めてソーセージを投げる

海鮮物が豊富な日本と肉食のドイツの対比が納得。

ドイツはやはりソーセージの国で、ソーセージに関することわざがいくつもある。それは私にとってソーセージだ。Das ist mir Wurst.という表現があるのだが、それは私にとってどうでもいい、の意。由来は不明。

 

ない袖は振れぬ

· Einem nackten Mann kann man nicht in die Tasche greifen

裸の男のポケットは探れない

袖というのは着物の長い袖のことで~、昔は袖の中に財布を入れていたことからこの表現が出来たの、と一夜漬けの知識をさもよく知っているように説明すると、ハナも面白がってくれた。

 

ちなみにハナによると、唸るほどたくさんお金があることをモロッコでは、砂のようにお金がある、ドイツ語ではワラのようにお金があると言うのだとか。

日本ではどうなのと聞かれて、えーっと、あ、湯水のようにお金を使うっていう言葉があるよ!と私。

砂漠のモロッコ、農耕でワラが豊富にあったドイツ、そして海に囲まれて水が豊富にある日本、これらも納得の言い方。ことわざから見えてくるその国の地理、文化背景などの比較はいつも興味深い。

 

「そうそう、あなたのブログ記事ね、共同主催者のオリヴァーが感心してたわよ」

ええっ、本当に?すごく嬉しい。しかしなぁ、まさかドイツ人に読まれると思わず、ハゲオヤジとか、ドイツによくあるタイプのおしゃべり男、とかドイツ人の悪口を書き散らしちゃった。滝汗 どこに感心してくれたのか、書いた本人も疑問。こんなことならもうちょっと頭をひねって中身のあるブログを書いときゃよかった。

 

「私達ね、出版の際にはいつもお披露目会をしているの。そこで一人一人自分の記事を朗読するのよ。今年は11月よ。予定空けといてね。市庁舎の小ホールで市長も臨席の上で行われるから」

ええっ、市長さんが臨席!? げげーっ、そんな大仰な。しかもドイツ語で朗読ぅ~。無理無理、考えただけで気が遠くなりそう。はやくもへっぴり腰で逃げ出したくなる私の気も知らず、ハナは悠然とほほ笑むのであった。

 

少し前にも同じテーマで書いたような気がするのだが、またまた似たような状況に遭遇してしまった。

 

金曜日、ダンスの教室が終わって、隅の谷に帰るバスを待っていた。

ちょうどお昼時で、授業帰りの学生たちが多く、既に混みあっている。

バスが来たら、みんな我先に乗り込もうと戸口にわらわら。その中に、全身をベールで包んだムスリムの黒人女性がいて、ベビーカーを押して乗ろうとしているのに、みな自分のことばかりで、彼女を先に通さない。

 

仕方なく私は彼女に手を貸し、ベビーカーを一緒に持ち上げて乗り込んだ。

乗ったら乗ったで、中央のスペースに二人組の子どもが座っている。普通ここはベビーカー及び車椅子の乗客のために空けておくのだが、これだけ混んできているのに、その少女達(11か12歳ぐらい)はチラッとこちらを見たものの、デーンと座ったままなかなか席を立とうとしない。

私はいらだって、

「ちょっとちょっと早く立ちなさい」

と促した。

 

そうしたら、この二人組。立つには立ったが、口をとがらせて、

「あなたに指図される覚えはないわ」

と来たもんだ。

なんちゅうエゴイスト。どのツラ下げてこんな生意気な口を利くっちゅうんじゃ。普通すぐ席を立ってすみませんでしょ!

私は腹が立って、

「当然ありますとも」

すると、それを見ていた向かいの席のお婆さんも怖い顔で、

「さっさと席を空けなさい!」

ガキどもは移動したものの、不満そうな顔つきで、

「あなた達に決めつけられる筋合いはないわ」

とまだぬかしておる。私は席についてぎいっと奴らをにらみつけてやった。

 

本当に腹が立つ。私はこういう公共の場でエゴむき出しの人間が大嫌いである。まだ子どもだけにタチが悪い。

このガキどもは、自己主張ができるということと、何にでもイチャモンをつけることを混同している。まったく頭も悪ければ顔も悪い。

20数年前に私がドイツに来た時は、どんなパンクなスタイルをしている若者でも、重い荷物を持っていたらすぐに手を貸してくれたし、高齢者には席を譲っていたのに。それともこの路線には特別非常識で教育不行き届きの輩が住んでいるのだろうか。

 

まったくどないなっとるっちゅーねん、この国は。

この国に住んで20数年、何十回となくくり返したこの言葉。

 

家に帰って、娘たち二人に怒りをぶちまけていると、大本のところでは賛成したものの、頭も悪ければ顔も悪いのところでは、

 

「あらママ―、容姿の事を言ってはダメよ」

「そうよ、見た目で人を判断しちゃダメなのよ。どんな人も美しいのよ」

と今どきの教育を受けている若者らしい反論。

 

ふん、どっかで聞いてきたようなきれいごとばっかり言っちゃって。

いーえ、何度でも言ってやりますとも。あいつら、頭も悪けりゃ顔も悪い!!

 

降りる時にわかったのだが、驚いたことにこのクソガキどもは私と同じ町に住んでいることが判明。

あーあ、こいつらと会わなくて済むというだけでも引っ越しがますます心待ちになるってもんだ。

昔、子ども達のベビーシッターをしてくれたドイツ人のアンディが久しぶりに遊びに来てくれた。

 

初めて会ったときは16歳だった彼もいまや社会人。今やうちの息子が17歳で当時の彼より大人になっている!と言ったら、彼は頭を抱えこんでしまった。時が経つのは本当に早い。

 

アンディは本当にいい人で、ドイツでも日本でもなかなかお目にかかれない好青年である。

優しくて思いやりがあるし、頼まれたらノーと断れないところなど、どちらかと言うと日本人のようだ。

実際本人も日本が大好きで、何度も旅行しているし、短期留学をして日本語も結構うまいのだ。

 

彼にそう言ったら照れ笑いして、

「彼女にも、あんたって前世はアジア人だったんじゃないの、ってよく言われるんだよね」

ちなみに今の彼女はドイツで生まれ育ったベトナム人。

彼女曰く、アンディはゆで卵で自分はバナナ。外見は白いけど、中身は黄色の彼と、こちらで育って、外見は黄色いけど、中身は白の彼女。

 

「親戚にアジア系もいないのに、なんでこういう性格になったのか自分でもわからないな。でもオレにとってはこれが普通なんだ。

人に対して優しくありたいし、いつも人助けをしたいと思っている。で、謙虚な態度で臨むんだけど、でもこれがさ・・・」

 

「あー、でもそういう優しさってドイツでは相手に利用されやすくない?」

タイムリーな話題だったので思わず割って入った私。

 

少し前のブログにも書いたような気がするが、ドイツでは謙虚な人はいても、謙遜という文化はない。

ちょっと自分を低めて相手を立てると、あ、あなた自分を下に置くのね。じゃ私が上!みたいに途端にジャンプインしてくるようなメンタリティの人が多く、相手も同じように謙虚に出ることを予想していると、ぎくしゃくしてしまう。

 

アンディもうなずく。

そう、大卒で就職した会社でそんな感じで扱われたんだ。だからオレもそこは学習して、よし、じゃ仕事ではヨーロッパ式でやるぞと割り切って強く出られるようになったんだ。

 

とはいうものの、プライベートでは今までどおり優しくてフレンドリーな彼。

今回うちに来たメインの目的は、前回の日本旅行で、些細な誤解から疎遠になってしまった友達に手紙を書いたので、それの日本語チェックをしてほしいとこと。

聞いた感じでは、どう考えてもその友達の方に非があるように思えるが、アンディは誠実に優しさと思いやりをもって、どうにか誤解を解きたい、また仲良くなりたいと切々と訴えかけている。

 

「あなた、本当に優しいわねえ」

反対にこちらはかなりドイツ人化した私が感心して言うと、

「ま、”Der klügere gibt nach.”って感じかな」と笑う。

より賢い方が折れるというような意味なのだが、これも実際には折れる人なんてめったになく、誰もが自分、自分と肘鉄でかき分けていくのがドイツ社会なのだけど。

あ、それって日本語にもあるよ。負けるが勝ちって言うの。 

極めて日本的な言い回しだと思っていたのだが、ドイツにもあったんだ。

 

だけど、昔、大陸横断バスで、なにかと頑固なオーストリア人ドライバーのステファンにツアーリーダーの由紀ちゃんが「日本には負けるが勝ちって言葉があってね・・・」と説明しようとすると、「バカ、負けは負けだ!」と一蹴されたって言ってたな。それを聞いて、ひえー、ヨーロッパ人種とはなんとオソロシイ人達たい、と思ったな。

 

そんな気の荒い人たちが住む国ではとてもやっていけないと思っていた19歳の自分が、今では20年以上もまさにその国で生きている。当時の私が知ったら嘘だと思うだろうな。

 

後でアンディの彼女もやって来て、これまたいい人で話が弾む。こういう人達との縁は本当に大切にしたい。なんと言っても、異国でここまでやってこられたのは、数は少ないながらアンディのような優しい人達がいたからこそだから。

週末はお天気も良く、前から計画していた、この時期しか運航していない蒸気機関車に乗って鍾乳洞に遊びに行くことにした。

ゲーム三昧の上の娘は「えー、私も行くのぉー」とかなり不満そうだったが、家にいるならインターネット接続を遮断すると脅し、なんとか家族全員連れ出すことに成功。

 

車に乗って田舎の駅に着いたところ既に何十人という人達が待っている。

カメラを構えたおじさん。どこの国にも鉄道オタクという人種はいるのね。

煙を吐きながらやって来た機関車。昔ながらのクラシックな車体が実に絵になる。

ドイツの戦後の映画に出てきそうな車両。一気にタイムワープして昔に戻ったようなノスタルジー感。

さっそく中に入ってみると、

 

わー、雰囲気がある。頭上に荷物を置く網棚のレトロ感がたまらない。

こちらは私達も乗った普通乗車席。みんなワクワクした表情なのが印象的。小学生が遠足に行くような気分なのだろう。

 

こちらは食堂車。かなり簡素な造りだが、今のドイツの長距離列車の無機質なそれと違って趣がある。

しかし、昔のドイツ人って細かったのね。今じゃ2人腰掛けたらはみ出しそうじゃない。

小さな販売所では、飲み物やバゲット、ケーキなどが売られていた。

こちらは一等車ということで、クッションが厚めの座席だ。普通車と比べると快適そう。

ちなみに現在のドイツ鉄道の車内はこんな感じ。機能的ではあるけど、デザイン的にはやはり昔の方が趣がある。

この日は本当にお天気もよく、川沿いではカヌー遊びに興じる人たちを何組も見た。ドイツは日本に比べて娯楽は少ないけど、こういう風に自然の中でのんびりくつろげるのは本当にいいと思う。

 

そして、下車。

しばらく山の方へ登ること十数分。着きました洞窟に。

奇怪なとしか言いようのない、不思議な形をした岩の数々。

インディ・ジョーンズの映画の世界にさまよい込んだような気分。

なんだか怪しい宗教の巣窟に見えないこともない。ニヒヒ

これらがまったく人の手を経ずに自然に出来たというところが信じられないくらい。

人の背をはるかに上回るカップケーキを積み重ねたような塔。

等など特に鍾乳洞に興味のなかった私にも面白いものが沢山あった。

旦那と息子、次女も楽しんでいるようだったが、しぶしぶついてきた上の娘は始終ふくれっつら。

「あんたには洞窟探検より日本の100円ショップをうろうろするほうがよっぽど楽しいんじゃないの」

とからかったら、図星の様子。100均だったら目を爛々とさせて隅から隅まで探索していたかもね。ウインク

 

しかし当たり前だが洞窟はなんと言っても暗い。

外に出た時の日の光の暖かさ、緑の美しさがことに目に染みた。

パワースポットでも何でもない普通の森だが、いい気が満ちているというか、本当に気持ちが良かった。

 

家路につく際、前回ここに来たのはいつだったか確認してみたところ、なんと10年前。

こんないい所になぜもっと度々来なかったのか不思議なぐらいだが、私も体調が悪く、積極的に外出する気になれない年月が長く続いてしまった。

それを思うと、時間はかかったけど、ここまで回復してここに来られたのがしみじみとうれしかった。そう、それが今回一番の収穫。ナムー、合掌。お願い

2日目の日曜日はさらにお客さんが多かったイメージ。

 

感覚的にだが、2年前よりも来場者が多い。おまけに今までのようないかにも日本オタクというような、内向的そうな若者および

おじいさんおばあさん達ばかりでなく、若者、それもごく普通の爽やかな見た目の人が増えていて時代の変化を感じたのだった。若い人たちはアニメや漫画、日本食も寿司に続いてラーメンがRamen、もちはmochiとして浸透している。最近では抹茶が大流行。 

 

母国は本当にドイツで人気になっているんだなあと実感。

以前は日本へ行ったことがある人などめったにいなかったのに、この会場でも、私は11月に日本に行くのよという生け花会の女性、高校卒業記念に親に日本留学をプレゼントしてもらったという大学院生、石垣島や屋久島に行ったことのあるドイツ人、広重の浮世絵に詳しいおじいさん、掛け軸についてまるで無知識の私にレクチャーし始めるおじさんなど、日本に行っててなんぼみたいな感じ。

日本語をしゃべれる人も何人かいたし、ちゃんとした着物でやって来た人もちらほらいた。

 

鯉のぼりに興味を示した若いお父さんに、これは家族のシンボルで、上から順にお父さん、お母さん、子どもなんですと説明しかけると、ああ、知ってる。5月5日の子どもの日でしょとスラスラ返ってくる始末。おかげで我が家の鯉のぼりも売れた。断捨離大成功。

 

断捨離と言えば、とてもおいしい和菓子を出品してくれたAさんが、私、ナウシカもラピュタも見たことないんですよね、と言うから「いやー、Aさん、ナウシカ、ラピュタは日本人の常識やで。海外の日本人としてアップデートしましょう」と言いくるめ、旦那の古いDVDコレクションを二束三文でうっちゃるのに成功。しかもだんなが勝手にビートたけしのバイオレンスフィルムまで挟み込み、ジブリとたけしを抱き合わせで引き取らされたAさん。

全体的にとても楽しい2日だった。

なぜ楽しかったのかと言えば、このジャパンフェストに来てくれたドイツ人は基本的に日本が好き、あるいは興味のある人達ばかり。普段の生活では、日本出身?あっそ、で終わりなのが、ここでは日本人であるというそれだけで、貴重な人物。興味を持たれ、話しかけられ、紹介したい人がいると引きあわされたり、日本の思い出話を始める人等など、優しくされて非常に心地よかったのである。

 

何というか、二等級市民がいきなりVIPとして表舞台に上がった感じ。

外国にいていつもぼんやりある疎外感が吹っ飛び、2国間を行き来しながら水を得た魚のように泳ぎ回ったこの週末。

 

私は案外こういうことに向いているのではないか。

次回はもっと日本食コーナーを充実させたい、息子の柔道クラブで乱取りのデモンストレーションをお願いできるのではないか、着物が人気だから着付けをしてあげるというのも喜ばれるかもしれないなどと次々にアイデアが浮かんでくる。

 

”日本のすばらしさを知ってもらいたくて”などと歯の浮くようなセリフはもちろん念頭にあらず。母国の人気に便乗してここで何か楽しいことができれば、というちゃっかり根性のみ。頭が珍しくフル回転を始めた。